話 1
ハーパー・チューはペロペロキャンディを食べながら、道具箱を慣れた手つきで開けると、同僚のディエゴ・グオに話しかけた。「少し難しそうね。 今度はちょっとした大物だからどう切ればいいかわかんないや」
「ハーパー、君は法医学の専門家だろう。 死体を調べている間くらいは何も食べず、もう少しプロらしく行動出来ないのか?」 そんなふざけてそうなハーパーを見てディエゴは少し困ったような顔で尋ねた。 これは彼が前から言いたかったことでもあった。
ハーパー・チューはとても美しい女性だが、 その美貌にもかかわらず、彼女は28歳になってもまだ独身で、 その美貌を見るとすぐ言い寄ってきた男たちも 彼女の死体を解剖することへの熱意に気づくと、全員が逃げ出した。
「ディエゴ、甘い砂糖が脳細胞を活性化するのに良いって知ってる? それって本当だと思うわ。 あなたも、試してみるべきね」と提案すると、ディエゴへのペロペロキャンディをバッグの中を探し、 そして、かわいい笑顔でそれを彼に手渡した。
自分に向けられたキャンディを見てディエゴ・グオの顔は暗くなった。 「遠慮するわ。 このことは忘れて、仕事に戻ろう。 この死者、結構お偉いさんだそうだ。 どうやらたくさん機密情報を知ってるらしてくな、 それを踏まえるとたぶん口封じのために殺されたんだろう。 我々のリーダーが何を考えていたのかはわからないが、 なぜこの死体を調べるために私たちをここに送ったんだ? リーダーもこれが危険な仕事だと知っていたはずだ...」
「ちょっと黙ってて」 ハーパーは彼の話を遮って、 死んだ男の腹を切り裂くとすぐに、胃の中に鍵を見つけた。 「ほら! ここに鍵があるわ」
「何の鍵だ?」 ディエゴは不思議そうに尋ねると、よく見ようと前かがみになった。
「貸金庫の鍵よ。 被害者は攻撃される前に鍵を飲み込んだに違いないわ」と鍵をきれいにし、注意深く見ながら答えた。
「彼が死んだ時家も荒らされていたと聞いたわ。 殺人犯がこの鍵を探していたのか?」 ディエゴは、深く考え込んで尋ねた。
「ディエゴ、すぐにリーダーにこの発見について知らせてちょうだい。 けれど、他の誰にも内密に」と、歯ぎしりしながら警告した。
「わかった」 ディエゴはすぐに振り返ると、ハーパーを鍵と死体と置き去りにした。 彼がいなくなると、彼女は何も起こらなかったかのように死体検査を続け、 そして検査を終え死体を縫う直前、冷たい銃が彼女の頭に向けられた。
「それを渡すんだ」という聞き覚えのある声が、彼女の行動を止めようとしていた。
「まさか… ディエゴ、なぜあなたが?」 この声が同僚のディエゴのものであることに即座気づいたハーパー はそう尋ねた。
「ハーパー、君を殺したくない。 大人しく鍵を渡すんだ」 と言いながら銃を持っていたディエゴの手が震え始めた。 「俺は本気だ! 鍵を渡せば、身の安全は保障する。 ここでのことも何も見なかったことにしてあげる。
ディエゴが言葉を終える前に、ハーパーが動いた。 彼女はメスを使って彼の手首を切ると、その手にある銃を払い落としたが、 助けを求める声を上げる前に、胸に鋭い痛みが走った。 血が彼女の体からにじみ出始め、白衣をゆっくりと赤色に染めた。
「彼女は殺さない約束のはずだ!」 ディエゴは怒り狂ってハーパーを撃った警備員に向かって叫び、 そして床に倒れかかろうとした彼女のぐったりした体をつかんだ。 彼女は全身に悪寒が走るのを感じると、 目を閉じ、同僚が何を言おうとしているのか聞こえなくなった。
ハーパー・チューが再び目を開けると、その視界にあるのは冷酷な死刑執行人がナタを持つ姿だった。 目の前の光景は、歴史劇や時代劇にある囚人の首が切り落とされるシーンとよく似ていた。 首を切り落とされそうになっていることに気づくと彼女はパニックになり、必死にもがき始めた。 しかし、首が痛くて頭が爆発しそうになった上、 たくさんの記憶が脳に押し寄せると、彼女は危うく気絶するところであった。
そう遠くない距離で、彼女の妹が泣き出し始めた。 彼女は「姉さん、私たちを置いていかないで…」と叫んだ。
