話 1
私、一条瑛麗奈は、世界的な外食産業を牛耳る一条グループの唯一の後継者。
父が引き取った四人の孤児は、私の守護者であり、未来の夫候補として育てられた。
でも、私の心はたった一人、神崎達也だけのものだった。
けれど、彼は私を愛してはいなかった。
彼が愛していたのは、私が後援していたインターンの月島瑠奈。
私との結婚は、遺産を確保するためのビジネスディールに過ぎないと、彼は瑠奈に約束していた。
私をもっと依存させるため、彼は巨大なシャンデリアが私を押し潰しそうになる事故を画策した。
私の守護者であるはずの彼は、瑠奈を慰めるのに忙しく、私が危険に晒されていることに気づきもしなかった。
兄と呼んでいた他の三人も、彼らの味方をした。
私を「嫉妬深い性悪女」と罵って。
あの死の淵をさまよってから、彼らへの愛は消え失せた。
私は、ついに諦めた。
だから、彼らが私を最後の最後に辱めるために計画したパーティーで、私が達也を想って泣き濡れる隠し撮り映像が流された時も、私は泣かなかった。
私は、微笑んだ。
なぜなら、彼らは知らない。
私自身が監視カメラの映像を持っていることを。
そして、彼らの汚らわしい秘密を、一つ残らず暴き立てようとしていることを。
第1章
私の名前は一条瑛麗奈。世界的な外食産業の帝国として知られる一条グループの、唯一の後継者だ。
物心ついた頃から、私の世界は父が引き取った四人の青年を中心に回っていた。
彼らは才能ある孤児で、父が自らの右腕、左腕となるように育て上げた逸材たち。
そのうちの一人が、私の夫となり、父の後継者になるはずだった。
何年もの間、私の心臓はただ一人、神崎達也のためだけに鼓動していた。
彼は最も聡明で、最も才能に溢れ、そして最も心を閉ざしていた。
私は青春のすべてを彼を追いかけることに費やした。彼の光にすがりつく影のように。
彼の好きな料理を覚えては作ったけれど、彼はいつも「食欲がない」と言った。
会議が終わるのを待っていても、彼はいつも素っ気なく頷くだけで私の横を通り過ぎていった。
彼の冷たさは、暗い過去のせいで築かれた壁、彼の性分なのだと自分に言い聞かせていた。
私が頑張りさえすれば、いつかその壁を壊せると信じていた。
昨夜、その信念は粉々に砕け散った。
私は達也に緊急のファイルを届けるため、一条グループ本社の最上階へとVIPエレベーターで向かっていた。
廊下は静まり返り、床から天井まである窓から差し込む街の灯りが、冷たく辺りを照らしていた。
その時、私は見てしまった。役員ラウンジのそばの影に隠れる二人を。
達也が、私が後援しているインターンの月島瑠奈を壁に押し付けていた。
私が夢にまで見た、燃えるような情熱で、彼は命がけのように彼女にキスをしていた。
瑠奈。
達也が私に、家の財団から大学の学費を援助してやってほしいと頼み込んできた、貧しい家庭の少女。
誰もが純粋でか弱いと思っていた少女。
私が実の妹のように可愛がってきた少女。
そして、彼女の囁き声が聞こえた。恐怖を装った震え声で。
「達也さん、もし一条お嬢様に見つかったら……」
彼の答えは、私の長年の献身を断ち切る刃となった。
「あいつが知るわけない」
今朝、私は父の書斎に入り、私の人生を大きく変える決断を下した。
「お父様、結婚する人を決めました」
父、一条総帥は書類から顔を上げ、温かい笑みを浮かべた。
「ついに達也を射止めたか。お前ならやれると信じていたよ、愛しい娘」
私は首を横に振った。声は、固かった。
「いいえ。狩野湊さんのプロポーズを受けます」
父の笑みが消えた。
彼はペンを置き、私を見た。その眉間には困惑の皺が刻まれている。
「狩野?シリコンバレーのIT長者のか?瑛麗奈、彼は私が育てた『息子たち』ではない。一体どういうことだ?」
「彼は私を愛してくれています、お父様。心から」
