話 2
私の魂は, 慶佑と琴璃に引き寄せられるように, 病院の廊下を浮遊していた.
慶佑は琴璃を抱え, 最上階の特別病室へと向かう.
琴璃はベッドに横たわり, 酸素マスクをつけていた.
その顔は蒼白で, 見るからに弱々しい.
私は, あの病室に置き去りにされた時のことを思い出した.
私のお腹の中にも, 命があったのに.
慶佑は, この子を助けてはくれなかった.
私にとって, かけがえのない命だったのに.
私は, 怒りに震えた.
琴璃の弱々しい姿を見るたびに, 私の怒りは燃え上がる.
怨霊となって, 二人を呪い殺してやりたい.
そんな黒い感情が, 私の魂を蝕んでいく.
「慶佑, ごめんなさい... 私, また迷惑かけちゃって」
琴璃が, 弱々しい声で慶佑に詫びた.
その声はか細く, 罪悪感に苛まれているかのようだった.
慶佑は琴璃の髪を優しく撫でた.
「大丈夫だよ, 琴璃. 君は悪くない」
彼の声は, まるで壊れ物を扱うかのように丁寧だった.
その優しさが, 私の心を深く切り裂いた.
「朱莉があんなことをするからだ」
慶佑の言葉は, 私の魂を打ち砕いた.
「彼女は, 君を妬んでいたんだ. 君が僕に愛されているから」
彼は, 私を, 私の死を, 琴璃への嫉妬のせいにするつもりなのだろうか.
彼は, 私の死を, 私への罰だと思っている.
私への罰?
私は, ただ彼を愛しただけなのに.
彼に愛されることを望んだだけなのに.
私は, 慶佑と琴璃の出会いを思い出した.
幼い頃, 慶佑はいつも私をからかっていた.
でも, その眼差しは優しく, 私は彼に片思いをしていた.
慶佑の父親が病院長になり, 琴璃が松橋家に引き取られたのは, 慶佑が高校生の頃だった.
琴璃は慶佑の父の愛人の子で, 心臓を患っていた.
それ以来, 慶佑は琴璃に過剰なまでに尽くすようになった.
琴璃の心臓が発作を起こすたび, 彼は医師を目指すようになった.
私は, そんな彼を遠くから見つめていた.
慶佑に告白したのは, 一度や二度ではない.
そのたびに彼は, 私を振り向くことなく, ただ「友達としてしか見られない」と告げた.
琴璃への彼の感情は, 単なる妹に対するものとは違う気がしていた.
「琴璃ちゃんのこと, 本当は好きなんでしょ? 」
私は, 一度だけ彼に尋ねたことがあった.
彼は笑って, 私の頬をつねった.
「まさか. 琴璃は妹だよ」
その言葉を, 私は信じていた.
琴璃が海外留学する前夜, 慶佑は泥酔して私の部屋に来た.
そして, 私にキスをした.
そのキスは, 私にとって初めての, 甘く切ないキスだった.
私は, 彼が私を愛しているのだと信じた.
「責任を取るよ」
翌朝, 彼は私にそう告げた.
その言葉は, 私の心を深く突き刺した.
彼に愛されているのではなく, ただ責任を取っているだけなのだと.
私たちの結婚式は, 簡素なものだった.
指輪の交換も, 誓いのキスも, まるで義務のように淡々と行われた.
私は, いつか慶佑が私を本当に愛してくれる日が来ると信じていた.
結婚すれば, 夫婦になれば, きっと.
しかし, 現実は冷酷だった.
彼は私に触れることはなく, 私たちは別々の部屋で眠った.
慶佑は, 私を妻として見ていなかった.
それが私の結婚生活だった.
二年後, 留学を終えた琴璃が帰国した.
慶佑は, 琴璃の帰国を心待ちにしていた.
琴璃は帰国後すぐに妊娠した.
慶佑は琴璃の妊娠を知った途端, その顔は喜びで輝いていた.
琴璃の体に触れる彼の指は, まるで琴璃を宝物のように扱っていた.
彼は琴璃の妊娠を, 自分のことのように喜んでいた.
私の妊娠が発覚したのは, その数ヶ月後のことだった.
彼は, 私の妊娠を喜んではくれなかった.
「慶佑! 琴璃ちゃんが妊娠したことを, なんでそんなに喜んでるのよ! 」
私はつい, 彼に声を荒げてしまった.
「あなたと琴璃ちゃんは, 兄妹じゃない! まさか... 」
私の言葉に, 慶佑は激高した.
彼は私の腕を掴み, 強く押し倒した.
私が床に倒れ込んだ時, 琴璃が部屋に入ってきた.
琴璃は, 私が床に倒れているのを見て, 驚いた表情を浮かべた.
「慶佑さん, 朱莉さん, どうしたの? 」
琴璃の声は, 震えていた.
私は, 慶佑に手を引かれてその場を立ち去ろうとしたが, 琴璃に止められた.
「朱莉さん, どこに行くの? 慶佑さんと喧嘩したの? 」
琴璃は, 私の腕を掴んで離さなかった.
「ごめんなさい, 私がいなければ... 」
琴璃はそう言って, 泣き崩れた.
