話 2
ベイリー・ダグラス視点:
アバーナシー氏のプロフェッショナルな平静を保った表情が、一瞬だけ揺らいだ。
驚きが彼の目にちらついたが、すぐに丁寧な微笑みで覆い隠された。
彼は磨き上げられたマホガニーのデスクの上で両手を組んだ。
「島、でございますか、ダグラス様? もちろんです。私どものポートフォリオには、いくつかの特別な物件がございます。ご希望の地域はございますか? カリブ海、あるいは南太平洋など」
「一番、人里離れたところを」
私は平坦な声で繰り返した。
「誰も探そうと思わないような場所。私が消えられる場所を」
彼はしばらく私を見つめていた。
涙で汚れた私の顔、震える手、そして瞳の奥にある空虚な絶望を。
哀れみの色がちらりと見えたが、彼はプロとして深入りはしなかった。
ただ頷くだけ。
彼が理解する必要のない痛みを、静かに受け入れた証だった。
「ぴったりの物件がございます」
彼はコンピューターに向き直りながら言った。
「カリブ海にある小さな岩礁で、ほとんど地図に載っていません。公にはリストされておらず、少々…風変わりなお客様から差し押さえた物件です。自給自足可能なヴィラ、太陽光発電、海水淡水化システムが備わっています。しかし、はっきり申し上げて、完全に孤立しています。物資の補給は月に一度、船でしか行えません。携帯電話の電波もありません。最も近い有人島まで、100海里以上離れています」
「完璧だわ」
私は囁いた。
その言葉は、祈りのようだった。
「それにします」
彼は静かに、効率よく仕事を進めた。
その動きには、彼が私から感じ取った切迫感が表れていた。
書類が印刷され、権利証が用意され、祖母の信託財産から資金を送金するための衛星電話が持ち出された。
私はほとんど震えない手で書類に署名した。
ペンの運びは、最後の、断ち切るための行為だった。
決済端末に表示された数字は天文学的で、小さな国が買えるほどの額だったが、何でもないように感じられた。
それは自由の代償だった。
「権利証は、ご希望通り、新しいお名前で登録されます」
アバーナシー氏は最後の書類を私の方へ滑らせながら言った。
「そして、輸送船は明後日の夜明けに、プライベートマリーナから出発できるよう手配いたします。お時間はそれで十分でしょうか?」
「ええ」
私は、かつての自分の声の亡霊のような声で答えた。
タクシーが私をブレア家の邸宅、司と私が我が家と呼んでいた広大なヴィラの門の前で降ろしたときには、もう暗くなっていた。
私の家。
そう思っていた場所。
重いオーク材のドアを押して開けると、温かさと笑い声の波にすぐに包まれた。
ローストチキンとローズマリーの香りが空気に満ちていた。
そして、彼らがいた。
私がもはやその一部ではない、完璧な家族の肖像画が。
司はキッチンにいた。
不器用なエプロンを腰に巻き、オーブンからローストポテトのトレイを取り出している。
彼は料理なんてしない。
5年間、一度だって私のために料理をしてくれたことはなかった。
詩織はキッチンアイランドのスツールに腰掛け、彼にあれこれ指示しながら笑っていた。
兄たちは忠実な番人のように彼女を取り囲んでいた。
大樹は彼女のためにリンゴを薄切りにしている。
海斗は彼女に水を注ぎ、完璧な温度になるように気を配っている。
陸はブランケットを手に、彼女が少しでも寒気を感じたらすぐに肩にかけられるよう準備していた。
「違うわ、おバカさん。先にジャガイモの皮をむかなきゃ!」
詩織はクスクス笑いながら、司の腕を playful に叩いた。
「あなたって本当にダメね」
「頑張ってるんだよ」
司の声は、私が今まで聞いたことがないほど柔らかく、甘やかだった。
