話 1
私は月収5000万円を稼ぐ脳神経外科医。
自衛隊幹部の夫と、その寄生虫一家全員を養っている。
彼らが破産寸前だった時、5億円の小切手で救ってあげた恩返しに、私は最高の家族旅行を計画した。
行き先はモナコ。プライベートジェットに、チャーターしたヨット。もちろん、費用はすべて私のポケットマネーだ。
旅行前夜、夫がとんでもないことを言い出した。元カノの瑠璃も一緒に行く、と。
あろうことか、夫は私が予約したプライベートジェットの私の席を、すでに彼女に譲ってしまっていた。
私に差し出された新しいチケットは、なんと紛争地域を経由する民間航空機。
「瑠璃は繊細なんだ。君は強いだろ」
夫はそう説明した。
彼の家族もそれに賛成し、私がまるで存在しないかのように、瑠璃に媚びへつらっている。
義妹なんて、瑠璃にこう囁いていた。
「本当のお義姉さんは、瑠璃さんだったらよかったのに」
その夜、私は自分の寝室で信じられない光景を目にした。
私のシルクのナイトガウンを着て、私のベッドに横たわる瑠璃がいた。
私が彼女に掴みかかると、夫は私から瑠璃を守るように、彼女を抱きしめた。
翌朝、私の「素行」への罰として、夫は山のような荷物を車列に積み込むよう命じた。
私は微笑んだ。
「ええ、もちろんよ」
そして私は書斎へ向かい、一本の電話をかけた。
「ええ、大量の汚染物質があるんです」
私は産業廃棄物処理業者に告げた。
「すべて焼却処分してください」
第1章
夫、高坂健吾一尉が、多忙な自衛官としてのキャリアの中で、奇跡的に2週間の休暇を取得した。
私は、本当の家族旅行が必要だと思った。
ただの週末旅行じゃない、一生忘れられないような特別な旅行を。
計画はすべて、私が立てた。
私、神崎莉奈は、月収5000万円を超える脳神経外科医。
彼の月収は50万円。
計算は単純だ。
私たちの生活は、私が成り立たせている。
私は何週間もかけて、細部を詰めていった。
モナコへのプライベートジェット、地中海をクルーズするためのチャーターヨット、予約が数年待ちのレストラン。
高坂家が「自分たちにふさわしい」と感じながらも、決して自力では手に入れられないような、そんな旅行。
モナコは古くからの富豪たちが築いた要塞で、外部の人間には猜疑心が強い。
私たち一行の入国許可を得るための煩雑な手続きも、すべて私が個人的に処理した。
夫の家族は、指一本動かさなかった。
ただ、すべてが当然のように実現するのを待っているだけ。
彼の両親、元陸将の高坂英雄と妻の聡子は、私の大豪邸の離れで暮らしている。
彼らの生活は、私が完全に支えていた。
彼の妹の絵美は、都内の有名私立大学に通う19歳。
彼女が10代の頃から、法外な学費と贅沢な生活費を払ってきたのは私だ。
私が彼女を育てたと言っても過言ではない。
それでも価値があるのだと、自分に言い聞かせてきた。
これが、私がずっと望んでいた、賑やかで幸せな家庭生活を手に入れるための対価なのだと。
私のクリニックは世界中から患者が訪れるほど繁盛している。
私には、その余裕があった。
しかし数日前、絵美が何気なくこう言った。
「ちゃんとした警備付きの車列って乗ったことないんだよね。瑠璃さんがすごいって言ってた」
瑠璃。
その名前は、健吾の過去から蘇った亡霊だった。
彼らの絶対的な安全と快適さを確保するため、そして絵美の子供じみた願いを叶えるため、私は個人資産に手をつけていた。
ヨーロッパでの陸上移動のために、厳重な警備付きの車列を複数台手配し、旅行パッケージ全体をアップグレードしたのだ。
1000万円以上の費用がかかったが、そのことは健吾に一言も話していない。
出発は明日の朝。
玄関ホールには、すべての荷物が並べられていた。
