話 2
「ジャック…ちょっと寒いわ」 ローズは魅惑的な甘い微笑と声で、ジャックの中の獣に呼びかけた。 彼女は、どんな理性的な男性でも抵抗できないと思わせる柔らかく甘い声を持っていた。
それを証明するかのように、ジャックはすぐにローズの腰を抱え「そうだな。車の中で暖まらないとな」といそいそと車に乗り込んだ。
ジャックにとって、セックスは食事をするのと同じ。当たり前で、日常のことで、生活の一部であった。
しかし、彼の最もお気に入りの女性はエミリーだ。 ジャックは前々からエミリーを抱きたくてたまらなかったが、エミリーには無理強いしないよう、ジャックの理性を総動員して徐々に攻めて落とした。
彼は、攻めるよりもエミリーに身を任せてほしかったからだ。
……
ジャックとエミリーの交際は3年ほどだったが、エミリーは身も心もジャックに捧げていたといっても過言ではなかった。 そんなエミリーだ。信じて疑わなかった恋人のジャックと親友だと信じていたローズの2人から、しかも同時に裏切られるとは。エミリーはただただ震えるばかりだった。 ぼんやりと、エミリーの足はバーに向っていた。酒以外、何にこの悲しみを溺れさせればよいというのか。
時刻はすでに 午前2時だった。 エミリーは完全に酔った状態で、1人、バーから出てきた。ハイヒールを脱いで片方ずつ手に持ち、 道をフラフラと素足で歩いていた。
ギラギラとした明めの車のヘッドライトがエミリーを照らした。エミリーはその場に立ち止まった。 ただただ、ぼうっと黒いマイバッハが自分 に向かって走ってくるのを見ていた。
「痛い!」マイバッハがエミリーの目の前で止まると、エミリーはフラフラと倒れた。
一方、マイバッハの車内では、急ブレーキの衝撃で、目を閉じて休んでいた後部座席の人物の身体が大きく前後し、 不満そうに眉間にしわを寄せつつ目を開いた。 後部座席の男性は、車を運転していたサムに厳しい視線を送った。サムとは後部座席に座る人物の運転手兼個人秘書だった。
「どうかしたのか?」
「ヤコブ様…」 と、サムは答えつつ、額からは玉のような汗が滴っていた。 「どこからともなく車の前に人が…それで私は急ブレーキを踏んでしまいました」サムは続けた。 「私は確かにその人を轢いてはおりません! きっとゆすりでしょう…」
「降りて確認してきなさい」
「はい、 ヤコブ様」
サムはすぐに車から降りて車の前を確認した。 車の前でサムが目にしたのは、街灯に照らされ横たわる美しい女性だった。 恐る恐るサムが近づいてみると、その女性の吐く息から強いアルコールを感じた。 とりあえずゆすりではないということはわかった。
「おい、お嬢 さん!起きなさい!」
サムが車の前に倒れている女性をゆすると、顔がちょうど街灯に照らされた。サムは大きなショックを受けた。
その泥酔している女性は、ジャックお坊ちゃまの ガールフレンドのエミリー・バイではありませんか! どうしてエミリーがここに、しかもこんな状態でいるのか。 サムの頭の中は「?」でいっぱいだった。
運転していたのが安全運転を心掛けているサムでよかった。もしこれが他の誰かだったならば、 エミリーは車で轢かれていたかもしれない。
サムは自発的な行動を慎んでいたので、 急いで後部座席に座る自分のボスに指示を仰ぐために車へ戻った。 「ヤコブ様、お車の前に倒れられているのはエミリー様でございます。ジャック様のガールフレンド、 エミリー・バイ様です。 かなり、いえ、非常に酩酊されてらっしゃいます」
