1

助けて、お兄ちゃん。

炎が身を焦がす熱さの中で、私は最後の力を振り絞った。両手は後ろで縛られ、口には粘着テープがびったりと貼られていた。声は、意味のある言葉にはならない。しかし、まだ動く指先が、ズボンのポケットの中で、冷たい液晶画面に触れた。

…よし、ロックは解除済みだ。さっき、あいつらが油を撒いている隙に、触れておいて正解だった。

呼吸が苦しい。煙が目に染みる。でも、諦められない。お兄ちゃんに、真実を…!

私は、鼻と顎でポケットの中のスマホをこする。画面が光った。「ヘイ、Siri、兄に電話」 できるだけはっきりと、それでも詰まったような声で命じる。

呼び出し音が鳴り響く。 鼓動が早くなる。どうか、どうか出て…!

『…もしもし?』

聞き慣れた、しかし今は冷たいその声が、耳に飛び込んできた。

「ん…! お、おに…ぐっ…!」 テープの下から漏れる呻き声。焦りで足をバタつかせる音。倒れこむ私の体と、近づく炎の爆ぜる音。すべてが雑音として電話口に伝わる。

『…また、美桜をいじめるための狂言か?』

違う!違うのに!

「っ…! た、すけ…」

『嘘つきの放火魔が。』

その一言が、私の心の炎を消した。全身の力が抜ける。抵抗する意味が、なくなった。

『お前なんか、死ねばいい』

プツッ。

世界が、静かになった。熱で溶けた携帯が手から滑り落ちる音さえ、遠く感じる。

ああ、これが、世界で唯一、私を愛してくれなかった人からの、最後の言葉。

もう、疲れた。

そう思った瞬間、背中の古い火傷の痕が疼いた。幼い頃、お兄ちゃんを庇った時の、あの傷。すべての始まりだった。

英雄と呼ばれた橘蒼甫はその日、実の妹である私を、その「無関心」という名の手で殺した。

そして私は、その一部始終を見届ける、ただの魂になった。

第1章

「助けて、お兄ちゃん」

炎と煙が充満する廃ビルの中で、私は必死に考えた。美桜とその男・周防大輔は、ガソリンを撒き終え、私から少し離れた場所で何やら話している。今しかない。

両手は後ろ手に縛られていたが、指先はかすかに動く。さっき、男が私を縛りながらスマホをポケットに押し込んだ時、画面に触れ、緊急SOSのショートカット(サイドボタンの連打)を起動させておいた。画面はロックが解除された状態だ。

私はうつ伏せに倒れ込み、顔を地面に擦りつけるようにして、ポケットの中のスマホの画面に向かって叫んだ。

「ヘイ、Siri…兄、電話…!」

声はテープで曇り、かすれる。しかし、AIは私の登録済みの連絡先「兄」を認識した。

呼び出し音。 一つ、二つ…。肺が煙で灼ける。早く、早く…!

『…もしもし?』

つながった!

「ん…! おに…! ぐあっ…!」 私は助けを求めるが、それはただのうめき声にしかならない。その時、背後で足音が近づく。

「あら? まだ諦めていないの、お姉さん?」 美桜の甘ったるい声。そして、私のポケットからスマホを引き抜く男の手。

『…また、美桜をいじめるための狂言か?』

電話の向こうで、お兄ちゃんの声が低く響く。彼には、私の必死のうめき声と、背景のガサガサという音(男がスマホを取り上げる音)が、美桜を脅かすための悪戯の雑音に聞こえたのだ。

「違…! うぅ…!」 テープを破ろうとする私の顎の動きが、さらに新しいテープで封じられる。

『嘘つきの放火魔が。』

ザッ! 粘着テープが新たに貼られ、私の口は完全に封じられた。スマホは男の手に握られ、そのまま炎の中へ放り投げられるのが見えた。最後に聞こえたのは、炎の轟音と、彼の絶望的な断罪だった。

