1

末期の膵臓がんと宣告された. 作曲家としてのキャリアも, 愛する家族も, すべてを夫の成功のために捧げてきた私の人生は, もうすぐ終わる.

しかし, 私の病気を知った家族は, 私を嘲笑った. 嫉妬深い従姉妹・佳織が偽造した診断書を信じ込み, 私の苦しみを「気を引くための嘘」だと断じたのだ.

「お母さんは嘘つき! 」

愛する娘にまで突き放され, 私はたった一人, 北海道の山小屋で静かに死を待つことを決めた.

それなのに, 彼らは私を追い詰める. 佳織は私を「監禁犯」に仕立て上げ, 夫は私を業界のパーティーに引きずり出した.

「まだ使えることを証明しろ」

震える手でピアノの前に座る私に, 彼は冷たく言い放った.

家族という名のハーモニーは, 不協和音に変わり, 私の心は完全に砕け散った. なぜ, 私の真実は誰にも届かないのか.

屈辱と絶望のなかで, 私は息を引き取った. しかし, 私の死は, 終わりではなかった. 私が残した一通の手紙が, 彼らの偽りの世界をすべて破壊し, 本当の地獄を見せることになる.

第1章

真理穂 POV:

末期の膵臓がんと宣告された私を嘲笑う家族の声が, 凍える空気の中で私の心を切り裂いた. その声は, もうすぐ私が一人で死ぬはずの, この北海道の山小屋の購入書類の上で, 紙切れよりも軽く扱われた.

「柏田さん, 本当にこの物件でよろしいんですか? 」

不動産屋の田中さんが, 分厚い眼鏡の奥から心配そうな目を向けた. 彼の声は, 暖炉の薪が爆ぜる音に少しだけかき消された.

薪の火は, この寂しい山小屋の中で唯一の暖かさだった. 北海道の冬は厳しい.

私は深く息を吸い込んだ.

「はい, 田中さん. これでいいんです. 完璧です」

私の声は震えなかった. 私はもう, 感情を揺さぶられることに疲れていた.

田中さんは, 広げられた契約書から視線を上げ, 部屋の隅にある古いピアノに目をやった.

「でも, 奥様. こんな人里離れた場所で, 一人で冬を越すのは, あまりにも…」

彼は言葉を選んでいるようだった.

「ご家族の方には, お伝えになっているんですよね?  何かあったときに, 連絡が取れないような場所では, 心配されるでしょう」

彼の言葉は, 私の心をチクチクと刺した. 心配, という言葉が, 今の私には遠い響きだった.

私は首を横に振った. ゆっくりと, しかしはっきりと.

「いいえ. 誰にも言っていません」

田中さんの顔に困惑の色が浮かんだ. 彼はもう一度, 契約書に目を落とした.

「あの…何か, 特別な事情でも? 」

私はテーブルの上に置かれた, 薄いファイルに手を伸ばした. ファイルには, 私の病状が書かれた診断書が挟まっていた.

「特別な事情, ですか」

私はファイルを開き, 田中さんの目の前に滑らせた.

「ええ, あります. 私, もう長くないんです」

田中さんの眼鏡の奥の目が大きく見開かれた. 彼は診断書に書かれた文字を追った.

「すい…膵臓がん…末期…」

彼の声は途切れ途切れだった. 山小屋の中の空気が, 一瞬にして重くなったようだった.

「それで, 山小屋の購入手続きは, いつ頃になりそうですか? 」

私は冷静に尋ねた. 私の時間は限られている.

田中さんは診断書から顔を上げ, 私を見た. 彼の顔は青ざめていた.

「えっ…あ, はい. 書類は揃っていますので, 今すぐにでも. ただ, 奥様の体調を考えると…」

私は彼を遮った.

「大丈夫です. 早く終わらせたいんです」

私の言葉は, 決意に満ちていた.

田中さんは何も言わず, 書類をめくる音だけが部屋に響いた.

その音を聞いていると, 私の意識は遠のいて, 過去へと引き戻されていった.

私の人生は, あの日の宣告から, まるで違う景色を見せ始めた.

病院の白い壁. 医者の冷たい声.

「柏田さん, 膵臓癌です. 末期です」

その言葉は, 私の頭の中で何度も反響した. まるで, 耳鳴りのように.

