話 1
妻と子供だけは助けて欲しい。
首元に剣を突き付けられてなお、敵国の王はそう言った。
敗戦国の王がその代償に妻や娘を要求されることはよくある話だ。そうすることで、国は生きながらえるのだから。
だから、王がその命を賭してまで親族を見逃してくれと言ったその言葉の意味が一瞬理解出来なかった。
言葉を咀嚼して。
そういえば、ああ。王には息子がいたと思い出す。
なるほど、それならこの国はまだ生きる。
剣を振りかざすと、王は抵抗の意思は見せず真っすぐに私を見つめていた。
どうしてかは分からないが、その翡翠色の目はどこか私を見据えているように感じて、気持ちが悪い。
首を刎ねる。
抵抗はない。
頭部はりんごのように転げ落ちて、その体は力なく崩れ落ちた。
転がった頭へ目を向けると、その双眸はぴったりと私の瞳を見つめていた。
じっと、私を見ている。
これまで切り捨ててきた者達の目からはそんなこと、微塵も感じなかったのに。
それなのに、この王は死してなお私をその瞳に捕らえている。
気持ち悪い。
じっと私のことを見据えている王の首も、そして見つめられていると感じている私自身も。
不明瞭な事は不快だ。
どう対応すべきなのか、分からないから。
なので、この感情はいったん忘れよう。今は、この王の首を以て戦争を終わらせることのほうが重要である。
そうだ。
それに比べたら、私の感情など些細な事だ。
そう脳内で完結させて、王の髪の毛を掴み持ち上げる。
戦争はその瞬間に終わりを告げた。
戦場にいた人間全員が、構えていた武器を下ろす。
味方は歓声を、敵は悲嘆の声を。
私は、特に何も思わなかった。
戦いが終わった。
ただ、それだけだと。
……。
「簡潔な報告だ、エメ・アヴィアージュ。それで、何か弁明はあるか」
「ありません」
弁明という言葉の意味を咀嚼しながら、なぜ管制室に呼ばれるに至ったのかを顧みる。
数年に渡り続いた隣国との戦争は、敵国の王が討ち取られたことにより終息を迎えた。元はといえば領土の問題、ちょうど間に位置する一つの町がどちらの国に属するのか、町長の話にも耳を貸さずに始めた事。そもそもこちらの国の領土ではあったのだが、維持や資金援助など一切の関与をせずに放置していたところ、隣国がその援助を始めたことで事態は複雑に絡まり合ってしまった。
ただ、奪い合っていたもの故か、戦後賠償と原因である町をそのままこちらの国が管轄するに留めた。我が国の不行き届きが原因で始まった戦争だ、そのまま国を侵略してはあまりにも格好が付かない。心の狭い、獣のごとき国として知れ渡ってしまうだろう。
これ以上は干渉しないという話で、表面上は和解したらしい。らしい、というのは、いち兵士である私に細かい事情など知る由もないからだ。表面上というのも、果たして本当に相互和解に至ったのかどうか。まあ、それこそただの兵士の私には関係のない話だが。
それよりも問題は、いまこの状況だ。突然管制室に呼び出されたかと思えば、王の首を刎ねた事の次第を説明しろと上官に言われて今に至る。敵国の王を討伐したのだ。それなのに、一体何の問題があるというのだろう。私はこの国の兵士として、戦争を終わらせるべく戦っただけなのに。
「アヴィアージュ。お前は優秀な兵士だったが、このような形になってしまい残念だ」
胸を反るようにして椅子の背に身体を預け、尊大に足を組んでいる。士官の証である緑の制服を着て、きっと、本当にそうは思っていないのだろう。とりわけ尊敬もしていない上官にどう思われようが、私にとってはどうでもいいことだ。
「申し訳ありません。仰っている意味がよく分からないのですが」
どんな失態を犯したのか、分からなかった。口ぶりから、それは私が参加した戦争に関してなのは間違いないだろう。もしかして、制圧はもっと徹底的に、ということだろうか。そういえば、王は死ぬ間際に妻と子は助けてくれと叫んでいた。親族を逃したことを咎められているのであれば、なるほど確かにそれは私の失態だ。
だが、言っておくことがあるかと問われたところで、私は一体何に対して物申したらよいのか。明確な主語がない上官の言葉に、私は突然迷路に放り込まれたような気分だった。
「分からないのか。そうか、お前は孤児だったな」
「はい。無知ゆえ、どうかご鞭撻をお願いします」
まるでこの場を支配しなければ気が済まないという振る舞い。孤児であることが、いまこの場に何か関係があるというのか。さきの戦争で私に何か落ち度かあったと言うのなら、率直に仰ってくれればいいのに。
「戦争には勝つだけでよかった。なのにお前は向こうの王を殺してしまった」
どこか人を馬鹿にしたような顔で、彼は言った。
「これから外交する上で、王を殺したことは非常に枷となる。罪ではないが、お前はもう兵士ではいられないだろう」
彼の顔にうっすらと皺が浮かぶ。ほくそ笑んでいるようだ。あまり品が良いとは言えない、優越感の滲み出た顔。私はその姿を、特に感心もなく見ていた。
