2

北野美優 POV:

彩世は, まるで白い百合の花のように純粋な笑顔を浮かべて, 私の部屋に入ってきた. その華奢な体つきと透き通るような肌は, 見る者に保護欲を掻き立てる.

「美優さん, ごめんなさいね. 急に押しかけてしまって. 」

彼女の声はか細く, 心配そうな表情を私に向けたが, その瞳の奥には冷たい嘲笑が宿っているように感じた.

私は, 彼女の言葉に何も返さなかった. ただ, 冷めた目で彼女を見つめ返す.

源三郎は, 彩世を見ると, 表情を和らげた.

「彩世, よく来てくれた. 美優はまだ子供でな, お前のように思慮深くはないのだ. 」

源三郎は, 私には向けたことのない優しい眼差しを彩世に送っていた. まるで, 彼女こそが北野家の真の血筋であるかのように.

「源三郎様, お気遣いなく. 美優さんの気持ちも分かります. 」

彩世は謙虚にそう言った後, 源三郎に向き直った.

「あの, 源三郎様. 私の部屋は, どこになるのでしょうか? 」

その言葉は, まるで初めから, ここが自分の居場所であるかのように響いた.

源三郎は少し考えた後, 私を真っ直ぐに見た.

「美優, お前の部屋は, 彩世に譲ってやれ. お前はもう, 北野家の人間ではないのだからな. 」

その言葉は, 私の心を深く抉った. 長年住み慣れた部屋を, 何の権利もない女に奪われる.

「お断りします」

私は冷たく言い放った. 私の部屋は, 私の唯一の聖域だった. それを奪われることだけは, 許せなかった.

「貴様! 」

源三郎は怒鳴ったが, 私はもう彼を恐れてはいなかった.

「私はこの家から出て行きます. もう北野家とは一切関わりません」

私はそう言って, 部屋を飛び出した. 源三郎が何か叫んでいたが, 私の耳には届かなかった. 私はもう, この家に何の未練もなかった.

私はすぐに, 都内で最も高級なホテルにチェックインした. 最上階のスイートルームを予約し, ありったけのブランド品を買い漁った. クレジットカードの限度額など気にせず, 衝動のままに.

「美優! お前, 一体何をしているんだ! 」

数日後, 源三郎から怒鳴るような電話がかかってきた. 私のクレジットカードの請求が, 彼の元に届いたのだろう.

「祖父様との取引ですよ. 私の名義の海外資産は, まだ一部しか動かせませんから. 当面の生活費は, このクレジットカードで賄わせていただきます」

私は皮肉たっぷりにそう返した.

「貴様, この家の財産を食い潰すつもりか! 」

「ええ, そのつもりですよ. 私を人質として差し出した代償です. それに, 桜田様との結婚は, 私自身の意志ではありませんから」

私はそう言って, 電話を切った. 北野家の流動資産を根こそぎ奪い取る計画を, 私は密かに練り始めていた.

その夜, 氷室紀夫からメッセージが届いた.

「無事か? 」

たった二文字のメッセージだった. 私は冷笑した.

「ええ, お陰様で」

短い返信を送ると, すぐに既読がついたが, 返信は来なかった.

次の日の朝, 私はホテルのフロントから呼び出された. 私のクレジットカードが凍結された, というのだ.

「お客様, お支払いいただけませんか? 」

私は呆然とした. 北野家の手回しが, こんなにも早いとは.

「申し訳ございません, お支払いできません」

私はそう言うしかなかった. 結局, 私はホテルを追い出され, 身一つで路上に放り出された.

私は, 自分の携帯電話を取り出した. 誰かに助けを求めようとしたが, 私の知り合いは, 皆, 北野家の人間か, 氷室紀夫に関わる者ばかりだった. 本当に困った時, 私には誰もいない.

私は, 重い荷物を引きずりながら, 街を彷徨った. 夜風が肌を刺し, 私の心は凍えきっていた. 私は, 自分がこんなにも無力で孤独な存在だったのかと, 絶望した.

公園のベンチに座り込んでいると, 酔った男が私に近づいてきた.

「おい, 嬢ちゃん. 一人かい? 」

男の不気味な笑い声が, 夜の闇に響き渡った. 私は震え上がった.

その時だった.

「彼女に, 何をしている」

冷たい声が, 男の背後から響いた. 氷室紀夫だった. 彼は暗闇の中に, まるで影のように立っていた.

酔った男は, 氷室の威圧的な雰囲気に怯え, すぐに逃げ去った.

「…なぜ, ここに? 」

私は震える声で尋ねた.

「こんな場所で, 何をしている」

氷室は私の問いには答えず, 冷たい声で私を咎めた. 彼の目は, 私を責めるように輝いていた.

3

北野美優 POV:

氷室は私の返事を待たずに, 私の腕を掴んだ. 彼の指が私の肌に食い込み, 痛みを感じた. 私は彼の力に抗うことなく, 彼に引きずられるようにして車に乗せられた.

彼の行動は, 私には理解できなかった. なぜ, 私を助けに来たのか. そして, なぜ私を彼の家へと連れて行くのか.

車は, 私たちが何度か過ごした, 彼の高級マンションの前に止まった. 見慣れた景色が, 私の心を一層掻き乱した. 私は, 再び彼の支配下に戻るのかと, 絶望的な気持ちになった.

「入るぞ」

彼はそう言って, 無機質なエントランスを通り過ぎた. 私は彼の後ろを, ただ黙ってついて行った.

部屋に入ると, 私はすぐにリビングのソファに座り込んだ. 彼の部屋は, 以前と何も変わっていなかった. 冷たく, 無機質な空間. それが, 彼の本質を表しているようだった.

