話 2
スー・ワンは薬箱を手に、疲れ果てた様子で家に帰ってきた。
薬を飲んだものの、休むことなく荷物の整理を始めた。
病院でのあの光景を思い出すと、かつては温かい場所だと感じていたこの家も、今では息苦しさと嫌悪感しか覚えなかった。
スマホが震えた。 リン・ウェイウェイからの着信だった。
「ワンワン! ショッピングに行かない? 今日はあなたの誕生日でしょ、 プレゼントも買っておいたんだから!」 ウェイウェイの声は昔と変わらず、弾むように優しかった。
その聞き慣れた声に、ワンワンは胸が締め付けられ、息が詰まりそうになった。
行きたくない。 だが、彼女が返事をする間もなく、玄関のドアが開けられた。
ウェイウェイは慣れた様子で中に入ってくる。 かつては彼女を本当の友人、そして家族のように思っていたから、家の暗証番号まで教えていた。
今思えば、それも二人の悲恋ごっこの道具だったのだろう。
ウェイウェイはワンワンの異変に全く気づいていないようで、一目見るなり、いつものように親しげに彼女の腕に絡みついた。
「ワンワン、どうして服を全部出してるの?」 ウェイウェイは目を細めて笑う。 「私と出かけるために、そんなに気合を入れちゃって。 でも、ワンワンは何を着ても似合うから大丈夫よ」
ワンワンは何も言わなかった。
先ほどの病院の廊下での光景が、まざまざと脳裏に蘇る。 シーイェンがウェイウェイに「愛しているのは、ずっと君だけだ」と情熱的に語りかけ、ウェイウェイが「今、彼女を見捨てるなんてできない。 別れるのはやめるわ」と、さも自分が身を引くかのように言う場面が……
その一言一句が、毒を塗った針のように、彼女の心の最も柔らかな部分を突き刺した。
最も信頼していた二人に同時に裏切られ、ワンワンは世界の終わりとはこのことかと思った。
心ここにあらずといった様子で、彼女はウェイウェイに引かれるがままデパートへと向かった。
高級ブランド店に入ると、ウェイウェイは彼女をショーケースへと直行させた。
「見て、ずっと前から選んでたプレゼントよ!」
彼女は慎重に紺色のビロードの箱を取り出した。 中には宝石のブレスレットが入っており、ペンダントは小さな月の形をしていた。 裏には「To W.W. 永遠に君を照らし続ける」と小さな文字が刻まれている。
ワンワンは呆然とした。
それは、彼女が大学時代に何気なく口にした言葉だった。
あの年、彼女が徹夜で課題に取り組んでいた時、ウェイウェイは朝まで付き合ってくれた。 窓の外を見ながら、彼女はこう言ったのだ。 「人生で、月みたいに、ずっと私のために輝いてくれる人がいたらいいのにな」
自分自身でさえ忘れていたのに、ウェイウェイは十年も覚えていてくれたのだ。
「あなたが月が一番好きだって言ってたの、覚えてたから」 ウェイウェイは優しくブレスレットを彼女の手首につけ、目を輝かせた。 「お誕生日おめでとう、ワンワン。 これからの毎年のお誕生日も、私が一緒にお祝いするからね」
ワンワンの目頭が熱くなる。 あまりに複雑な感情が、彼女の心を二つに引き裂こうとしていた。
彼女は幼い頃からスー家で育ったが、誕生日はいつも家族のパーティーにおける一つの段取りに過ぎなかった。 両親は来客の対応に忙しく、使用人がケーキを運んでくる。 彼女はそれにナイフを入れ、写真を撮り、微笑んで、それで終わり。
誰も彼女が何を欲しがっているか尋ねず、誰も彼女が何を好きか覚えていなかった。
ウェイウェイに出会うまでは。
彼女はバイトで貯めたお金で、ワンワンが好きな絶版の詩集を買ってくれた。
不格好な編み目の手編みのマフラーは、冬の間ずっと彼女を温めてくれた。
彼女との日常の何気ない瞬間をこっそり撮りため、MVにしてプレゼントしてくれたこともあった。
この世に少なくとも一人だけは、心から自分を愛してくれる人がいるのだと、ワンワンはずっと信じていた。
なのに、その「永遠に君を照らし続ける」と言った張本人が、裏ではシーイェンと未来を画策していたのだ。