それよりもだ。戦争において、殺してはいけない敵もいるという話。戦場で明確に殺意を向けてくる敵の中には、ときに無力化で留めなければならない者もいるとは、まったく国の兵とはままならない。初めて聞いた話だったため、そちらに感心してしまった。なるほど、もし次があるならば考慮しよう。
椅子の背もたれでふんぞり返っている彼の口振りを聞くに、その情報を活用する機会はもうなさそうだが。
「私は死罪になるのでしょうか」
「死罪まではいかんが……、そうだな、王都にはもういられないだろうな」
勿体ぶるように、顎をさする。上部の判断は聞いているだろうことから、彼は優越感で支配したいがために焦らしているのだろう。どうしてそんなことをしたいのかは、私にはよく分からない。
ただ、どうやら私はこれからも生かされるらしい。これまでの彼の口振りから何らかの刑に処されるのだろうと思っていたため、肩透かしを食らった気分である。ただ国がそう言うのなら、その通りにするだけだ。
「まあ俺の愛人になるというなら、上に掛け合ってやらんでもないが? 幽霊なんか抱いたことないからな、楽しみだ」
「そうですか。私はどこへ異動となるのでしょうか」
何か言った気がするが、無視する。思うに、どこか辺境の警備に就かされるのだろう。戦うことしか知らない私にとって、兵士の任を奪われないだけまだ有り難いことだ。
対して、彼は意味もなく舌打ちをして機嫌を損ねたことを知らせてくる。塩でも舐めたような顔だ。意味の分からない言葉を無視したことが、彼を苛つかせたのだろうか。冗談に聞こえたため、まさか答えを求められている言葉だとは思わなかった。
不機嫌になった彼は、しばらく黙りこくった。その睨めつけた瞳には、無表情な私の顔が映っている。私はそれを風景かのように何も考えず見つめていると、やがて彼は大きく息を吐いた。全身で溜息をつき、額に手を当てる。これはどういう意味での行動だろうか。呆れ。諦め。それとも私と相対するこの時間に飽きたか。気の利いた返答が出来ないため、そちらの方が可能性としては高い。
「つまらん奴だ」
「自覚はしております」
ふん、と鼻を鳴らした彼の眉間には皺が刻まれていた。本当につまらないのだろう。不服そうに私を睨みながら、机の上に無造作に置かれていた一枚の紙を手に取った。
「明日からカルム村へ異動だ。荷物を纏めておけ」
「カルム村、ですか……?」
名前は知っている、というのが所感だった。国境近くに位置し、資金援助という辛うじて国からの干渉がある村。村というからには第一次産業で生計を立てているのだろうが、名産はおろか景観すら知らなかった。そんな村が、ただの兵士である私をどう必要とするのだろう。盗賊か何かに襲われているというには国の動きとしては不可解で、またどこかの村が反乱しているという話も聞いていない。まさか農業に従事しろという話ではないだろうし、どのような任務なのかまったく予想が出来なかった。
「私は何と戦うのですか、大尉」
「戦う……?」
言って、私をまじまじと見やりながら、さげすんだらしい笑いをもらした。
「戦うことしか頭にないのか」
「それしか教わりませんでしたので」
歪んだ冷笑が、貼り付けられているかのように彼の顔で固定されている。何を嘲っているのか、私にはよく分からないのでそれも無視することにしよう。彼の私へのリアクションは、考えれば考えるだけわけが分からなくなる。どうしてこんなにも、分からないことを言うのか。
「ああ、お前は騎士の称号を賜ることになった。一応戦争を終わらせた功労者だからな」
「騎士の称号……」
言われたことを確かめるように、復唱した。一つの町や村など、特定の何かを守る役割を仰せつかった者。ある程度の地位が保証されている称号である。その役割は本来、孤児であり学のない私に相応しいものではない。
つまり、これは左遷だ。それがこれから外交する国の、その王を殺した私への対応。腫れ物として扱われるのには慣れている。上がそうしろと言うのなら従おう。しかし、
「大尉。戦争はもうしなくてもよい、ということなのでしょうか」
「それは分からん。ただまあ、お前はもうしなくていいだろうな」
「大尉。兵士ではなくなった私は、一体何者なのでしょうか」
「知るか。自分で考えろ、機械じゃないんだから。本当に気味の悪い奴だな。その白い髪然り、生気を感じない。亡霊と呼ばれているのにも納得だ」
立場の優位性から満足感に浸り笑みを浮かべている。対して、私は何も感じなかった。左遷されるのなら、もうこの上官と相対する機会はなくなる。では、彼は覚えておく必要のない存在だと。そう思い至って、私を嘲笑う目の前の男が途端にどうでもよく感じたのだ。そうして、私はその顔をただ見ていた。男が愉悦に浸かり終わり、退がれと命を下すそのときまで。
話 2
