1

結婚式当日, 夫は私のウェディングドレスを奪い, 幼馴染の女に着せました.

「彼女は心臓が弱くて, これが最後の願いなんだ」

そう言って夫は私を祭壇に置き去りにし, その女と腕を組んでバージンロードを歩き出しました.

抗議する私に向けられたのは, 参列していた実の家族からの冷ややかな視線でした.

「弘樹さんの顔を立てなさい! お前はなんて心が狭いんだ」

両親と弟は, 夫の財力に群がる寄生虫でした.

私の貯金は勝手に使い込まれ, 妊娠中の体さえ気遣われることはありませんでした.

雨の中で一人, 私は悟りました.

夫の愛は支配であり, 家族の絆は搾取でしかなかったのだと.

私は震える手で産婦人科の予約を入れ, お腹の子との別れを決意しました.

その後, 不倫スキャンダルを揉み消すために私を軟禁した夫に対し, 私は従順な妻を演じ続けました.

そして迎えた, 夫が仕組んだ「謝罪会見」の生中継.

全国のカメラが私に向けられたその瞬間, 私は懐に隠し持っていた証拠写真を高く掲げました.

「さあ, 復讐の時間よ」

第1章

藤原凛香 POV:

私のウェディングドレスを, 夫の弘樹が幼馴染の苺に着せた瞬間, 心臓が凍りついた.

私の手は反射的に弘樹の胸を突き飛ばした.

弘樹は大きくよろめき, その目は驚愕に満ちていた. 彼は私をこんな風に怒らせたことがなかった.

「弘樹様! 」苺が甲高い声で叫び, 弘樹の腕にしがみついた. その細い指が, 弘樹の白いタキシードに食い込む.

苺は私を睨みつけ, その瞳には明らかな敵意が宿っていた. 「りん, いくらなんでもひどいよ. 弘樹様は私の最後のお願いを聞いてくださっただけなのに! 」彼女の声は弱々しく震えていたが, その言葉にはねっとりとした毒が含まれていた.

「最後のお願い? 」私の声は掠れていた.

弘樹は苺の肩を抱き寄せ, 優しく背中を撫でた. 「苺は心臓が弱くて, いつどうなるか分からないんだ. 人生で一度くらい, ウェディングドレスを着てみたいって言っていたんだよ. 俺が叶えてあげたかった」

「でも, これは私のドレスよ! 」私の声はもはや怒りというより, 悲鳴に近かった.

弘樹は私から目を背け, 苺の顔を覗き込んだ. 「苺, もういい. 君の体調が一番大事だ. 式のことは気にしなくていい. 俺が凛香に話しておく」

苺はうつむき加減で, 弘樹の胸に顔を埋めた. 「でも, 弘樹様と二人でバージンロードを歩くのが夢だったの... 」彼女の声はすすり泣きに変わった.

弘樹は苺を抱きしめ, 私のウェディングドレスの裾が床に引きずられるのを見て, 彼は跪いた. 彼は汚れてもいない白いレースの裾を, まるでそれが世界で一番大切な布であるかのように, 丁寧に指で払った. その指先が, 私のためのものだったはずのドレスに触れるたびに, 私の心臓が潰れるような痛みが走った. このドレスは, 彼が私を選んでくれた証だと思っていたのに.

「このドレスは, 苺のためにあるべきだったんだ」弘樹の声が, 私の耳元で囁かれた. それは, 私が彼から聞いたどんな言葉よりも残酷だった. 私はこの日のために, 何ヶ月もかけて選んだこのドレスを, 彼が私に着せるのをどれほど楽しみにしていたことか. その期待が, 一瞬にして打ち砕かれた.

私は唇を噛み締め, 何も言えなかった. 喉がひどく乾き, 痛くて声が出なかった.

弘樹は立ち上がり, 私の方を向いた. その顔には怒りがにじんでいた. 「凛香, お前は何様だ? 苺の人生がかかっているんだぞ. そんなに自分のことしか考えられないのか? 」彼の言葉は, 私の心を直接抉るナイフのようだった.