「……私の誕生日、覚えててくれてありがとう」 ワンワンは低い、少し掠れた声で言った。
ウェイウェイは異変に気づかず、 興奮した様子で身振り手振りを交えながら続けた。 「あなたの大好きなモンブランも予約しておいたんだから! 後でいつもの場所で食べましょうよ。 川沿いのあのカフェ、 覚えてる?」
ワンワンは頷いたが、その視線はウェイウェイの首筋に注がれていた。 そこには、薄いキスマークが残っていた。
彼女はふと、とても静かな声で口を開いた。 「ウェイウェイ、 恋人ができたの? どうして今まで教えてくれなかったの? 私もあなたの彼氏に会ってみたいな」
ウェイウェイの動きが止まる。 無意識に首筋に手をやり、頬を微かに赤らめたが、すぐにそれを隠すように言った。 「あ……最近知り合ったばかりで、まだどうなるか分からなくて。 ちゃんと決まったら、絶対に紹介するから!」
その泳ぐような視線を見て、ワンワンの心にあった最後のかすかな期待が、粉々に砕け散った。
ウェイウェイが正直に打ち明けてくれさえすれば。
そうすれば、こんな馬鹿げた芝居を続けることなく、すぐにでも立ち去れるのに。
だが、彼らは彼女を何も知らない道化役に仕立て上げようとしている。
「そうなの?」ワンワンは口の端を歪め、苦々しい笑みを浮かべた。 「それは、本当によかったわね」
彼女はプレゼントの箱をそっとウェイウェイの手に返し、背を向けてその場を去ろうとした。
しかし、その体はがっしりとした胸板にぶつかった。
嗅ぎ慣れたシダーウッドの香りが鼻を掠めた。
ワンワンは全身を硬直させ、顔を上げるとルー・シーイェンの瞳と視線が合った。
彼はチャコールグレーのコートを羽織り、その目にはいつもの気だるげな色が浮かんでいた。 だが、彼女の姿を捉えた瞬間、その奥に一瞬の動揺が走り、すぐに押し殺された。
「ワンワン?どうしてここに?」彼は彼女の手首を掴もうと手を伸ばした。
ワンワンは咄嗟に一歩後ずさり、その手を避けた。
その時、 ウェイウェイが咎めるような口調で静かに言った。 「シーイェン、 今日が何の日か忘れちゃったの? ワンワンの誕生日じゃない」
シーイェンは言葉を失った。 彼は、確かに忘れていた。
話 3
蘇晚は立ち去りたかった。
しかし、その手首は温かい手にそっと掴まれた。
林薇薇だった。
「ワンワン、行かないでくれない?」 声は微かに震えていた。 「あなたが復縁してから、私たち、会う時間がどんどん少なくなっちゃって……。 だから、少しだけでいいから、一緒に買い物してほしくて。 ほんの少しでいいの、お願い?」
蘇晚は俯き、その手を見つめた。
かつてこの手は、彼女が熱を出した夜に一晩中その手を握りしめ、一度目の離婚をした後には彼女を抱きしめて泣き、本当は裕福な家の娘ではなかったと告げられた時には、その涙を拭ってくれた。
それなのに今、この手は陸時衍の手のひらから離れたかと思えば、すぐに自分を掴んでいる。
なんと皮肉なことだろう。
彼女は何も言わず、ただそっと力を込めて、手を振り解こうとした。
その時、陸時衍が早足でやってきた。
彼の燃えるような視線は、蘇晚ではなく、林薇薇の顔に向けられていた。 その声には責めるような響きがあった。 「ウェイウェイ、顔色が悪いぞ。 病院に連れて行く」
林薇薇は首を振り、目を赤くした。 「行かない!ワンワンがまだケーキを一緒に食べるって約束してくれてないもの……」
「彼女が嫌なら仕方ないだろう!」陸時衍の声が低くなり、ようやく蘇晚の方を向いた。 その眼差しは冷たい。 「蘇晚、ウェイウェイがどれだけ親身になってお前のことを想ってきたかと思ってるんだ。 これくらいの時間も割けないのか?お前には心がないのか?」
蘇晚は口の端を吊り上げた。 「陸時衍、その通りよ。 私に心なんてないわ」
陸時衍は蘇晚の無表情な顔を見つめていると、突然、得体の知れない恐怖が胸に込み上げてきた。 まさか、彼女は何か知ってしまったのだろうか?
