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病気の弟のため, 私は10年間, 婚約者・三浦翔風のサンドバッグであり続けた.

婚約10周年のパーティーで, 彼は私の目の前で唯一の贈り物を奪い, 愛人の首にかけようとした.

その夜, 弟の容態が急変したと病院から連絡が入る. しかし彼は「金目当ての芝居だ」と私を部屋に閉じ込めた.

私が解放されたとき, 弟はもう冷たくなっていた.

10年間の忍従は, 彼の非情さによって踏みにじられた. 私のたった一人の家族は, 彼に見殺しにされたのだ.

全てを失った私に残されたのは, 秘密の調香レシピと, 燃え盛る復讐心だけ.

数年後, 私は彼の前に立つ.

「あなたの人生を, 根こそぎ奪ってあげる」

第1章

細川瑞樹 POV:

私は彼の隣に立っていた. ホテルのボールルームはシャンデリアの輝きに満ち, 祝賀ムードに包まれていた. 今日のパーティーは, 私たちの婚約10周年を記念するはずだった.

しかし, 私の心は氷のように冷え切っていた.

「瑞樹, お前は本当に私の顔に泥を塗るのが好きだな」

三浦翔風の声が, 私の耳元で冷たく響いた. 彼の隣には, 小田桐美月というコンパニオンが, まるで彼が所有する絵画のように寄り添っていた. 彼女は, 翔風の初恋の人, 上條苺に瓜二つだった. その存在自体が, 私の今日の役割, 彼のそばに立つ「婚約者」としての私の存在を侵犯していた.

私は顔色一つ変えずに, 彼を見上げた.

「翔風さん, そろそろ終わりにしませんか」

私の声は, 訓練された召使いのように滑らかだった. しかし, その裏には, 10年間抑え込んできた, もうこれ以上は耐えられないという決意が宿っていた.

翔風は目を細め, 鼻で笑った.

「終わり? 何の終わりだ, 瑞樹. また金目当ての芝居か? 」

彼の言葉は, まるで鋭いナイフのように私の胸を突き刺した. 会場に響く楽団の軽やかな音楽が, その痛みを嘲笑っているようだった.

「そうだな, お前はいつもそうだ. 俺にすがりついて, 金をむしり取ることしか考えていない」

翔風の視線が, 私から美月へと移った. 彼は美月の肩を抱き寄せ, 耳元で何か囁いた. 美月は甘えるように微笑み, 私にちらりと挑発的な視線を送った. 会場のざわめきが, まるで私の耳の中で渦巻く嘲笑の声のように聞こえた.

翔風は私を再び睨みつけた.

「お前はあの女と同じだ. 俺の人生を台無しにした. お前が俺の初恋を奪い, イチゴの声を奪ったんだ! 」

彼の指が私の腕を掴んだ. その力は, 骨が軋むほどの強さだった. まるで私が, 彼が信じる「罪」の象徴であるかのように. 痛みが走ったが, 私は表情を変えなかった.

「お前の弟が, 今も生きているのは誰のおかげだと思ってる? 俺だ. 俺の金がなければ, あの疫病神はとっくに死んでる」

彼は私の痛みを確かめるように, さらに指に力を込めた. 私の弟, 結子の顔が脳裏をよぎる. 弟の治療費. それだけが, この10年間, 私がここに留まる唯一の理由だった.

私は沈黙した. 言葉を発すれば, それがさらなる侮辱の燃料になることを知っていたからだ. 私の沈黙は, 彼の怒りをさらに煽った.

「黙りやがって. 図星か? 悔しいか? それが, お前が俺にしたことの報いだ」

彼は, 私の沈黙を罪の自白と解釈した. 彼の心の中では, 私は常に悪女であり, 彼はその被害者だった.

美月が, ふいに私の腕に触れた.

「瑞樹さん, 大丈夫ですか? 翔風様も, いつも瑞樹さんのことを心配していらっしゃるんですから... 」

彼女の声は, 蜜のように甘く, しかしその裏には隠しきれない優越感が滲み出ていた. まるで, 私が翔風の愛を失った哀れな女であると, 公衆の面前で晒し上げるかのように.

