話 1
これは、私にとって三度目の結婚式。そう、なるはずだった。
純白のドレスは、まるで何度も繰り返し演じさせられる悲劇の舞台衣装のよう。
隣には婚約者の桐谷宗佑(きりたにそうすけ)が立っている。
けれど、彼の手は私の「か弱い」友人、藤堂詩織(とうどうしおり)の腕を固く握りしめていた。
突然、宗佑が詩織を連れて祭壇から離れていく。
招待客の前から、そして私の前から。
でも、今回は違った。
彼は戻ってきて、私を無理やり車に押し込み、人里離れた山中の空き地へと連れ去った。
そこで私を木に縛り付けると、さっきまでの青白い顔はどこへやら、詩織が私に平手打ちを食らわせた。
そして、私を守ると誓った男、宗佑が、詩織を動揺させた罰だと言って、私を何度も、何度も、殴りつけた。
土砂降りの雨の中、血を流し、独りきりで木に縛られたまま放置された。
こんなことは初めてじゃない。
一年前の結婚式では、詩織が私に殴りかかってきた。宗佑は血を流す私を放置して、彼女を抱きしめた。
その半年後、彼女は「誤って」私と親友に熱湯を浴びせかけた。宗佑は詩織をなだめるため、親友の手首を折り、私の絵描きの生命線である右手を破壊した。
私のキャリアは終わった。
森の中に置き去りにされ、震えが止まらない。意識が遠のいていく。
だめ。ここで死ぬわけにはいかない。
私は唇を強く噛みしめ、必死に意識を保とうとした。
両親のこと。父が守ってきた会社のこと。
それだけが、私をこの世に繋ぎとめる唯一の鎖だった。
次に目覚めた時、私は病院のベッドにいた。傍らには母が付き添ってくれている。
喉は焼けつくように痛んだけれど、電話をかけなければならなかった。
ずっと昔に暗記した国際番号をダイヤルする。
「望月紗奈(もちづきさな)です」私はかすれた声で言った。
「ええ、結婚の件、お受けします。私の家が持つ全資産を、保護のためにあなた方の口座へ。そして、私たちを国外へ逃がしてください」
第1章
これが、三度目の結婚式。そう、なるはずだった。
純白のドレスは、まるで何度も繰り返し演じさせられる悲劇の舞台衣装のようだった。
婚約者の桐谷宗佑が、私の隣に立っている。
私の手を取るべきその手は、代わりに藤堂詩織の腕を掴んでいた。
「息が苦しいわ、宗佑さん」詩織が青白い顔で喘いだ。「みんなが見てる。彼女が、私を睨んでる」
彼女、というのは私のこと。いつだって、彼女が言う「彼女」は私だった。
宗佑が私の方を向く。その端正な顔には、見慣れた苛立ちと偽りの忍耐が浮かんでいた。
「紗奈、少しだけだ。彼女をここから連れ出さないと。またパニック発作が起きてるんだ」
いつもの台本。決して変わることのない筋書き。
私が何か言う前に、彼はもう詩織を連れて祭壇から離れていく。招待客の前から、そして私の前から。
でも、今回は違った。
彼はただ去るだけではなかった。教会の階段に凍りついたように立ち尽くす私の横に、彼の車が滑り込んできた。
「乗れ」
彼は命令した。
私は動かなかった。
彼は私の腕を掴み、その指が肌に食い込む。そして助手席に私を無理やり押し込んだ。
ドレスのシルクが、小さく悲鳴を上げて裂けた。
街を離れ、何時間も走った気がする。
道は鬱蒼とした森に囲まれた未舗装のトラックに変わった。
彼は人里離れた小さな空き地で車を停めた。
「何をするの、宗佑さん?」私の声は震えていた。
「詩織の鬱憤を晴らしてやるのさ」彼の声は冷たかった。「そして、お前には自分の立場を思い知らせてやる」
彼は車を降り、私の側に回ってきて、私を車から引きずり出した。
その手にはロープが握られていた。
「逆らうなよ、紗奈」
彼は警告した。
彼は私を大きな樫の木に押し付け、両手首を縛り上げると、ロープを幹に固く結びつけた。
ドレスの繊細な生地越しに、ごつごつした樹皮が背中を削った。
数分後、別の車が到着した。