足の底から鉄槌で打ち上げてくるような硬い響きが、車両を包みこんだ。途端、列車は景色を搔き消すような勢いで轟々と走り出す。私を見送る者はおらず、昨夜同胞達に首都を離れるという話をしたがあまり興味がないという風だった。どうでもよいのだろう。窓から望める風景が、まるで一枚絵のように忙しなく変わっていく。風を切りながら全快速で走っているそれは、煤を溶かしたようなどす黒い空気を吐きながら隣町へと向かっている。丸一日掛けて、首都から四つの町を巡らんとしているその昼汽車。人数はまばらで、これから増えたり減ったりするのだろう。閑散とした車内で、走行する鼓動を感じながら、私は終着駅へと向かうためこの列車に乗っていた。向かい合わせになった席で一人、窓際に。空いている席はいくつかあるため、家族や仲間などでなければわざわざ対面に座ろうなどと思う者はいないだろう。座られても上手い受け答えは持ち合わせていないため困るのだが、大剣を隣に座る私を見てそれでも座ってくる者がいるのなら、それはよほどの変わり者に違いない。
列車に乗った経験がないわけではない。しかしその全てが戦場へ向かうための乗車で、窓の外を見るのは大まかな地形を把握するもので、決して風景を感じるためではなかった。なので、景色を楽しむという感覚がどういったものなのか、よく分からない。万が一に備え、見えた地形がどんなものだったのか記憶しなければならないのではないか、そんな風に思えてくる。その土地に戦意は感じられないにも関わらず、鎧すら身に着けていないのに。
白いブラウスに、緑のロングスカート。騎士という身分で行くからにはそれ相応の華美な装いで、という私には理解出来ない言い様で着させられた服である。普段鋼鉄と肌着しか身に着けない私にはとても不釣り合いで、むずがゆい。短刀すら貫通する、布地の衣服。不安が喉元を締め付けてきて、苦しい。防具のない移動というのは、こんなに私を翳らせるのかと。マントのフードを深く被り直すくらいでは拭いきれないくらいの影が、雨雲めいて広がる。なので、別のことを考えて紛らわせることにしよう。そう考えて、列車に揺られながらゆっくりと思考を巡らせる。
私がそれまで暮らしていたフリストレール国、その首都ルユ。大した記憶はないが、それでも二十年過ごした場所だ。去ることに何も思わないかと言えば、それは嘘になる。別に愛国者というわけではなく、戦えと命令されたから守っていた、というだけ。土地に愛着もない、と思う。ただ、この国に私は拾われた。孤児として五歳から兵士として生きることを運命づけた、私の故郷だ。生まれを誹られようが、髪の色を蔑まれようとも。私が帰る郷里はここしかない。この街しか、私は知らない。その点で、フリストレールは私の中ではある種の特別な町である。そんな場所を離れろと言われたのだから、それは魂を引き剝がされる気持ちにもなるだろう。まさか少しでも、後ろ髪を引かれる気持ちが私にあるなんて。
兵士としては汎用だった。為すべきときに為す。やれと言われたことをやるだけの存在。大して振り返る意味はない、戦っていただけの記憶。しかし、それしか能がない。それしか知らない。
気を紛らわすために私を振り返ったが、薄っぺらい人生だと改めて確認しただけだった。思い起こす事も然程多くはない。ただ人を殺していた。やれと言われたから。
窓の外に見える景色のほうがよっぽど色味がある。赤か、黒か。私のこれまでに彩を付けるなら、きっとその二つのどちらかだろう。血潮に塗れた手で暗闇を彷徨う。これまでも、そしてこれからも。
これまでを顧みることをやめた、途端。木々や草原、山々のシルエットが切り絵のようにゆき過ぎる。いま、いくつ駅を越えただろうか。気が付けば閑散としていた車内には人が幾人もいて、少なくとも最低一つは駅を通り過ぎたのは間違いない。私が記憶に浸ることをやめたのも、声が思考を遮ったからだ。
「失礼」
という、私のすぐそばで発せられた声が。
とはいえ、それが私に向けて言った言葉だとはそのときは思わなかった。さきほど考えた通り、わざわざ私の前に座る必要はないだろうと。そのため、反射的にその声の主を確認しただけのつもりだった。棘のように降りかかってくる、彼女の眼。もちろん彼女とは初対面で、恨みを買うような行いもしていない。そう感じたのはきっと、彼女の銀色の髪が私自身を連想させたからだろう。白銀はフリストレールの国民が持つ髪色ではない。この国にその色は私しかいない。なので一瞬私が見つめているのかと思って、思考が真っ暗になりかけたが、さっと気持ちを引き締める。私がもう一人いるなんて、あるわけない。彼女の顔は照り輝いているように綺麗で、まぶしささえ感じさせる。その点だけで、同じ系統の髪色だというのに私と彼女は大きく違っていた。
「向かいの席は空いているかしら」
そう言われて、車両の中をぐるりと見渡す。どうやら満員というほどではないが、どのボックスシートにも人が座っているようで、なるほどこの向かい席にやって来るのにも道理である。
「はい、空いていますが」
「座っても?」