サムのその言葉にヤコブ・グーの目が大きく開いた。 ヤコブはエミリーを思い出した。ジャックが以前、自宅に連れて来た女性だということを。 ヤコブの中では、エミリーは愛らしい笑顔をする素敵な女性と記憶されていた。 一寸の間を置き、ヤコブは「彼女を車に乗せなさい」とサムに指示を出し、サムはすぐさまエミリーを抱き上げて車で運んだ。
車内に寝かせられたエミリーは、座席の限られた空間のなかで身体が自由に動かない不快感を感じていた。
それからエミリーは何かをつぶやき、目を開け、自分の横に座り、眉間に皺を寄せ ている男性をぼんやりと見つめていた。 「あなたは…誰?」エミリーは尋ねた。
横に座る男性は無表情で彼女を見ている。
少しずつ頭の中がハッキリとしてきたエミリーは眉毛をあげて目を開いた。そしてついに隣の男性が誰であるかを知った。 「ヤ…ヤ…コブ? …ヤコブさん。 あなたでしたか…」
ヤコブはエミリーを無視し、
サムにジャックの家に向かうように伝えた。 「ジャックのところは勘弁してください!私、彼とは別れたので!」 エミリーの言葉には怒りが感じられた。
「別れた?」 ヤコブはポツリその言葉を繰り返し、クイッと眉を上げた。
「はい。私たちは別れました..」 エミリーは鼻をすすった。 頭の中では、その日エミリーに起こったことが初めから再生されていた。と、ともに次から次へと、ポロポロ、ポロポロとエミリーの目から涙がとめどなく流れた。 エミリーはもう気持ちが抑えられなかった。「彼、ジャックは別の女性と一緒に寝ていたのです。セックスです。 浮気です。そして、売春防止法違反で警察に逮捕され事情聴取を受けていたのです」
エミリーは小学生が先生にクラスメイトの悪事を告げ口する優等生のような口調でヤコブに事の経緯を説明した。
ひと通りエミリーの説明を聞き終えたヤコブは、 その細めの切れ長の目を細めた。 ― 売春だと?ジャックには灸を据えたはずが、足らなかったらしいな。― ヤコブは考えた。
実はヤコブとジャックには血縁関係がなかった。だから遠慮がちになったのか、ヤコブはジャックに躾というか、世間一般の常識を教えてはこなかった。 ジャックが”売春”などの犯罪に手を染めてグー一族の名に泥を塗るようなことをしない限り、ヤコブは彼の女遊びには目をつぶってきた。
「ヤコブさん。あなたがジャックに常識を教えなければなりません!」
エミリーの口調に怒りが増したことを感じたヤコブは、意図的に彼女を無視し続けた。 逆にエミリーは自分の言っていることが聞こえないと思い、ヤコブに近づいた。 「ヤコブさん!私の声、聞こえていますか?」エミリーはヤコブの襟元をギュッと掴み、ヤコブの顔を自分に近づけて訴えた。
そんなエミリーを鬱陶しく思ったヤコブは彼女を押しのけた。するとバランスを崩したエミリー。顔がヤコブの股間にすっぽりはまってしまった。
興奮してヤコブにジャックについて訴えていたエミリーだ。おのずと、彼女の荒い口呼吸は車内にアルコール香りを、ズボンと下着の2枚の生地の先にあるヤコブの股間に温かさを広げた。
ヤコブは不意を突かれた。
「あなたは彼に世の常識というものを教えるべきですわ…」 エミリーの話し方は柔らかく、声は魅力的だった。そんなエミリーに心を奪われ、心をかき乱されない男性などいないのではないかと思わせるほどに。
「私は君には最初に『常識』を教えるべきだな」 ヤコブはエミリーの耳元で「さぁ、顔をあげて」と囁いた。
エミリーは彼の車の車内で彼を誘惑したというのか?! エミリーは意図して彼の股間に顔をうずめたのか?