詩織が降りてくる。その顔はもはや青白くも怯えてもいなかった。
残酷な笑みが浮かんでいる。
彼女はまっすぐ私の元へ歩み寄ると、私の顔面に平手打ちを食らわせた。
鋭い衝撃が走る。
「すっきりしたわ」彼女は手を振りながら言った。「でも、手首が痛くなっちゃった。私、デリケートだから」
彼女は宗佑に媚びるように顔を向けた。
「宗佑さん、お願い。手が痛いの。代わりにやってくれる?」
彼は彼女を見た。その表情は、私には決して向けられることのない、深い憂慮に満ちた眼差しへと和らいだ。
「もちろんさ、詩織。君のためなら何でも」
彼は私の元へ歩み寄った。
私は、私を愛し、守ると誓った男の目を見つめた。
そこに映っていたのは、別の女への冷たい義務感だけだった。
「これは詩織を動揺させた罰だ」
彼は静かに言った。
そして、私を殴った。
彼の平手が私の頬を打つ。一度。二度。十回。
殴られるたびに、私の頭が前後に揺さぶられる。世界がぼやけ、口の中に血の味が広がった。
彼はようやく手を止め、少し息を切らしていた。満足げな表情だった。
私はうなだれた。
美しいはずのウェディングドレスは、泥と、そして今や私自身の血で汚れていた。
私の中から、すべての抵抗心が消え失せていた。瞳は虚ろで、もう何も感じなかった。
宗佑が手を伸ばし、親指で私の口の端から流れる血を優しく拭った。
その身の毛もよだつような優しさに、吐き気がした。
「彼女がどれだけ繊細か、お前も知っているだろう、紗奈」彼は低い声で囁いた。「彼女の父親は俺の恩師なんだ。俺は彼女に借りがある。すべてを捧げる義務があるんだ」
彼は立ち上がった。
「後で迎えに来る。詩織の気分が晴れたらな」
彼は自分の車に戻り、勝ち誇った表情の詩織を抱きかかえ、優しく助手席に乗せた。
走り去る車の中から、詩織が振り返り、小さく、勝利の笑みを浮かべて手を振った。
彼らの車が見えなくなった瞬間、吐き気と怒りの波が私を襲った。
咳き込むと、血飛沫が白いドレスに飛び散った。
記憶が蘇る。
一年前、最初の結婚式。私たちは祭壇にいた。招待客だった詩織が突然叫び声を上げ、私に飛びかかってきた。ベールを引き裂き、長い爪で私の顔を引っ掻いた。宗佑は彼女の元へ駆け寄り、彼女を抱きしめながら囁き続けた。私は血を流していた。結局、私は病院に運ばれ、もう少しで顔に傷が残るところだった。医者は運が良かったと言った。幸運だなんて、少しも思えなかった。
半年前、二度目の結婚式。今度は小さな内輪だけの式にした。詩織は「誤って」お茶用の熱湯の入ったポットを運びながら転び、それを私に浴びせかけようとした。親友の友梨(ゆり)が私を突き飛ばし、彼女が火傷のほとんどを腕に負った。詩織自身も数滴かかっただけで、痛みに泣き叫んだ。宗佑は、友梨の重傷と私の恐怖を無視し、詩織に「暴行した」罰として友梨を罰した。私が止めてと懇願する目の前で、彼は彼女の手首を折った。
そして、詩織をなだめるため、彼は「誤って」車のドアで私の右手を挟んだ。
私の絵描きの生命線である右手を。
私の世代で最も有望な若手画家の一人と言われた、その手を。
骨は砕け散った。私のキャリアは終わった。
その夜、私は彼に婚約を解消したいと告げた。
彼は私の両親と私の前で跪き、目に涙を浮かべ、もう一度だけチャンスをくれと懇願した。
「誓うよ、紗奈」彼は声を詰まらせた。「二度とこんなことはしない。愛してるんだ」
私はその時の彼を見た。完璧な、説得力のある演技。
そして悟った。すべてが嘘なのだと。
乾いた笑いが、私の唇から漏れた。
今、森に独り残され、冷気が骨の髄まで染み込んでくる。
空が開き、冷たく激しい雨が降り始めた。破れたドレスを濡らし、髪を顔に貼り付かせる。
体は制御不能に震え始めた。
視界の端が暗くなっていく。意識が遠のいていく。
だめ。ここで死ぬわけにはいかない。
私は自分の唇を強く噛みしめた。鋭い痛みが全身を駆け巡る。
