話 1
結婚式当日、私をいじめていた学園の女王が乗り込んできて、花婿を奪った。
私は、景珩は固く私の側に立ってくれると信じていた。
彼が私の手を振りほどき、ためらうことなく彼女のもとへ歩いていく、その瞬間までは。
後に私は彼女を訴え、学生時代のいじめを告発した。
だが、その訴えは景珩によってもみ消され、逆に名誉毀損で訴え返された。
瞬く間に、私はネット中で非難される笑いものとなった。
ある宴の席で、景珩は私を蔑むように嘲笑った。
「お前のその身体に残る傷跡は、見るたびに吐き気がする」
「負けを認めろよ。俺のバックには国ひとつ買えるほどの資産家の叔父さんがいるんだ。お前に勝ち目はない」
その直後、彼の口にした叔父――その人が、私の腰を抱き寄せた。
そして、私の耳元で甘く囁く。
「あの二人を社会的に抹殺してやる。だから、俺のものになってくれないか?」
1
「新郎、景珩さん。あなたは温頌さんを妻とし、生涯を共にすることを誓いますか?」
「景珩さん?」
隣に立つ彼は、その言葉にはっと我に返った。
私が訝しげな視線を向けると、
彼は少し戸惑った表情を見せる。
招待客たちの視線が、私たち二人に集中していた。
私はそっと彼の手を握り、
心配して小声で尋ねる。
「どうしたの?珩」
景珩の瞳に暗い影がよぎったが、
すぐに私に視線を戻し、無理に笑みを作った。
彼が口を開こうとした、その時だった。
突如、教会の重い扉が乱暴に開け放たれた。
切羽詰まった、涙声の女の声が響き渡る。
「珩!生涯、私だけを娶るって言ったじゃない!」
声が落ちるや否や、その場の全員が愕然として視線を向けた。
一同が驚いて振り返ると、そこにはウェディングドレスをまとった美しい女が、壇上の新郎を潤んだ瞳で見つめて立っていた。
会場は騒然となった。
その見慣れた顔に、私は息を呑んだ。
骨の髄まで刻み込まれた記憶が蘇り、全身が恐怖に震える。
高校時代、私を執拗にいじめていた江時南だった。
驚きと共に押し寄せてきたのは、底知れぬ恐怖。
足元がおぼつかなくなり、私は無意識に景珩の手に救いを求めた。
だが、その手は空を切る。
はっとして彼を見上げると、
彼は壇の下に立つ女を、ただ一心に見つめていた。
その眼差しは驚きと、
そして隠しようもないほどの愛情に輝いている。
全身の血が凍りつくようだった。
「景珩、あなた……」
彼は私へと視線を移したが、その瞳には憐れみの色が浮かんでいるだけだった。
しばしの沈黙の後、彼は低い声で告げた。
「すまない、頌頌。君と一緒になったのは、ただ時南に代わっての贖罪のためだったんだ」
「俺が愛しているのは、彼女だけだ」
そう言い終えると、景珩はためらうことなく壇から飛び降り、
大股で江時南のもとへ歩み寄っていく。
その場にいた誰もが、呆然と成り行きを見守っていた。
「また私の勝ちね、温頌」
江時南は景珩の腕に寄り添い、勝ち誇ったように、そして蔑むように言った。
その笑みは、これ以上ないほどに輝かしく、挑発的だった。
招待客たちの驚きと好奇の視線が、壇上にぽつんと取り残された私に突き刺さる。
私は、親密に寄り添いながら去っていく二人の背中を、ただ見つめていた。
顔は青ざめ、身体は石のように硬直していた。
やがて、私は静かに横を向き、一筋の涙を流す。
だが、誰にも見えない場所で、誰かの口元はゆっくりと弧を描いていた。
話 2
#景家の御曹司、花嫁を捨てて逃亡#。そのハッシュタグが、瞬く間にトレンドのトップを独占した。
私の境遇を知ったネットユーザーたちは、次々と景珩と江時南を非難する声を上げた。
【景家がいくら金と権力を持ってるからって、大勢の前で結婚式から逃げるなんてありえないでしょ】
【これじゃ婚約者があまりにも惨めだろ??】
【略奪した女も相当なクズね。よくそんなことできるわ】
【クズ男とクズ女は地獄に落ちろ】
事情を知った景家の当主は、烈火のごとく怒り狂った。
「頌頌よ、この件はわしが必ずけりをつける」
私は目を赤くしながらも、健気に答えた。「大丈夫です、おじい様。全ては景家が第一です」
当主は有無を言わさず、別荘を二軒、私の名義にしてくれた。
ところが翌日、景珩が江時南を連れて屋敷に戻ってきたのだ。
彼が玄関をくぐった瞬間、頭上から灰皿が飛んできた。
景珩はとっさに江時南を庇い、そして私は、迷うことなく彼の前に立ちはだかった。
腕に鋭い痛みが走り、生温かい液体が流れ落ちる。
使用人たちの悲鳴が上がる中、視界の隅で、景珩が複雑な表情で私を見つめているのを捉えた。
私は顔を青ざめさせながらも、当主をとりなす。
「おじい様、どうか落ち着いてお話を」
結局、傷の手当てをしてくれたのは景珩だった。
彼はかすれた声で言った。
「もう二度とこんなことはするな」
私は力なく笑う。
「あなたは私の婚約者ですもの。私があなたを守らなくて、誰が守るというの?」
彼が包帯を巻きやすいように袖をまくり上げると、
そこに刻まれた古い傷跡が露わになった。
焼け焦げたように黄ばんだ、無数の傷が縦横に走っている。