「薬は飲みたくない」
詩織は、海斗が差し出した小さなピルカップを押し返しながら、ぐずった。
「すごく苦いんだもの」
「ほら」
陸がすぐに小さな蜂蜜の瓶を取り出した。
「これを少し舐めれば大丈夫だ」
それは完璧に振り付けられた献身のダンスで、私は舞台袖の招かれざる観客だった。
最初に私に気づいたのは司だった。
彼の笑顔が凍りつく。
「ベイリー。どこに行ってたんだ?」
彼の声はまだ優しかったが、今ではそれが嘘のように、他の人たちのための演技のように感じられた。
私は答えなかった。
私の目は詩織に、彼女の唇に浮かぶ勝ち誇った小さな笑みに釘付けだった。
彼女は知っていた。
この光景すべてを、私のために演出したのだ。
「今は詩織が僕たちを必要としているんだ、ベイリー」
司の声のトーンが、優しく諭すようなものに変わった。
「彼女には時間がない。僕たちみんなが、彼女のためにここにいる必要がある。君の姉さんのために」
君の姉さん。
その言葉は嘲笑だった。
「それは彼女のため?」
私は危険なほど静かな声で尋ねた。
「それとも、あなたのため、司さん? 5年間あなたを支えた女を捨てて、あなたの心を壊した女の死に際の願いを叶えることで、少しは気分が良くなるのかしら?」
彼の顎の筋肉がぴくりと動いた。
「それはフェアじゃない」
「ベイリー、もうやめろ」
大樹の声は鋭かった。
彼は詩織を守る盾のように、一歩前に出た。
「お前の姉さんは病気なんだ。もっと理解してやれ」
「俺たちは家族だ」
海斗が、不満そうに眉をひそめて付け加えた。
「力を合わせなきゃいけない」
「わがままを言うな」
陸が、氷のように冷たい声で締めくくった。
「詩織には俺たちが必要なんだ。お前は大人になれ」
彼らの言葉が、見慣れた拒絶の波となって私に押し寄せる。
何も感じなかった。
彼らに傷つけられる可能性のあった私の部分は、今日の午後、すでに死んでいた。
「わかったわ」
私は言った。
その一言は降伏のように聞こえた。
でも、そうではなかった。
それは解放だった。
彼らの顔に安堵の波が広がった。
彼らは勝ったのだ。
厄介なスペアパーツは、元の場所に戻された。
「いい子だ」
司の声が再び柔らかくなった。
「さあ、二階へ行って詩織と過ごしてやれ。彼女、君と話したがっていたんだ」
彼と兄たちは、詩織の部屋を準備するために向き直った。
かつて私のアトリエだった部屋を。
彼らは私を双子の姉と二人きりにして、去っていった。
彼らの姿が見えなくなるとすぐに、詩織はスツールから滑り降り、私の方へ悠々と歩いてきた。
か弱く、死にかけている患者の姿は消え、私がよく知る捕食者の顔になっていた。
「あなたにちょっとしたプレゼントがあるの」
彼女の声は、偽りの甘さに満ちていた。
彼女はシルクリボンで結ばれた、美しく包装されたギフトボックスを差し出した。
「私へのおかえりなさい、そしてあなたへのおかえりなさい、影の世界へ、のプレゼントよ」
私は一歩後ずさった。
「いらない」
私は彼女のプレゼントを知っている。
プロムの前に下剤入りのチョコレートの箱。
16歳の誕生日には、シラミがわいた美しいスカーフ。
「まあ、そんなこと言わないで、お姉ちゃん」
彼女は甘い声で言い、私たちの間の距離を詰めた。
「噛みついたりはしないから、約束するわ」
彼女は私の手を掴んだ。
その握力は驚くほど強い。
そして、箱を無理やり私の手に押し付けた。
「ほら、開けるの手伝ってあげる」
手首をひねると、彼女は蓋を勢いよく引き剥がした。
黒くて毛むくじゃらの、足が多すぎる何かが、箱から飛び出した。
それは私の手の甲に着地した。