起きていなければ。生きなければ。
両親のこと。もし私がこんな姿で見つかったら…私が死んだら、宗佑が私たちの家業に何をするか…
それだけが、私をこの世に繋ぎとめる唯一の鎖だった。
しかし、寒さは容赦なく、痛みは深く、脈打つように疼く。
私の体は限界だった。
私は目を閉じた。
次に感じたのは鋭い痛み。寒さからではなく、腕に刺さる注射針の痛みだった。
私は暖かく、乾いていた。
ゆっくりと目を開ける。天井は白い。消毒液の匂い。病院だ。
動こうとしたが、体が悲鳴を上げた。
「紗奈?ああ、あなた、目が覚めたのね!」
母の声だった。涙で濡れている。彼女は私のベッドに駆け寄り、その顔は心配と安堵でぐちゃぐちゃだった。
「二度とこんな心配させないで」母は泣きじゃくりながら私の手を握った。「あなたに何かあったら、私、生きていけないわ、紗奈。生きていけない」
私は弱々しく母の手を握り返した。喉がひりつく。
「お母さん」私はかすれた声で言った。「スマホ、取って」
話すのが辛い。喉がガラスで満たされているようだ。
母は憐れみの目で私を見つめ、すぐにベッドサイドのテーブルから私のスマホを手渡してくれた。
震える手でそれを受け取る。指が画面の上で滑ったが、私の決意は固かった。
ずっと昔に暗記した国際番号をダイヤルする。
二度コールが鳴った後、男の落ち着いた低い声が答えた。
葛城誠(かつらぎまこと)の弟、怜(れい)だった。
「はい」
「望月紗奈です」私は嗄れた声で言った。「結婚の件、お受けします」
電話の向こうで、一瞬の沈黙があった。
「条件は」私は痛みを堪えながら付け加えた。「私の家が持つ全資産を、保護のためにあなた方の口座へ。そして、私たちを国外へ逃がしてください」
「承知した」向こうの声は躊躇なく答えた。その深く、落ち着いた響きは、私の混沌とした人生の中で、奇妙な安らぎを与えてくれた。「結婚式は三日後だ。すべてこちらで手配する」
「もう一つ」私は言った。「あなたに、直接迎えに来てほしいの」
「必ず行く」
話 2
電話が切れた。母が私を見ていた。その目は希望と恐怖で大きく見開かれていた。
「また式を挙げるの?」母は囁いた。「紗奈、今度は本当に大丈夫なの?」
私はただ頷いた。説明するには疲れすぎていた。まだ計画のすべてを話してはいなかった。
その時、病室のドアが勢いよく開いた。
桐谷宗佑が立っていた。私の好きな百合の花束を手に。
心臓が凍りついた。冷たい恐怖が全身を駆け巡る。
彼がここにいてはいけない。今だけは。
私はパニックに陥り、母に視線を送った。母はすぐに察し、私とドアの間に立ちはだかった。
彼に知られてはいけない、と私は必死に思った。彼は決して私を離さないだろう。私を閉じ込め、永遠に彼に縛り付けるだろう。それが彼の言う愛なのだから。
宗佑は芝居がかった悲しみを湛えた目で部屋に入ってきた。
「紗奈、愛しい人」彼は柔らかく、懇願するような声で話し始めた。「君に頼みたいことがあるんだ」
私は体をこわばらせて彼を見つめた。
「詩織と…結婚することになった。明日」
その言葉は、物理的な打撃のように私を打ちのめした。
「形だけなんだ」彼は私の表情を見て、慌てて説明した。「彼女のセラピストが提案したんだ。彼女がようやく癒されるための安心感を与える方法だって。そうすれば、俺は彼女と離婚して、君と一緒になれる。ちゃんとした形で。君が望むものすべてをあげるよ」
彼は私を見つめ、理解を求めるように懇願した。
「紗奈、君に式に出てほしいんだ。詩織の介添人として」
その馬鹿馬鹿しさに、思わず笑いそうになった。介添人。私の婚約者と別の女の結婚式で。私を苦しめ、彼が苦しめるのを手伝った女の。
粉々に砕け散ったと思っていた心が、また新しく、鋭い痛みを覚えた。
私は彼にとって何なのだろう?おもちゃ?虐待した後に空っぽの約束でなだめられるペット?