私は作曲家だった. 将来を嘱望される, と言われていた. 私の人生は, 音符で満たされていた.

でも, 勇太に出会ってからは違った.

勇太は, 駆け出しの音楽プロデューサーだった. 彼の才能を信じていた. 彼の夢を, 私の夢にした.

私のキャリアは, 勇太の成功の階段になった. 彼の曲のアレンジを手伝い, 彼の会議資料を作り, 彼のスケジュールを管理した.

私は自分のピアノに埃を被らせた. 指は, もうキーを叩くことを忘れた.

でも, 後悔はなかった. 勇太が成功するたびに, 私は自分のことのように嬉しかった.

彼が初めて大きな賞を取った日.

授賞式の後, 彼は私を抱きしめた.

「真理穂, ありがとう. 君がいなければ, 僕はここまで来られなかった」

彼の温かい言葉が, 私の心を満たした. あの時の彼の目に, 嘘はなかった.

私たちは結婚した.

指輪交換の時, 勇太は私の指に指輪をはめながら, 言った.

「この指輪は, 僕が君に捧げる音楽だ. 永遠に, 君の隣で奏で続ける」

彼の言葉は, 甘いメロディのように響いた. 私はそのメロディを, 信じていた.

美咲が生まれた.

小さな命を抱いた時, 私の人生は完全に満たされたと感じた. 彼女の笑顔を見るたびに, 私の犠牲は全て報われる, そう思った.

家族という名のハーモニー. 私はそれを大切に守りたかった.

だが, そのハーモニーは, あっけなく音を外した.

その不協和音は, 佳織が現れた日から始まった.

私の従姉妹, 井口佳織.

彼女は, 昔から私に強い嫉妬心を抱いていた. 私がピアノを弾けば, 彼女はわざと音を外した. 私が褒められれば, 彼女はすぐにでも私を貶めた.

そんな佳織が, 藤原家に頻繁に出入りするようになった.

勇太は, 佳織の才能を評価すると言った. 彼女を新しいプロジェクトに起用すると言った. 私は彼の言葉を疑わなかった.

だが, 勇太の視線が, 私から佳織へと移っていくのを, 私は鈍く感じていた.

私の病が発覚した, その同じ日だった.

佳織は, 突然, 勇太と義両親の前で, 自分の診断書を差し出した.

「私も, 重い病気なんです…」

彼女の声は震えていた. 演技だと, すぐに分かった. その診断書は, 明らかに偽造されたものだった. 筆跡が, いつも彼女が使うペン字とそっくりだった.

私はすぐに理解した. 彼女は, 私から全てを奪おうとしている. 私の病気を知って, 同じ「病気」という武器を使って, 私の居場所を奪おうとしているのだと.

私は, 息を呑んだ. 心臓が冷たくなった.

「嘘よ, 佳織!  それは嘘だわ! 」

私は叫んだ. 震える手で, 佳織の診断書を掴もうとした.

その瞬間, 勇太が私の腕を掴んだ. 強く, 私の骨が軋むほどに.

「真理穂!  お前は何を言っているんだ! 」

彼の声は, 私に向けたものではなかった. 怒りに満ちていた. 私に向けられた, 初めての, 憎悪に満ちた声だった.

「佳織は病気なんだ!  そんな嘘をつくはずがないだろう! 」

私は信じられない思いで, 勇太を見た. 彼の目は, もう私を見ていなかった.

「お母さんは嘘つき! 」

美咲が, 私の足元で叫んだ. 小さな, 私の愛する娘の言葉が, 私の胸を深く抉った.

「佳織おばちゃんは病気なのに, お母さんは意地悪だ! 」

美咲の小さな手が, 私を突き飛ばした. 私はよろめいた.

「美咲…」

私の声は, 喉の奥に消えた.

義母が, 私を睨みつけた.

「真理穂さん, あなたの嫉妬は目に余るわ. 佳織ちゃんは, こんなに苦しんでいるのに」

義父が, 冷たい声で言った.

「病気の佳織ちゃんに, そんな酷いことを言うなんて, 人間としてどうかしているんじゃないのか」

家族全員の視線が, 私に突き刺さった. まるで, 鋭いナイフのように.