「お前にとって, この結婚はそんなに大事なのか? 子供のこと, どうするつもりだ」彼の目は, 私の腹部に向けられた. 私はその視線に, 初めて恐怖を感じた.

突然, 教会の重厚な扉が開かれ, オルガンの荘厳な音楽が響き渡った. 参列者が一斉に振り向き, 私たちがいることに気づいた. 弘樹は苺の手を取り, 私を置き去りにしてバージンロードへと歩き出した. 苺は震える声で, 弘樹の腕に寄り添いながら微笑んだ. その笑顔は, 私に向けられた勝利の嘲笑に見えた.

私はその場で携帯を取り出し, 震える指で産婦人科の番号を検索した. 予約アプリを開き, 最短で中絶手術を受けられる日時を探した. 迷いはなかった.

参列者たちの視線が, 私に突き刺さる. 彼らの囁き声が, 教会の静寂を破った. 「藤原凛香さんが, ああやって置き去りにされるなんて信じられないわ」「やっぱり, 男って幼馴染には弱いものなのね」「かわいそうに, 妊娠しているのに…」彼らの言葉は, 私を裸の状態にして晒しものにするかのようだった.

「愛していますか? この女性を妻とし, その命ある限り, 健やかなる時も病める時も, 富める時も貧しい時も, 敬い, 愛し, 慈しむことを誓いますか? 」神父の声が響き渡る.

いや, 誓うな. 私を置いて, 誓うな.

私の頭が, その言葉を拒絶した. 私は堪えきれなくなり, 教会の裏口へと駆け出した. 白いドレスの裾が, 大理石の床に擦れる音が, ひどく耳障りだった.

教会の外に出ると, 両親と弟の源太が, 弘樹と苺の入場を祝福する人々の輪の中にいた. 彼らは満面の笑みで, 苺の白いドレス姿を褒め称えていた. 父は弘樹の会社から借りた高級車を自慢し, 母は苺の病気を心配する素振りを見せながら, 弘樹の財力を称賛していた. 源太は弘樹からもらった時計を誇らしげに見せびらかしていた.

「凛香! どこへ行くの! 」母の声が, 私の背中に突き刺さった.

私は立ち止まった. 母は私の元に駆け寄り, 低い声で言った. 「あんた, 何してんのよ! 弘樹さんと苺ちゃんの邪魔をするなんて! あんな大事な時に! 」

「邪魔? 」私から声が漏れた.

「弘樹さんから連絡があったわよ. あんたが式の最中に勝手に席を立ったって. どういうつもり? 」

「私, もう弘樹とは無理」私は震える声で告げた.

母の顔が, 一瞬にして凍りついた. 「無理? あんた, 何を言ってるの! 弘樹さんがあんたみたいな何の取り柄もない女を拾ってくれたのに! それに, あんたの貯金, 源太の車の頭金に使わせてもらったでしょ? 弘樹さんが肩代わりしてくれてた借金も, 全部返済する必要があるのよ! 」

私の頭が真っ白になった. 貯金? 源太の車? 借金? 私の知らないところで, 全てが進んでいた.

「私の貯金…どういうこと? 」

母は焦ったように言葉を濁した. 「な, 何よ. 家族の助け合いじゃない! 小さい頃から, お姉ちゃんだから我慢しなさいって言ってきたでしょ! 」

父と源太も駆け寄ってきた. 父はため息をつき, 私を諭すように言った. 「凛香, 男の甲斐性だ. 弘樹君は苺ちゃんのことを大事に思っているんだ. それくらい許してやれ. 我慢すれば, これからも裕福な暮らしができるんだから」

源太は私の顔を覗き込み, ニヤニヤと笑った. 「姉ちゃん, まさかそんなことで離婚なんて言わないよな? 俺の車, どうしてくれるんだよ」

私の頭の中で, 過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った.