『お前なんか、死ねばいい』

プツッ。

私の世界は、炎の色と、絶望の音だけになった。

…こうして、私のSOSは、「迷惑な妹の悪戯」として処理され、私の命は灰へと帰っていった。

数時間後、サイレンの音が響き渡り、消防車と救急車が廃ビルを取り囲んだ。ハイパーレスキュー隊員たちが手際よく現場に入っていく。彼らの動きは迅速で、迷いがない。

彼らが、あの、お兄ちゃんの精鋭部隊。

私は無意識に、お兄ちゃんの姿を探した。あの制服を着て、指示を出す彼の姿を。

そして、見つけた。

遠くからでもわかる、彼の凛とした立ち姿。市民の英雄、橘蒼甫。

彼は、私の遺体を見つけるために、ここにいる。

皮肉なことだ。

隊員たちが私を運び出す。焦げ付いた毛布に包まれた、身元不明の焼死体。

「隊長! 焼死体を発見しました! 女性です!」

隊員の一人が、お兄ちゃんに報告した。お兄ちゃんは一瞬、その遺体に視線を向けたが、すぐに別の場所に指示を出した。彼の目は、まるで感情のない機械のようだった。

彼は、それが妹である私だとは、夢にも思っていない。

私の魂は、軋むような痛みに襲われた。助けてほしかった。ただ、一度でいいから、信じてほしかった。

しかし、もう、何もかもが手遅れだ。

翌日、ニュース速報が流れた。廃ビル火災で身元不明の女性が焼死体で発見されたと。社会は騒然とし、警察と消防庁は合同捜査本部を設置した。

「橘隊長、今回の事件はハイパーレスキュー隊と合同で捜査を進めることになった。特に、遺体の身元特定と火災原因の究明が急務だ」

上司の森永警部が、お兄ちゃんに命令を下した。彼の顔は疲労でやつれていた。

「身元不明の遺体は、まだ特定されていませんか?」

お兄ちゃんは冷静に尋ねた。感情の揺らぎは一切ない。

「ああ。焼損がひどく、身元を特定できる手がかりが少ない。だが、遺体は君の部隊が運び出したものだ。君も捜査に加わってくれれば、何か見つかるかもしれない」

森永警部は、お兄ちゃんに深く頭を下げた。

お兄ちゃんは無言で頷いた。彼の表情は依然として冷酷だった。

私は、お兄ちゃんの隣に浮遊していた。彼が、私の事件を捜査する。私の、死を。私の魂は、彼に対する深い悲しみと、理解しがたい安堵感に包まれた。

お兄ちゃん…ごめんなさい。私が、あなたにこんな苦しい役目を負わせてしまうなんて。

私の体は、彼の指示で警察署の遺体安置室へと運ばれた。白く冷たいシートに覆われた私を、お兄ちゃんはこれから、調べることになる。

この冷たい空間で、私は少し震えた。魂に、寒さを感じるなんて、初めてだった。

お兄ちゃんが遺体安置室のドアを開けて入ってきた。彼の顔には、疲労の色が濃く出ていたが、その目は鋭く、プロの鑑識官としての表情をしていた。

「遺体の状況を詳しく聞かせろ」

彼は、担当の鑑識員に指示した。その声は低く、感情を感じさせない。

「はい、隊長。遺体は女性で、焼損が激しいですが、いくつかの特徴が見られます」

鑑識員は、手元の資料を読み上げた。

「まず、全身の約80%に重度の火傷が確認されます。特に背中と右腕の焼損がひどく、皮膚組織の炭化が進んでいます」

お兄ちゃんの眉間に、わずかに皺が寄った。

「火傷以外に、何か痕跡は?」

「はい。遺体の手首と足首には、索状痕 (さくじょうこん) が残っていました。縛られた跡と見て間違いないでしょう」

鑑識員の言葉に、お兄ちゃんの表情がわずかに引き締まった。私の魂は、恐怖で震えた。

私を縛ったあの縄の跡が、まだ残っているなんて。

「索状痕…つまり、生前に拘束されていた可能性が高いと?」

お兄ちゃんの声が, わずかに低くなった。

「その可能性が非常に高いです。さらに、遺体の口には粘着テープが貼られていた痕跡があり、おそらく叫び声を上げさせないためのものでしょう」

鑑識員は続けた。

「口を塞がれていた…」

お兄ちゃんの表情が、初めて怒りに染まった。

そう、美桜は私に、私の声がお兄ちゃんに届かないように、テープを貼った。

「また、体内からは、大量の睡眠導入剤が検出されました。抵抗できないように、強制的に飲まされたものと思われます」

「くそっ!」

お兄ちゃんは拳を握りしめ、壁を叩いた。彼が、見知らぬ被害者のために、ここまで感情を露わにするなんて。

「生きたまま、拘束され、薬を飲まされ、口を塞がれ、そして焼かれたと?」

お兄ちゃんの声は、怒りで震えていた。

