話 2
斎藤麻耶子 POV:
航輝には, 二人の「特別な」女性がいた.
私はそれを知っていた.
知っていながらも, 航輝を愛することだけを考えて生きてきた.
航輝は幼い頃, 両親が多忙だったため, 由佳璃のお母さんに世話になっていた.
由佳璃は, 航輝にとって妹のような存在だった.
私は, 航輝が由佳璃を大切に思う気持ちを理解しようと努めていた.
由佳璃は, シングルマザーの母親に育てられた.
彼女は航輝の幼馴染で, 二人は周りから「お似合いのカップル」と見られていた.
航輝は, 由佳璃のそばにいることが, 自分の「使命」だと感じているようだった.
由佳璃と彼女の母親が海外へ移住したのは, 航輝が大学に入学した後のことだった.
八年という長い月日が流れ, その間に私と航輝は出会い, 恋に落ち, 結婚した.
私は, 航輝の過去を, そっと胸にしまっていた.
三ヶ月前, 由佳璃の母親が病に倒れ, 由佳璃は急遽帰国した.
その日を境に, 航輝は家に帰らなくなった.
彼は私に「病院にいる」とだけ告げ, それ以上の説明はなかった.
私は航輝の過去を知っていたから, 何も言わなかった.
彼が由佳璃親子を放っておけない気持ちも理解できた.
私が航輝を信じていれば, 私たちの愛情は揺るがないと, そう思っていた.
むしろ, 私は自ら由佳璃の母親のために, 病院や専門医を探し回った.
航輝が由佳璃親子に付きっきりでいる間, 私は一人で家事や仕事をこなしていた.
それは, 航輝を支える私の「愛」の形だった.
由佳璃の母親の病室を訪れた時, 由佳璃は何度も私を見て涙を流した.
由佳璃の涙は, 私を「部外者」だと感じさせた.
私は, その場にいるのが辛かった.
私は, 自分がここにいるべきではないと悟った.
航輝は, 私に「もう病院には来ないでくれ」と告げた.
私は, 自分が何をしてしまったのか分からなかった.
私は, ただ黙って, 状況が好転するのを待っていた.
それしか, 私にできることはなかった.
航輝が, 私の元に戻ってくるのを待っていた.
しかし, 私の身に降りかかった緊急手術と, 航輝の冷酷な態度は, 私を深く傷つけた.
私は, 航輝への期待を, 少しずつ手放し始めていた.
彼への「愛」が, 少しずつ, 冷めていくのを感じた.
私は, 流産の診断書を写真に撮り, 航輝に送った.
それを見た航輝は, 病院の廊下で立ち止まった.
彼の隣には, 由佳璃がいた.
由佳璃は航輝のスマートフォンを覗き込み, 表情を曇らせた.
そして, 涙を流しながら, 航輝に謝罪した.
「航輝…ごめんなさい…私がパニック発作を起こしたから, 麻耶子さんを傷つけてしまったのね…」
航輝は, 由佳璃の言葉を聞きながら, 私への罪悪感に苛まれていた.
由佳璃の涙は, 航輝の心を揺さぶった.
彼は, 私が由佳璃の母親の治療に協力したことを思い出した.
航輝は, 由佳璃の演技を見抜いていた.
しかし, 彼は由佳璃を責めることはできなかった.
彼は, 私が「嘘をついている」のだと思った.
航輝は, 由佳璃を抱きしめた.
「由佳璃は悪くない. 麻耶子が, 勝手に妄想しているだけだ」
彼の言葉は, 由佳璃を安心させた.
由佳璃は, 航輝の胸の中で, 私への憎悪を募らせた.
彼女の目は, 勝利を確信しているかのように輝いていた.
航輝は, 私に冷酷なメッセージを送った.
「麻耶子, 君の病気は嘘だ. 君は僕を困らせるために, そんな芝居をしているのだろう? 君のことは, 僕がちゃんと面倒を見る. だから, もう二度と, 由佳璃を傷つけるようなことはするな」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
由佳璃は航輝のメッセージを確認し, 満足そうに頷いた.