小さい頃から, 「お姉ちゃんだから」という言葉を盾に, 私のものは全て源太のものになり, 私の夢はいつも後回しにされた. 両親は私の成果を褒めることはなく, 弘樹との結婚も, 彼らの借金返済のためだったことを今, 知った. 彼らにとって, 私はただの金づるだった.

「私の人生, 一体何だったの…」私は膝から崩れ落ちそうになった.

その時, 携帯が鳴った. 弘樹からの電話だった.

「凛香, どこだ. すぐに戻ってこい. 式が台無しになるだろ」弘樹の声は, 怒りに震えていた.

「弘樹, もう無理よ. 私, あなたとは…」

「何を言ってるんだ! お前は俺の妻だ. そして, お前のお腹には俺の子供がいるんだぞ! これを台無しにしたら, お前は一生後悔することになるぞ! 」弘樹の声には, 明らかな脅しが含まれていた.

私の頭に, ズキンと痛みが走った. お腹の中の命. この子を, こんな地獄のような家庭で育てるのか?

「ママ, 弘樹が怒ってるよ! 」源太の声が耳元で響いた.

「凛香, 早く弘樹さんのところに戻ってあげなさい! 分かってるでしょ, 私たちがどうやって生きてきたか! 」母の悲鳴のような声が, 私の耳を劈いた.

私は携帯を握りしめ, 震える声で弘樹に言った. 「私, もう限界なの…」

「限界? 誰のおかげで生きてこられたと思ってるんだ. お前には俺しかいないんだぞ. この結婚を壊したら, お前は一文無しだ. もうどこにも居場所なんてないんだからな! 」

私の体から, 全ての力が抜け落ちていくような感覚に襲われた. 呼吸が苦しくなり, 視界が歪んだ.

「あんた, まさか弘樹さんに逆らうつもりじゃないでしょうね! 」母の怒鳴り声が, 最後に私の耳に届いた.

パチン, と音を立てて, 通話が切れた. 私は携帯を握りしめたまま, その場に立ち尽くした. 世界にたった一人取り残されたような孤独感が, 私を包み込んだ.

2

藤原凛香 POV:

私は地面に膝をつき, しばらく動けなかった. 冷たい石畳が, ウェディングドレス越しに肌に食い込む. しかし, その痛みよりも, 心に開いた穴の方がずっと大きかった. 私はゆっくりと立ち上がろうとしたが, 足に力が入らず, よろめいた. 右足首に激痛が走り, バランスを崩して壁に手をついた.

足元を見ると, 白いサテンのパンプスが泥だらけになっていた. 歩きにくい上に, 足首を捻ったようだった. ドレスの裾は, 教会からここまで引きずられて, 黒い汚れが何箇所も付いていた. 私はこのドレスを, 純粋な愛と未来への希望の象徴だと思っていた. しかし, 今はその全てが汚され, 踏みにじられたように感じた.

「このドレスは, 苺のためにあるべきだったんだ」. 弘樹の声が, まだ耳に残っていた. 私のためのウェディングドレス. 私のための結婚式. 私のための人生. その全てが, 幻想だったと知った.

私が弘樹に初めて会った日, 彼は私を「一輪の椿のようだ」と褒めてくれた. その言葉は, それまでの人生で誰からも褒められたことのなかった私にとって, 初めて自分を肯定できる言葉だった. 彼だけが, 私を見ていてくれるのだと信じた. 彼だけが, 私を愛してくれるのだと. だから, どんなに彼が忙しくても, どんなに私が寂しくても, 彼のために尽くすことが私の愛の形だと信じ込んでいた. 彼が私に与えてくれたのは, 言葉だけの「愛」と, それによって縛り付けられた「自己犠牲」という名の呪いだった.

冷たい雨が, 容赦なく私のウェディングドレスを濡らした.