「はい。その可能性が極めて高いです。これは、非常に残忍な事件です」

鑑識員は、言葉を選びながら言った。

「こんなひどいことをする犯人がいるとは…」

鑑識員の補助をしている若い女性が、顔を青くして呟いた。

「必ず捕まえてやる。どんな手を使ってでも、犯人を地獄に叩き落としてやる」

お兄ちゃんの目が、憎悪に燃えていた。その言葉は、私に向けられたものではない。しかし、私の魂には、彼が私を信じてくれなかったことが、深く深く刻み込まれていた。

「隊長。一つ、奇妙な点が…」

鑑識員が、声を潜めて言った。

「何だ?」

「遺体の気道から、煤と共に、小さな金属片が発見されました。高級ライターの一部かと…」

お兄ちゃんの顔色が、一瞬にして変わった。

ライター? まさか…

私の魂は、嫌な予感に襲われた。

「ライターだと? それは…」

お兄ちゃんの声が、震えていた。

「はい。特徴的な模様があり、もしかしたら…」

「それ以上言うな!」

お兄ちゃんは、鑑識員の言葉を遮った。そして、深く息を吐き出した。

「とにかく、徹底的に調べろ。どんな微細な手がかりも見逃すな」

彼の目は、何かを必死に否定しようとしているようだった。

「はい」

鑑識員は、すぐに作業に戻った。

「隊長、何か気になることが?」

隣にいた森永警部が尋ねた。

「いや、何でもない。だが、この遺体には…何かが隠されている気がする」

お兄ちゃんは、私の遺体から目を離さなかった。その視線は、まるで魂を抜き取られたかのような虚ろさだった。

お兄ちゃん、お願い。気づいて。私だよ。

私の魂は、彼のすぐ隣で、必死に叫んだ。しかし、その声は、彼には届かない。

「それよりも、隊長。君の妹さん、陽葵さんのことなんだが…」

森永警部が、お兄ちゃんに話しかけた。

「陽葵? あいつがどうした?」

お兄ちゃんの声には、明確な不快感が混じっていた。私の魂は、またしても冷たい水でも浴びせられたような気持ちになった。

「いや、陽葵さんも救急救命士になったと聞いたが…最近、連絡は取れているのか?」

森永警部は、心配そうに尋ねた。

「あの嘘つきなら、どうでもいい」

お兄ちゃんの言葉は、私を深く深く突き刺した。

2

橘蒼甫は、森永警部の言葉を遮るように答えた。私の魂は、また全身が凍り付くような感覚に陥った。彼の顔には、苛立ちがはっきりと浮かんでいた。

「あいつのことは、話題にするな」

蒼甫の声は冷たかった。視線は、遺体から外れることなく、しかし、その瞳には明確な嫌悪が宿っていた。

「陽葵は、俺にとって迷惑な存在だ。消防庁の人間が、あんな虚言癖のある人間と関わっていると知られたら、俺の立場も危うくなる」

蒼甫は吐き捨てるように言った。

森永警部が何か言いたげに口を開いたが、蒼甫はそれを許さなかった。

「あいつは俺の妹じゃない。俺の妹は、火事から俺を庇ってくれた、か弱い美桜だけだ」

蒼甫の言葉が、私の魂を深く切り裂いた。

美桜…美桜が、私の妹?

美桜は、両親が火事で亡くなった後、うちに引き取られた養女だ。あの火事は、美桜の火遊びが原因だったはず。私は当時まだ幼かったお兄ちゃんを庇って、背中に大きな火傷を負った。なのに、美桜は「陽葵ちゃんが火をつけたの」と泣きながら嘘をついた。そして、自分は「火事でお兄ちゃんを守った可哀想な被害者」として、お兄ちゃんの心を独占したのだ。

その日以来、お兄ちゃんは私を憎み、美桜を溺愛した。私が何を言っても、彼は美桜の言葉しか信じなかった。美桜は弱々しく震えながら嘘を重ね、お兄ちゃんは、その言葉を鵜呑みにし、私を「放火魔」と呼ぶようになった。

私を家から追い出したのも、お兄ちゃんだった。高校を卒業してすぐ、彼は私に家を出ていくように言った。私に居場所はなかった。

私は、自嘲するように笑った。私の魂は、こんなにも傷ついているのに、もう涙を流すことすらできない。

「陽葵は、俺を苦しめるためなら何でもする。俺が出世するたびに、必ず何か邪魔をしてきた」

蒼甫は、憎しみを込めて言った。

邪魔なんて…そんなこと…

私の魂は、悲痛な叫びを上げた。私は、ただ、お兄ちゃんに認めてほしかっただけなのに。

「今回も、どうせ俺の邪魔をしようとしているだけだ。俺が、美桜との婚約を発表するから、また何かするつもりだろう」

彼の言葉は、まるで私の存在そのものを否定しているかのようだった。

もし、お兄ちゃんが真実を知ったら…どうなるんだろう?

