話 2
#景家の御曹司、花嫁を捨てて逃亡#。そのハッシュタグが、瞬く間にトレンドのトップを独占した。
私の境遇を知ったネットユーザーたちは、次々と景珩と江時南を非難する声を上げた。
【景家がいくら金と権力を持ってるからって、大勢の前で結婚式から逃げるなんてありえないでしょ】
【これじゃ婚約者があまりにも惨めだろ??】
【略奪した女も相当なクズね。よくそんなことできるわ】
【クズ男とクズ女は地獄に落ちろ】
事情を知った景家の当主は、烈火のごとく怒り狂った。
「頌頌よ、この件はわしが必ずけりをつける」
私は目を赤くしながらも、健気に答えた。「大丈夫です、おじい様。全ては景家が第一です」
当主は有無を言わさず、別荘を二軒、私の名義にしてくれた。
ところが翌日、景珩が江時南を連れて屋敷に戻ってきたのだ。
彼が玄関をくぐった瞬間、頭上から灰皿が飛んできた。
景珩はとっさに江時南を庇い、そして私は、迷うことなく彼の前に立ちはだかった。
腕に鋭い痛みが走り、生温かい液体が流れ落ちる。
使用人たちの悲鳴が上がる中、視界の隅で、景珩が複雑な表情で私を見つめているのを捉えた。
私は顔を青ざめさせながらも、当主をとりなす。
「おじい様、どうか落ち着いてお話を」
結局、傷の手当てをしてくれたのは景珩だった。
彼はかすれた声で言った。
「もう二度とこんなことはするな」
私は力なく笑う。
「あなたは私の婚約者ですもの。私があなたを守らなくて、誰が守るというの?」
彼が包帯を巻きやすいように袖をまくり上げると、
そこに刻まれた古い傷跡が露わになった。
焼け焦げたように黄ばんだ、無数の傷が縦横に走っている。
高校時代、江時南にそそのかされた者たちに押さえつけられ、ヘアアイロンで焼かれた痕だ。
今見えているのは、氷山の一角にすぎない。
まるで胸を突かれたように、彼の瞳孔が収縮した。
その眼差しに、見るに忍びないという感情がよぎる。
「頌頌、俺は――」
その時、階下から甲高い女の悲鳴が響き渡った。
景珩は表情をこわばらせる。
すぐに私から手を放すと、振り返り、大股で部屋を出て行った。
私はか細い声で呼びかける。
「珩……」
彼の足がぴたりと止まる。
だが、次の瞬間にはもう、何のためらいもなく去っていった。
遠ざかる彼の背中を、私はただ無感情に見つめていた。
夕食の前、当主が書斎から出てきた。その後ろには、彼を支える景珩の姿がある。
どうやら、二人の話はついたようだ。
ふと、スマートフォンの画面に表示された送金通知に目が留まる。景家から、6億円。
胸騒ぎがして、私は無意識にトレンドを開いた。
その時、江時南が腕を組んで近づき、勝ち誇ったように私を見下ろした。
「学生の頃、いじめられても誰も庇ってくれなかったわよね」
「今も、奥歯を噛み締めて惨めさを飲み込むしかないのよ」
彼女はゆっくりと身をかがめ、私の耳元で冷たく嘲笑った。
「本当にかわいそうね、温頌」
彼女が言い終わると同時だった。
私の目に飛び込んできた、新たなトレンドワード――
#温頌、景珩と江時南の仲を裂いた第三者#
話 3
ネットのトレンドにその話題が上がっているのを見て、私は悟った。自分が景家の当主に6億で追い払われた、ただの捨て駒になったのだと。
私を切り捨てることで、景珩と景家の評判を好転させる――それが狙いだ。
途端に、誹謗中傷の嵐が押し寄せた。
【温頌が略奪者だったってこと?? まじか、まんまと利用されてたわ】
【権力に屈せず愛を貫く江時南、尊い……推せる】
【お似合いのカップル、末永くお幸せに(泣)】
【泥棒猫は地獄に落ちなさいよ。この間、彼女を庇った私が馬鹿みたいじゃない】
【景珩と江時南って高校卒業してからずっと一緒なんでしょ、素敵!】
【温頌、死ね。吐き気がする!】
金銭的な補償の他に、景珩は景氏グループの株を3%譲渡すると言ってきた。私はすべて受け入れた。
昔の顔ぶれに会ったせいか、その夜は悪夢にうなされた。
夢の中では、江時南が主犯格の女子グループに服を引き裂かれ、
地面に這いつくばって犬の鳴き真似をさせられた。
タバコの火やヘアアイロンを身体に押し付けられる。
二年間にも及んだ、陰湿ないじめ。
原因は、江時南が想いを寄せていた先輩が、雨の日に私に傘を貸してくれたという、ただそれだけのことだった。
目が覚めると、全身が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
あの時の悪寒と恐怖が、今も鮮明に蘇る。
気持ちを落ち着かせようと、ベッドサイドの棚から薬を取ろうとした、その時。
視界の端に、ベッドの傍らに座る人影を捉え、恐怖で全身が凍りついた。
次の瞬間、男の腕が伸びてきて、私の身体を抱き寄せた。
嗅ぎ慣れた、雪松の冷涼な香りが鼻をかすめる。
途端に、張り詰めていた神経が緩んだ。
「また、魘されていたのか?」
男の声は低く、磁性を帯びている。彼は優しく私の額の汗を拭うと、数錠の薬を取り出して口元へと運んでくれた。
薬を飲むと、少し落ち着いた。
暗闇の中、男のシルエットが際立って見える。深く、墨のように黒い瞳が私を見つめていた。
「帰国が早まったのね」
「まだ私の計画の段階には至っていない」
私は冷たく言い放った。
すると、彼は私を強く抱きしめ、温かい吐息が首筋にかかった。
しばらくして、男が掠れた声で囁く。
「君に会いたくて、たまらなかったんだ、頌頌」
「君が辛い目に遭っていると知って、急いで戻ってきた」
彼の細やかなキスが、そっと耳元に落ちてくる。そして、ゆっくりと下へ……。
私は躊躇いがちに言った。「跡、残さないで」
その言葉に応えるかのように、彼の攻勢は波のように激しさを増していく。まるで、会えなかった時間をすべて埋め合わせようとするかのようだった。
情事が終わったのは、夜も更けた頃だった。
疲労困憊して眠りに落ち、二度と悪夢を見ることはなかった。
翌日、景家から呼び出しがあった。
門をくぐると、景珩の楽しげな声が聞こえてきた。
「昨夜、叔父が帰国したらしい」
「今回、もし会うことができれば、城北のプロジェクトを景家に譲ってもらえるかもしれないぞ」
使用人が私に気づき、リビングへと案内する。
そこでは、景家の当主が目を閉じて精神を統一していた。
景珩と江時南は寄り添い合っていたが、私に気づくと、二人はそれぞれ異なる表情を見せた。
私は当主に挨拶をしてから、微笑んで言った。
「隋家の、あの権力者の方のお話ですか?」
その言葉に、皆の視線が私に集まる。
景珩がわずかに眉を上げた。「頌頌、知り合いなのか?」
皆の注目が自分に集まっていることに気づいた江時南は、その目に憎しみを宿した。
そして突然、彼女は鋭い声で言い放った。
「あなたの耳元、キスマークがあるわ」