彼は私の隣に腰を下ろした. 彼の視線が私に向けられたが, 私は顔を上げることができなかった.

「ここに泊まっていくか? 」

彼の声は, 以前のように優しくもなく, かといって冷たくもなかった. ただ, 感情のない声だった.

「結構です」

私はすぐに答えた. 同じベッドで眠る気にはなれなかった. 彼の裏切りを, 私はまだ許していなかった.

「…そうか」

彼はそう言うと, 立ち上がった.

「客室を使え」

彼はそう言って, 私に客室の場所を示した. 私は彼の言葉に, 少しだけ安堵した. 少なくとも, 彼と同じベッドで過ごすことは避けられた.

私は客室に向かった. ドアを閉めると, 私はゆっくりと息を吐いた. 桜田航との結婚まで, あと数日. 私はこの場所から, もうすぐ離れるのだ.

翌朝, 私はゆっくりと目を覚ました. 時計を見ると, すでに午前10時を過ぎていた. 私は, 少しだけ気分が楽になっていた.

リビングに向かうと, 氷室がすでに朝食を摂っていた. 彼の前には, 新聞と淹れたてのコーヒーが置かれている. 彼は, 私が部屋に入ってきたことに気づくと, 視線を私に向けた.

「座れ」

彼はそう言って, 私の分の椅子を引いた. 私は黙って彼の向かいに座った. 朝食は, パンと卵, そしてベーコン. シンプルだが, 彼が用意したにしては珍しい.

「…彩世は, 一体誰なのですか? 」

私が口を開くと, 氷室の動きが止まった. 彼の視線が, 私に突き刺さる.

「…私の恩師の娘だ」

彼はそう答えた. その声には, 微かに感情がこもっているように聞こえた.

「それだけですか? 」

私はさらに問い詰めた. 彼の答えは, 私には納得できなかった. 恩師の娘にしては, あまりにも親密すぎる.

「彼女は, 私が守るべき人間だ. 病弱で, 家族もいない」

彼の声は, 冷たく響いた. しかし, その言葉の裏には, 彩世への深い感情が隠されているように感じた.

「だから, 私を裏切ったと? 」

私の声は震えていた. 感情が, 私を支配しようとしていた.

「彩世を傷つけるな」

氷室は私の言葉を遮り, 鋭い眼差しで私を睨みつけた. その目には, 私への警告が含まれていた.

「…面白い」

私は冷笑した. 彼の言葉は, 私にとってはただの言い訳に過ぎなかった.

「彼女は, お前とは違う. お前のように強くはない」

彼の言葉は, 私をさらに傷つけた. まるで, 私が感情を持たないロボットであるかのように.

私の心は, 完全に冷え切っていた. 彼は, 私を愛してなどいなかった. 私にとっての彼の存在は, 彼のビジネスのための道具に過ぎなかったのだ.

私は, 食事を途中で切り上げ, 客室に戻った. ドアを閉めると, 私はベッドに倒れ込んだ. 涙が, 私の頬を伝った.

その日一日, 私は部屋から一歩も出なかった. 氷室が何度か私を呼ぶ声が聞こえたが, 私は無視した. 私の心は, 彼の裏切りで深く傷ついていた.

夜になっても, 私の目は冴え渡っていた. 氷室の部屋からは, 何も音が聞こえなかった. 彼は, 彩世の元へと向かったのだろうか.

翌日の午後, 氷室が私の部屋をノックした.

「今夜, パーティーがある. 準備をしておけ」

彼の言葉に, 私は驚いた. パーティー? なぜ, 今になって.

「…分かりました」

私はそう答えた. どんなパーティーなのか, 私には想像もできなかった. しかし, 彼が私を連れて行くということは, 何らかの意味があるのだろう.

私たちは, 都心の豪華なパーティー会場に到着した. 会場には, 社交界の著名人たちが集まっており, 華やかな雰囲気に包まれていた.

「美優さん! 」

会場に入るとすぐに, 彩世が私に駆け寄ってきた. 彼女は, 私の知っている病弱な姿とは全く違い, 豪華なドレスを身に纏い, 輝いていた.

「このパーティーは, 彩世さんのための歓迎会なのよ」

彩世はそう言って, 私に満面の笑みを向けた. その言葉は, 私の心を深く抉った. 私は, 彼のパーティーに連れられてきたのではなく, 彩世の引き立て役として利用されたのだ.

私の脳裏に, 氷室の冷たい言葉が蘇った. 私はただの道具. 彼の存在は, 私にとって何の希望も与えなかった.

「あら, 美優さん? どうしたの, そんなに顔色が悪いわ」

彩世は私の顔を覗き込み, 心配そうな表情を浮かべた. その目は, 私を嘲笑っているように見えた.

「あなたこそ, よくお元気になられたこと」

私は冷笑した. 彼女の偽りの優しさに, 吐き気がした.

「氷室様のために, 早く元気にならなくちゃと思って」

彼女はそう言って, 氷室の腕に抱きついた. 氷室は, 彼女の頭を優しく撫でた. その目は, 私には向けられることのない, 優しい眼差しだった.

私の心臓は, 激しく脈打っていた. 彼の裏切りが, 私の心を深く傷つける. 私は, このパーティーで, 完全に彼に見捨てられたことを悟った.

私は, バーカウンターに向かい, 次々と酒を煽った. アルコールが, 私の心を麻痺させていく. 私は, この屈辱を忘れたかった.

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人質妻の復讐は甘く

第2話
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