ハーパー・チューは脳みそを絞ってゆっくりと現在に至るまでの記憶を思い出すと、 自分がタイムトラベルしたことに気づいた。 その身分も 現代の法医学の専門家から、古代ブライト王朝のチュー家の嫡女に変わり、 さらに将軍であるマクスウェル・ジャンの側室の赤ちゃんの出産を助ける時にトラブルに巻き込まれ、 将軍のまだ生まれていない息子を殺したと濡れ衣を着せられたのだ。
そして、目の前で必死に泣いていた妹こそ、彼女を罠にはめた共犯者の一人だった。
息子を死なれて激怒していたマクスウェルの 怒りを和らげるために、皇帝は彼女を斬首すると決めた。 そしてチュー家のものは、すでに彼女を見捨て、 唯一見送りにやってきた妹も、自分が斬首されるところを見たいだけであった。
「もう正午だ! 今すぐ死刑を執行せよ!」 高台の上で、今回の死刑執行の責任者である 九皇弟のマシュー・ジュン親王が命令を出すと、 死刑執行人はナタを持ち上げた。 そして迫ってくる危機を見ると、ハーパーはすぐに叫んだ。
「冤罪です!! 殿下、マクスウェル将軍の側室はそもそも妊娠すらしていなかったんです! 私はただあらぬ罪を着せられただけです!!」
龍の紋様が入った黒いローブを着ており、墨のように黒い髪は翡翠で留められていた マシュー親王のお姿は堂々としていて、 顔立ちも均整が取れて立体的で、 普段は無為に毎日を過ごしている怠惰親王と呼ばれているが、その冷たくて黒い瞳は刃のように鋭いものだった。
目の前にひざまずく女を見たとき、なんとも言えぬ笑顔が彼の顔に浮かんだ。
ほんの少し前まではあれだけ死を求めていた彼女が なぜナタを首にかけられた途端、 冤罪だの濡れ衣だの保身的にほざきはじめたのだろう。
「ハーパー・チュー、勅令が出された以上、陛下の命令に逆らうことは不可能だ。 そなたは無実だと言ってるようだが、 それを証明できる人は?」
「証明はできるわ! 殿下、私には証拠があります!」 そう言ってハーパーはマシュー親王に目を向けた。 「殿下!私たち一族の命にかけて言えます!マクスウェル将軍の側室が私たちを騙してるんです!彼女はそもそも妊娠などしていません! それで私に秘密をばらされるのが怖くて、こうして私に濡れ衣を着せようとしています! どうかこの私めにマクスウェル将軍に会い、汚名返上する機会をくださいませ。 自分の無実を証明できない場合、私たち一族全員斬首してもらっても構いません!」
「自分一人の無実を証明するために家族全員を危機に巻き込むなんて大したもんだ。 とっくにチュー家に見捨てられたとは聞いていたが、 まさか逆に家族全員をも道連れにするとは思わなかったよ。 女ってのは怖いもんだね。 他のやつだったら、きっと自分が死んでも家族を巻き込まないようにするだろう。 しかし、彼女は逆に自分から巻き込ませようとするなんて、 実に面白い!」
マシューがそう思ってる間も、 ナタがますます彼女の首に近づいてきているので、彼はすぐに決断しなければならないことに気づいた。
処刑台の外では、民衆は最愛の将軍の怒りを晴らす為にハーパー・チューが死ぬのを待っていた。
彼女の隣では、心の奥底で自分が姉の地位と一族の財産を引き継げると期待している 実の妹も首を長くして彼女の死を待っていた。
要するに、誰もが彼女の死を望んでいるのだ。
「たとえマシュー新王が私を助けたいと思っても、きっと状況を変えることはできないだろう」とハーパー・チューは必死に考えた。
しかし、その顔にある絶望と決意を見て、マシュー・ジュンは「ならば、君にチャンスを与えよう」と口を開いた。
親王の傍らにいる役人は「殿下! しかし陛下の勅令が…」と念を押した。
マシューは手を挙げて、役人の話を止めた。 「陛下のほうには、私が直に説明しよう。 それより見せてもらおうじゃないか、もし彼女が証拠を出せなかったら、本当に家族全員を道連れにできるかどうかをね」と語った。
ハーパーは感謝の気持ちでいっぱいになった目で彼を見て、「殿下、ありがとうございます」と言った。