私の荷物。健吾の荷物。彼の両親の荷物。絵美の荷物。
その時、夫が颯爽と入ってきた。
「莉奈、朗報だ。瑠璃も一緒に行くことになった」
私は手を止めた。
彼が何気なく爆弾を投下したその口調を、理解しようと努めた。
「……なんですって?」
「早乙女瑠璃だよ。彼女も旅行に来る。もう『イエス』って伝えちゃったから」
胃の底が冷たくなった。
プライベートジェットの座席数には限りがある。
私は私たち5人のために予約したのだ。
「健吾さん、ジェット機にそんな余裕はないわ」
彼は私を見ようともせず、スマホをいじっている。
「わかってる。手は打った」
私のスマホが震えた。
フライトの旅程表だった。
民間航空機。
乗客は、一名。
私。
そのルートには3回の乗り継ぎがあった。
最後の経由地は、内乱と凶悪犯罪を理由に、外務省からレベル4の「退避勧告」が出ている都市だった。
私は旅程表と夫の顔を交互に見た。
「私が手配したプライベートジェットの、私の席をキャンセルしたってこと?」
彼はようやくスマホから顔を上げた。その表情は、いら立ちに満ちている。
「瑠璃が行きたいって言うんだ。断れないだろ。彼女は家族同然なんだから」
原始的で、醜い感情が腹の底で渦を巻いた。
それは熱く、鋭かった。
「彼女は家族じゃないわ、健吾さん。私はあなたの妻よ。あなたの元カノが、私がチャーターしたジェット機に乗るために、私に一人で、紛争地域を通って民間機で飛べって言うの?」
私は義母の聡子に目を向けた。彼女は意地の悪い笑みを浮かべて話を聞いている。
「お義母さん、去年のクリスマスに私の母が訪ねてきたいと言った時、あなたと健吾さんは『家族水入らずで過ごしたいから』と言って、この10部屋もある家に母が泊まる場所はないと断りましたよね。なのに、私たちの家族旅行に瑠璃さんの居場所はあるんですか?」
話 2
健吾の顔がこわばった。
「瑠璃は特別なんだ。俺たちの世界を理解している。君の母親なんかより、よっぽど家族同然だ」
腹の底の感情は、もはやただの怒りではなかった。
もっと本能的で、動物的な何か。
攻撃したいという衝動。
私は声を危険なほど冷静に保った。
「つまり、こういうことね。あなたはこの一家の全財産を支えている妻である私を、危険な民間機に一人で乗せる、と」
「車列も満席でね」
彼はぞんざいに手を振った。
「瑠璃の荷物を載せるために、君の席はキャンセルさせてもらった」
彼は、哀れなほど見え透いた、なだめるような笑みを私に向けようとした。
「それに、君は強いだろ、莉奈。サバイバーじゃないか。きっと乗り越えられるさ。冒険だと思って楽しんでこいよ」
私は彼を見つめた。
その言葉が、静まり返った部屋に響き渡る。
冒険。
死ぬかもしれない旅を、彼は冒険と呼んだ。
「あなたが予約したルートは」
私は囁くような声で言った。
「大陸で最も危険な地域を通るのよ」
「だから何だ? 瑠璃は厳重な警備の車列だと不安になるが、君は違う。君が安全で快適に移動している間、彼女が不快な思いをする必要がどこにある?」
彼は、それが世界で最も論理的なことであるかのように言った。
私の視線は、彼の父、英雄元陸将へと移った。
名誉を重んじる規範に生きているはずの男。
私は目で、何か言って、と彼に懇願した。
彼は目をそらし、ジャケットのほつれた糸をいじり始めた。
卑怯者。
聡子が前に出て、私の腕に手を置いた。
その感触は、まるで蜘蛛のようだった。
「莉奈さん、いいこと?」
彼女は偽りの同情に満ちた声で言った。
「健吾は一家の主よ。彼が一番いい方法を知っているの。瑠璃さんはお客様なのよ。彼女に気持ちよく過ごしてもらうのが当然でしょう」
絵美が口を挟んだ。その声は、若さゆえの無邪気な残酷さに満ちていた。
