2

堀井彩矢 POV:

玄関に立っていたのは, 恭平と弾だった. 弾は恭平の腕をすり抜け, 私に飛びついてきた.

「ママ, どこに行ってたの? ずっと待ってたんだよ! 」

弾の小さな手が私の服をぎゅっと掴む.

「僕, ママが誰かと離れたいって言ってるのを聞いたんだ. 誰と離れたいの? 僕じゃないよね? 」

私は弾の頭を優しく撫でた.

「大丈夫よ. ママの友達の話よ. 夫婦関係がうまくいってなくて, 別れるかどうか悩んでいるの」

弾は不安そうに私を見上げた.

「そっか... ママは, 僕たちのこと, 嫌いじゃない? 」

私は微笑んで, 弾の頬にキスをした.

「もちろんよ. ママは弾が大好きよ」

弾は安心したように, 私の首に腕を回す.

「僕もママが大好き! ずっとママのそばにいるよ! 」

恭平はコートを脱ぎ, 私と弾を抱きしめた.

「ただいま, 彩矢. 心配かけたね. でも, もう大丈夫だ. 僕たちは永遠に一緒だよ」

彼はそう言うと, 私の額にキスをした.

私は何も言わず, ただ恭平の腕の中で, 苦い笑みを浮かべた. 彼の言葉の虚しさが, 胸に重くのしかかる.

弾がテーブルの上のケーキを見つけ, 目を輝かせた.

「ママ, ケーキだ! 誕生日プレゼント, 僕が持ってるんだ! 」

弾は恭平に促され, 恭平が持っていた小さな箱を私に差し出した. 恭平は箱を開け, 中からエメラルドのネックレスを取り出した.

「遅くなってごめん. 仕事が立て込んでて. すぐに着けてくれるかい? 」

恭平は私の首に手を伸ばし, ネックレスを着けようとした. その瞬間, 鼻腔をくすぐる甘い香りがした. 梔子の香りだ. 強烈な吐き気が込み上げ, 私は恭平と弾を突き飛ばし, トイレに駆け込んだ.

胃の中のものが全て逆流するような感覚. 恭平が慌てた声で私の名を呼んだ.

「彩矢! 大丈夫か! ? 医者を呼ぼう! 」

私は洗面台の縁を掴み, 震える手で水を掬い, 口をゆすいだ. 恭平が心配そうに背中を擦ってくれる. 私はその手を掴み, 真っ赤に充血した目で彼を睨みつけた.

「恭平... もし, 私がこの家で, 必要とされなくなったら... あなた, どうする? 」

私はあえて, さっき弾に話した友達の話を切り出した.

「私の友達ね, 夫が他の女性に心を奪われてたって知ったの. その夫はね, 友達に『君が一番大切だ』って言ってたんだって. でも, 結局は嘘だった. あなたなら, そんな状況でどうする? 」

恭平は私の言葉を遮るように, 強く私を抱きしめた.

「そんなこと, ありえない! 彩矢, 君は僕の唯一だ! 誰が何と言おうと, 君だけを愛してる! 僕たちは永遠に一緒だよ! 」

弾も小さな拳を握りしめ, 言った.

「僕も! ママを傷つけたりしない! ずっとママの味方だよ! 」

恭平は弾の言葉に笑い, 弾の頬をつねった.

「僕の信用がないって言うのか? 」

弾は不満そうに恭平の腕を叩いた.

「違うよ! でも, ママを守るのは僕の役目だから! 」

二人のやり取りを見ながら, 私の心は冷え切っていた. 彼らの言葉は, もう私には届かない. 恭平が浮気をしていて, 弾がそれを知っていながら私に隠していたこと. その事実が, 私の心を蝕んでいた. 彼らの言葉の真偽など, もうどうでもよかった.

3

堀井彩矢 POV:

あのネックレス. 恭平が私に贈ったエメラルドのネックレスは, 芽生の手首にはめられたブレスレットと全く同じデザインだった. 恭平は, 全く同じデザインの宝石を, 私と芽生に与えていたのだ. 私の唇に, 乾いた嘲笑が浮かんだ.

数日後, 偶然を装って芽生と会った時, 私はわざと, 恭平が私に贈ったネックレスの話をした.