焼けるような、白熱した痛みが、接触点から爆発した。
私の喉から悲鳴が迸った。
茶色の隠遁蜘蛛。
毒蜘蛛。
致命的な。
本能が働いた。
私は手を振り回し、その生き物を振り払おうとした。
箱は宙を舞い、詩織の胸にまともに当たった。
彼女は微動だにしなかった。
ただ、目を白黒させて床に崩れ落ち、血も凍るような悲鳴を上げた。
「彼女が私を殺そうとしてる!」
話 3
ベイリー・ダグラス視点:
心臓モニターの規則正しいビープ音と、消毒液の無機質な匂いで目が覚めた。
病院。
まただ。
私の手は厚い包帯で巻かれ、鈍く、脈打つような痛みが腕を駆け上っていた。
「ベイリーお嬢様? ああ、よかった、お目覚めですか」
20年以上も我が家の家政婦を務め、私に唯一、変わらぬ優しさを見せてくれたマリアが、ベッドサイドに駆け寄ってきた。
いつもは温かい彼女の目は赤く腫れ、安堵と怒りが入り混じった表情をしていた。
「どうして…?」
私はかすれた声で尋ねた。
喉が乾いている。
「先生は、毒の回りが早いって…」
「奇跡でした、お嬢様」
彼女は震える声で言った。
「もし私がプライベート救急車を呼ぶのが5分遅れていたら、お嬢様は…助からなかったと」
彼女の顔がくしゃりと歪んだ。
「私はお願いしたんです、ベイリーお嬢様。ブレア様とご兄弟方に、お嬢様を見てください、噛まれた跡を見てください、お医者様を呼んでくださいと、お願いしたんです。でも、彼らは聞いてくれませんでした。詩織お嬢様の周りに群がって、お嬢様が箱を投げつけたと泣き叫ぶのを聞いていたんです。箱ですって! お嬢様が床で痙攣しているというのに」
彼女は手を固く握りしめ、指の関節が白くなった。
「彼らは私をヒステリックな老婆だと呼びました。陸様は、騒ぎを起こすな、自分の立場をわきまえろと」
私の立場。
忘れられたスペア。
「私は思い出していただいたんです」
マリアは涙で声を詰まらせながら囁いた。
「お嬢様がどれだけ彼らの面倒を見てきたか。大樹様がひどいインフルエンザにかかった時、一晩中そばにいて、冷たいタオルを替え続けたのはお嬢様でした。海斗様がスキーで足を骨折した時、彼が看護師を嫌がるからと、週に3回もリハビリに連れて行ったのはお嬢様でした。陸様の最初の会社が倒産しかけた時、おばあ様の形見の宝石を売って助けたのもお嬢様でした。そのこと、彼にさえ話していませんでしたのに」
彼女の言葉は小さな短剣のようだった。
一つ一つが、私が心の周りに築いた無感覚の殻を突き破っていく。
「そしてブレア様」
彼女は嗚咽を漏らした。
「5年間、お嬢様は彼の家事全般、社交スケジュールを管理し、彼のお母様しかレシピを知らない、彼の大好物のスープの作り方まで覚えました。お嬢様は彼らのためにすべてを尽くした。なのに、彼らは何も見ていなかった。彼女しか見ていないのです」
私は黙って聞いていた。
熱い涙が一筋、こめかみを伝って髪の中に消えていく。
心の痛みは、手の疼きよりもずっとひどかった。
もう少しだけ、と私は自分に言い聞かせた。
島のことが、焼けるような魂への遠い、冷たい癒しのように感じられた。
もう少しだけ。
そうすれば、自由になれる。
二日後、私はプライベートクリニックを退院した。
ヴィラに戻ると、風船やリボンで飾り付けられていた。
歓喜に満ちたお祝いの音が、物理的な打撃のように私を襲った。
彼らはパーティーを開いていた。
詩織の誕生日パーティー。
それは、私の誕生日でもあった。
誰も覚えていなかった。
彼らはリビングルームに集まり、詩織に山のような豪華なプレゼントを贈っていた。
司からはダイヤモンドのネックレス。