「紗奈、君は俺の世界だ。俺の唯一の人だ」と耳元で囁かれたことを思い出す。苦い嘘だった。
熱く、純粋な怒りが体を駆け巡った。私はベッドサイドのテーブルから水のグラスを掴み、彼に投げつけた。
「出ていけ!」
彼はそれを легко躱し、グラスは彼の後ろの壁に当たって砕け散った。部屋は静まり返り、空気は緊張で張り詰めていた。
「紗奈、理性的になれ」彼は言った。その声は落ち着いていて、腹立たしいほど冷静だった。
「式は明日だ」彼は私がグラスを投げつけたことなどなかったかのように続けた。「誰かに迎えに行かせる」
彼は詩織との関係を正当化しつつ、私を鎖に繋いでおきたかったのだ。彼らの結婚を、本来の婚約者である私に祝福させて、世間に見せつけたかった。それは究極の屈辱だった。
「あなたたち、二人とも病気よ」私は怒りに震える声で吐き捨てた。「あなたも彼女も。狂ってる。私はあなたたちの治療薬じゃない」
私は枕を掴み、力の限り彼に投げつけた。
今度は彼は動かなかった。枕は彼の胸に当たり、力なく床に落ちた。
「君が着るための綺麗なドレスを送らせた」彼は全く動じずに言った。「ラベンダー色だ。君の好きな色だろう」
彼は一歩近づいた。「これがすべて終わったら、埋め合わせはする。約束する」
「出ていけ!」私は叫んだ。その声は喉から引き裂かれるように、生々しく、必死だった。病院の廊下に響き渡った。
それからの数日間、私の病室は彼らの病的な芝居の舞台となった。宗佑と詩織は絶えず訪れた。彼らは私のベッドのそばに座り、手を繋ぎ、結婚式の計画について話し、私に参加してほしいと懇願した。
詩織は最高の演技を見せた。目を大きく見開き、偽りの無邪気さを装った。
「紗奈さん、お願い」彼女は震える声で囁いた。「私にとって、とても意味があることなの。すごく怖いの。あなたがいてくれたら、安心できるのに」
そして彼女は胸を押さえ、呼吸が浅くなり、まるで気を失うかのように体を slumpedさせた。
看護師や他の患者たちは、私を嫌悪の目で見た。「あの可哀そうな子…」「婚約者、ひどい人ね」と囁き合った。
私は彼らの物語の悪役だった。
ついに、私はもう耐えられなくなった。彼らが訪れている最中、私は詩織の目をまっすぐに見つめた。
「死ねばいいのに」私は低く、毒のある声で言った。
詩織の顔が歪んだ。彼女は泣き崩れた。「できないわ、宗佑さん!彼女がこんなに私を憎んでいるなら、あなたと結婚なんてできない!もう全部キャンセルしましょう!」
彼女はヒステリックに泣きながら部屋を飛び出した。
宗佑は私に向き直り、その顔は怒りの仮面と化していた。
「どうしてそんなに意地悪なんだ?」彼は私の肩を掴み、怒鳴った。「少しの間だけ我慢できないのか?俺のために?」
「すべては、俺たちがいずれ一緒になるためなんだ!彼女が良くなれば、すべて元通りになる!約束する!」彼の顔は歪み、目は血走っていた。
「もし彼女が一生良くならなかったら?」私は平坦な声で尋ねた。
彼は一瞬ためらった。「良くなるさ。良くならなきゃ困る」
私は疲れていた。戦うことに、もううんざりしていた。「彼女を追いかけなさいよ、宗佑さん」私はうんざりしたように言った。「彼女が車にでも飛び込んで、私が殺したなんて言われる前に」