私の体は, 石になったように動かなかった. 心臓は, 氷の中で凍りついたようだった.

愛する人たちからの裏切りは, 私の病よりも重かった.

「お前は, 自分が注目されたいだけなんだろう!  佳織の病気を利用して, 同情を引こうとしているのか! 」

勇太の言葉が, 私の耳朶を打った. それは, 彼がかつて私に囁いた甘い言葉とは, あまりにもかけ離れていた.

私は, もう何も言う気にならなかった.

私の時間は, もう長くはない. この人たちに, 真実を理解させる時間も, もうない.

彼らを恨む気力も, もう残っていなかった.

ただ, 静かに, この世を去りたかった.

私の心は, 完全に枯れた.

田中さんの声が, 私の意識を現実へと引き戻した.

書類をめくる音は止まっていた.

「柏田さん. 手続きは, 明日の午前中には完了します. 鍵は, その時にお渡しできます」

田中さんの声は, まだ少し震えていた. 彼は私の診断書を, そっとファイルに戻した.

「ありがとうございます. では, 明日, 午前10時にここへ来てください」

私は言った.

「荷物は, 最小限しかありません. すぐにでも, ここへ来たいんです」

私の言葉は, 静かだったが, 明確な意思が込められていた.

田中さんは頷いた.

「承知いたしました. では, 明日, また」

彼が立ち上がった, その時だった.

ドアが, 乱暴に開け放たれた.

「真理穂!  お前, こんなところで何をしていたんだ! 」

勇太の声が, 山小屋の中に響き渡った.

私の視線の先には, 勇太と佳織が立っていた. 勇太は怒りに顔を歪ませ, 佳織は彼の腕にそっと寄り添い, 悲しげな表情を浮かべていた. まるで, 私が何か悪いことをしたかのように.

二人の間には, これまで私と勇太が築いてきたはずの, 見えない絆があった. その絆は, 私を締め付けた.

「何も…」

私はごまかそうとした. この人たちに, 私の最後の願いを知られたくなかった.

だが, 勇太は私の言葉を聞き入れることなく, テーブルの上のファイルを掴み取った.

「これは何だ! 」

彼はファイルを乱暴に開いた. 私の手から, 診断書が滑り落ちるのを, 私はただ見ているしかなかった.

「すい臓癌…末期…」

勇太の声が, 部屋に響いた. 私の秘密が, 彼の声によって暴かれた.

私は止めようとした. だが, 体が動かなかった. 心臓が, 耳の中で激しく脈打っていた.

勇太は診断書を私に突きつけた. 彼の目は, 軽蔑に満ちていた.

「なんだ, これは?  またお前の芝居か! 」

彼の言葉が, 私の胸を深くえぐった.

「病気を利用して, 僕の気を引こうとしているのか?  そんな手には乗らないぞ! 」

佳織が, 勇太の腕に顔を埋めた.

「勇太さん, 真理穂お姉ちゃんは, 病気じゃないわ. 私を陥れるために, こんな診断書を偽造したんだわ…」

彼女の声は, か細く, 悲痛に響いた.

「お母さん, また嘘ついてるの? 」

美咲の声が, 背後から聞こえた. 彼女はいつの間にか, そこに立っていた.

「佳織おばちゃんが言ってたよ. お母さんは, いつも自分勝手だって. 病気なのは佳織おばちゃんなのに! 」

美咲の言葉が, 私の頭の中で木霊した.

私の体は, 鉛のように重かった. 心臓は, 熱い鉄の塊になったようだった.

勇太は, かつて, 私が風邪を引けば, 夜通し看病してくれた. 私の指がピアノの鍵盤で疲弊すれば, 優しくマッサージしてくれた. そんな彼の面影は, もうどこにもなかった.

「お前は, 本当に精神がおかしいんじゃないのか? 」

勇太の言葉が, 冷たい刃のように私を切り裂いた.

私は, 深く呼吸をした.

もう, 何一つ期待することはない.

私の心には, 何の痛みも感じなかった. ただ, 麻痺したように, 全てが遠く感じられた.

2

真理穂 POV:

私の心臓は, もう何も感じなかった. 勇太の言葉も, 美咲の非難も, 佳織の偽りの涙も, 全てが遠いノイズのように聞こえた.