断る理由もないため、首肯する。しかし申し訳ないことに、この席の荷物棚には既に私の大荷物が鎮座している。従ってその手に持ったアタッシュケースは隣に置いてもらう他わけだが。その旨を伝えたところ、彼女は納得したように分かったと答えた。
改めて、目の前に座った彼女の貌を窺う。ちらりと電光のように、あくまで盗み見るように。男の兵に囲まれて生きてきたため、美に対する選定眼などなく所感ではあるが。彼女は美しい女性だと思う。涼しく刺すような切れ長の目と背中まで伸びた銀髪が、得も言われぬ存在感を放つ。ドレスを模したしっかりとした造りの水色のワンピースは、家柄なのか品の良さを感じさせる。
なによりその髪色を何の負い目もなく晒す、光に満ちたその表情が、私には甚だ分からなかった。どこか遠くからの観光客だろうか。私を貶めるものの一つである白銀という髪色、それが彼女にとっては気にも留めない存在なのだと。
分からない。知れず、私はいつの間にか彼女のことを瞬きもしないで眺め入っていた。見つめるという意識すらしておらず、凝視していると気づいたのは直接彼女から問われたときだった。
「何か顔に付いているかしら」
さーっと頭の中に稲妻が走る。まさか指摘されるまで、自分の行いに気付かないなんて。相手に不信感を与えたことも相まって、兵士として浅はかにもほどがある。もし上官の前であったら、即座に体罰が発生するほどの失態だ。
「いえ、そのようなことは」
言いながら、どう躱すべきなのか分からず視線を逸らした。軍であれば顔面に一撃を貰えばそれで終わりなのだが、流石にそんなことを行う外見には見えない。
「あなたが見ていたのは、これでしょう?」
そう後ろ髪を掻き上げる。私には決して出来ない所作。その姿はどこか花弁が散っているようで、儚さすら感じさせた。どうして、その髪色を以て堂々と振舞えるのか。羨ましい、妬ましいという感情ではなく、ただ単純に分からない。
「珍しいかしら」
「はい、フリストレールは茶色の髪色が多いです」
「ああ、それで先ほどから視線を感じるのね」
奇異の目などどこ吹く風、という態度。ならさきほどから聞こえる吐息のような私語(ささやき)も、気にしてはいないのだろう。
「確かにあちらでも少し珍しいけど、関係ないわ。これがわたしなのだから、侮辱できる権利なんて誰にもありはしないのよ」
分からない。まるで異世界の言語のようで、私は返せる言葉すらなかった。分からないなら暴力で解決してしまえばいいという元上官からの教えは、この場では通用しない。
そしてもしかしたら自分の髪へ興味が出るのではないかという恐れから、私は押し黙った。フードをしているため、不自然さが彼女に生まれてもおかしくない。だから、意図的に沈黙する。いったん言葉が途切れると、まるで会話なんてなかったかのように沈黙がボックスシートに重く腰を据えた。
彼女とはこれっきりの相対だ、蟠りが残ることなど考慮する必要はない。分からないことは考えても分からないのだから、仕方がないだろう。
しかし沈黙が生まれたことにより、囁き声が蘆の葉に渡る風のようにどこからともなく起こる。奇異の目、彼女の銀髪を誹る声。私には最早慣れたもので空気のようなものなのだが、彼女はどうだろう。さきほどの口ぶりからして、あまり気にしてはいないだろうが。
木の葉がざわつくような背景音楽。絶えず起きるざわめきに、飽きないないのかと呆れながら、車窓の外を眺める。飛び去る景色は何もかもが速く、詳しい地形は把握出来ない。草原が、木々が、畦道が、そしてその先に見える水平線が来ては飛び去る。そうして風景を眺め続けてどれほど経ったか、再び真横で声が聞こえた。
「おかしいな、幽霊がボックスシートを占領してる」
白いシャツに茶色のロングベスト、短く切りそろえられた茶髪に無精ひげを生やしたその男。フリストレールの市民だろうか、彼女の髪を見るなり露骨に歪めた。白髪はこの国はおいて侮蔑の対象である。
その昔、フリストレールという国はとある北国に歴史的敗戦をした。そこから建て直し今に至るわけだが、その北国の民というのが銀色の髪を持っていたのである。かくして白銀は嫌悪され、国内においてその髪色は排他された。別にこの歴史のことを学んだわけではない。ただ私が差別される理由として学んだだけ。私がこの国にいられるのは孤児だからであり、それでも敵意は変わらずに向けられてきた。もはや私にはただの雑音に等しいが、彼女はどうだろう。
焦点を合わせるように何度か瞬きをする。
「幽霊?」
分からないという風に彼女は聞き返した。自分のことを幽霊だと言ってくる赤の他人に、思考の針が狂わされているのだろう。幽霊だと誹ってくるということは、まだ列車は首都に近い位置を走っているのだろう。ということは、彼女は首都から一つ先の駅から乗ってきたということか。
「はっ、観光客か?」
そう毒の針を含ませながら、彼女の長い髪を掴んだ。
「……随分と、この国の歓迎は野蛮なのね」
その口調には、明らかに不愉快そうな心持ちが滲んでいた。