由佳璃は航輝の腕の中にいた.
彼女の目には, 冷たい光が宿っていた.
話 3
斎藤麻耶子 POV:
航輝からのメッセージは, 私にとって最後の失望だった.
私は, もう, 彼に何も期待していなかった.
私は, 彼に短いメッセージを返した. 「分かった」
そのたった二文字に, 私の心の全てが込められていた.
私の心は, 完全に麻痺していた.
私は, 航輝との結婚生活を終わらせることを決意した.
三日後, 私は退院した.
航輝からの連絡は, 一切なかった.
私も, 彼に連絡することはなかった.
私は, 病院の廊下で, 看護師から術後の注意点を聞いていた.
「無理はしないでくださいね. まだ体が完全に回復していませんから」
私は, 看護師の言葉に, 力なく微笑んだ.
「大丈夫です. ありがとうございます」
私の声は, ひどく掠れていた.
私の笑顔は, 少し寂しそうに見えたはずだ.
私は, 一人で病院のロビーを歩いた.
その時, 私の名前を呼ぶ声が聞こえた.
「麻耶子! 」
振り返ると, 親友のゆり子がいた.
彼女は, 妊娠八ヶ月のお腹を抱えていた.
ゆり子は, 私の顔を見て, ハッとした.
「麻耶子, どうしたの? 顔色がひどいわ」
彼女の心配そうな顔が, 私の心を温かくした.
私は, 平静を装いながら, ゆり子に告げた.
「私, 妊娠してたの」
ゆり子の顔が, 喜びで輝いた.
「え, 本当? おめでとう! 」
しかし, 私の言葉は, ゆり子の喜びを打ち砕いた.
「でも, 流産しちゃった. 緊急手術を受けて, 今日退院したの」
ゆり子の顔から, 血の気が引いた.
ゆり子は, 私の手を握りしめた.
彼女の目は, 怒りと悲しみで揺れていた.
「航輝は? どうしてここにいないのよ! 」
私は, 平静を装いながら, 答えた.
「航輝は, 由佳璃のお母さんの看病で忙しいの. だから, 私のことなんて, 構っていられないのよ」
私の言葉は, ゆり子の怒りをさらに煽った.
ゆり子は, 航輝の無責任さに呆れていた.
「信じられない…航輝は, 本当に最低だわ! 」
ゆり子の言葉は, 私の心を代弁していた.
私は, ゆり子の言葉を遮った.
「もういいの. 私は, 航輝のことなんて, どうでもいい」
私は, 無理に笑顔を作った.
ゆり子は, 私の顔色を見て, それ以上何も言わなかった.
ゆり子は, 私を家まで送ると言ってくれた.
私は, 彼女の優しさに甘えることにした.
私たちは, 病院のエレベーターに向かった.
エレベーターのドアが開いた瞬間, そこに航輝と由佳璃が立っていた.
航輝は, 由佳璃を庇うように, 私の前に立ちはだかった.
彼の顔には, 苛立ちと怒りが浮かんでいた.
「麻耶子, どうしてここにいるんだ? また僕をつけ回すつもりか? 」
航輝の言葉は, 私を深く傷つけた.
由佳璃は, 航輝の背後に隠れるようにして, 私を睨んでいた.
由佳璃は, 突然, その場に跪いた.
そして, 大粒の涙を流しながら, 航輝に抱きついた.
「航輝…私のお母さん, もう長くはないって…私, どうしたらいいの…」
由佳璃の芝居がかった行動に, 周りの人々が目を向けた.
航輝は, 由佳璃を抱きしめながら, 私を睨んだ.
「麻耶子, 君は由佳璃を追い詰めるつもりか? 君のせいで, 由佳璃がまたパニック発作を起こしたらどうするんだ! 」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
航輝は, 私を非難し続けた.
「君のそういうところが, 本当に嫌なんだ」