しかしマシュー・ジュンは彼女の感謝に応える 代わりに、ただ冷たく、「君が無実を証明できる証拠を出せなかったら、また同じ状況に戻されるだけでしょう。 これはただの一時しのぎに過ぎないんだぞ」
確かに希望をかすかに見出したが、彼女は自分がまだ安全ではないことを知っていた。 一方、この劇的展開を見た彼女の妹、フェリシア・チューが激怒して、 歯を食いしばると、「ハーパー、よくも私たち一族の命までかけてくれたわね」と責めつけた。
「フェリシア、私が無実だと思わないの?」 と言いながらハーパーから如何にも可憐でキラキラと輝くような目を向けられると、 妹は歯を食いしばってうなずくしかなかった。
「もちろん、マクスウェル将軍の子供を殺すつもりはなかったと思うわ。 けれど、私たち一族を危機に巻き込むことは、とても利己的で残酷よ!」
「自分自身を助けるために、利己的になったっていいじゃない?」 ハーパー・チューは皮肉に満ちた笑顔を見せながらそう反論した。
話 2
「あなたは...」 フェリシアはまだ何かを言おうとしていた。
これ以上時間を無駄にしたくなかったため、ハーパーは彼女に近づき、 「証拠があるの。でも気を付けて。 私の無実が証明されれば、逆にあなたが危険にさらされるわよ」
姉の言葉の意味を理解したフェリシアは、恐怖が表情にあらわれたが、 それでもハーパーはだけでなく、誰も自分の犯した罪の証拠を示すことができないと彼女は確信していた。
「ハーパー、ハッタリはやめてちょうだい」フェリシアは厳しくささやいた。 確かに彼女の医者としての腕は優れているが、処世術に関してはまったくの門外漢。 さらに、すでにマクスウェル将軍を怒らせ、宮廷医師としての地位さえも失っていた今、 この絶体絶命の状況を覆す方法なんてないのだ!
妹に構う気力もなく、ハーパーはマシューに頭を下げた。 「殿下、私について将軍の住居にいらしてください」
マシューとハーパーが将軍の住居に到着すると、マクスウェルは涙を流している側室、ジェイド・スーを慰めるのに忙しかった。
強面の外見とは裏腹に、彼は女性に対しては優しい心を持つ男だった。 そんな彼の唯一の心残りは、自分の子を持つことができなかったことだから、 ジェイド・スーが妊娠を発表したとき、彼は喜びに満ちあふれていたが。しかし待ちに待った息子の誕生も待たずに先にその訃報を聞かされた時、 彼は怒らずにはいられなかった。
「将軍、マシュー親王がお見えです」 と使用人がマクスウェルの方へ知らせに来た。
「彼はここで何をしている?」 マクスウェルは眉をひそめた。 5年前、戦場から戻りマシューは、軍の指揮権を皇帝に返上してから なんの権力もなくなったが、それでも多くの人が彼に畏敬の念を抱いていた。
「ハーパー・チューも同行してるようです」
「ハーパー・チューだと!?」 その名前を聞いたジェイド・スーは叫びだし、 そしてマクスウェルの腕をつかむと、 「将軍!あの女は私たちの子供の仇よ! 絶対生きたまま返すわけにはいかないわ! 私たちの子供のためにも、 彼女を殺して!」
「落ち着くんだ、ジェイド! 必ず彼女を成敗して見せよう」 最愛の側室が横になるのを手伝い、 これで大丈夫だと確信すると、彼は足取りを速め、力強く外に向かって歩き出した。 しばらく戦場を離れていたが、その姿勢と歩き方は兵士のそれと似ており、強くて安定していた。
マクスウェルが入ってきた瞬間、マシューと向き合う前にハーパーを睨みつけた。 「殿下、これは一体どういうことです? その女はもう処刑されたはずなのでは?」
「将軍、落ち着いてください。 ハーパー・チューが無実を主張したので、証明する機会を与えただけですよ。 迷宮入りになるよりはいいでしょう」とマシューは親指で翡翠の指輪を回しながら答えた。
「ご機嫌麗しゅう、マクスウェル将軍」 ハーパーはお辞儀をして、 「私の知る限りでは、将軍は武将であり、知将でもあるはずです。 何せ戦場でのあなたの力と知恵を讃える歌をたくさん聞きましたもの」とお世辞を述べた。