私は、お兄ちゃんの顔を見上げた。彼の心には、私の存在は、憎しみと迷惑以外の何物でもない。

きっと、お兄ちゃんは私が本当に死んだと知っても、喜ぶんだろうな。

そんなことを考えていると、私の魂は、また凍えるような感覚に襲われた。

「橘隊長、少し話があるんだが」

森永警部が、蒼甫の腕を掴んだ。彼の顔には、明らかな不満が浮かんでいた。

「陽葵さんは、君が思うような人間じゃない。彼女は、君のために、どれだけ努力してきたか…」

森永警部が、蒼甫に語りかけた。

「努力? あいつが?」

蒼甫は、嘲笑するような表情を浮かべた。

「ああ。君がハイパーレスキュー隊に入ってから、陽葵さんはずっと君の背中を追っていた。君と同じ、人命救助の道に進むために、猛勉強して救急救命士の資格を取ったんだ」

森永警部の言葉に、蒼甫の表情は変わらない。

「そして、君が現場で食べる弁当を、毎日のように作って届けていた。君が体調を崩した時も、誰よりも早く駆けつけて、看病していたじゃないか」

「それが何だ。全て、俺の気を引くための芝居だろう」

蒼甫は、冷たく言い放った。

「芝居だと? 君は、実の妹の優しさを、一度も信じたことがないのか?」

森永警部の声が、次第に大きくなった。

「信じる価値もない。あいつは嘘つきだ。俺は、美桜しか信じない」

蒼甫は、首を振って、森永警部から視線を逸らした。

「もういい。陽葵の話はするな。俺は仕事に戻る」

蒼甫は、そう言い残すと、遺体安置室の奥へと向かって歩き出した。

森永警部は、諦めたようにため息をついた。

「隊長、最近、失踪届は出ていませんか?」

蒼甫は、突然立ち止まり, 部下に尋ねた。

「いえ、特に大規模な失踪届は届いていませんが…」

部下は首を傾げた。

「おかしいな。これだけ残忍な事件なのに、身元不明のままだなんて。被害者の家族は、何をしているんだ」

蒼甫は、苛立ちを隠せない様子で言った。

お兄ちゃん…家族が、ここにいるよ。

私の魂は、彼の隣で、痛みに耐えていた。

「昼食にしよう。少し休憩だ」

蒼甫は、そう言って、遺体安置室を出て行った。

森永警部が、ぼんやりと天井を見上げていた。

「そういえば…陽葵さん、最近、妙なことを言っていたな」

森永警部が、独り言のように呟いた。

私の魂は、彼の言葉に、わずかに反応した。

「何ですか、警部?」

部下の一人が尋ねた。

「陽葵さん、最近、妙に怯えていたんだ。誰かに命を狙われているようなことを…」

森永警部の言葉に、蒼甫が廊下から戻ってきた。彼の顔には、不機嫌さが浮かんでいた。

「また、あいつの嘘か。俺の気を引くための、悪質な嘘だろう」

蒼甫は、鼻で笑った。

「そんなことはない! 陽葵さんは、本当に困っていたんだ! 君に助けを求めていたんだぞ!」

森永警部は、怒りに顔を紅潮させた。

「俺に? 俺に助けを求めていただと? ふざけるな。あいつは、いつも俺を陥れようとする」

蒼甫は、冷たい目で森永警部を見つめた。

「陽葵さんは、君のために、どれだけ…」

「もういい! あいつのことは、放っておくんだ。どうせ、また芝居だろう」

蒼甫は、森永警部の言葉を遮った。

「陽葵は、俺に電話をかけてきた時も、いつも泣きついてきた。俺に謝罪しろ、俺を信じろ、俺を愛せと…」

蒼甫の声には、明確な嫌悪が混じっていた。

「そんなことは…」

「いい加減にしろ、森永警部」

蒼甫の携帯電話が鳴り響いた。彼の顔から、一瞬にして不機嫌な表情が消え去った。

彼の表情は、まるで氷が溶けるかのように、柔らかなものへと変わっていった。

誰だろう…

私の魂は、その変化に、言いようのない不安を感じた。

3

蒼甫は、携帯電話の画面を見た瞬間、顔中の筋肉を緩ませた。私の魂は、彼のそんな表情を、何年も見ていなかった。

「美桜…どうしたんだい? 大丈夫?」

彼の声は、まるで別人のように優しかった。甘く、愛おしさがこもっている。私の魂は、その声を聞くだけで、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「うん、僕も会いたいよ。今すぐ行きたいけど、まだ仕事が…」