「いいか、その髪色をこの国で見せるな。無事に帰りたいのならな!」
短刀を一突きするような大胆に物言いと共に、自分の目の前に顔を引き寄せるためぐっと力を籠める。が、彼女の頭部は動かない。それどころか、その表情には冷たい落ち着きが広がりっており涼しげですらあった。
まるで「何かしたか」 そう言わんばかりに。
「動かない……?」
男は鳥のように目を見開いた。全く予想していなかったという面もち。私も心の内側に小さな波が立つ。淑女と思っていた彼女が、まさか男に引っ張られてなお動かない身体の持ち主だとは。
行き場のない苛立ちに、男は手の甲に筋が出来るほど拳を作っていた。
「お待ちください。彼女は観光の方です、それ以上は……!」
彼女が格式ある家の出身の場合、その拳は大変なことに成りかねない。さきの王殺しの経験から、思わず断句を投げ入れる。私には関係のない事、のはずだった。そのため口を挟んだのは自分でも理由が分からない。ただどうしてか、このまま見ているのだけは良くないのではと思った。
「うるさい、指図するな」
猛火で焙りたてるような激情。
「誹るのなら、どうか私でお願いします」
言いながら、強調するように前髪に触れる。誹謗中傷に慣れている私の存在は、この場を収めるには最適だと思った。面倒なことになる前に、私が口撃対象になればと。
しかし、ぱきりと。薄氷を踏んだ際に鳴る音。次に男が苦悶の表情を浮かべる。何かで苦しんで、またその苦しみが全て、皺や歪みとなって顔に出たのだ。自分の髪を掴んでいる男の手首を、彼女が握っている。ただ、それだけで。小鳥でも絞め殺すように、男の手首は握り潰されそうになっていた。
途端にあがる、本能的に救いを求めるような悲鳴。ぎしぎしと骨が砕かれようとする音。折れてはいないようだが、罅くらいは入っているだろう。脂汗がにじみ続けるような苦痛に、男は虫のように身をよじらせた。
あの細見のどこに、そんな力強さがあるのだろう。彼女は一体、何者なのか。もしかしたら世から衰退しつつある魔法、その使い手なのかもしれない。まあ、今日限りの者のことを考えても仕方のないことだが。
その力強さに、男は思わず髪から手を放した。それに応じて彼女も手を放したが、どう見ても男の被害のほうが大きい。握られた右手は恐らくしばらくの間使い物にならないだろう。即ち、彼女を口撃した者はこうなるのだという証明である。
「幽霊が……!」
手首を抑えながら、言う。痛みで息が楽ではないほど、男は苦しいらしい。
「くだらないわね。あなたが侮辱しているのは、わたしではなくこの髪でしょう。この髪はわたし。わたしを蔑む権利はあなたにないわ」
彼女の言葉は、よく分からない。自分の一部である髪の侮辱に対する憤慨だろうか。自分の身体への暴言など、それこそどうだっていいことだ。それに罵倒は待っていれば過ぎ去るというのに、わざわざ反論する必要もないだろう。
唐突に汽車が揺れた。ほんの少しの間だったが、獣が胴を振るわせたかのような、そんな揺れだ。いつの間にか、次の駅へ到着している。それに、私たちは気づいていなかった。
否、一人だけ。彼女だけが、車体が揺れる前に立ち上がっていた。この駅で降りるのだろう。立ち上がるという所作、その当たり前の動作すら王侯貴族のように洗練されている。
この車両の扉が開いた。威勢の良い溜め息とでもいうような、そんな噴射音が響く。出口へと向かう彼女の背中に、誰かが「魔女だ」と誹った。先ほどの、常人離れした握力に対してのことだろう。確かに、あの力強さは魔法と言われればそれで納得できる強さではあった。
男がどのような目に合ったか見ていたにも関わらず、性懲りもなく投げつけられる暴言。根付いた差別意識は、その程度では止まらない。力強さはこの場では意味のないものだ。戦場でしか価値がない私みたいに。
その言葉に、出口へ向かっていた彼女はぴたりと立ち止まった。
「そうやって、後ろから罵倒するだけなら。どうやっても、前を向く人間を傷つけることなんて出来ないわ」
そう言って、列車の出口に消えていった。車窓の向こうに力強い後ろ姿が消えていく。残された乗客は呆気に取られていた。もう二度と会わない人物だろうが、まさか強い意思を以て反論してくる者はいようとは。銀髪の者でここまで言う者はきっとこれまで、そしてこれからもいないだろう。少なくとも、私はただ過ぎ去るのを待つだけだ。
この汽車が再び動き出すのを待つように。
話 3
彼女が降りた駅からさらに列車に揺られること四時間。そこから駅を離れ三十分。早朝の始発駅に乗ったにも関わらず、すでに時刻は昼を過ぎていた。付近には家などなく、ただ田園に囲まれた未舗装の畦道が続く。ところどころ顔を覗わせる野花や蝶が郊外の雰囲気を漂わせる。戦場としてはたびたびこういった自然豊かな場所へ訪れる経験はあったが、そもそも戦以外で王都以外を訪れる機会がなかった私は、なんとなく気が落ち着かない。木立や背の高い野草に隠れて、斥候や狙撃手が隠れているのではないだろうか、そんな感覚がある。来た経験のない場所であるため、警戒心を巡らせると共に周囲の状況は常に心内で整理していこう。