大樹からはヴィンテージのスポーツカー。
海斗からは限定版のハンドバッグ。
陸からは希少な初版本。
私が戸口に立っているのに気づくと、笑い声が止んだ。
彼らの顔から笑顔が凍りつく。
「おや、誰かと思えば」
海斗が、皮肉たっぷりの口調で言った。
「ようやくお出ましか? スパでのんびり休暇でも楽しんでたのか?」
「クリニックには電話した」
陸が、冷たく硬い目で付け加えた。
「軽い蜘蛛の咬み傷だそうだ。昨日退院できたはずだ。そんなに大げさに振る舞う必要があったのか?」
「嘘をつくのは悪い癖になってきてるぞ、ベイリー」
大樹が嘲笑した。
司が私に近づいてきた。
その表情は、どんな怒りよりも鋭く切りつける、穏やかな失望の仮面だった。
「ベイリー、頼むから」
彼はまるで難しい子供に言い聞かせるように、優しく言った。
「詩織は起きたことをひどく気にしている。君が彼女を責めていると思っているんだ。彼女がどれだけか弱いかわからないのか? 彼女は君の姉さんだ。そして、僕の妻だ。僕たちは家族なんだ」
僕の妻。
彼はそれをいとも簡単に口にした。
私たちが共に過ごした5年間、築き上げた人生は、彼が彼女のために熱心に署名した一枚の法的書類によって消し去られた。
そして彼は、ここに立って私に家族について語る厚かましさを持っていた。
純粋で、白熱した怒りが、私の中を駆け巡った。
視界が揺らぐ。
顔から血の気が引いていくのを感じたが、無理やり唇に笑みを浮かべた。
それは脆く、顔を二つに引き裂いてしまいそうだった。
「その通りよ、司さん」
私は不気味なほど甘い声で言った。
「あなたの言う通りだわ」
彼は虚を突かれたようだった。
彼の目に不安の色がちらつく。
私がこれほど素直に同意するとは思っていなかったのだろう。
ちょうどその時、詩織が手を叩いた。
「ああ、時間だわ! 私の誕生日ビデオの時間よ!」
照明が落とされ、暖炉の上の大きなスクリーンが点灯した。
詩織の子供時代の写真のスライドショーのはずだった。
しかし、スクリーンに映し出されたのは、5歳若い詩織が、薄汚いクラブで二人の男と際どいポーズをとっている高画質の画像だった。
彼女のシャツは破れ、その表情は奔放そのものだった。
そして、別の写真が点滅した。
また別の写真。
一枚一枚が、前のものよりスキャンダラスだった。
部屋の空気は、衝撃と恐怖で重くなった。
スクリーンの向こう側、太い赤い文字でキャプションが現れた。
「東京一の尻軽女に、ハッピーバースデー」
部屋は混乱に陥った。
「消せ!」
大樹が、顔を紫色にして怒鳴った。
海斗が電源コードに飛びつき、壁から引き抜いた。
スクリーンは真っ暗になった。
陸がイベントマネージャーの襟首を掴んだ。
「このことが一言でも外に漏れたら、お前を破滅させてやる」
彼は唸った。
詩織は一瞬、凍りついたように立っていた。
その顔は、芝居がかった恐怖の仮面だった。
そして、彼女の目は部屋の向こうにいる私を捉えた。
彼女は震える指で私を指さした。
「ベイリー」
彼女は、練習を積んだ苦悩で声をひび割れさせながら、泣き叫んだ。
「どうして? どうして私にこんなことができるの?」
そして、合図があったかのように、彼女の目は白黒し、床に崩れ落ちた。
司の待つ腕の中へ、優雅に気絶してみせた。
「詩織!」
彼はパニックに満ちた声で叫んだ。
「誰か医者を! 今すぐ!」
彼は彼女を腕に抱き上げたが、二階へ駆け上がる前に、彼の目は私の目と合った。
その眼差しはもはや優しくも失望してもいなかった。
それは純粋で、混じりけのない憎悪だった。
「この代償は払ってもらう」
彼は、低く、恐ろしい約束のように唸った。