彼は、私が見たこともないような優しい笑顔を浮かべた。

美桜…高森美桜。

私の魂は、その名前を聞いた瞬間、全身を駆け巡る悪寒を感じた。彼女は、うちに引き取られた養女。そして、私から全てを奪った女。

かつて、お兄ちゃんも私に、こんな風に優しく微笑んでくれたことがあった。幼い頃、私が転んで泣いていると、彼はいつも一番に駆けつけてくれた。私の手を握り、頭を撫でて、「大丈夫だよ、陽葵。お兄ちゃんがいるから」と言ってくれた。

しかし、その優しさは、美桜が家族になって以来、私から完全に向けられなくなった。お兄ちゃんの優しい笑顔は、今では全て美桜に向けられている。

私の魂は、まるで心臓を直接握り潰されるような痛みに襲われた。

彼にとって、美桜が全てだった。

「わかった、わかったよ。すぐに終わらせて、迎えに行くからね。美桜が寂しがってるって聞いたら、僕も寂しくなるよ」

蒼甫は、携帯電話に向かって甘い言葉を囁いた。

「何を怯えているんだい? 誰かに何かされたのか?」

彼の声が、突然、少し低くなった。表情に、わずかな緊張が走る。

「陽葵が、また何かしたのか?」

蒼甫の目が、鋭く私の方に向けられた。私の魂は、彼の視線が私を貫くような錯覚に陥った。

「あの女が, また美桜をいじめたのか? 許さない。絶対に許さない」

彼の声は、怒りに震えていた。

「安心して、美桜。僕が必ず守るから。あの女が君に手を出そうとしたら、僕が責任を持って、二度と君の前に現れないようにする。どんな手を使ってでも、ね」

蒼甫の言葉は、私に向けられた明確な脅迫だった。私の魂は、彼の言葉に、深い絶望を感じた。

「だから、美桜は何も心配しなくていい。僕が全部解決するからね。週末は、二人で温泉に行こうか? ゆっくり休んで、僕と一緒に癒されよう」

彼は、再び優しい声に戻った。

私を、二度と美桜の前に現れないようにする、か。それは、つまり…

私の魂は、自嘲するように笑った。お兄ちゃんは、私を殺すと言っているのだ。

彼が、美桜の言葉しか信じないことは知っていた。しかし、彼がここまで私を憎んでいるとは。

お兄ちゃん…本当に、私を、死んでほしいと願っているの?

彼の言葉が、深く深く、私の魂に突き刺さった。

「うん、愛してるよ、美桜。早く会いたい」

蒼甫は、携帯電話に向かって、甘く囁いた。その言葉は、私の魂を粉々に打ち砕いた。

私の魂は、その言葉を聞いて、胸の奥底から冷たい水が湧き上がってくるような感覚に襲われた。

愛している…私には、一度も言ってくれなかった言葉。

「陽葵は本当に嫌な女ね。いつも蒼甫君の邪魔ばかりして」

電話の向こうから、甘く、しかしどこか悪意を秘めた声が聞こえた。美桜の声だった。

この声…!

私の魂は、全身が震え上がった。この声だ。この甘い声に、私は騙され、お兄ちゃんは操られてきた。

「…み…みお…」

私の魂は、無意識に、かすれた声を出そうとした。だが、それはただの空虚な響きとなり、誰にも届かない。

お兄ちゃん、お願い、美桜を信じないで! 彼女は…!

私の魂は、必死に警告しようとした。しかし、私の声は、彼には届かない。私の存在も、彼には見えない。

「じゃあね、蒼甫君。週末、楽しみにしてるわ」

美桜の声が、電話の向こうで響いた。その声は、甘い毒のように、私の魂を蝕んだ。

「うん、またね」

蒼甫は、携帯電話を切り、満足げな笑顔を浮かべた。

「陽葵の件、今すぐもう一度確認してくる」

蒼甫は、森永警部にそう言って、再び遺体安置室に向かおうとした。

森永警部は、慌てて蒼甫を呼び止めた。

「橘隊長! 陽葵さんの携帯に、何度か電話したんだが、繋がらないんだ! まさか、本当に何かあったんじゃ…」

森永警部の顔には、真剣な心配の色が浮かんでいた。

「また、俺の気を引くための芝居だろう。どうせ、どこかで男と遊んでいるか、俺に恨みを晴らすための計画を練っているかだ」

蒼甫は、冷たく言い放った。

「そんなことはない! 陽葵さんは、君のために…」

「もういい!」

蒼甫は、森永警部の言葉を遮り、苛立ったようにその場を去ろうとした。その時、彼の携帯が再び鳴った。

彼の表情は、まるで氷が溶けるかのように、柔らかなものへと変わっていった。

誰だろう…

私の魂は、その変化に、言いようのない不安を感じた。

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兄の悔恨、炎に消えた妹

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