「息子を殺したお前を こんなくだらない媚び文句で許すとでも思ってんのか?」と彼は雷のようなでかい罵声をあげた。
「いいえ、めっそうもございません。 いつも将軍を尊敬しています。何せ私たちが平和な国に住んでいられるのは、将軍と将軍が率いる兵士のおかげですから。 ジェイド夫人が難産だと聞き、唯一の女性宮廷医師として、夫人を助けるためここに急いでやってまいりました」 彼女は一呼吸置くと、「しかし実際ジェイド夫人の状況を診てショックを受けた私が、それを将軍に知らせる前に、何者かによって気絶させられたんです」と続けた。
「それはあなたが将軍の子を死なせた罰を恐れて自殺しようとしていただけでしょ!」 すでに処刑されていたはずのハーパーが大胆にも自分の屋敷でに入り込んでくると夢にも思っていなかった ジェイド・スーはよろよろと部屋から出てくると、お腹に手をかざして叫び声を上げた。 「将軍、どうか、私たち親子のためにこの悪女を裁いてください!」 そう言って彼の方を向くと、すすり泣いた。 「あの子は生まれてくるはずの、将軍が待ちに待った最初の息子なんですよ」
「泣かないで」 マクスウェルは、側室がすすり泣くのを見て、心の痛みを感じ、 ハーパーの方を向くと、怒りで目を光らせた。 「私の子供を殺しておきながら、よくも家に来れたものだな。まして自分自身を擁護しようなんて... 恥ずかしくないのか?」
「将軍!」 ハーパーは彼をさえぎった。 「最初から存在していなかった子を、私はどうやって殺せるのでしょうか? ジェイド夫人は、そもそも妊娠してはいなかったんですよ!」
すると周りは静寂に包まれ、誰もが唖然としている中、 ジェイド・スーは青ざめて 「ハーパー・チュー、なんて悪質なメス犬なのかしら! 私の子供を殺した上に、私が妊娠していなかっただなんて嘘までついて! まさか妊娠してからの9か月間がすべて嘘だったっていうの?」 と唸った。
「嘘はやめて!」
ハーパーは腕を組んだ。 「私には証拠があります! 道理を弁えた寛大な心を持ち、誰よりも公平を重んじる将軍のことだから、 決して無実の人を殺すなんて真似はしないでしょう」
嘘をついているようには見えない彼女の澄んだ瞳を見て、 マクスウェルは眉をひそめた。
「将軍、彼女の戯言を信じてはなりません! あの9か月の妊娠でどれだけの苦労をしていたか、 あなたが一番よく知っているはずです」 ジェード・スーは指を震わせてそう言いながらも、 フェリシアとつるんでハーパーを陥れることを非常に後悔していた。 適当に他人の子を引き取って将軍の子と騙れば、子宝を授かる功で 正妻の座が手には入れるというのは彼女の最初の打算だったが、 フェリシアにこれで正妻になるのはまだ十分ではないと言われ、さらにハーパーを陥れるのを手伝ってくれれば、正妻にしてあげるという彼女の口車に乗せられて現在に至ったが、 正妻になるどころか嘘をもばらされてしまいそうなので彼女は後悔せずにはいられなかったのだ。
「将軍、私は6歳の時に叔父のもとで医学の勉強を始め、 今では10年になります。 幾度もの試練とカトリーナ夫人の推薦を経て、初で唯一の女性宮廷医師になった 私の腕を、将軍もご存じのはずです。 でなければ、私にジェイド夫人の治療を頼まなかったでしょう。 しかし診断した後、彼女が飲めば妊娠と同じ症状が出るという秘薬を服用してることに私は気づいたのです。 そしてその秘薬と中和できる解毒剤を飲めば、すぐに妊娠の症状はなくなり、普通の体に戻ります」 といいながらハーパーは息を吐き出した。 「しかし、このことをご報告する前に、私は何者かによって気絶させられ、 そして次に目覚める時、私はすでに将軍の子を殺めた罪で逮捕されたのです」
「バカはよしなさい!」 ジェイド・スーはマクスウェルと手を組んで彼女を嘲笑った。 「将軍、信じてください。 私は嘘なんてついていません。 決して!」
「将軍、古くから2人の血を混ぜることで血縁関係を確認する方法が用いられてきたことをご存じでしょう?」とハーパーはゆっくりと言った。 「たしか、赤ちゃんのご遺体はまだ埋葬されていないんですよね?」