翔風は, 私の首元に光るサファイアのネックレスに気づいた. それは, 私が数年前に, 彼が私に買ってくれた唯一のプレゼントだった. 普段は身につけないが, 今日は彼のパーティーだからと, あえて選んだものだ.

「おい, 瑞樹. そのネックレス, 美月によく似合うんじゃないか? 」

彼は美月を見ながら言った. 美月は嬉しそうに目を輝かせた.

「え, 私にですか? そんな, 恐れ多いです... 」

美月は遠慮がちに言ったが, その視線はすでに私の首元のネックレスに釘付けだった.

翔風は私の腕を掴んだまま, 強引にネックレスに手を伸ばした.

「いいから, 外せ. お前には過ぎたものだ」

私の意識は, 一瞬にして凍りついた. ネックレスは, 私にとって唯一の, 彼からの「贈り物」だった. それが, 今, 目の前で, 別の女に与えられようとしている.

私は抵抗しなかった. ただ, 目の前の男の, 底知れぬ残忍さに, 私の心はさらに深く沈んでいくのを感じた. 私は彼の指がネックレスの留め具に触れるのを, まるで他人事のように見つめていた.

「瑞樹さん, 早く. 翔風様がおっしゃっているんだから」

美月が急かすように言った. 彼女の顔には, 勝利の笑みが浮かんでいた.

私はゆっくりと, 自分の手でネックレスの留め具を外した. 冷たいサファイアが, 私の指先から離れていく. 私の手から外されたネックレスは, 翔風の手の中に収まった.

彼はそれを, 美月の首にかけようとした.

その瞬間, 私の頭の中で何かが弾けた.

私は, 自分の身につけていたドレスの裾を掴んだ. それは, 私がこのパーティーのために, 自分を奮い立たせて選んだ, 唯一の「私」を象徴するドレスだった.

そして, 私は, そのドレスを, 一気に引き裂いた.

メリメリと音を立てて, シルクの生地が破れる. 私の肌が, 会場の明かりの下に晒された. 胸元から太ももまで, 大胆に開いたドレスは, もはや見る影もなかった.

会場は, 一瞬にして静まり返った. 楽団の演奏も止まった.

誰もが, 私の突然の行動に息をのんでいた. 驚愕, 困惑, そして, 隠しきれない嘲笑の視線が, 私に突き刺さる.

翔風は怒りに顔を歪めた.

「何を, しているんだ, 瑞樹! 」

彼は私の手首を掴み, 私を強く突き飛ばした. 私はバランスを崩し, テーブルの角に背中を打ち付けた. 鋭い痛みが走り, 呼吸が止まる. ワイングラスが倒れ, 赤ワインが私の破れたドレスの上に, 血のように広がった.

背中の痛みよりも, 私の心はもっと冷え切っていた.

ああ, これでいい. もう, 何も感じない.

私はゆっくりと立ち上がった. 破れたドレスのまま, 私は会場の中央に立っていた. 膝から血が滲み出ているのを感じたが, それすらも, 私にとってはどうでもよかった.

周囲から, 囁くような声が聞こえてくる.

「何アレ…」

「細川さん, ついに壊れたのかしら」

「可哀想に, でも自業自得よ」

嘲笑と, わずかな憐憫が混じり合った視線が, 私に向けられていた. しかし, 私はもう, 何も気にしなかった. 彼らの言葉も, 視線も, 私の心には届かなかった.

10年.

この10年間, 私はただ, 弟のために耐え忍んできた. 彼の命が, 翔風の手に握られている限り, 私は彼の意のままに操られる人形だった.

しかし, もうすぐ. もうすぐ, その鎖は断ち切られる.

私の貯めた資金と, 誰にも明かしていない, 私の唯一の才能.

調香師としての処方箋.