「恭平はね, 私を世界で一番大切にしてるって言ってるの. 信じられないくらい愛されてるって, 毎日実感するわ」

芽生はにこやかに微笑んだ.

「ええ, 知っていますわ. 広瀬社長は, 私にも『君は僕にとって, かけがえのない存在だ』と仰っていましたもの. まるで, 彩矢さんのように, 私を寵愛してくださるの」

恭平は, 私と芽生に, 全く同じ言葉を囁いていた. 彼は, 二人の女に, 同じ宝石を贈り, 同じ愛の言葉を囁いていたのだ. 私の心臓が, 冷たい氷でできた手で握り潰されるようだった.

恭平と弾は, 私たちのやり取りを不安げな顔で見ていた. 彼らは, 自分たちの秘密が暴かれるのではないかと, 怯えているようだった. 私はわざとらしく咳をした. 恭平はすぐにコートを脱いで私に羽織らせ, 温かい紅茶を差し出した. 弾も私の首にマフラーを巻きつけながら, 心配そうに言った.

「ママ, 風邪引かないようにね」

彼らの行動に, 私は心底吐き気がした. 芽生の香水が染み付いたコートも, 弾の偽善的な優しさも, 全てが私を苛立たせた. 私は彼らに向かって言った.

「体がだるいから, ホテルで休ませてもらうわ」

恭平と弾は顔を見合わせ, 戸惑った表情を浮かべた. しかし, 私がホテルに行くことに異論を唱えることはなかった. 彼らは私をホテルまで送り届け, 恭平は私を抱きしめ, 弾は私の頬にキスをした.

その日の夕方, 恭平の携帯が震えた. 彼は慌ててマナーモードに切り替えた. 恭平は私が目を閉じたのを確認すると, ほっとしたように息を吐いた. 携帯の画面には, 「芽生」という文字が何度も点滅していた. 弾が恭平の袖を引っ張り, 小さな声で言った.

「パパ, 芽生ちゃんに会いたい」

恭平は弾を制止し, 静かに部屋を出て行った. 私は彼らが部屋を出たのを確認すると, 部屋を出て後を追った.

恭平と弾は, 芽生の部屋の前に立っていた. ドアが開くと, 芽生は恭平の胸に飛び込んだ.

「恭平さん! ずっと会いたかったわ! 彩矢さんが目を覚ましたって聞いて, 私, 不安で... 」

芽生は涙ながらに恭平にしがみつき, 彼に寄り添うことを求めた. 恭平は芽生の涙に心を動かされたように, 彼女を強く抱きしめ, 囁いた.

「大丈夫だ, 芽生. 僕がそばにいるから」

弾は得意げに言った.

「ママが寝たから, 僕たち, 芽生ちゃんのところに来たんだよ! 」

芽生は一瞬感動したような表情を浮かべたが, すぐに顔を曇らせた.

「でも, 彩矢さんが恭平さんを独り占めしてるみたいで, 私, 寂しいの」

弾は芽生の手を握りしめ, 言った.

「芽生ちゃん, 僕が温めてあげる! 」

恭平は芽生の鼻先に軽く触れ, ふざけたように言った.

「嫉妬してるのかい? 君のために, この場所を選んだんだよ」

芽生は微笑んで, 恭平の唇にキスをした. 恭平は芽生を強く抱きしめ, 二人は深く口づけを交わした. 弾は目を覆い,

「もう! 僕, 電球になりたくないよ! 」

と叫んだ. 恭平は芽生から離れず, 言った.

「弾は昔から, こういうのよく見てるからな. 慣れてるだろ? 」

恭平は芽生を抱き寄せ, 弾の手を引いて部屋の中に入っていった. ドアが閉まる音だけが, 廊下に響いた.

私は柱の陰から, その光景を全て見ていた. 頬を伝う涙が, 冷たい水のように感じられた. 恭平と弾の甘い言葉が, 私の耳元でこだまする. 彼らは, 私の誕生日を祝うふりをして, 芽生と過ごすための舞台を演出していたのだ. 私は胸を押さえ, その場に蹲り込んだ.

「もう, あなたたちとは, 終わりよ」

私の心は, 完全に決壊した.

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完璧な家族、偽りの愛の終焉

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