足首が激しく痛んだ. 私は歯を食いしばり, 一歩, また一歩と歩き出した. しかし, 教会の敷地を出る頃には, 痛みでほとんど歩けなくなっていた. パンプスを脱ぎ捨て, 裸足になった. 冷たいアスファルトが足の裏に突き刺さったが, それでも歩き続けた. 弘樹の言う通り, 私にはどこにも行く場所がなかった. 私の貯金は空っぽで, 頼れる家族もいなかった.

タクシーを捕まえようと手を挙げたが, どの車も私を素通りしていく. 汚れたウェディングドレス姿の女を乗せたくないのだろう. ようやく一台のタクシーが止まってくれたが, ドライバーは私の顔を見て嫌悪感を露わにした. 「こんな姿でどこへ行くんだ? 金は持ってるのか? 」

「カードで…」私は震える声で答えた.

ドライバーは鼻で笑った. 「お嬢ちゃん, あんたのカード, 限度額オーバーだよ」

私の脳裏に, 母の言葉が蘇った. 「あんたの貯金, 源太の車の頭金に使わせてもらったでしょ? 弘樹さんが肩代わりしてくれてた借金も, 全部返済する必要があるのよ! 」

まさか, 本当に全部使い込まれていたなんて.

私は携帯を取り出し, 銀行のアプリを開いた. 残高は, ゼロ. いや, マイナスになっていた. 弘樹が肩代わりしてくれていた借金が, 私の口座から引き落とされ, さらに源太の車の頭金までが, そこから出ていた.

私は頭を抱え, その場にへたり込んだ. 雨はますます激しくなり, 私は全身ずぶ濡れになった. 弘樹が私を支配するために, 私の家族が私を食い物にするために, 私の財産が根こそぎ奪われていたのだ.

「あんたの貯金は家族のものだ! 源太の車も, あんたのおかげで買えたんだから感謝しろ! 」母の怒鳴り声が, まだ耳の奥で響いていた.

「お姉ちゃんなんだから, 我慢しろ! 」源太の軽薄な笑い声.

私の目から, 涙がとめどなく溢れ出した. 雨と涙が混じり合い, 顔中を流れていった. 私はこの瞬間, 完全に孤独になったことを悟った.

「凛香! 」突然, 携帯が鳴った. 弘樹からの電話だった.

私は震える手で電話に出た.

「おい, どこにいるんだ. 何で勝手に式を抜け出したんだ! 」弘樹の声は, 怒りというよりも苛立ちに満ちていた.

「私…お金が…」私の声は震えた.

弘樹は鼻で笑った. 「ふん, そんなことか. お前は俺がいなければ何もできないんだからな. 今すぐ家に帰ってこい. まだ間に合う. みんながお前を待っている」

「何が間に合うって言うのよ…私のドレスを苺さんに着せて, バージンロードを歩いたくせに! 」

「それは仕方ないだろう! 苺の体調が悪くて, あんなことになったんだ. それに, お前は俺の妻なんだから, 俺の顔を立てるのが当然だろう」

「あなたは, 私のことを心配してくれてるんじゃないのね…」私の声は絶望に満ちていた.

「当たり前だ! お前がごちゃごちゃ言うから, 俺は今, 世間体を取り繕うのに必死だ! お前のおかげで, 俺の株まで下がったらどうするつもりだ! 」弘樹の声は冷酷だった.

「私, もう何も話したくない. もう終わったのよ…」

「何を言ってるんだ! お前は俺の所有物だ! 勝手な真似は許さないぞ! さっさと家に帰ってこい! お前がいなければ, 俺はまた苺のところに行かざるを得ないんだからな! 」

「あなた, 一体どうして私のカードの限度額がオーバーだって知ってるの? 」私は冷静を装って質問した.

弘樹は一瞬, 言葉に詰まった. 「それは…お前が俺の妻だからだ. 俺がお前の口座を管理しているのは当然だろう」

「私の貯金がなくなったのは, あなたが両親に私の銀行情報を漏らしたから? 」私の声は, もはや怒りを超えていた.