「そうだよ、莉奈さん。いつもタフなんだから。瑠璃さんは繊細なの。無茶させられないでしょ」
乾いた笑いが私の唇から漏れた。
私は彼らの顔を見回した。
夫、彼の両親、彼の妹。
「ここでいう『家族』って、一体誰のこと?」
私の声は、この家の土台すら揺るがしかねないほどの深い怒りで震えていた。
「あなたたちは、部外者で、ただの客である彼女を本当の家族のように扱い、妻である私を、まるで他人みたいに扱っている」
私は震える指で健吾を指さした。
「あなたは彼女を、まるで自分の妻であるかのように扱っているわ」
健吾の目に怒りの光が宿った。
「馬鹿なことを言うな、莉奈」
「ただの移動手段の話だろ」
彼は吐き捨てるように言った。
「つまらないことで大騒ぎするな」
「瑠璃は俺たちの家族なんだ」
彼は声を荒らげた。
「彼女を一人で旅させたり、不安な思いをさせたりするわけにはいかない。男として、高坂家の人間として、彼女を守るのは俺の義務だ」
「じゃあ、元カノにいい男だと証明するために、自分の妻を犠牲にするっていうの?」
その時、玄関ホールの壮大な両開きのドアが開いた。
朝の光を背に、早乙女瑠璃が立っていた。
絵美が歓声を上げた。
「瑠璃さん! 来てくれたんだ!」
彼女は駆け寄り、瑠璃に抱きついた。
「すっごく会いたかった! さあ、荷物持つよ」
話 3
「本当のお義姉さんは、瑠璃さんだったらよかったのに」
絵美は、皆に聞こえるように、瑠璃に囁いた。
聡子が駆け寄り、その顔は私に向けられたことのない、心からの温かさで輝いていた。
「瑠璃さん、まあ。久しぶりね。相変わらず素敵だわ」
高坂家の一族は、瑠璃に媚びへつらい、私のことは完全に無視していた。
彼らには、恥というものがない。
6年間、痛み、壊れ、そして癒えようとしてきた私の心は、ついに氷と化した。
この人々に抱いていた最後の温もりも、すべて蒸発してしまった。
6年前、高坂家の名にまとわりついていた絶望の匂いを思い出す。
英雄元陸将が関わった大規模な金融スキャンダルが発覚したのだ。
土地は差し押さえられ、口座は凍結された。
彼らはすべてを失う寸前だった。
親しい同盟者だった瑠璃の一家は、残った財産を持ってさっさと逃げ出し、高坂家をハゲタカの餌食にした。
瑠璃は短いメール一本で健吾に別れを告げ、彼が最も暗い時期に彼を見捨てたのだ。
彼は打ちのめされていた。
そして、私がいた。
私はすでに医学界で名を馳せ、莫大な富を築いていた。
健吾と付き合っていた私は、彼の家族の苦しみを見て、介入した。
私は5億円の小切手を書いた。
私一人の力で、彼らの借金を完済し、「名家」としての名前を救ったのだ。
感謝の気持ちからか、あるいは義務感からか、健吾は私に結婚を申し込んだ。
私は、愛が育つことを願って、それを受け入れた。
だが、愛は決して育たなかった。
彼は私を恨んでいた。
私に依存している自分を。
彼の部隊の他の自衛官たちは、妻の財産で暮らしている彼を嘲笑した。
それでも私は希望を抱いていた。
私が持てなかった家庭を築けると信じて、この家族にすべてを注ぎ込んできた。
今、私は彼らを見つめる。
まるで帰還した女王のように、瑠璃を取り囲んでいる。
彼らは私にすべてを負っている。
彼らの家。彼らの評判。彼らの存在そのものを。
私は6年間、絵美の費用を払い続けてきた。
年間1000万円近い学費だけではない。
服代、春休みの旅行代、車代も私が払った。
彼女の初めてのブランドバッグ、健吾の月給以上の価値があるシャネルのバッグを買ってあげたのも私だ。
私は聡子よりも、彼女の母親代わりを務めてきた。
英雄と聡子には、月200万円のお手当を渡していた。
2年ごとに新車を買い与えた。
彼らの健康が衰えた時には、最高の医者と治療費を支払った。