それだけがあれば, 私はもう, 誰にも縛られない. 私は, 翔風を見据えた. 彼の瞳には, 怒りと困惑が入り混じっていた. 彼はまだ, 私の心の奥底で, 完璧な計画が進行していることなど, 知る由もなかった.

私の心は, 完全に壊れた. しかし, その破片の一つ一つが, 新たな決意の刃となる.

今夜, 私はこの地獄から, 完全に姿を消すだろう.

2

細川瑞樹 POV:

薄暗いホテルのスイートルームのドアの向こうから, 甘ったるい嬌声と, 翔風の荒い息遣いが聞こえてくる. それは, 私がこの10年間, 何度となく耳にしてきた音だった. 今日の音は, いつもにも増して, 私の皮膚を這いずり回る虫のように不快だった. 彼が連れ込んだのは, もちろん小田桐美月だ.

私は手に持った銀のトレイを, さらに強く握りしめた. 翔風の命令は絶対だ. 彼の「お気に入り」のために, 最高の夜食を用意しろ, と.

毎晩, 私はこうして彼の「召使い」を演じてきた. まるで, 私が彼らの蜜月を支える影の存在であるかのように. 部屋のドアをノックする. 中から, 少し苛立ったような翔風の声がした.

「入れ」

私は静かにドアを開けた. 部屋の中は, 甘ったるい香水の匂いと, アルコールの混じった空気に満ちていた. 美月は, 乱れたドレスのまま, 翔風の膝の上に座っていた. 私の視線が, 美月の胸元に一瞬だけ留まる. 私が引き裂いたドレスと, 彼女が身につけた私のネックレス. その対比が, 私をさらに奥底へと沈めていく.

「遅いぞ, 瑞樹. 美月が腹を空かせている」

翔風は私を軽蔑するような目で見た. 美月はニヤリと笑い, 翔風の胸に顔をうずめた.

「翔風様, 瑞樹さんは, わざと私を待たせているんですよ. きっと, 嫉妬しているんです... 」

美月は, わざとらしく私に聞こえるように囁いた. 私の心は, すでに何をも感じないほど麻痺していた. 彼女の言葉は, ただの空虚な音として, 私の耳を通り過ぎていった.

私は無言でトレイをテーブルに置いた. 香ばしい香りが部屋に広がる. 美月はすぐに飛びつき, 小さなサンドイッチを口に運び始めた.

「翔風様, これ, 美味しいわ! 瑞樹さん, 意外とやるじゃない」

美月は私を挑発するように言った. 翔風は, 一口も食べずに私を睨みつけた.

「瑞樹, お前は本当に懲りないな. あれだけの屈辱を受けても, まだそんな顔をしているのか? 」

彼の言葉は, 昨夜のパーティーでの出来事を指していた. 彼の言葉が私の心を抉る. だが, 私はただ, 無表情で彼の言葉を受け止めるだけだった. 痛みは, もはや感じなかった.

その時だった.

私のポケットに入れていた携帯電話が, 激しく振動した. 何度も, 何度も, 途切れることなく.

私は反射的に携帯電話を取り出した. 画面には, 見慣れない緊急連絡先の文字が点滅していた.

私の心臓が, 一瞬にして凍りついた. それは, 結子の病院からの連絡だった.

「もしもし? 」

私の声は, ひどく震えていた. 電話の向こうから, 切迫した看護師の声が聞こえた.

「細川様ですか! ? 大変です! 結子様の容態が急変しました! 意識レベルが低下して, 心拍も不安定です! すぐに, すぐに病院へ来てください! 」

私の手から, 携帯電話が滑り落ちた. ガチャン, と鈍い音が部屋に響いた.

結子, 容態急変... . 意識レベル低下, 心拍不安定... .

私の全身から, 血の気が引いていくのが分かった. 視界が白く霞み, 膝が震え, 立つこともままならない. 結子. 私の, たった一人の弟.

私は, 崩れ落ちるように翔風の足元に膝をついた.