「ああ」 棺桶に横たわる小さな死体のことを考えると、マクスウェルの心がさらに痛んだ。 何せ三十過ぎの彼の、初めて生まれてこようとした子を死なれたのだから、 心を痛ませても仕方ないのだろう。
「しかし、赤ちゃんが亡くなった今、その血も固まってますから、 血を混ぜることは不可能でしょうね」 そう言うと、ハーパーは目の隅からジェイド・スーをちらっと見た。
そうだ!赤ちゃんが死んだ今実の子かどうか確認する方法なんてないのだと考えながら、 ジェイド・スーは心配が晴れたようにほっとした。
「しかし皆さんご存じないでしょう… 骨に血を垂らすことで血縁関係が確認できるということをね」
それを聞いたジェイドの顔はまた暗くなり、心臓の鼓動もさらに激しくなっていき、 そして思った、「絶対これ以上続けさせるわけにはいかない」と。
「将軍、真実を知りたいのなら、その棺桶に眠ってるご子息の骨を一本取ってくれば、 すべてが自明するはずです」
「息子を殺しただけでは飽き足らず、その遺体すら破壊しようとしてるの! この人でなしが!」 ジェイドは、マクスウェルの腕の中に身を投じて、また涙を流した。 「将軍、その女の口車に乗せてはなりません! どうか私たちの子を安らかに眠らせてあげて。 死んでも骨を取られるなんて可哀想すぎます!」
「ハーパー・チュー、この期に及んでもまだジェイドに濡れ衣着せようとするとは…そんなに死が怖いのか?」 マクスウェルは冷静に尋ねた。 正直なところ、彼自身も疑っていたのだ。 何せ妻は自分と長年過ごしていても一度身ごもることもなく、その妾たちも同様に一切妊娠しなかったから、 ジェイド・スーが妊娠していると聞いたとき、彼はほっとしたように大喜びしたが、 やはり心の片隅では、これは本当に自分の子なのかという晴れない疑念があった。
「もしそれで私の無実を証明できないなら、家族全員も一緒に殺してもらっても構いませんので!」 ハーパーは頑なに言った。
話 3
マクスウェルの顔には疑いが見てとれた。 「こんなでかい賭けしても顔色一つ変わらないハーパーが嘘をついているとは思えないし、 しかし、もし本当にジェイドは初めから妊娠などしていなく、 すべてが自分を騙すだけの嘘だったら? ああ神様よ、なぜ俺に子宝を授けてはくれないのだろうか」
「将軍、何も持たぬ身の私は死んでも誰も気にしないでしょう。 しかしあなたは違います。国を守る柱ともあろう将軍をこの ように騙すことは、私が決して許せません。 例え命に代えても、将軍を愚弄するものを必ずやこの手で成敗いたす所存であります」 マクスウェルがどれほどためらっているかを見て、ハーパーはマシューでさえもほとんど信じちゃうほどの最大限の確信を持ち、誓った。
「将軍、その女はただ命が大事でこんな御託を並べただけです。 惨めに亡くなった可哀想な私たちの子に、どうしてそんなに残酷になれるのでしょう? こうなったら私も生きていられませんわ。 あの世で可哀想な我が子に付き添えるよう、どうかこの私めも殺してください!」 ジェイドは胸の内をそう叫ぶと、 マクスウェルの手を解き、頭を柱にぶつけようとしたが、 彼の素早い反射神経で、ギリギリのところで彼女を止めることができた。
マクスウェルはまだ疑問を持っていたが、最愛の側室のこんな姿も見るに忍びなく、どうすればいいかわからなくなっていた。
「ジェイド夫人、すべてが明るみに出ることを恐れているのですか?」 マシューも口を挟んだ。
「殿下、一体なぜそのようなあらぬ疑いを? 私が殿下の気に障ったことでもしたんでしょうか?」 ジェイドはすすり泣いた。
「私はただおかしいと思っているだけです。 ご存知のように、ハーパーは有名な宮廷医師です。 仮に難産だとしても、彼女は何よりも子供の命を最優先にしていたでしょう。 何せマクスウェル将軍はこの子を非常に重要視してますので、彼女がそうするのも当然ですし、ましてやあのようなミスを犯すほど間抜けな彼女でもありません」とマシューは説明すると、ジェイドを疑うように目を吊り上げた。 「きっと何か裏があるに違いありません! 将軍、せっかくここまで来たのですから、ハーパーに無実を証明するチャンスを与えてはどうでしょうか? どうせ彼女はもう逃げることなどできないでしょうから」