「ふん, 言っておくが, 俺はお前の両親や弟には一銭も援助しないぞ. あんな寄生虫どもに金をやる義理はない. 俺がお前の家族を支えていたのは, お前を俺の元に縛り付けておくためだ. お前が俺に逆らうなら, あいつらもろとも路頭に迷わせてやる」彼の声には, 嘲笑が含まれていた.

弘樹の言葉は, 私の頭の中で過去の出来事と結びついた.

数ヶ月前, 私はひどい腹痛に襲われ, 出血した. 妊娠初期だったため, 流産の危険があると医師に言われた. 私は震える声で弘樹に電話をかけたが, 彼は「苺がまた体調を崩したんだ. 今すぐに病院に連れて行かないと」と, 私の訴えを遮った.

「弘樹, 私, お腹が痛い…血が出てるの…」私の声は掠れていた.

「そんなことより, 苺が大事なんだ! お前は俺の妻なんだから, しっかりしろ! 俺は今, 苺のところにいるから, 病院には自分でいけ」弘樹はそう言って, 電話を切った.

私は一人で病院に行き, 一晩中ベッドで痛みに耐えた. 弘樹は結局, 私の元には来てくれなかった. 翌日, 電話で弘樹にそのことを話すと, 「苺が熱を出して大変だったんだ. お前は一人で病院に行けたんだろう? 苺は一人では何もできないんだからな」と怒鳴られた.

弘樹の声が, 再び電話から響いた. 「お前は本当にわがままな女だな. 苺はこんなに俺のことを心配してくれているのに…」

電話の向こうから, 苺の弱々しい声が聞こえた. 「弘樹様, 凛香さん, ごめんなさい…私のせいで…」

「苺, 大丈夫だ. お前は何も悪くない」弘樹の声は, 今まで私に向けられたことのないほど優しかった.

「凛香, いいか. 俺の言うことを聞かないと, お前はもっとひどい目に遭うことになるぞ」弘樹はそう言って, 電話を切った.

私は携帯をアスファルトに叩きつけそうになったが, 寸前で思いとどまった. これが, 彼の本性だったのか. 私の人生を狂わせた, 全ての元凶.

私は震える指で, 再び産婦人科の予約アプリを開いた. 彼らの企みを, この子に引き継がせてはいけない.

私はその夜, 全身が冷え切ったまま, 一人で雨の中に立ち尽くした.

3

藤原凛香 POV:

私は家に戻ることができず, 一晩中, 雨に打たれ続けた. 夜が明ける頃には, 高熱が出ていた. 体中の関節が痛み, 頭がガンガンと響いた. 震える体で, 昨晩予約した産婦人科に電話をかけた.

「大変申し訳ございません. 発熱がありますと, 本日の手術は延期せざるを得ません」看護師の声が, ひどく遠くで聞こえた.

私は絶望した. この地獄のような状況から, 一刻も早く抜け出したかった.

「あの, どうしても今日じゃなきゃダメなんです…」私の声は, ほとんど懇願だった.

看護師は戸惑った様子で, 「ですが, それでは患者様のお体が…」

「入院します. だから, お願いします…」

結局, 私はそのまま病院に直行し, 個室に入院することになった. 体は鉛のように重く, 熱で意識が朦朧としていた.

ベッドに横たわっていると, 携帯が鳴った. 弘樹からの電話だった.

私はためらいながら電話に出た.

「どこにいるんだ, 凛香! 何で家に帰ってこないんだ! 」弘樹の声は, 怒りに震えていた.

「病院に…います」私は掠れた声で答えた.

