話 2
「代わりにって、何!?」
千夏の金切り声が電話の向こうから響いた。
「葉月、正気なの?本気で言ってるんじゃないでしょうね」
私は羽田空港のターミナルに立っていた。
空港の喧騒が、鈍い轟音のように遠くで聞こえる。
「本気よ。私があなたの代わりに行く」
「だめ!絶対にだめ!私がお願いしたのは、逃げるのを手伝ってってことで、あなたに犠牲になってほしいなんて頼んでない!九条院蓮は化け物だって言われてるのよ。子供の頃の事故でひどい傷を負って、性格も最悪だって。屋敷から一歩も出ないのよ。これは結婚じゃなくて、終身刑よ!」
「もう決めたことなの、千夏」
私は落ち着いた声で言った。
それは奇妙な、空虚な落ち着きだった。
すべての感情が燃え尽きた後に訪れる、静けさ。
電話の向こうで一瞬の間があった。
「…兄さんが、何かしたの?」
「湊とは、終わったの」
「何ですって!?」
彼女は叫び、近くでスーツケースと格闘していた男性の注意を引いた。
「別れたの?あのクズ!殺してやる!あなたがどれだけ尽くしたと思ってるの!杏奈のせい?神に誓って、葉月、私が兄さんを破滅させてやるから」
彼女の猛烈な忠誠心が、胸に鋭い痛みとなって突き刺さった。
「もうどうでもいいの、千夏。これは私の選択。あなたはリアムさんと幸せになるべきよ。行って。パリ行きの飛行機に乗って、振り返らないで」
私はすでに彼女のチケットを予約していた。
緊急用に貯めていた最後の貯金を使った。
湊と私のための家の頭金にしようと貯めていたお金。
その皮肉が、苦い薬のようだった。
「でも葉月…あなたの人生が…」
彼女の声は罪悪感で震えていた。
「私の人生は、これからは私のものよ」
私は言った。
そして初めて、その言葉が真実だと感じられた。
「あなたに幸せになってほしい。それが私にとって一番大事なことなの」
私たちは保安検査場で、涙ながらに慌ただしく別れを告げた。
彼女は私が息もできないほど強く抱きしめた。
「あなたには一生かかっても返しきれない恩ができたわ」
彼女は私の髪に顔をうずめて囁いた。
「ただ、美しい人生を送って」
私は彼女をゲートの方へ優しく押しやりながら言った。
「それが私への最高の支払いよ」
私は彼女の乗った飛行機が滑走路を走り、空へと舞い上がるのを見送った。
銀色の鳥が雲の中に消えていく。
自由。
少なくとも、彼女にとっては。
私は長い間そこに立っていた。
別の空港での記憶が心によみがえる。
3年前のことだ。
湊がミカミ・テックの最初の大型資金調達を成功させたばかりだった。
彼は私を驚かせようと、イタリア行きのチケットを用意してくれた。
私たちはまさにこのターミナルに立ち、彼は私にキスをして、君がいなければ何もかも不可能だったと言った。
私は彼の言葉を心の底から信じ、幸せで泣いた。
なんて世間知らずの、愚かな子供だったんだろう。
空港の後、私が最初に向かったのは銀座の高級ブライダルブティックだった。
政略結婚に関する三上家の担当者から電話があり、「花嫁」は今日中にドレスの試着をする必要があると冷たく告げられた。
彼らは名前すら使わなかった。
どの三上家の娘でもよかったのだ。
誰がその女性であるかは問題ではなく、ただ契約が履行されることだけが重要だった。
作り物の笑顔を浮かべた店員が私を迎えた。
「三上様でいらっしゃいますね?ヴェルサイユスイートをご用意しております。最高級のドレスをいくつか選ばせていただきました」
私は無造作に手を振った。
「一番シンプルなデザインを見せてください」
彼女は一瞬、戸惑った表情を見せた。
「シンプル、でございますか?ですが、こちらは九条院様とのご婚礼に…」
「一番シンプルなものを」
私は繰り返した。
彼女は私を、装飾のない滑らかなシルクのシースドレスの前に案内した。
レースも、ビーズも、トレーンもない。
エレガントだが、飾り気のないドレスだった。
「これにするわ」
私は言った。
「素晴らしいお目利きでございます。では、採寸をさせていただき、フィッティングを始めましょうか?」