「私の息子たちは優秀だ。お前と共に育ってきた。伊集院は卓越した戦略家だし、桐生には山をも動かす情熱がある。誰を選んでも、お前のパートナーとして申し分ないはずだ」
口の中に苦い味が広がった。
「申し分ない?お父様は何もご存じないのね」
一週間前の記憶が蘇る。
あのキスの衝撃から逃げるように会社を飛び出し、入ったこともない高級バーで、味もわからないカクテルで悲しみを紛らわそうとしていた。
その時、隣のボックス席から彼らの声が聞こえてきた。
伊集院慧、桐生健斗、そして早乙女怜だった。
狡猾な慧が、低い声で話していた。
「新しい戦略が必要だな。瑛麗奈の達也への執着が強まってる。もう子供じゃないんだ」
いつも短気な健斗が鼻で笑った。
「だから何だ?今まで通り、うまく付き合ってやればいい。達也が目的を果たすまで、彼女のご機嫌取りを手伝うだけだ。俺たちの問題じゃない」
「そう単純じゃない」
慧の声は冷静で、鋭かった。
「俺たちの小さな天使、瑠奈がこの件で傷つかないようにしないと。俺たちの忠誠は、彼女にこそある」
ボックス席の柔らかな革の背もたれに隠れながら聞いていると、冷たい恐怖が私を満たした。
彼らは笑っていた。
私の達也への「愚かで盲目な」献身を。
彼らは皆で協力し、達也が私を管理するのを手伝い、すべては彼らの大切な瑠奈を守るためだと話していた。
彼らは部外者である狩野湊を憐れんでさえいた。
「まあ、あいつは本気で瑛麗奈を愛してるみたいだけどな」
健斗はそう言って、見下すように肩をすくめた。
「気の毒に、家族の一員じゃないからな。負ける運命さ」
彼らの最終目的、すべての欺瞞の理由は、瑠奈だった。
達也が彼女を私の元へ連れてきた日のことを思い出す。
彼はチャリティー講演で出会った大学生で、「今まで見た中で最も純粋な瞳を持つ」少女だと言った。
彼は私を説得し、一条財団を使って彼女の学費全額を援助させた。
そして、彼の提案で、私は慣例を破り、彼女を一条グループの中核部門のインターンとして採用し、標準の倍の給料を支払った。
最初から、彼の百万分の一の恋物語は、他の誰かのためのものだったのだ。
私はただの気前のいいATM、彼らのロマンスの便利な背景に過ぎなかった。
彼らは私の家族が提供するすべてを享受しながら、裏では私を嘲笑し、陰謀を企てていた。
あの廊下での達也の言葉が、鋭く、決定的に蘇る。
キスの後、彼は瑠奈の顔を両手で包み込んだ。
「あいつとの結婚は、親父さんとの契約を果たすためだけだ。相続権を手に入れるための取引だよ」
彼は彼女にそう約束した。
「大切なのはお前だ、瑠奈。いつだって、お前だけなんだ」
話 2
私は一晩中そのバーで過ごした。アルコールの冷たさは、裏切りの炎を少しも和らげてはくれなかった。
達也の言葉が頭の中で響き渡る。「契約を果たすため」。
彼は私を取引、支払われるべき請求書としか見ていなかった。
私は彼の慈善事業の駒じゃない。
私の名と財産があれば、どんな男だって手に入る。
私を軽蔑する男からの愛情の切れ端を乞う必要なんてない。
私は再び父の前に立った。決意は固まっていた。
「本気です、お父様。私は湊さんと結婚します。彼を信頼しています。今まで私に正直でいてくれたのは、彼だけです」
「だが、息子たちは…」
「『息子たち』がお父様に忠実なのは、彼らの未来を握られているからです」
私の声は鋭かった。
「私への敬意なんて、ただの演技ですわ」
私は瞳に浮かんだ痛みの揺らぎを隠した。無駄にした年月、注ぎ込んだ愛情――すべてが冗談のようだった。
私は背筋を伸ばした。
「いくつかお願いがあります」
「何でも言ってくれ、愛しい娘」
「四人全員の法人アカウントと個人クレジットを凍結してください。それから、インターンの月島瑠奈は、採用基準を満たしていないとして解雇を。財団からの支援も、即刻すべて打ち切ってください」
父は驚いた様子だったが、ゆっくりと頷いた。