「お待ちください!」 ジェイドは不安そうに言うと、 「私たちは将軍のお体を第一に考えなければならないのです!そうやすやすと他人に傷つけさせてはなりません! もしそれがその女の狙いだとしたらどうします? 彼女はまた何か汚い手を使うかもしれないんですよ」
「将軍、この命に賭けて言えます!私が言ったことすべてが紛れもない事実です! また、さっき夫人が傷とか言いましたが、血が要ると言っても将軍の指を刺して血を一滴採取するだけなのでご心配無用です。 かすり傷にもカウントされませんから」とハーパーは冷静に言って から、深呼吸をし、「しかし、赤ちゃんの骨はどうしても必要ですので」と付け加えた。
「骨を取ってこい」とマクスウェルはすぐ使用人に命じた。
ショックでジェイドは目を大きく見張り、 「将軍…後生だから それだけは…」 とどもった。
「将軍、経産婦と未産婦の間には大きな違いがあります。 もし信用していただけないのならば、皇妃様たちの身体検査を行った宮廷乳母にジェイド夫人の体を検査してもらったらどうでしょう」とハーパーは自信満々に言った。 ジェイドは拳を握りしめ、その体は怒りに震えた。
「このメス犬が! 私の子供だけでは飽き足らず、今度は私の命まで狙ってくるとは! 殺してやる!」 そう言って突然、彼女はハーパーに襲い掛かった。
しかしハーパーはその攻撃を簡単にかわし、襲ってくるジェイドを惨めに床に倒れさせた。 そんなジェイドの反応を見て、彼女にはきっと何かやましいことがあるに違いないと確信したマクスウェルは すぐ召使いに宮廷乳母を来させるように申しつけ、 「あとできっちり身体検査してもらうから、ここから動かないように」とジェイドに厳しく言いつけた。
「将軍!何十年も築いてきた私たちの感情は この部外者の戯言よりも薄っぺらいものなんですか?」 ジェイドは必死に泣いた。
「黙ってじっと待っていろ! もしお前が嘘をついていないのなら、この身体検査を恐れる理由はないはずだ。 そうだろ?」
「将軍… 私...」 と、真実をハーパーにばらされることを恐れ、 そもそも妊娠していないことを将軍知られるのが怖いジェイドは 唖然として言葉すらうまく発せなかった。
「将軍、遺骨はここにあります」
立ち上がって、彼女は骨に近づくと、「私のかわいそうな赤ちゃん...」と呟いた。
「黙れ!」 マクスウェルはジェイドを叱り、 「さあ、証拠を見せたまえ」と、ハーパーを冷たく見ながら言った。
ハーパーは赤ちゃんの骨を見ながら前に出ると、 「失礼します」と、そっと言いながらマクスウェルの手を取り、 何も感じさせないほど細い針で彼の指を刺し、 そして慎重に、その手を骨の上に置き、指を軽く押して、一滴の血を骨に滴らせた。
誰もが息を止め、何か重要なものを見逃すのを恐れているかのように、小さな骨に目を釘付けにした。
骨に触れるとすぐに、血液はスムーズに横に滑り落ちていった光景を 誰も見逃さなかった。 ハーパーはため息をつき、「将軍、その血が—」と説明し始めた。
「将軍、宮廷乳母が到着しました」と誰かが割り込んだ。
「ジェイドの体を調べさせろ!」 マクスウェルはジェイドに指さして言った。 大きな声で責めるような口調だが、どこか悲しげな雰囲気が漂っていた。 戦場では英雄だった自分が、家では妾に翻弄されるただの間抜けだと思うと、 彼は今にもキレそうになっていた。
ジェイドは困った顔でマクスウェルをちらっと見ると、騒ぎを起こしても意味がないと思い、 宮廷乳母に続いて身体検査を受けるための部屋に入った。
ハーパーはジェイドが部屋に入るのを見て、彼女はただ座して死を待つような女じゃないと心のどこかでそう思っていたが、 しかし、マシューとマクスウェルはそれについては話しておらず、自分の考えは心の中にしまっておくことに決めた。 何しろ彼女はこの時点ではまだ有罪だったのだ。