「私が精神がおかしいと? 」

私の声は, 氷のように冷たかった. 自分でも驚くほど, 感情がこもっていなかった.

「そうね. あなたたちが正常ならば, 私が異常なのでしょう」

私はそれ以上, 何も言わなかった.

私はゆっくりと, 椅子から立ち上がった. 体は重かったが, もう心に痛みはなかった.

勇太の傍らを通り過ぎようとした時, 彼が私の腕を掴んだ.

「どこへ行くつもりだ!  こんなことをして, ただで済むと思っているのか! 」

彼の顔は, 怒りに燃えていた. だが, 私の心は, その炎に照らされることはなかった.

勇太は, 私のこの変貌に戸惑っているようだった.

彼は, 私が泣き叫び, 彼にすがりつくことを期待していたのだろう. いつものように, 彼の言葉に怯え, 震える私を.

「お姉ちゃん! 」

佳織の声が, 甲高く響いた.

彼女は, 勇太の手を振りほどいて, 私の背中を追いかけてきた.

彼女の顔には, 偽りの笑顔が浮かんでいた. それが, 一瞬にして, 冷たい脅しの表情へと変わるのを, 私は見逃さなかった.

「真理穂お姉ちゃん. そんなに簡単に逃げられると思わないで. この家のすべては, 勇太さんと私のものになるのよ」

彼女の声は, 耳元で囁くように小さかった. だが, その声には, 冷酷な勝利の響きが込められていた.

私はその声に, 何も答えなかった. 私の足は, 玄関へと向かっていた. 扉を開け, 私は外に出た. 冷たい風が私の顔を叩いたが, 何も感じなかった.

勇太の怒鳴り声が, 背後から聞こえた. 美咲の泣き声も, 義両親の非難する声も. だが, それらは壁の向こうの, 遠い世界のことのように思えた.

私はただ, 一歩ずつ, 藤原家から離れていった. 私の心は空っぽだった. 私の居場所は, もうここにはない.

数日後, 私はひっそりと, 北海道へ向かう準備をしていた.

最低限の荷物をまとめた. 私の心臓は, もう何も感じていなかった. 私の体は, 私のものではないかのようだった.

私が家を出てから, 勇太や美咲から連絡はなかった. 義両親からも, もちろん佳織からも.

それが, 私の求めていた「静けさ」なのかもしれない.

だが, その静けさは長くは続かなかった.

ある日, 勇太の音楽スタジオから連絡が入った. 佳織が, スタジオで転倒したというのだ.

私はすぐに, それが佳織の仕業だと分かった. 彼女は, 私を追い詰めるために, あらゆる手を使ってくるだろう.

電話越しの勇太の声は, 怒りに満ちていた.

「真理穂, お前, 佳織を突き飛ばしたのか! ? 」

彼の言葉は, 私の耳を劈いた. 私は何もしていない. それなのに, 彼は私を信じない.

「私は, 何もしていません」

私の声は, 小さく, か細かった. だが, 彼の耳には届かなかった.

「何を言うか!  佳織は, お前が嫉妬して突き飛ばしたと証言している!  お前のせいで, 彼女の体に傷がついたんだぞ! 」

勇太は, 一方的に私を罵倒した. 彼の言葉は, まるで熱い灰を私の顔に投げつけるようだった.

義両親も, 勇太の言葉に同意した.

「真理穂さん, 本当にやってしまったの?  そんなに佳織ちゃんが憎いの? 」

義母の声には, 悲しみと, そして深い軽蔑が混じっていた.

「自分の病気を偽って, 佳織ちゃんを陥れようとするなんて…あなたは本当に恐ろしい人だわ」

義父の言葉が, 私の胸を抉った.

美咲も, 勇太の横で, 私を睨みつけていた.

「お母さん, 意地悪!  佳織おばちゃんをいじめないで! 」

彼女の言葉は, 小さなナイフのように私の心臓を刺した. 私は, 自分の娘にまで, 敵と見なされているのだと知った.

私の居場所は, もうどこにもなかった. 家族は, 完全に佳織の味方だった. 私の言葉は, 誰にも届かない. 私の存在は, 彼らにとって, 忌まわしいものとなっていた.

私は, 完全に孤立した. 私の体は, 冷たい檻の中に閉じ込められたかのようだった. 私の心臓は, もう動くのをやめたかった.