「必要ないわ」
私は湊が「緊急用」に渡してくれたクレジットカードを取り出しながら言った。
「標準の9号サイズで箱に入れてちょうだい。仕立ては自分でやるから」
女性の笑顔が揺らいだ。
「しかし、お嬢様…ご試着もなさらないのですか?」
「これはビジネス取引よ」
私は平坦な声で言った。
「包装が完璧である必要はないの」
化け物と結婚するのに、何を着るかなんてどうでもよかった。
これは愛や幸福のためではない。
逃亡のためだ。
九条院家は権力があり、世間から隔絶され、国の反対側に住んでいる。
彼らの跡取りと結婚することは、証人保護プログラムに入るようなものだ。
湊は決してそこまで私を追っては来られないだろう。
三上家は、同盟が結ばれる限り、どの娘を送るかなんて気にしない。
私の両親は数年前に亡くなっているので、反対する人もいない。
きれいさっぱりと縁を切れる。
アパート――彼のアパート――に戻り、私は儀式を始めた。
額縁に入った私たちの写真をすべて下ろした。
イタリア旅行の写真、彼の最初の会社設立パーティーの写真、去年のクリスマスの写真。
私はそれらを叩き割ったりはしなかった。
ただ写真を取り出し、それぞれをきれいに四つに引き裂き、ゴミ箱に捨てた。
彼がくれた贈り物をすべて集めた。
ブランドバッグ、高価なジュエリー、初版本。
それらをすべて大きな段ボール箱に入れ、寄付することにした。
私が取っておいたのは、陶芸教室で作った醜いセラミックのマグカップだけだった。
歪んだハートと私たちのイニシャルが入ったもの。
なぜそれを取っておいたのかはわからない。
たぶん、自分自身の愚かさを忘れないためだろう。
それから私は携帯電話を手に取り、容赦ない武器のように親指を動かした。
すべての写真、すべてのメッセージ、すべての保存された留守番電話を削除した。
すべての投稿から自分のタグを外し、彼の番号をブロックし、私たちの5年間のデジタルな痕跡をすべて消し去った。
それは methodical で、痛みのない、絶滅行為だった。
ノートパソコンを初期化しようとしたちょうどその時、知らない番号から電話がかかってきた。
「プレストン様でいらっしゃいますか?こちらはクラブ『オークルーム』のマーティンと申します。先週、チャリティーガラにお越しいただきましたが、小さなスケッチブックをお忘れになったようです。こちらでお預かりしております」
私のスケッチブック。
そこには私のデザイン、私のアイデア…私のプロとしての人生のすべてが詰まっていた。
そして、裏表紙の裏には、湊の古いスケッチが何十枚も隠されていた。
「すぐに取りに伺います」
私は言った。
オークルームは、億万長者たちがウィスキーと葉巻を片手に取引をするような、高級プライベートクラブだった。
私が到着すると、メインホールは奇妙な、捕食者のようなエネルギーでざわついていた。
人だかりができており、彼らの声は低く、興奮した囁きとなっていた。
「信じられる?彼、また彼女の『初夜』をオークションにかけるなんて。野蛮だわ」
「初夜じゃないわよ、ダーリン。もう何回目かしらね」
彼女の友人はせせら笑った。
「でも、問題はそこじゃないの。彼は文字通り彼女を競売台に乗せているのよ。彼女が彼に這いつくばって戻ってきた後、これが彼の復讐のやり方なの。見事だわ。そして、病的よ」
私の血の気が引いた。
私は人混みをかき分け、部屋の正面にある即席のステージに目を向けた。
そして、そこに彼がいた。
湊は競売人の隣に立ち、ダークスーツに身を包み、ハンサムで残酷に見えた。
彼の表情は無表情だったが、その目は部屋を見渡すとき、冷たい炎で燃えていた。
そして、二人の大男が杏奈をステージに引きずり出した。
彼女は薄っぺらな、背中の開いた赤いドレスを着て、メイクは完璧で、その表情は恐怖と反抗的なプライドが入り混じっていた。
彼女はこれに同意したのだ。
金のため、地位のため、彼の軌道に戻るチャンスのため、彼女は彼に公然と辱められることに同意したのだ。