それだけで十分だった。彼は私から手を離し、彼女の名前を呼びながら部屋を飛び出していった。
私は空っぽの戸口を見つめた。心臓が冷たく、重い塊になって胸に沈んでいた。この場所に、もう一秒たりともいたくなかった。
私は退院することにした。小さなバッグに荷物を詰めながら、私の手は新しく、確固たる目的を持って動いていた。
病院のロビーを歩いていると、彼が見えた。
宗佑がインフォメーションデスクのそばに立っていた。満面の笑みを浮かべて。彼は看護師たちに、小さく上品な箱に入った引き出物を配っていた。
「ご結婚おめでとうございます、桐谷さん!」一人が嬉しそうに言った。
血の気が引いた。私は慌ててスマホを探した。
新しいメッセージ。詩織からだった。
それは一枚の写真だった。絡み合った二つの手。薬指にはお揃いの結婚指輪がはめられていた。写真の下には、もう一枚の写真があった。今日の日付が入った、彼らの正式な婚姻届。
結婚式は明日じゃなかった。今日だった。彼は嘘をついた。またしても。
話 3
乾いた笑いが唇から漏れた。
約束。彼は私に約束したのだ。
私は小さなスーツケースの取っ手を握りしめ、指の関節が白くなった。ロビーの向こうにいる彼を見つめた。私の夫になるはずだった男が、今や別の女との結婚を祝っている。
彼の母親、厳格で現実的な女性が、私たちに早く結婚するように促していたのを思い出す。「家族の合併は会社の合併よ、宗佑。ビジネスのためになるわ」
彼は私の手を握り、私の目を見つめ、心が痛むほどの愛を込めて言った。「違うよ、母さん。俺が紗奈と結婚するのは、彼女を愛しているからだ。そして、俺たちの日は完璧なものにしたい。5月20日。それが俺たちの日にしよう」
私は彼になぜその特定の日なのかと尋ねた。彼はただ神秘的に微笑んだ。「サプライズだよ」
私は馬鹿みたいにその日を待っていた。甘くて、世間知らずの馬鹿みたいに。そしてその日、彼は藤堂詩織と結婚した。
スマホを持つ手が震えた。奇妙な安堵感が私を包んだ。少なくとも、私は彼と何の書類も交わしていなかった。法的な悪夢を回避できたのだ。
一人の看護師が私のそばを通り過ぎ、小さく精巧なキャンディーを口に放り込んだ。「桐谷さん、気前がいいわね」彼女は同僚に言った。「銀座の老舗ショコラティEルの特注品ですって。相当高かったでしょうね」
彼女は私がそこに立っているのに気づき、親切な笑みを浮かべて一片差し出した。「どうぞ、召し上がって。おめでたい日ですもの」
私は受け取らなかった。ただ、じっと見つめていた。
私は宗佑を見つめた。彼は自分の喜びに夢中で、私に気づきさえしなかった。
その時、詩織が彼の隣に現れた。シンプルな白いドレスを着て、輝くように美しかった。彼女はつま先立ちになり、彼の頬に恥ずかしそうに、甘いキスをした。
彼は振り返り、彼女の肩に腕を回した。その笑顔は優しく、愛情に満ちていた。
看護師長がやってきた。「盛大なお祝いはいつですか?私たち、綺麗な花嫁さんのドレス姿が見たいわ」
宗佑は満面の笑みを浮かべた。「来週です。盛大な式典を開き、全世界に中継する予定です。俺がどれだけ妻を愛しているか、世界中に見せたいんです」
彼は詩織の手を握り、誇らしげで献身的な夫そのものだった。