3

真理穂 POV:

私は, 藤原家からの連絡を完全に断った. 私の電話は, まるで石のように沈黙していた. 私の心も, 同じように沈黙していた.

北海道の山小屋への引っ越しは, 予定通りに進められた. 田中さんが手配してくれた引っ越し業者だけが, 私の唯一の話し相手だった. 彼らは, 私の病状を知り, 静かに作業をしてくれた.

山小屋の窓から見える景色は, どこまでも白かった. 雪が, 全てを覆い尽くしていた. 私の心の中も, 雪のように真っ白で, 何もなかった.

だが, この静かな日々も, 長くは続かなかった. 佳織は, 私の存在を, 完全に消し去ろうとしていた.

私が家を出てから数週間後, 勇太が自宅に帰ってきた. 彼は, 私がいなくなったことに, 何の感情も示さなかった. それどころか, 彼は佳織と私の部屋で, 新しい生活を始めていた.

私の服や持ち物は, 全てクローゼットから消えていた. 代わりに, 佳織の色鮮やかな服が, ハンガーにかかっていた. 私の愛用していたピアノの上には, 佳織が描いたという絵が飾られていた.

美咲は, 佳織に完全に懐いていた. 彼女は, 私がいなくても, 何の寂しさも感じていないようだった. 佳織が, 美咲に新しいおもちゃを与え, 甘いお菓子を与え, 派手な服を着せていた. 美咲の笑顔は, 私に向けられていた時よりも, ずっと明るく見えた.

義両親も, 佳織を可愛がった. 佳織は, 毎日のように義両親の家を訪れ, 手料理を振る舞い, 義母の肩を揉み, 義父の話し相手になった. 彼女は, 私が決してできなかったことを, 全てやってのけた.

私が病で苦しんでいる間, 彼らは誰も, 私のことなど気にかけなかった.

私の体は, 日ごとに衰弱していった. 食事は喉を通らず, 夜は眠れなかった. 痛みは, 日に日に増していった.

私は, 誰にも頼ることができなかった. 病院に行く気力も, もう残っていなかった.

「真理穂, お前は本当に精神がおかしいんじゃないのか? 」

勇太の言葉が, 頭の中で何度も繰り返された. 彼らは, 私の病気を「芝居」だと断じた. 私の苦しみを, 「気を引くための嘘」だと見なした.

私は, あの日の医師の冷たい声と, 勇太の冷たい言葉が, 私の人生を二つに切り裂いたように感じた.

私は, 山小屋の暖炉の火を見つめていた. 炎は, 私の心と同じように, 静かに燃え尽きようとしていた.

私は, 死を恐れていなかった. ただ, 誰にも看取られることなく, 一人で消えていくことに, わずかな寂しさを感じた.

だが, それすらも, 私の心から消え去ろうとしていた.

ある日, 私は勇太から一本の電話を受け取った. それは, 驚くべきことだった.

「真理穂, 今週末, 音楽業界のパーティーがある」

彼の声は, 冷たかった. まるで, 事務的な連絡のようだった.

「お前も来い」

私は耳を疑った. 私を追い出し, 存在を否定した彼が, なぜ今になって私を呼ぶのか.

「なぜ, 私が…」

私が言葉を続ける前に, 勇太は私の言葉を遮った.

「佳織が, お前の復帰の場を設けてやれ, と言ってくれたんだ」

佳織の名前を聞いた瞬間, 私の心臓が冷たくなった. これは, 彼女の新たな策略に違いない.

「お前も, 元作曲家として, 業界に顔を出しておけ」

彼の言葉には, 何の温かみもなかった. ただ, 世間体を気にする, 彼の傲慢さだけが感じられた.

私の手は, 震えていた. 痛みは, もう限界に達していた. 私は, ピアノの鍵盤を叩くことなど, 到底できない.

これが, 私にとっての, 最後の公の場になるだろう. 私は, そう悟った.

だが, 私は断ることができなかった. 逃げることなど, もうできなかった.

今すぐ全編を読む
作者の『Moboreader』を応援して、素晴らしい物語の続きを楽しみましょう!
全話ロック解除

嘘つきと呼ばれた末期の妻

第1話
エピソード
カスタマイズ
次の章