「お前がそう望むなら、そうしよう。お前の判断を信じている」
胸のつかえが取れた。
私は背筋を伸ばして書斎を出た。
本社の中央にある壮大な大理石の階段で、瑠奈に会った。
繊細な白いドレスを着た彼女は、まさに無垢そのものだった。
彼女は駆け寄ってきて、私の腕に絡みつこうとした。
「瑛麗奈さん!ちょうど探しに来たところなんです!今夜、チャリティーパーティーがあるって聞きました。連れて行っていただけませんか?お願い!」
私は彼女を見た。彼女が浮かべる甘い微笑みを。
私の愛を盗み、私の痛みを笑った少女の顔。吐き気がした。
私は嫌悪感を露わに、彼女の手から腕を引き抜いた。
彼女の目は驚きに見開かれた。
そして、純然たる芝居がかった動きで、彼女は「きゃっ」という小さな悲鳴を上げ、わざとらしく階段を数段転げ落ちた。
「瑠奈!」
階段の下から、必死の叫び声が響いた。達也だった。
健斗と怜もすぐ後ろにいる。
私は見下ろした。彼ら全員がそこに立って、私を見上げている。
桐生健斗が私を指さし、顔を怒りで真っ赤にしながら叫んだ。
「瑛麗奈、この性悪女!よくも瑠奈を突き落とせたな!嫉妬でおかしくなったのか!」
一方、瑠奈はすでに立ち上がり、目に涙を浮かべて私の弁護に駆け寄った。
「違うの、瑛麗奈さんは悪くないの!私が足を滑らせただけ。あの方が私を傷つけるはずないわ」
彼女の言葉は、私をさらに罪深く見せるだけだった。
彼女の目は赤く縁取られ、唇は震えていた。完璧な被害者だった。
男たちは皆、純粋な嫌悪感で私を睨みつけた。
達也は一言も発しなかった。
ただ、冷たく見下すような一瞥を私に投げかけると、瑠奈をガラス細工のように腕に抱きかかえ、運び去っていった。
私はそこに一人、階段の上に残された。
何十もの指さしと、ひそひそ話の的になって。
その夜遅く、会社の創立記念パーティーで、私は特注のドレスをまとい、冷静沈着そのものだった。
しかし、もちろん彼女もいた。
解雇されたはずの瑠奈が、達也の個人的な「アシスタント」として彼の隣に立っていた。
彼女は私の元へふわりとやって来て、甘く優しい声で言った。
「瑛麗奈さん、今朝は本当にごめんなさい。それと、私と達也さんのことは心配しないでください。私は自分の立場をわきまえています。あなたの幸せの邪魔をするつもりは決してありませんから」
達也は彼女のそばに付きっきりで、まるで彼女が世界で最も貴重なものであるかのように、片時も目を離さなかった。
彼女が震えればショールをかけ直し、自らシャンパンのグラスを持ってきた。
彼女がハイヒールで足が痛いとこぼせば、彼は何百人もの客の前で、磨き上げられた床にひざまずき、優しく彼女の足首を確かめた。
彼は、彼女のためにひざまずいた。
私は凍りついた。
十三歳の誕生日の記憶が蘇る。
パーティーの中心にはグランドピアノがあり、私は達也に弾いてほしかった。
彼はすでに天才で、その音楽は彼自身のように鮮烈で強烈だった。
父は彼に、男は妻のためにのみひざまずくべきだと教えていた。
しかしあの日、父はためらう十六歳の達也を見て言った。
「彼女のために弾いてやれ。彼女がお前の未来だ、達也。彼女が、すべてなんだ」
達也は弾いた。その顔は静かな屈辱の仮面で覆われていた。
未来の花嫁のための演奏、未来の帝国を手に入れるための取引。
話 3
父の言葉は、宣言であるはずだった。達也の運命を定め、私の未来を約束するもの。
彼は達也に、私が彼の世界であり、何よりも敬うべき女性だと告げていたのだ。
ピアノの椅子で彼の隣に座った時の、胸の高鳴りを覚えている。
私が彼に恋していると気づいた、最初の瞬間だった。
私は若すぎて、夢中になりすぎて、彼の目に燃える屈辱の色に気づかなかった。
それ以来、人前で彼に演奏を頼むことは二度となかった。
彼のプライドを、あまりにも尊重しすぎていたから。