群衆はざわめき、その顔は衝撃と倒錯した興奮が入り混じっていた。
「彼を見てよ」
私の後ろの誰かが言った。
「彼が貧乏だったときに彼女に捨てられたことへの復讐だって言ってるわ」
「復讐?」
別の声が嘲笑した。
「まさか。あの男はまだ執着してるのよ。他の誰にも彼女を渡したくないから、この歪んだ見世物を装って、自分で彼女を『買う』つもりなの。彼は彼女を所有しようとしてるのよ」
「彼の彼女はどうしたの?デザイナーの?葉月、だったかしら?」
「可哀想に。彼氏が元カノとこんな病的なゲームを繰り広げている間、分別のある、退屈な選択肢でいるなんて想像してみて。彼女はただの代用品よ。みんな知ってるわ。彼は杏奈を愛したようには、誰も愛さないでしょうね」
その声は、私の耳の中で鈍い鳴り響きに変わっていった。
今、すべてが見えた。
これは復讐ではない。
これは求愛のダンスだ。
同じように傷ついた二人の人間の間の、毒々しく、破壊的な儀式。
彼は決して彼女から自由になることはないだろう。
彼は決して私のものにはならない。
そもそも、なったことなどなかったのだ。
競売人が競りを始めた。
湊はそこに立ち、見つめていた。
壊れた女王を取り戻す、静かで、所有欲に満ちた王のように。
話 3
競売人の声、群衆の興奮した囁き、グラスの触れ合う音――それらすべてが意味のないドローン音に溶け込んでいった。
私の心は、そのあまりにも残忍な光景によって完全に拭き清められ、真っ白な石板のようだった。
何も感じなかった。
まるで心臓がついに諦めて、心電図がフラットラインになったかのようだった。
考える間もなく、私は彼らの後を追った。
もちろん、「オークション」に勝ったのは湊だった。
彼は誰も太刀打ちできない、信じられないほどの高値を一回で提示した。
彼は勝利に酔いしれているようには見えなかった。
ただ…必然のように見えた。
彼は杏奈の腕を取り、所有欲に満ちた手つきで、見物人の群れから離れ、壮大な階段を上ってプライベートスイートへと向かった。
私は幽霊のように彼らの後をつけた。
廊下の影に身を潜め、豪華なカーペットが私の足音を飲み込む。
そして、半開きになったドアのすぐ外に立った。
「どうしてこんなことするの、湊?」
杏奈の声は震えていたが、恐怖の下に興奮の気配が流れていた。
「私を罰するため?」
「罰する?」
湊の笑い声は低く、ユーモアがなかった。
「いや、杏奈。これは罰じゃない」
「じゃあ何なの?まだ私を愛してるの?愛してるって言って」
彼は長い間黙っていた。
ついに口を開いたとき、その声は冷たい愛撫のようだった。
「お前のことなんて憎んでる」
彼は静かに言った。
「でも、どうしようもなく欲しいんだ。お前はまたゲームができると思って、俺のところに這いつくばって戻ってきた。でもルールは変わったんだ。今や、俺がお前を所有する」
「いつも私を追いかけていたのはあなたの方だったじゃない」
彼女は挑戦的な口調で囁いた。
「そして、俺に捕まることを許したのはお前の方だ」
彼は言い返した。
彼は彼女に近づき、その声は生々しく、親密な唸り声に変わった。
「お前が俺をこうさせたんだ。お前が俺に残酷になることを教えた」
彼の言葉は毒だったが、彼の行動は必死の解毒剤だった。
私は麻痺したように見つめていた。
彼が彼女を壁に追い詰めるのを。
彼の手が彼女の髪に絡みつき、頭を後ろに引かせ、彼の口が彼女の口に激しくぶつかった。
それは愛のキスではなかった。
所有の行為であり、怒りと飢えと、二人を永久に歪めてしまった毒々しい歴史の行為だった。
その光景は卑猥だった。
音はもっとひどかった。
服の擦れる音、鋭く息を吸い込む音、甘い呻き声。
彼は彼女のドレスの背中を引き裂いた。
布が裂ける音が、静かな部屋に暴力的に響いた。
そして、その絶頂で、彼の唇から一筋の、詰まったような嗚咽が漏れた。
一筋の涙が彼の頬を伝った。
杏奈は彼の下で静止した。
「泣いてるのね」
彼女は奇妙な、勝利に満ちた驚きを込めて囁いた。
「黙れ」