列車を降りてから四十五分ほど歩いたが、ひと一人見当たらない。同じ国に住んでいるというのに、どこか異邦人のような孤独さを感じる。
その中を、がしゃりがしゃりという金属が揺れる音。私が持ってきた大荷物が揺れる音だ。騎士という称号を賜るにあたり、それ相応の鎧を授かることになった。今は洋服を着ているため鎧は入れ物に入れ、背負うことでそれを持ち運んでいる。それに加え日用品を入れたアタッシュケース。当初は最低限の物だけの予定だったが、必要のない華美な洋服を何着も持たされてしまったため、こちらもなかなかの重量になってしまった。最早訓練の域だろう。これからカルム辿り着くまでどれくらい時間を要するのかは不明だが、余計な体力を使うことだけは分かる。
そして鎧の入れ物に括り付けられた大剣。身軽とは正反対の武装だが、今まで影響を感じたことはない。一振りさえすれば勝負を決定づけることが出来るのだ、これほど簡単な武器はない。今の私が身軽かというと、また別の話だが。
村の騎士という任務にどれほどの戦闘力が必要なのか分からないため、一介の兵士である私が持ち出せる物は可能な限り持ち込んだつもりだ。村に隊を組んで攻め込んでくるようなことがなければ、十分に制圧が可能だろう。
自分の所持品をいま一度確かめ終えると、外套のフードを直しながら周囲を見渡した。敵意も、そして装備の不備もない。先ほどから一向に変わらない草原だけがそこにある。
装備を担いだまま長距離を移動する経験は、これまでに何度もあった。流石に雨の中湿地帯を行く任務には及ばないが、この長い長い畦道を何時間も歩くのは結構な苦行だ。町に用があるたび、カルム村の者はこの畦道を歩き列車へ乗るのだろうか。今まで首都で兵をしていた身から見れば、確かにここは辺境と言える。
そうして駅からおよそ一時間、カルム村へと辿り着いた。家は中央の広場を囲むように石造りで建築され、村というには田畑が見受けられない。恐らく別の場所に作っているのだろう。入り口に立ってその風景を眺めていると、珍しいのか何人かの村人が遠くから観察するようにこちらを見ていた。
事前に聞いた話によれば、カルム村に騎士が着任することは初めてだという。幸運なのか近くが戦地になったという記録もなく、恐らく自分のような者が村へやって来ること自体珍しいのだろう。それならば、村人が私をじっとこちらを眺めている行為には納得だ。
まずはこの村の村長と会うことになっているのだが、果たしてその住まいはどこにあるのか。当然、新参者の私には検討もつかない。単純に一番立派な造りをしている家が村長の家なのかと思ったが、見たところ大小の違いは多少あれど、抜きんでて大きな家はない。
自分の足で探すか、村人に聞くべきか。これから自分が取るべき二つの選択を捏ね廻す。どちらを選んでもメリットとデメリットは存在する。これからこの村に常駐することを考えると、村人に不信感を抱かせる行動は控えるべきだろうか。
考える。ここが戦場なら、とっくに死んでいるほどに。
「あの……」
無意識だった。その不意打ちのような呼びかけに、私は反射的に振り向くと同時に背負っている武器の柄を握っていた。
「えっ!? いや、ちょっとちょっと!?」
少し考えれば、相手側からしたら今の私が不審者であることくらい分かることだ。村の入口で、しっかりと装備を整えた人間が突っ立っているのだから。にも関わらず反射的に武器を取ってしまったのは、私がそれほどに周囲を見ていなかったということなのだろう。
「申し訳ありません、突然のことでしたので」
面伏せな気持ちで、大剣から手を離す。見ると波打つ茶髪を後ろに纏めた、少女とも大人とも言えない二十前後ほどの女性だった。
「びっくりしたぁ、見慣れない顔だったから声掛けただけだったんだけど」
「失礼致しました」
頭を下げる。
「いやいやこっちこそ、いきなり声掛けてごめんね」
「いいえ、あやしい存在なのは事実ですので」
正直に答えると、彼女はどうしてかはなやかな笑みを宿した。その笑みはとても楽しそうな笑みだったのだが、それがどうしてなのかは感じ取れない。きっと私のコミュニケーション機能が低いせいだろう。考えても無駄なため、所感ではあるが友好的な雰囲気のある彼女に当初の目的を尋ねることにした。
「すいません。お尋ねしたいのですが、村長に会うにはどの場所に行けばよろしいのでしょうか」
「村長?」
「はい、私は騎士のエメ・アヴィアージュといいます。この村の村長に挨拶をしたいのですが、村長はどちらに……」
どちらにおいででしょうか、そう言う前に。彼女は私の手を取って握りしめた。それほど強くはない力ではあったが、突然のことに一瞬思考が停止してしまう。
「ホントに来たんだっ、この村に! 騎士様が!」