「私はジャックがひどい男性だと言っているんです!そしてあなたも…あなたも悪い人に違いない!…世界中、男はみんなアホなの?…」 エミリーは 言った。 エミリーはヤコブに寄りかかり、 まっすぐ進行方向に向かって座わろうとはしなかった。 まるで駄々っ子な女の子のように。
こういう状況下でなければ、エミリーがヤコブと面と向かうことすらなかったことだろう。なぜなら、彼の無慈悲な面を知っていたから。 しかしこの時は、酔った勢いで、後先など考えることもなく、エミリーは頭に浮かんだことを次から次へとヤコブにぶつけていた。
「ジャックは、恋人以外の女性と寝ることに慣れろ、と私に言ったの!そんな非常識なアホをねじ伏せてみなさいよ!ジャックを!」 エミリーの怒りの矛先が、 ジャックではなくヤコブに切り替わった。
「きっとあなたもジャックと同じなのね。あなたの場合、あなた自身がCEOですものね。サッカースタジアムを埋め尽くすほどの女性たち、しかもみんなあたなに夢中な女性たちに囲まれているのでしょうね…」
ヤコブの我慢の限界が近づいてきていた。徐々に彼の顔色が変わってきた。 ほとほと、ヤコブは酔った女性を上手にあしらう事がいかに難しいかを痛感していた。ヤコブがエミリーを押しのける。エミリーはヤコブにもたれかかる。また押しのける。またもたれかかる。そんな押し問答のようなすえに、エミリーはヤコブにガムのようにベッタリしがみついた。 エミリーはヤコブにガムのようにベッタリしがみついた。 羞恥心も酔いとともに飛んで行ったらしい。
エミリーの暴走はそこで止まらなかった。 彼女は手を伸ばしてヤコブの方に腕をまわした。 「ヤコブ。あなた、腎臓病を患っていませんか?そうでしょ?」 エミリーはいやらしい笑みを浮かべていた。
そのひと言がヤコブの箍を外すこととなる。 今、エミリーは彼のプライドと男らしさを軽く見ていた。 ヤコブの我慢は抑えきれないところに達していた。
しかし、エミリーは恐れることなく、微笑みながらヤコブの瞳をのぞき込んでいた。 本来エミリーが持つ美しく魅惑的な瞳は、今は腫れてはいるが、それでも吸い込まれるように魅力的で、月明かりの下でダイヤモンドのようなまばゆい輝きを放っていた。 ヤコブの目に映るエミリーは、すごく愛おしい存在として舞っていた。
言葉を発するたびに動くエミリーの瑞々しい薄紅色の唇は、情熱的なキスをせがんでいるようにしか見えなくなっていた。
ヤコブは、ついさっき、自分の股間で、この唇が燃えるようなアルコールの香りを広げたことを思い出した。 この女は男に飢えている!
「畜生!なんて女なんだ、君は!君が最初に 私を誘惑したのだ。君は自業自得なんだよ」
ヤコブは大きな手でエミリーの後頭部を鷲づかみにして顔を近づけると、情熱的に唇を押し付けた。酔った女性の言葉を鵜吞みにしたとは言え、ヤコブは、突然に理性を失った自分に嫌悪感を抱いた。
「…」 エミリーの酔いに任せて放たれた言葉の数々は、ヤコブのディープキスによって飲み込まれてしまった。
話 3
飽くなき欲望がヤコブに襲いかかる。 運転手席からサムがそう声をかけたのは、ヤコブがエミリーとの関係を次のステップへと進めようとした時。ヤコブにしてみれば、とんだ邪魔が入ったわけだった。
「グー様、 セオドアヴィラに到着いたしました。」 セオドアヴィラとは郊外の邸宅街の名称で、その中にジャックの自宅があった。成人してから、ジャックは1人で暮らしていた。
ヤコブは甘嚙みしていたエミリーの唇をそっと離した。 「Uターンだ!タイロンマンションに戻れ!」ヤコブは苛立った声でサムに言った。
「かしこまりました。グー様。」 サムはあえてバックミラーを見ようともしなかった。 なぜなら、後部座席がどういう状況にあるのか、勘のよいサムにはとうに察しがついていたからだ。衣擦れの音よ、ありがとう!そんなところだ。
― エミリーは ジャック氏の恋人のはず。 どうしてヤコ ブ様が…。 ― サムは疑問に感じていた。
そして、衣擦れの音をサムはずっと聞いていた。 サムは意図して後部座席の音を聞かぬよう、後ろの2人が何をしているのか気にしないようにした。
車のスピードが落ちた。ゆっくりとタイロンマンションの車寄せに入り、車は止められた。
ヤコブは、酔いが冷めきらないエミリーを車から降りるのを手伝い、彼女をマンションの部屋まで連れて行った。 部屋に着くとヤコブはエミリーを優しく抱きしめた。そして、リードしながら、足元がおぼつかないエミリーをメゾネットの上階にある主寝室へと連れて行った。