彼は厚く、壊れた声で命じた。
私は自分の体を感じることができなかった。
私の手は壁に押し付けられていたが、冷たい漆喰を感じなかった。
私の爪は手のひらに食い込んでいたが、その痛みを感じなかった。
私はただ、彼が終わるのを見ていた。
彼の体は、快楽というよりは苦痛のような解放感で震えていた。
彼は彼女と何時間も過ごした。
私は悲しみの像のようにそこに立ち、彼が何度も何度も彼女を抱くのを見ていた。
まるで、彼女を魂の奥深くに埋め込むことで、彼女を魂から追い出そうとしているかのようだった。
ついに、彼女は疲労で気を失った。
彼は優しく彼女に毛布をかけ、その手つきは今や優しく、その表情は深い悲しみに満ちていた。
その悲しみは、私自身の失恋を些細なものに感じさせた。
彼は、私には一度も見せたことのない愛と崇拝の眼差しで、彼女の寝顔を見つめていた。
その瞬間、私はついに壊れた。
私は振り返り、機械的な足取りで歩き去った。
クラブの空っぽの廊下を抜け、冷たい夜の空気の中に足を踏み出した。
世界が軸から傾いているように感じた。
私は歩き始めた。
どこへ向かっているのかも知らず、気にも留めずに。
タイヤの軋む音が、私が最後に聞いた音だった。
目もくらむような光の閃光、金属と骨の恐ろしい衝突音、そして…暗闇。
目を覚ますと、消毒液の匂いと、機械の規則正しいビープ音がした。
看護師が私を覗き込んでいた。
彼女の顔は、プロフェッショナルな心配でぼやけていた。
「あなたはとても幸運でしたよ、プレストンさん」
彼女は言った。
「腕の骨折と重度の脳震盪ですが、もっとひどいことになっていたかもしれません。骨を固定するために手術が必要です」
彼女は私にクリップボードを渡した。
「同意書に署名をお願いします。緊急連絡先に電話を試みたのですが…」
私の緊急連絡先。
湊。
もちろん。
震える手で、私は持ち物の入ったビニール袋から携帯電話を取り出した。
視界がぼやけている。
お気に入りリストの一番上にある彼の名前を見つけ、最後の、必死の習慣のように親指で通話ボタンを押した。
二回鳴った後、女性が眠たげで得意げな声で答えた。
「もしもし?」
杏奈だった。
喉が詰まった。
「どなた?」
杏奈は苛立ちを滲ませた声で要求した。
「湊はシャワー中よ。あら、葉月?」
彼女は残酷な面白さを声に含ませて囁いた。
「彼は今、ちょっと…手が離せないの。昨夜は本当に疲れさせられちゃったから」
私は話すことができなかった。
息もできなかった。
「湊、ハニー!」
彼女は甘ったるい声で呼びかけた。
「あなたの可愛い彼女から電話よ。話す?」
シャワーが止まる音が聞こえた。
湊の声が電話の向こうから聞こえた。
遠く、冷たい声。
「どうした、葉月?忙しいんだ」
「私…病院にいるの」
私はなんとか囁いた。
言葉が喉を掻きむしる。
「事故にあったの。手術が必要なの」
一瞬の間があった。
心臓が止まるような一瞬、私は希望を抱くことを自分に許した。
「後にしてくれないか?」
彼は尋ねた。
「杏奈の具合が悪いんだ。そばにいてやらないと」
私の隣の心拍モニターのビープ音が、突然の静寂の中で叫んでいるようだった。
彼は彼女を選んでいる。
今でさえ。
私の命が天秤にかかっているのに、彼は彼女を選んでいる。
「彼女は今や俺の所有物だからな」
彼は続けた。
その声は、先ほど聞いた所有欲に満ちた唸り声を帯びていた。
「俺の投資が守られているか、確かめないとな」
背景で杏奈のくすくす笑いが聞こえ、続いてキスの音がした。
電話が切れた。
彼は私に電話を切ったのだ。
看護師が私を哀れみの目で見つめていた。
「他に誰か呼べる人はいますか?ご家族とか?」
「いいえ」
私は囁いた。
その言葉は、最後の降伏だった。
「誰もいません」
私は彼女からペンを受け取った。
私の手はひどく震えていて、署名はほとんど判読不能な走り書きになった。
手の切り傷から一滴の血が紙に飛び散り、私の古い人生を捨て去る文書に、深紅の封印を押した。
そして、再び暗闇が私を飲み込んだ。