「翔風さん, お願いします... 結子が... 結子の容態が急変しました! 病院に行かなければ... 」

私の声は, もはや懇願だった. 喉が引き裂かれそうなくらい叫び出したかった. これまでの冷徹な仮面は, 目の前の絶望の前では, 何の意味もなさない.

翔風は, 眉をひそめた.

「また, 金目当ての芝居か? 今度はどんな手を使った? 」

彼の言葉は, 私にとって最大の絶望だった. 彼は, 私の唯一の家族の, 命の危機に瀕した状況を, 再び「芝居」だと決めつけたのだ.

「違います! 本当です! 病院から電話が... ! 」

私は, 床に落ちた携帯電話を指差した. 画面には, まだ緊急通知の文字が点滅していた.

「翔風さん, お願いします... 結子が死んでしまう... 早く, 早く病院へ... 」

私の声は, か細い糸のように途切れ途切れになった. 私の目から, 涙が溢れ出した. この10年間, 流すことを許さなかった涙が, 止めどなく頬を伝った.

美月が, 翔風の腕に抱きついた.

「翔風様, 怖い! 瑞樹さん, 急に泣き出して... まるで, 私を脅しているみたい... 」

美月は, 震える声で言った. 彼女の視線が, 私に向けられる. その瞳には, 恐怖ではなく, 隠しきれない歓喜の光が宿っていた.

翔風は, 私をぞっとするような目で見下ろした. まるで, 私が汚らしい虫であるかのように.

「見てみろ, 美月が怯えている. お前のその芝居には, うんざりだ」

彼の瞳には, 少しの憐憫もなかった. 私は, 彼の心の中に, 私に対する愛や, 人間としての感情が, もう, これっぽっちも残されていないことを悟った.

「翔風様, 瑞樹さんはきっと, 結子さんの治療費が足りないから, また何か企んでいるんですよ」

美月が, さらに油を注ぐように言った.

翔風は, 冷酷な目で私を見下ろした.

「瑞樹, お前はもう, 俺のホテルから一歩も出すな. 美月, この女をスイートルームに閉じ込めておけ. 決して, 外に出すな」

彼の言葉は, 死刑宣告のように私の心に響いた.

「やめて, 翔風さん! 結子が, 死んでしまう... ! 」

私は必死に懇願した. しかし, 彼の冷たい命令は, すでにホテルの警備員に伝わっていた.

二人の大柄な男が, 私を掴んだ. 私はもがき, 抵抗した. 結子のためなら, どんなことでもする. 彼の手から逃れようと, 私は必死に暴れた.

しかし, 男たちの力は圧倒的だった. 私は無理やり引きずられ, 奥の部屋へと連行された. 豪華なスイートルームの一室. しかし, 私にとっては, それはただの監獄だった.

ドアが, ガチャン, と重い音を立てて閉まった. 鍵がかけられる音が, 私の絶望を決定づけた.

結子... . 私の, たった一人の弟.

部屋の窓から, 遠くに見える街の明かりが, ひどく冷たく見えた. 翔風は, 結子の命を, 見殺しにしようとしている.

私の心は, 完全に壊れた.

彼に対する, わずかに残っていた情も, この瞬間, 完全に消え去った.

3

細川瑞樹 POV:

閉じ込められた部屋は, 豪華ではあったが, 私にとっては薄暗い監獄だった. 壁の絵画も, 高価な調度品も, 私には何の価値もなかった. ただ, 密閉された空気だけが, 私の呼吸を圧迫していた.

「開けて! お願い, 開けてください! 」

私はドアを叩き続けた. 私の声は, 虚しく部屋の中に響き渡るだけだった. 喉が枯れ, 指先が赤く腫れ上がったが, 誰も答える者はいない. 壁は, 私の絶望を嘲笑うかのように, 冷たく沈黙していた.

膝から崩れ落ち, 私は床にへたり込んだ. 体中の力が抜けていく. 携帯電話は, 翔風に奪われていた. 外部との連絡手段は, 何一つない. 私は完全に孤立無援だった.

頭の中で, 看護師の切迫した声が何度も繰り返される.

