話 2
サイラス視点
何かがおかしい。
マリーナを地下牢に放り込んでも、肌の下で蠢くような苛立ちが収まらない。
内なる狼が、頭蓋の内側で檻を引っ掻き、苛立たしげに歩き回っている。
(何故だ!何故彼女を傷つける!彼女は我々のものだぞ!)
「違う!あれは番ではない。俺の両親を殺した化け物の娘だ」
二年前、浜辺で彼女を見つけた時のことを思い出す。衝撃は地殻変動のようだった。彼女の香り――潮風と野の花の香りが、俺を跪かせそうになった。
だが、それは罠だ。サイレンは化け物なのだ。
(アルファ。噂が広まっています)
ベータが、思考で話しかけてきた。
(あのサイレンが、独房からエミリー様に黒魔術で呪いをかけていると)
視界が赤く染まった。
「あの雌犬…まだ懲りていなかったか」
俺は尋問室へと嵐のように向かった。
マリーナは椅子に拘束されていた。毒液による火傷は治っていない。まるで壊れた人形のようだった。
「今度は呪いか?」
「違う…私は何も…」
「嘘つきめ」
俺はスイッチを入れた。
電流が彼女の体を駆け巡る。彼女の絶叫が空気を引き裂き、その体は拘束具に逆らって激しく反り返った。口からは血の泡が溢れる。
鋭い痛みが、俺自身の胸を貫いた。同調の痛みか。
(クソッ、こいつの魔力は強力だ)
俺は電源を切った。彼女の頭ががくりと前に垂れる。彼女の胸元から何かが落ちた――俺が奪ったものではない、古びて風化した真珠が。
「返して…母の…」
「こんなガラクタがか?」
俺はそれをブーツで踏み砕いた。……後に残ったのは、ただの塵だけだった。
「お前は俺の両親を奪った。だから俺は、お前のものを奪う」
「……憎んでやる」彼女は囁いた。「サイラス…あんたを、憎んでやる!」
その言葉が、俺の中の何かを断ち切った。俺の番が…俺を憎む?
俺は彼女の顎を掴み、その唇に自分の唇を叩きつけた。
爆発。
接触した点から、電気的な熱がほとばしり、薬物のように血管を駆け巡る。魂が、ついに一体となった歓喜の雄叫びを上げた。それは、否定しようのない証拠だった。
俺は息を切らしながら、彼女を突き放した。
「汚らわしい!これも魔術か!」
認めるわけにはいかなかった。
「こいつに水をやれ」俺は衛兵に命じ、彼女の乾いてひび割れた肌を見つめた。「水槽を持ってこい」
彼らはガラスの水槽を持ってきたが、俺はそれを硝酸銀を溶かし込んだ塩水で満たした。
「存分に泳ぐといい」
俺は彼女を、その中へ投げ込んだ。
水がジュッと音を立てた。彼女の悲鳴は、瀕死の獣の鳴き声のようだった。
俺は、それ以上見ていられずに背を向けた。ガラス越しに、エミリーが溺れる少女に向かって、声を出さずに一言、こう告げるのが見えた。
(死ね)
残り、四十八時間。
話 3
マリーナ視点
彼の夢を見ていた。
太陽の下で、サイラスが私の髪を梳いてくれる夢。私を、彼のルナと呼んでくれる夢。
「マリーナ、愛している」
バシャッ。
汚れた水が、私の顔に叩きつけられた。
「起きろ、寄生虫」
エミリーだった。
叫ぶことはできなかった。喉が焼け付いて、声が出ない。私は中庭のゴミ捨て場に引きずり出されていた。真昼の太陽が、私の肌をじりじりと焼いている。
「お腹、空いたでしょう?」
エミリーが、トレーを私の足元に蹴り寄こした。灰色の汚泥にまみれた、腐りかけの肉。
「食べなさい。特別なものよ」
彼女が衛兵に合図すると、彼は私の顎を無理やりこじ開けた。
「昨日捕まえたサイレンの肉よ」
思考が停止した。
彼女は、スプーンを私の口に押し込んだ。
「美味しいでしょう?家族の味よ」
私はえずいた。吐き出そうとしたが、衛兵が私の口を塞ぎ、飲み込むまで離さなかった。
魂に、ひびが入るのを感じた。涙が頬を伝う。激しく咳き込むと、吐瀉物がエミリーの踵を汚した。
「うわっ!汚らしい!」
そこへ、サイラスが歩いてきた。
「サイラス!この女、わざと私に吐きかけたのよ!」
彼は私の火傷を見なかった。私の瞳に宿る絶望を見なかった。彼が見たのは、エミリーの靴だけだった。
「こいつの口を塞いでおけ。行儀よく食べられないなら、食う資格はない」
粘着テープが、私の悲鳴を封じた。
「エミリー、新しい靴を買いに行こう」
「実はね、サイラス…絵を描きたいの。でも、赤色が足りなくて」
「好きにしろ。ただし、奴が口を割るまでは生かしておけ」
彼は去っていった。
エミリーは微笑んだ。「アトリエに連れてきて」
中には、真っ白なキャンバスが待っていた。
「サイレンの血は、乾くと実に美しい艶やかな深紅になるのよ」彼女は言った。
メイドが、錆びた銀のナイフで私の手首を切りつけた。
私の血がバケツに満ちていく間、エミリーはおしゃべりを続けた。
「知ってた?サイレンの心臓をすり潰すと、最高のフェイスクリームになるのよ。でも、王家の『白い真珠』じゃないとダメなの」
彼女は身を乗り出し、その目は狂気に満ちていた。
「どこにあるの、マリーナ?二つ目の真珠。魂の真珠は」
私は弱々しく首を振った。
「まあいいわ。どうせ一日後には泡になるんだもの。あなたの死体から掘り出してあげる」
彼女は、私の血に浸した筆を、キャンバスに叩きつけた。
残り、二十四時間。
足の感覚がなくなっていく。終わりが、近づいていた。