私は, 琴璃の言葉に, 何も言えなかった.
その夜, 慶佑は私に冷たく当たった.
彼は, 私を妻として見ようとしなかった.
琴璃は, あの後も家に居続けた.
「琴璃ちゃん, ごめんなさい... 」
私は, 琴璃に謝った.
琴璃は, 私の言葉に, 笑みを浮かべた.
しかし, その目には, 憎悪が宿っていた.
その数日後, 私は階段から転げ落ち, 流産した.
琴璃が, 私の後ろを歩いていた.
彼女の足が, 私の背を, 強く, 押しやったように感じた.
私の体は, 重力に逆らえず, 階段を転がり落ちていった.
私の意識は, そこで途絶えた.
そして, あの火災で, 私の命は完全に終わった.
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話 3
「慶佑, これはどういうことだ! 」
慶佑の怒号が響いた.
彼は琴璃を抱きかかえ, 私を睨みつけた.
「まさか, 琴璃を階段から突き落とすなんて... 」
彼の言葉は, 私の心を深く切り裂いた.
「君を絶対に許さない」
その日から, 慶佑は私を避けるようになった.
彼は私との離婚を口にするようになり, 私の世界は再び崩壊した.
私は, 慶佑を失うことが怖かった.
彼を失うくらいなら, 何でもすると思った.
だから, 私は離婚を拒否した.
慶佑の心には, 琴璃という存在が, 深く根を張っていた.
彼に琴璃がいなければ, きっと私たちは幸せになれたのに.
私は, 慶佑が私の死を知ったら, どんな顔をするのだろうと思った.
悲しむだろうか.
それとも, 安堵するだろうか.
その時, 慶佑の携帯が鳴った.
彼は, 私の死を知らされるのだろうか.
彼の顔に, どんな表情が浮かぶのか, 私は見たかった.
慶佑が携帯の画面を見た瞬間, 彼の顔色が変わった.
画面には「杉田朱莉」の文字が光っていた.
私の名前だ.
私の心臓が, 大きく跳ねた.
死んだはずの私が, 彼に電話をかけている?
慶佑は, 不審そうな顔で電話に出た.
「もしもし... 朱莉? 」
彼の声は, 訝しげだった.
電話の向こうから聞こえてくるのは, 紛れもない私の声だ.
「慶佑, 私と離婚して」
私の声が, 彼の耳に届いた.
慶佑の顔が, 怒りで歪んだ.
「何を言っているんだ. 早く家に帰ってこい」
彼は, 電話の向こうの私に命令した.
「私は家に帰らない. 離婚してくれないと」
電話の向こうの私は, 毅然とした声でそう告げた.
慶佑は, 怒りに震えた.
「勝手にしろ! お前なんか, 死んでしまえ! 」
彼の言葉は, 私の魂を深く突き刺した.
私の胸が, 締め付けられるように痛んだ.
この電話をかけているのは, 一体誰なのだろう.
私は, 琴璃に目を向けた.
琴璃は, ベッドの上で, 青白い顔で私を見ていた.
その目には, 悪意が宿っている.
琴璃だ.
琴璃が, 私の携帯を使って, 慶佑に電話をかけているのだ.
「慶佑さん... 朱莉さんのこと, 心配じゃないの? 」
琴璃が, 弱々しい声で慶佑に尋ねた.
「朱莉さん, もしかしたら, お腹の子供を連れて, どこかへ行ってしまうかも」
慶佑は, 琴璃の言葉に, 鼻で笑った.
「あの子供は僕の子ではない. あの女が勝手に産んだ子だ」
彼の言葉は, 私の魂を深く傷つけた.
私の子供を, 彼は自分の子だと認めようとしない.
私を, まるで価値のない女だと, 彼はそう思っているのだ.
私の魂は, 慶佑の言葉に, 痛みに耐えかねて小さく丸まった.
この憎しみは一体どこへ行けばいいのだろう.
彼は, 私を心底憎んでいる.
私の存在が, 彼にとって, どれほど重荷だったのだろう.
慶佑の父である病院長が事故で亡くなった時も, 彼は何も感じなかった.
「慶佑, あの女のこと, 本当に好きなの? 」
琴璃が, 慶佑に尋ねた.
彼の顔には, 微かに動揺の色が浮かんだ.
「琴璃, 何を言っているんだ. 君は僕の妹だ」
彼は, 琴璃の言葉を否定した.
「妹? 本当にそう思ってるの? 」
琴璃の言葉は, 慶佑の心を深く揺さぶった.
その時, 慶佑の母である雅栄が病室に現れた.
雅栄は, 慶佑と琴璃の様子を見て, 顔を顰めた.
「あなたたち, 一体何をしているの! 」
雅栄の声は, 怒りに震えていた.
「慶佑, 琴璃はあなたの妹よ. そんなこと, あってはならないことだわ」
雅栄は, 二人の関係を強く否定した.
「お母様は, 私のことなんてどうでもいいんでしょ? 」
琴璃が, 雅栄に反発した.
「どうせ私なんて, 愛人の子だから! 」
琴璃の言葉は, 雅栄の心を深く抉った.
私は, 雅栄の顔に, 悲しみと怒りの色が浮かんでいるのを見た.
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