「結子様の容態が急変しました! 意識レベルが低下して, 心拍も不安定です! 」

結子... . 私の, 大切な弟.

私は, あの時の結子の笑顔を思い出した. 事故で下半身不随になって以来, 彼はいつも私に, 無理にでも笑顔を見せてくれた.

「ねえちゃん, 早く元気になって, 俺の分までたくさん生きてね. 俺は, ねえちゃんの幸せが一番大事だから」

彼は, いつも私の幸せを願ってくれた. そして, 私は彼に誓ったのだ. どんなことがあっても, 守り抜くと. 彼の命を, 何としてでも繋ぎ止めると.

なのに, 今, 私は何もできない. 私は, ただこの部屋に閉じ込められているだけだ.

翔風. 彼の冷たい目, 嘲笑するような言葉.

彼は, 私の唯一の希望を, 奪おうとしている.

私を, 本当に愛していたとでも? そんな感情, 彼の心には一瞬たりとも存在しなかった. 彼はただ, 私を罪悪感で縛り付け, 彼の側に置いておきたかっただけだ.

「瑞樹, お前は本当に美しい. その瞳の奥には, 誰も知らない情熱が隠されている」

彼の言葉が, フラッシュバックのように脳裏をよぎる. あれは, 私たちの婚約初期の頃の言葉だった. 彼は確かに, 私を特別だと言った. あの頃の私は, 彼の言葉を信じていた. 彼の瞳に映る私が, 彼の言葉の通り, 特別な存在であると信じていた.

しかし, その幸福は, あまりにも脆かった.

あの事故の日.

病院の白い天井が, 私の視界いっぱいに広がっていた. 全身を襲う激痛と, 耳元で聞こえる, 医者の冷たい声.

「細川瑞樹さん, 目を覚ましましたか. 残念ながら, あなたの弟さんは... 」

そして, 翔風の声.

「お前がやったんだ! お前が, イチゴを, 俺の初恋を奪ったんだ! 」

彼の顔は, 怒りと憎悪に歪んでいた. 彼は, 私のベッドサイドで, 私を激しく罵倒した.

「お前のせいで, イチゴは声を失った! お前の弟も, 再起不能だ! すべて, お前の嫉妬と策略のせいだ! 」

私は何も言えなかった. 全身の麻痺と, ショックで, 声が出なかった.

翔風は, 私の弟のことまで罵倒した.

「お前たち姉弟は, 俺の人生を破壊した疫病神だ! だが, 安心しろ. 俺がお前の弟の治療費を出してやる. お前は一生, 俺に償うんだ」

私は, 彼の言葉に, ただ震えるしかなかった.

その日以来, 私は彼の人形になった. 彼が信じる「罪」のために, 彼に全てを捧げると誓った.

しかし, 私は知っていた. その事故は, 私のせいではないことを.

翔風の祖父, 三浦会長. 彼が, 翔風の結婚相手として相応しくないと判断した上條苺を排除し, そして, 家柄の劣る私を, 翔風に恩を売る形で縛り付けるために, 仕組んだことだった.

翔風と苺が乗っていた車に細工をし, 私が運転する車と衝突させた. すべては, 会長の周到な計画だった. 私は, ただ, その計画の「都合の良い」駒として利用されただけなのだ.

弟の命を人質に取られ, 私は彼に逆らうことはできなかった. 弟の莫大な治療費と, 最先端の医療技術. それを翔風が提供してくれる限り, 私は彼に尽くすしかなかった.

しかし, 今, 翔風は, その弟の命を, 見殺しにしようとしている.

私の心の中で, 何かが完全に砕け散った.

もう, 何も残っていない. 何も, 縛るものはない.

部屋は, どんどん暗くなっていく. 時間の感覚が曖昧になり, 私がどれくらいの時間, ここに閉じ込められているのかも分からなかった. ただ, 結子の顔だけが, 私の瞼の裏に焼き付いていた.

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十年間の忍従、復讐の調香師

第1話
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