高校時代、江時南にそそのかされた者たちに押さえつけられ、ヘアアイロンで焼かれた痕だ。
今見えているのは、氷山の一角にすぎない。
まるで胸を突かれたように、彼の瞳孔が収縮した。
その眼差しに、見るに忍びないという感情がよぎる。
「頌頌、俺は――」
その時、階下から甲高い女の悲鳴が響き渡った。
景珩は表情をこわばらせる。
すぐに私から手を放すと、振り返り、大股で部屋を出て行った。
私はか細い声で呼びかける。
「珩……」
彼の足がぴたりと止まる。
だが、次の瞬間にはもう、何のためらいもなく去っていった。
遠ざかる彼の背中を、私はただ無感情に見つめていた。
夕食の前、当主が書斎から出てきた。その後ろには、彼を支える景珩の姿がある。
どうやら、二人の話はついたようだ。
ふと、スマートフォンの画面に表示された送金通知に目が留まる。景家から、6億円。
胸騒ぎがして、私は無意識にトレンドを開いた。
その時、江時南が腕を組んで近づき、勝ち誇ったように私を見下ろした。
「学生の頃、いじめられても誰も庇ってくれなかったわよね」
「今も、奥歯を噛み締めて惨めさを飲み込むしかないのよ」
彼女はゆっくりと身をかがめ、私の耳元で冷たく嘲笑った。
「本当にかわいそうね、温頌」
彼女が言い終わると同時だった。
私の目に飛び込んできた、新たなトレンドワード――
#温頌、景珩と江時南の仲を裂いた第三者#
話 3
ネットのトレンドにその話題が上がっているのを見て、私は悟った。自分が景家の当主に6億で追い払われた、ただの捨て駒になったのだと。
私を切り捨てることで、景珩と景家の評判を好転させる――それが狙いだ。
途端に、誹謗中傷の嵐が押し寄せた。
【温頌が略奪者だったってこと?? まじか、まんまと利用されてたわ】
【権力に屈せず愛を貫く江時南、尊い……推せる】
【お似合いのカップル、末永くお幸せに(泣)】
【泥棒猫は地獄に落ちなさいよ。この間、彼女を庇った私が馬鹿みたいじゃない】
【景珩と江時南って高校卒業してからずっと一緒なんでしょ、素敵!】
【温頌、死ね。吐き気がする!】
金銭的な補償の他に、景珩は景氏グループの株を3%譲渡すると言ってきた。私はすべて受け入れた。
昔の顔ぶれに会ったせいか、その夜は悪夢にうなされた。
夢の中では、江時南が主犯格の女子グループに服を引き裂かれ、
地面に這いつくばって犬の鳴き真似をさせられた。
タバコの火やヘアアイロンを身体に押し付けられる。
二年間にも及んだ、陰湿ないじめ。
原因は、江時南が想いを寄せていた先輩が、雨の日に私に傘を貸してくれたという、ただそれだけのことだった。
目が覚めると、全身が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
あの時の悪寒と恐怖が、今も鮮明に蘇る。
気持ちを落ち着かせようと、ベッドサイドの棚から薬を取ろうとした、その時。
視界の端に、ベッドの傍らに座る人影を捉え、恐怖で全身が凍りついた。
次の瞬間、男の腕が伸びてきて、私の身体を抱き寄せた。
嗅ぎ慣れた、雪松の冷涼な香りが鼻をかすめる。
途端に、張り詰めていた神経が緩んだ。
「また、魘されていたのか?」
男の声は低く、磁性を帯びている。彼は優しく私の額の汗を拭うと、数錠の薬を取り出して口元へと運んでくれた。
薬を飲むと、少し落ち着いた。
暗闇の中、男のシルエットが際立って見える。深く、墨のように黒い瞳が私を見つめていた。
「帰国が早まったのね」
「まだ私の計画の段階には至っていない」
私は冷たく言い放った。
すると、彼は私を強く抱きしめ、温かい吐息が首筋にかかった。
しばらくして、男が掠れた声で囁く。
「君に会いたくて、たまらなかったんだ、頌頌」
「君が辛い目に遭っていると知って、急いで戻ってきた」
彼の細やかなキスが、そっと耳元に落ちてくる。そして、ゆっくりと下へ……。
私は躊躇いがちに言った。「跡、残さないで」
その言葉に応えるかのように、彼の攻勢は波のように激しさを増していく。まるで、会えなかった時間をすべて埋め合わせようとするかのようだった。
情事が終わったのは、夜も更けた頃だった。
疲労困憊して眠りに落ち、二度と悪夢を見ることはなかった。
翌日、景家から呼び出しがあった。
門をくぐると、景珩の楽しげな声が聞こえてきた。
「昨夜、叔父が帰国したらしい」
「今回、もし会うことができれば、城北のプロジェクトを景家に譲ってもらえるかもしれないぞ」
使用人が私に気づき、リビングへと案内する。
そこでは、景家の当主が目を閉じて精神を統一していた。
景珩と江時南は寄り添い合っていたが、私に気づくと、二人はそれぞれ異なる表情を見せた。
私は当主に挨拶をしてから、微笑んで言った。
「隋家の、あの権力者の方のお話ですか?」
その言葉に、皆の視線が私に集まる。
景珩がわずかに眉を上げた。「頌頌、知り合いなのか?」
皆の注目が自分に集まっていることに気づいた江時南は、その目に憎しみを宿した。
そして突然、彼女は鋭い声で言い放った。
「あなたの耳元、キスマークがあるわ」