喜んでいる、と見るべきなのだろうか。きらきらと目を輝かせて、子供みたいに気分が昂揚しているようだった。この村が騎士を必要としているなどという話は聞いていないが、喜びようから鑑みて少なくとも彼女は嬉しがっていると見ていいだろう。
「聞いたときはこんな田舎に? って思ったけど、ホントに来てくれたんだ」
何故喜ばれているのかは分からないが、少なくとも私は彼女には歓迎されているらしい。それが喜ばしいことなのかどうかは、まだ判断に迷うところである。仮に私を必要としていた場合、村の状況はあまり芳しくないということになってしまう。仰せつかったその役目を考えるに、きっと出番は少ないほうがいい筈だ。
その昂揚が、単に騎士の物珍しさであることを期待しよう。だがその前に、
「申し訳ありません、村長の所在をお聞きしたいのですが」
この村でまず初めにすべきことが達成出来ていない。余計なことを考えるのは、その後でいい。
「あっ、そっかそっか、ごめん。村長のいるところだっけ、いいよ。案内してあげる」
「いえ、お時間を取らせるわけには」
「いいからいいから」
そう言って強引に、私の手を引く。村人とは言え、名前も分からない者に私の行方を預けるのは、あまり好ましくない。ただ、この手を振りほどいて不信感を生じさせるほうが、この先面倒事になりかねない。他の村人だって、遠巻きに見ているのだから。
曰く村長は自宅にいるらしく、そちらに向かうらしい。
「あたしはロラ。ここで薬師をやってるんだ」
「……ロラ」
復唱する。名前を覚えるには声に出すのが一番早い。そしてなにより、この村に住む住民だということが確定したことがなによりの情報だろう。
「というか、すごい荷物。よく持って来れたね、少し持とうか?」
「お気遣いなく」
やはり自分の装備が手元を離れるのは心許ないため断る。きっと、彼女からしたら何気ない善意なのだろうが。
ロラの後に続いて村を進んでいくと、次第に私への視線が増えていくことに気がついた。私が通った後ろで名残のように「騎士様?」「本当に?」などという囁き声が聞こえてくる。
「あはは、みんなも本当に来るの? って怪しがってたからさ、いざホントに来たから興味津々なんじゃないかな」
「そうなのですか」
そう背中に問うとロラは一呼吸おいてから、大きく肩を振り回して振り向いた。そしてひらひらと白いロングスカートをなびかせ、「そうそう」と言って笑う。その子供のような無邪気さに、きっとロラという女性は世間的に見て魅力的な女性なのだろうと客観的ながら感じた。
短く切り揃えられた芝草の地面。そして意図的に作られたであろう石畳の広場と、そこに鎮座する風見鶏。家々には玄関先に花が咲いていたり、或いは収穫物だろう作物がぶら下がっている。
それらを抜けていくと、他の家より若干幅を取っている青い屋根の家があった。
「ここが村長の家だよ」
「感謝致します、ありがとうございました」
彼女に感謝の念を示すのは至極真っ当のことである。見知らぬ私に声を掛け、さらには案内までしてもらった。ロラがいなければ、村を延々と彷徨っていただろう。
「いいよ、こういうのお互い様だし」
そう言いながら、家の扉をこつこつと叩く。
何か厚意を受け取ったなら、それ相応に報わなければならないのではないか。少なくとも、首都ルユではそんな成り立ちだったはず。だとするなら、私もそれに則り恩を返すべきなのだろう。ただ生憎、提供出来るものが戦闘力しかないため、その恩返しはしばらく先の話になると思うが。
思いながら、家から現れた女性と会釈を交わす。ロラと親しげに会話しているところを見ると、どうやら親しい間柄らしい。
「騎士様、遙々ようこそおいでくださいました。あいにく主人は留守にしておりまして」
「そうですか。奥様、どちらへ行かれたか教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「もうじき帰ってくると思いますので、家の中でお待ちください」
そう言って彼女は深くお辞儀した。頬から離れたもみあげが、力なく垂れる。村長の妻というには些か若い、娘と言っていい奥方だった。三つ編みにした髪を左肩に流し、しめっぽい瞳を輝かせている。肌の艶も良く、首筋の皺も少ない。
それに比較的茶髪が多く見られた中、金髪というのは珍しかった。どこか近隣から嫁いできたのだろうか。
最も、国内を見ればそれほど珍しい髪色ではない。素性の分からない私の白い髪よりよっぽど鮮明で綺麗な色だ。
「騎士様? どうかしたの」
奥様の風貌を見つめていた私にロラが呼びかけた。
「いえ、村長の奥様というにはお若いなと思いまして」
「あら、お世辞がお上手なのですね。騎士様」
そう言いながら、きちんと整った薄い唇が優しい笑みを作る。世辞など言えないので正直に言ったつもりなのだが、一歩引いた態度で微笑むところを見るに慎ましい女性なのだろう。
「若いよねぇ。でもこう見えて、オレリアさんは村長と三つしか違わないんだから」