今、私は彼が自ら、喜んで、別の女性のためにひざまずくのを見ていた。瑠奈のために。
彼は、私の目さえも痛むほどの優しさで彼女を見上げていた。
その光景は、鋭く耐え難い、物理的な痛みだった。
私は無理やり目をそらした。
ちょうどその時、湊さんが私の隣に現れ、手を差し伸べた。
「一曲、お相手願えませんか?」
彼の目は、部屋の他の誰をも無視していた。
私は彼の手を取り、ダンスフロアへと導かれるままになった。
音楽に、ワルツの回転に身を任せ、息苦しい人生の現実から逃れようとした。
曲の最後の音が消えゆく頃、金属がきしむ不吉な音がホールに響き渡った。
見上げると、私の席の真上にある巨大なクリスタルのシャンデリアが、不気味に揺れていた。
その主たる支持ケーブルが、糸のようにぷつりと切れた。
それは、私に向かって落下してきた。
群衆が悲鳴を上げた。時間がゆっくりと流れるように感じた。
達也が、目を大きく見開いて、ようやく反応するのが見えたが、彼は遠すぎた。
パーティーに「圧倒されて」気分が悪いという瑠奈を慰めるのに夢中で、彼は注意を払っていなかったのだ。
稲妻のように動いたのは、湊さんだった。
彼は私にタックルし、突き飛ばした。シャンデリアが、私が立っていた場所に墜落し、クリスタルと鋼鉄のシャワーとなって爆発する、まさにその瞬間に。
クリスタルの破片が、私のふくらはぎを切り裂いた。
痛みの霞の中で、私は達也を探した。
彼は今、パニックの仮面を顔に貼り付けて、私に向かって走ってきていた。
彼は私の守護者、父が私の安全を託した男であるはずだった。
彼は、失敗した。
彼は、彼女の世話に夢中すぎたのだ。
次に気づいた時、私は病院のベッドの上で、足に十数針も縫われていた。
達也は、罪悪感に苛まれているかのように、私の看病を申し出た。
彼は完璧な看護師で、注意深く、優しかった。
食事を運び、本を読み聞かせ、私が決して痛みを感じないように気を配った。
数日間、私の愚かな一部分が、一筋の希望を育むことを許してしまった。
もしかしたら、彼は気にかけてくれているのかもしれない。
もしかしたら、この事故が彼に何かを気づかせたのかもしれない。
しかし、瑠奈がスープの入った魔法瓶を持って見舞いに来るたびに彼の目が輝く様子や、私が気づいていないと思って交わす秘密の微笑みを見るたびに、その希望は枯れ果てていった。
ある夜、眠れずに、私は静かで無機質な私立病院の廊下を足を引きずりながら歩いていた。
非常階段を通り過ぎた時、声が聞こえた。慧と達也だった。
「今回はやりすぎだ、達也」
慧の声は低い唸り声だった。
「彼女は死んでいたかもしれない。あのシャンデリアは一トンもあるんだぞ」
私の血の気が引いた。
壁に身を押し付けると、心臓が耳元で激しく鼓動した。
達也の返事は、ぞっとするほど冷静だった。
「ケーブルが擦り切れてるのは知ってた。数週間前に施設課に修理を指示しておいたんだ。計画では、少し滑らせてパニックを起こすだけだった。俺が駆けつけて彼女を救い、ちょっとした恐怖で依存心を煽るつもりでな。まさか、本当に落下するとは計算外だった」
彼は、私の落下を計算していた。
それは事故ではなかった。計画だったのだ。
「それで、これが君の贖罪か?」
慧が尋ねた。
「献身的な看病人を演じているわけだ」
「最後までやり遂げるさ」
達也は言った。
「そうすれば、すべて終わる。彼女は元気になるし、俺たちも前に進める」
吐き気がこみ上げてきた。
胸から体全体に冷たさが広がるのを感じた。病院の空調とは無関係の悪寒。
彼が、私にこんなことをした。わざと。
私を「怖がらせる」ために。私を「管理する」ために。
血の味がするほど唇を噛みしめたが、痛みは感じなかった。
心の中の苦痛はあまりにも大きく、他のすべてを覆い隠してしまった。
これは単なる裏切りではない。これは、非道だ。