私は踵を返し、病院を出た。
家に帰ると、ラベンダー色のドレスが待っていた。ベッドの上に広げられて。彼が私に彼の結婚式で着てほしかったドレス。
私はそれを手に取り、階下の暖炉まで運び、火をつけた。
炎が繊細な生地を舐め、黒い灰に変えていく。私は無表情でそれを見つめていた。
それから二階へ上がり、クローゼットの奥から大きくて重い箱を取り出した。宗佑がくれた贈り物がすべて入っていた。一つ一つが、夜空のような深い青色の特別な包装紙に包まれていた。
「どうしてこの色なの?」私は一度、銀色の星の模様を指でなぞりながら尋ねた。
彼はその時私にキスをした。「紗奈は俺の空だから。俺のすべてだから」
彼の瞳にあった愛を、彼の手の温もりを思い出す。すべてが別の人生の夢のようだった。
私は箱を階下へ運び、中身を暖炉にぶちまけた。炎は轟音を立て、思い出を、約束を、嘘を飲み込んでいった。
過去は灰になった。
私はスマホを取り、二本の電話をかけた。一本目は不動産業者へ。
「家を売りたいんです」私は言った。「すぐにでも」
二本目は庭師へ。
「庭の青い紫陽花を全部撤去してください」私は命じた。「根こそぎ掘り起こして。一本も残したくないんです」
彼は私のために、泥だらけになりながら自分で植えてくれたのだ。「紗奈が笑った時の瞳の色だから」と言って。
もういらない、と私は思った。彼も、もういらない。
すべてが終わった後、深く、重い疲労感が私を襲った。私は空っぽの部屋に行き、ベッドに横になった。
落ち着かない眠りに落ちたが、見られている感覚にはっと目が覚めた。手が私の髪を撫でていた。
私は目を見開いた。
宗佑が私の上にかがみこんでいた。彼の顔が数センチ先にあった。彼の息は高級なシャンパンの匂いがした。
私は彼を突き飛ばし、ベッドの反対側へ逃げた。
「ここで何してるの?」私は低い声で言った。「あなたは既婚者よ、宗佑さん。不適切だわ」
吐き気がするような衝撃と共に、彼がまだ鍵を持っていることを思い出した。明日の朝一番に鍵を替えるよう、心にメモした。
彼は立ち上がり、傷ついたような表情を浮かべた。「紗奈、そんな風にならないでくれ」
彼は再び私の髪に触れようと手を伸ばした。「もう少しだけ辛抱してくれ。彼女とは離婚する、誓うよ。そしたら、世紀の結婚式を君にあげるから」
彼の目は、いつも私に見せていたのと同じ、激しい愛に満ちていた。完璧な演技だった。
突然、階下から甲高い悲鳴が聞こえた。
「宗佑さん!宗佑さん、どこにいるの?私を置いていかないって約束したじゃない!」
詩織だった。彼を追ってきたに違いない。すべてを聞いていたに違いない。
彼女の声はヒステリックな叫び声に変わった。「もし彼女のところに戻るなら、私、死んでやる!今すぐ死んでやるから!」
家から走り出す足音と、タイヤの軋む音が聞こえた。
物音で目を覚ました両親が私の部屋に駆け込んできた。彼らは家から走り去る二つの人影を見て、心配そうな顔で私を見た。
私はこの茶番に付き合うには疲れすぎていた。
「鍵、替えて」私は平坦な声で言った。
両親は心配そうに顔を見合わせたが、何も聞かずに静かに部屋を出ていった。
私は布団を頭まで被り、世界が消えてしまえばいいと願った。