「ちょっと、ロラ……」
近隣の若い女性を娶った、なんて私の稚拙な予想を上回る事実だった。直接村長を見たことはないため何とも言えないのだが、村長というからにはそれ相応の年齢のはず。それにも関わらず奥様がこんなに若々しい風貌なのは恐らく、何か秘訣でもあるのだろう。
「あの。すいません騎士様」
「いえ」
頬を赤らめて瞳を細め、手のひらで家の中を指し示す。そういえば、家の中で村長を待つという話だった。家の前で待機するというのも選択肢なのだが、奥様の厚意を無下にするわけにもいかないの
で敷居を跨がせてもらう。
「じゃあ騎士様、これからよろしくね」
ロラが軽く手を振ってくれる。これから何度も会うことになるというのに。
私はそれに、軽く頭を下げて応える。
そのときだった。
「騎士っていうのはそいつかい」
毒のある言葉が針のように背中を突き刺す。それは雷のように突然のことで、私は無意識に振り向いた。
「ちょっとちょっと、なんなのさアレクシ」
唐突に放られた言葉に対して、間髪入れずにロラが言い返す。
無駄な肉はほとんどなく、痩せすぎず引き締まった体を持つ男性だった。少し土で汚れた外套を纏い背には弓矢を携えた、逆立った赤茶の髪を持つ青年がそこに立っている。
「なんでここにロラがいるのか知らねぇが、俺はそこの騎士に用があるんだ。黙っててくれ」
「なんで?」
「どうしても」
それにロラは眉を不満そうにしかめた。嫌だとでも言いたそうな顔で、下唇を突き出している。
「私に何か御用でしょうか」
当然、彼と私は初対面だ。従って、因縁をつけられる謂われはない。
「何か御用、だと」
顔が露骨に歪んでいく。まるで嫌なものをひたすら見せられているように。
「逆だ逆! この村は騎士に用なんてねぇんだよ」
初めてやって来た場所で、初めて会う人物に、訳の分からない嫌悪感をぶつけられている。分からない。なら理解の及ばないものは殺してしまえばいい。
そう至って剣の柄を握ったのは本当に、無意識だった。
「ちょっと騎士様!? ストップ! ストップ!」
そう言ってロラが私の肩に触れた。きっとそうしてくれなければ、そのまま鞘から剣を抜いていただろう。
「俺達自警団がずっと村を守ってきたんだ、今更のこのこ来られてもお呼びじゃねぇよ」
なるほど。その主張で私の中で納得がいき、柄から手を離した。
カルム村は住民の中で自警団を結成して自衛している。今までそうして村を守ってきたのだろう。その中に今さら私が来たものだから、自警団としては不満や拒否反応があってもおかしくない。
ただ、そんなこと私に言われても困る。
「私は軍の命令を受けここへ来ました。帰ることは出来ません」
「知るか、それはそっちの都合だろ」
その声色には隠そうともせず苛立ちが内包されていた。燃え盛る木炭のように、今にもかっと弾けそうな雰囲気だ。
「帰れません」
「うるさいな」
その二つの言葉だけが行き交う問答がしばらく続いた。帰れと言われたところで、しかし王都を追い出された私に帰る場所はない。任務を全う出来ない私など、塵芥も同然で価値もない。
「せっかく来てくれたのに、そんな言い方ないでしょ」
ロラが割って入る。終わりの見えない押し問答はそこでようやく区切りとなったが、根本的な解決にはならない。ロラには迷惑を掛けてばかりだが、恐らく私か彼のどちらかが譲歩しない限りは収束しないだろう。私は下された命令を遂行しなくてはならない。今更騎士は不要という主張など、私には関係のないことだ。
「あっちが勝手に遠いところから来ただけだろ、別に労わることじゃねぇ」
「アレクシ!」
「それに、こんな蹴ったら簡単に折れそうな奴にうちの村は任せらんねぇよ」
「いや蹴ったら折れそうって……」
その表現に、ロラは眉を顰める。
「私の戦闘能力を疑問視している、ということでしょうか」
もし私の体を一撃でへし折ることが出来る肉体を持っているとするならば、なるほど。それは村にとって頼もしい存在かもしれない。来たばかりの私とどちらを頼るかと言われれば、彼を頼るだろう。
「それもある。どう見ても強そうには見えないからな」
「そうですか。では、今ここで私があなたを制圧すれば認めて頂けるということでしょうか」
決して突拍子もないことを言ったつもりはない。実力を示すことは彼を納得させる手段としては一番適しているはずだ。ただ私以外驚きで目を張っているところを見るに、それは耳を疑うような言葉だったことが鑑みられる。一番手っ取り早い解決策だと思ったのだが。
「騎士様!?」
「舐めてんのかお前」
「いいえ、決してそのようなことは」
自信があるのだろう。今まで村を守ってきた自警団の一人として。その実績があるのは認めよう。ただ私も帰るわけにもいかないため、その自負を手折ることで任務を続行する証明にさせてもらおう。
「いいぜ、その挑発乗った。広場に来い」
自信を頬の冷笑に暗示させて、親指で石畳の広場を指し示した。