蘇晚が再び林薇薇の手を振り解こうとすると、林薇薇は手首を捻ったのか、わずかに眉をひそめた。
陸時衍の眼差しが険しくなり、一歩前に出た。 「蘇晚、ウェイウェイを痛がらせるな」
「リク・ジエン!」林薇薇が突然声を張り上げ、蘇晚の前に立ちはだかるように両腕を広げた。 「ワンワンにそんな言い方しないで!」
陸時衍は呆然とした。 「ウェイウェイ?」
「病院には行かないって言ったでしょ!」林薇薇は目を真っ赤にし、声は震えながらも、その口調は驚くほど断固としていた。 「今すぐ帰るか、それとも残ってワンワンの誕生日を祝うか。 どっちかにして!」
「でも、顔色が悪いんだ。 万が一……」
「 『万が一』 なんてない!」 林薇薇は彼の言葉を遮り、 ついに涙をこぼした。 「今日はワンワンの誕生日なの! 祝うの、 祝わないの、 どっちなの?」
陸時衍は固まり、無意識に蘇晚に視線を向けた。
蘇晚は俯いていて、長い髪が表情を隠していたが、微かに震える肩が彼女の感情を物語っていた。
陸時衍は舌打ちを一つすると、心の中の動揺を隠すかのように言った。 「わかった、わかったよ。祝えばいいんだろ?」
林薇薇は深呼吸をすると、蘇晚に向き直り、声を和らげた。 「ワンワン……今日はあなたの誕生日なの。 ケーキを予約して、プレゼントも買って、あなたが一番好きなカフェの席も用意したの……だから、行かないで、お願い?」
蘇晚の目頭が熱くなった。
このすべてが真実であってほしいと、どれほど願ったことか。
しかし、これがまた二人の演じる茶番に過ぎないことを、彼女は誰よりも分かっていた。
「プレゼント、ありがとう。 とても嬉しいわ。 ケーキは……二人で食べて」
そう言うと、彼女は背を向けて立ち去った。
背後には静寂だけが残された。
数秒後、陸時衍が林薇薇に低い声で言うのが聞こえた。 「送っていくよ」
「いらない」 林薇薇は彼の手を避けた。 「もしあなたが彼女に酷いことをするなら、 私は今すぐここからいなくなる。 永遠に姿を消して、 二度とあなたに見つけられないようにするわ」
陸時衍はしばらく黙り込み、ついに折れた。 「……わかった。 彼女に優しくするよ」
蘇晚は振り返らなかったが、足取りが一瞬だけ緩んだ。
陸時衍が自分に見せる優しさが、すべて林薇薇の言葉による見せかけだったなんて。 なんとも滑稽な話だ。 林薇薇が陸時衍と一緒にいるのは、彼に蘇晚へ優しくさせるためだったとは。
蘇晚は歩き続けた。 その一歩一歩が、まるで刃の上を歩いているかのようだった。
林薇薇を憎むべきなのだろう。
しかし、憎みきることができなかった。
なぜなら、林薇薇は心から彼女を愛していたから。
そして、心から陸時衍を愛していたから。
だが、この世は、二つの愛が両立するにはあまりに酷だった。