「ハーパーよ、その医者としての腕はかなり立つと聞いたが」 マクスウェルが沈黙を破り始めた。
「いえ、買いかぶりすぎです。 私の腕など取るに足らないようなもので、 それでも、今回の件に関しては、決して無茶な話をしているわけではないと断言できます。 私は信じてくれなくても、 宮廷乳母ならきっと信じてくれるのでしょう」とハーパーは冷静に言った。 その態度は父親のチャールズ・チューとはかなり異なっていた。
「チャールズ・チューは君のような賢い娘がいてなんて幸運なのだろう!」 と、マクスウェルは言った。 ハーパーは彼が自分をほめているのか嘲笑しているのかわからなかったが、あまり気にしなかった。 そして何かがおかしいと感じ、ホールを見回し、 突然、妹がいないことに気づいた。
「どうした? 居なくなった妹さんを探してんのか?」 マシューはハーパーの行動に気づくと、まるでその心を読めたように尋ねた。
「いいえ、大丈夫です。 彼女はおそらくどこか別の場所にいるでしょう」と必要以上の情報は提供したくないので、ハーパーはこう答えた。 チュー家で起こったことは、他人には関係のない事であり、 他の人に家族のことを知らせる必要はなかった。
「まあ、君がいいというのなら」 翡翠の指輪をいじりながらマシューは、 あの風見鶏の狸親父に、こんな意志も固く自尊心に満ちている 素直な娘がいるとは驚きだな、と思いながら顔に冷笑を浮かべた。
「なぜこんなに時間かかってもまだ出てこないんだ?」 首を長くしている将軍は少し待ちきれない様子で 立ち上がって、いろいろ考えながら 部屋をウロウロ歩き回っていた。 ハーパーが死んだ子供が自分の子じゃないと証明した時、マクスウェルは確かにこの女医者を信じて ジェイドに身体検査を受けさせたが、 しかしそれは別にジェイドを完全に信じないわけでもなく、その子供が自分の子じゃないのは、彼女が前に流産したのを自分に気付かせまいと別の子と入れ替えたのであって、別に端から妊娠していないわけじゃないと彼は心のどこかでそう信じている。
「ちょっと誰かに中の様子を見てもらいましょう。 こっちまで心配になってきましたよ」とマシュー親王は提案した。 すぐに、マクスウェルは立ち上がると、ジェイドが身体検査を受けていた部屋に向かった。 そんな将軍を見てハーパーも立ち上がってすぐ後ろを追い、 おもむろながらマシューも一応その後を歩いてはいるが、非礼勿視という孔子の教えにでも気にしているせいか、少し二人とは距離を置いている。
ドアを開けると、床に乳母と他の2人の召使いの女の子が倒れていて、 しかしジェイドの姿はどこにも見えなかった。 この者たちに何が起こったのかを調べるため、マクスウェルは急いで近づいて行き、 そして簡単に調べ結果、皆ただ気絶させられただけのようだ。 ほんの少し前まで彼はジェイドをまだ信じていたが、 それがまさか自ら彼の信頼を裏切り、こうして逃げてしまうとは…
しばらくすると、乳母は段々意識を取り戻し、 マクスウェルの青ざめた表情を見て、ただちに状況を理解し、 「将軍、うかつに気絶させられて、ジェイド夫人を取り逃がしてしまって申し訳ございません! どうかお許しくださいませ!」と説明しながら許しを乞った。
「屋敷の出口を封鎖し、彼女を探せ!」 湧き上がる怒りでそう怒鳴ると、 振り返って鋭い目つきで自分を睨みつけたマクスウェル と視線を合わせながらも、ハーパーは堂々として、 顔に一切怯えを見せなかった。何しろ彼女は将軍以上に恐ろしい人と何度も接してきたから、 今更将軍ぐらいでビビるほど未熟でもなかった。
「君の冤罪について後ほど俺が陛下に説明してやるから、 もう帰っていいんだ」とマクスウェルはきっぱりと言った。
「ありがとうございます、将軍」 ハーパーは少しうつむいた。 それから振り返り、マシューに頭を下げた。「私の命を救ってくれてありがとうございます、殿下。 いつか必ずこのご恩をお返ししますので」
「おや、本当か? そして、何をもって恩返しするつもりだ?」 マシューは顔に嘲笑を漲らせながらそう答えた。