波乱に満ちた1日を過ごし、とても疲れていたエミリーは、ベッドを見ると急に眠気に襲われた。 しかし、エミリーによって本能が呼び覚まされてしまっていたヤコブは、彼女を抱くというみなぎる欲望を満たさないという選択肢はなかった。
燃え盛った一夜が明けた。
翌日の午後になり、やっとエミリーは長く深い眠りから目を覚ました。 身体を起こしてみると、まるで昨夜電車に轢かれたように全身に痛みを感じた。
それからエミリーは周囲を見回した。部屋の中に他に誰かいるのかいないのかを確認したが、どうやら部屋にいるのは自分だけのようだった。 大きなベッドに横になると、天井に施されている精巧なデザインの彫刻をぼんやりと見つめた。すると、断片的だった昨夜の記憶がゆっくりと心に沁み込んできた。パズルのピースを1つ、また1つはめていくように。 エミリーの記憶のパズルが出来上がった。
ボン!!と彼女の頭が一気に爆発した。
― ちょっとまって。私、昨日の夜、 男性と寝たんじゃない?男…男…。 って、相手の男性はジャックの 叔父のヤコブ!…なんてこと… ―
エミリーはショ ックだった。
ジャックの叔父といってもヤコブは今年27歳だ。 2人には血縁関係はなかったが、エミリーはいつも彼をジャックの本当の叔父と思い尊敬していた。 それなのに、 どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
エミリーは昨夜バーに行ったことをひどく後悔していた。 バーへ行って泥酔さえしていなければ、道端でヤコブに会うこともなかっただろう。決して、ヤコブと会うことはなかっただろうに…。
これを自業自得と言わずに何と言えばよいのだろうか…。
そんな自己嫌悪に陥っていたところに、突然、エミリーのいる部屋のドアがノックされた。エミリーは心臓が止まりそうなほどビックリした。
― どうしたらいいの? どんな顔をしてヤコブに会えばいいの? ―
「お起きになられましたか?お嬢さん?」エミリーが頭をフル回転させていると、部屋の外からメイドの声がした。
エミリーはホッとした。少 なくとも部屋に入ってくるのがヤコブではないことに。 「えぇ、どうぞ入ってください。」
と、エミリーは答えてベッドのふちに真っ直ぐ座ったときだった。エミリーの身体を覆っていたシーツがはらりと滑り落ち、全身真っ白な肌につけられた赤い花びらのような夜の余韻を露呈してしまった。
メイドの入室を止めるにはワンテンポ遅かった。 ドアを開けて入ってきたメイドの女性の視線は、エミリーの顔ではなく、全身につけられたキスマークに注がれた。 「新しいお召し物をお持ちいたしました。」メイドはエミリーには解釈しがたい無機質な、淡々とした感じで話していた。
エミリーは恥ずかしさのあまり、眉が八の字になっていた。 早くメイドに退出願いたかったエミリーは、床に脱ぎ散らかしてしまった洋服をチラリと見ると、 顔を赤らめつつ低めのトーンで「ありがとう!」とメイドに伝えた。
それからエミリーは少し間を置いたあと 「ヤコブさんは…どこに?」 とメイドに尋ねた。
「グー様でしたら、 すでに会社へ行かれましたが。」 ヤコブが自宅に連れ帰った最初の女性であるエミリーを前に、メイドの心中は穏やかではなかった。 メイドは嫉妬心から、主人であるヤコブがエミリーに伝えてほしいと頼まれたメッセージをエミリーに伝えなかった。わざと。
もちろんエミリーはメイドの不穏な空気や態度に気がついていたので、それ以上メイドの女性と話すことをやめた。 メイドがゆっくり一礼して部屋を出ると、エミリーは急いで服を着て、タクシーを呼び、ヤコブがこの自宅に戻る前にタイロンマンションを去った。
エミリーのタクシーと入れ替わるように、ヤコブを乗せた車がタイロンマンションに着いた。
ヤコブは急いで部屋に戻った。しかし、あそこにはエミリーがいなかった。彼は虚無感を感じた。
気を取り直し、ヤコブは、まだエミリーの温もりが残っているシーツをグイッと引っ張った。 その白いシーツには見てしっかりとわかるほどの赤い滴の跡がついていた。その赤い染みは、エミリーにとってヤコブが最初の男性である証拠だった。
ヤコブがシーツから視線を移すとまた別の物が目に入った。
大人の男として、ヤコブは昨夜、エミリーと距離を置くことができたはずだった。 しかし、そうはせず、自身の本能のままにエミリーを抱いた。