「病院? 何で病院なんかにいるんだ! まさか, また苺の真似でもしてるんじゃないだろうな! 」弘樹の声の向こうから, 苺の甲高い声が聞こえた. 「弘樹様, まさか凛香さん, 自殺未遂でも…! ? 」

弘樹は鼻で笑った. 「まさか! あいつがそんな度胸あるわけないだろ. どうせ, 俺を困らせようと何か企んでるんだ. 俺の凛香は, 俺がいなければ何もできない, 可哀想な女だからな」

弘樹の言葉が, 私の胸を深く抉った. 彼の言う通り, 私はずっと彼に依存していた. 彼がいないと, 私は本当に何もできないと思っていた. 過去, 彼にすがって「私にはあなたしかいないの」と何度涙ながらに訴えたことか.

「弘樹様, そんなこと言わないでください…凛香さん, きっと弘樹様のことが心配で…」苺の声が, また聞こえた.

「心配? まさか. あいつが俺を心配するわけないだろ. あいつはただ, 俺に捨てられるのが怖いだけだ. だから, いつもこうやって俺の気を引こうとするんだ」

弘樹は, まるで私の心を読んでいるかのように, 私の弱点を的確に突いてきた. 彼の言葉は, 私の心を深く傷つけた.

「弘樹様, そういえば, 凛香さん, あの時もそうでしたね…弘樹様が私と旅行に行こうとした時も, 急に体調を崩して…」苺の声には, 明らかな嘲笑が込められていた.

弘樹は一瞬, 沈黙した. そして, 「あれは, 苺, お前には関係ないことだ」と言った.

「弘樹, あなたは私に, そんな言葉しかかけられないの? 」私の声は, 怒りよりも悲しみに満ちていた.

「何を言ってるんだ. 俺はお前を愛している. だからこそ, お前を心配しているんだ. お前は俺の妻なんだから, 俺の言うことを聞くのが当然だろう」

私は冷笑した. 彼の言葉は, もはや何の響きも持たなかった.

私は静かに首を振り, 通話ボタンを押して電話を切った.

看護師が心配そうに私を見ていた. 「あの…大丈夫ですか? 」

「はい」私はかろうじて微笑んだ. 看護師はそれ以上何も言わず, ただ優しく私の手を握ってくれた. その温かさが, 私の心を少しだけ溶かした.

「あの, 手術, 一番早いのはいつになりますか? 」私は尋ねた.

看護師は私のカルテを見て, 「熱が下がれば, 明日朝一番で手術できます. 点滴をしますので, ゆっくり休んでくださいね」と答えた.

「ありがとうございます」私は声を絞り出した.

看護師は病室を出て行った. 再び静寂が訪れた.

「私にはあなたしかいないの」. 弘樹が私を「可哀想な女」と呼んだ時, 私の心は完全に冷え切った. 彼にとって, 私はただの付属品だった. 彼の言葉を鵜呑みにして, 十年もの間, 彼に尽くしてきた私が, どれだけ愚かだったか.

私はそっとお腹を撫でた. 小さな命が, 確かにそこにあった. この子に, 私と同じ苦しみを味合わせたくない. この子には, もっと自由に, もっと幸せに生きてほしい.

私は涙を流した. それは悲しみの涙ではなかった. これは, 決意の涙だった. 私はもう, 誰にも縛られない. 誰にも利用されない.

弘樹. あなたの支配から, 私は必ず自由になる.

夜通し, 私は窓の外を眺めていた. 夜空には星一つなく, ただ暗闇が広がっていた. しかし, 私の心には, 新しい朝が訪れようとしていた.

翌朝, 熱は奇跡的に下がっていた. 私は覚悟を決めて, 手術室へと向かった. 廊下には, 幸せそうな妊婦とその家族がいた. 彼らの笑顔が, 私の心を締め付けた. 私は小さくお腹を撫で, 心の中で語りかけた.

「ごめんね. でも, これがあなたにとって一番良い選択だと信じてる」

看護師が優しい声で言った. 「藤原さん, 怖くないですか? 」

私は首を振った. 「大丈夫です」

手術室の扉が, ゆっくりと閉まっていく. それは, 私の過去との決別を意味していた.

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結婚式で奪われた私のウェディングドレス

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