エミリーの誘惑に負けたことを自覚しなければならない。 誇りに思っていた自制心が彼女によって打ち砕かれたのだから。 加えて、エミリーの淑やかさは、長い間眠っていたヤコブの体内で沸々としていた男性の本能を爆発もさせた。 昨夜、彼は彼女を抱いた。何度も、何度も、彼は欲望ままに彼女を抱いた。
寝た子を起こしたエミリーが、ヤコブからどうして逃げられるのか。
……
エミリーはタイロンマンションを出ると、会社へ休むと連絡を入れ、仕事へは行かなかった。 彼女は自分のアパートに帰り、翌朝まで眠った。 翌朝起きたエミリーは仕事へと家をでた。
そして、会社の前にジャックのアストンマーティンが停まっていることに気がついたとき、エミリーにとって穏やかではない1日になりそうだと予感させた。
ローズが気取った笑みを浮かべながら、高価そうなピンヒールを履いた脚を揃え、優雅にアストンマーティンから降りてきた。
ジャックは車から降りると、わざとエミリーを無視してローズを抱き寄せ、公衆の面前でローズに熱い情熱的なキスをして見せた。 ローズは喘ぎ、ジャックのキスで息を切らした。
「ジャック。みんなが私たちを見ているわ、 やめてよ~。」 ローズはしなを作りながらジャックにそう言うと、ジャックの筋肉質な胸元にそっと手を添えた。
ジャックはジャックで、ローズのくびれたウエストに腕ををまわし、浮ついた笑顔で「ねだったのは君だよ。」とまんざらでもないと鼻の下を長くしていた。
エミリーはそう離れていないところから3人の様子をうかがう人々を軽蔑する眼差しでチラリと見ただけで、振り返ることもなくスタスタと会社のゲートを進んで行った。
ジャックはエミリーへの警告として意図的にローズとエミリーの会社前でいちゃついて見せたのだった。 しかし残念ながら、エミリーはジャックの想像通りのリアクションはせず、何事もなかったかのように通り過ぎて行った。 ジャックは急にガッカリともバカらしくとも、悲しくさえなっていた。
「僕は先に帰るよ。」
ジャックはそっけなくローズの腰から腕を話して突き放すと、さっさと車に乗り込みその場を去っていった。
あの夜から今の今まで、ジャックは自分がしたことに対する後悔など感じていなかった。 その社会的地位を考えると、女性と遊ぶことは彼にとっては大した事ではなかった。
大きな問題があったとすればそれは何だったのか?
エミリーはジャックがついに結婚を決めた女性であり、その事実は今も何も変わらない。 結婚、法律上の妻という地位。それは、ジャックがエミリーできる最高の愛の形であると信じて疑ってもいなかった。
ジャックがエミリーとの結婚の直前にした浮気は、エミリー自身のためを思ってのことだと本気で思っていた。 もしエミリーがジャックの浮気に耐えられない妻だったならば、エミリーはどうやってジャックの優しく理解ある妻になることができるというのか。
その頃、エミリーが勤めるホーガンカンパニーでは。
エミリーはここ数日で負った心の痛みに耐えながら仕事に集中することにしたが、早速、自分の思い通りにならない誰かや何かがあった。
「ねえ、ローズ!ジャックは エミリーを捨てたの? 見てみなよ、エミリー、 あんなに落ち込んじゃってるわ。」
「ねぇねぇ、 あなたとジャックは絵になるわ。
お似合いよ。」 「私もそう思っていたわ! どうしてジャック氏ともあろう人のそばにエミリーみたいな辛気臭い女がいるんだろうって。 ローズとジャックは本当にお似合いのカップルよ…。」
女性の同僚から、称賛のお世辞と褒め言葉を聞くことはローズの自尊心と虚栄心を大いに満足させた。 「やめてちょうだい。エミリーと私は親友なのよ。私、彼女をこれ以上傷つけたくないの…。」 気分が乗っているローズは、 不機嫌なふりをして周囲にそう言ってのけた。
「演説はおわったかしら?」 エミリーはローズを見下すような眼差しで見ていた。「終わったようね。これ以上、私について胸が悪くなるような事を話すの、やめてくださらないかしら。」
「ちょっと。どうしてそんなことが言えるの?エミリー。」 ローズは下唇を噛んだ。エミリーのその言葉に素直に従う気にはなれなかった。
ローズの周りにはいつも噂好きでクセのある人たちが集まっていた。 「何てことかしら!あなたがローズにとやかくいう権利なんて何もないわ。 ローズ、この人に優しくしてあげる必要なんてないわよ! 彼女は言われて当然!」 挑発するような言葉をローズの周囲がエミリーに投げつけた。