2

西村佳代 視点:

直哉の背中が遠ざかっていく. 私の手は, 反射的に彼の腕を掴んでいた.

「直哉, 待って…今回は, 行かないで…」

私の声は, か細く震えていた. 必死だった. 今度こそ, 彼は残ってくれるかもしれない. 一縷の望みをかけて, 私は彼の腕を握りしめた. 直哉は立ち止まり, 私と千結の間で視線を揺らした. その目は, 一瞬だけ迷いの色を浮かべたが, すぐに決意に変わる.

「佳代, すまない. 千結の方が深刻だ. 意識が朦朧としている. 式は中止だ」

直哉の言葉は, まるで冷たいナイフのように私の胸に突き刺さった. 私の手は, 彼の腕から滑り落ちる.

「あいつは東京に身寄りがなく, 頼れるのは俺しかいない. 俺がついていってやらなければ, 誰が助けてやるんだ」

直哉は言い募った. その言葉は, まるで私に言い訳をしているようにも聞こえたが, 彼の決意は固そうだった.

私の両親は, 怒りを押し殺した顔で直哉を睨みつけていた. 友人の千鶴が, 直哉に向けて怒鳴った.

「直哉さん! またですか! 佳代ちゃんの気持ちも考えてください! 」

他の友人たちも, ざわめきながら直哉の無責任な行動を非難する声が聞こえる.

「かわいそうに, 佳代ちゃん…」

ある参列者の声が, はっきりと私の耳に届いた.

「もうこれで何度目だっけ? 彼が式をキャンセルするの」

「いつも佳代ちゃんが後始末してるのよね」

「毎回, こんなに素敵な飾りつけをして…本当に直哉さんのこと, 愛してるのね」

そんな声が, 私の心をさらに締め付けた. 直哉は, 私の手から逃れるように腕を引いた. その顔には, 苛立ちが浮かんでいる.

「佳代, 分かってくれ. アレルギーは命に関わるんだ! 」

彼は半ば怒鳴るように言った. そして, 私を一瞥することなく, 最後にこう付け加えた.

「次の式は, 必ず. 今度こそ, 絶対に」

その言葉は, もう何百回も聞いた空約束だ. 私は心の中で嘲笑した. 今まで, 泣き喚いたり, 懇願したり, 怒鳴りつけたりもした. けれど, 直哉は一度も私の方を向いてくれなかった. もう, 慣れた. 彼は, 決して私を選ばない.

私は, そっと直哉の手を放した. そして, 無理に口角を上げて微笑んだ. 胃の激痛が, 全身を這い上がってくる.

「分かったわ, 直哉. 早く千結ちゃんを連れて行ってあげて」

直哉は, 私の意外な反応に一瞬だけ戸惑ったように見えた. 彼は, 私のあまりに冷静な態度に居心地が悪そうだった.

「佳代, 本当に, すまない. すぐに戻るから」

直哉のその言葉に, 私はただ「うん」と頷くだけだった. 彼は, 私を振り返ることなく, 千結を抱えて教会を去っていった. 私は, 彼の後ろ姿を見つめる. 彼は, もう二度と戻ってこない. そう確信していた.

私の意識は, そこで途切れた. 激しい胃の痛みに耐えきれず, 私はウェディングドレスのまま, その場に倒れ込んだ.

3

西村佳代 視点:

かつて, 直哉は私の体の弱さをよく知っていた. 彼は, 私が少しでも顔色を悪くすれば, すぐに気づいた.

「佳代, 顔色が悪いぞ. 無理しすぎじゃないのか? 」

彼は心配そうに私の顔を覗き込み, 私のために手料理を作ってくれた. 私が好む味付けや食材を覚えていて, いつも私の体を気遣ってくれた.

「君は僕が守るから, 無理はしなくていい」

彼はそう言って, 私の頭を優しく撫でた. 私は, 彼のその言葉を信じていた. 直哉は, 私にとってこの世界で一番大切な人だった. 私の一番の理解者であり, 私の心を一番深く知っている人. 彼がいれば, 何も怖くなかった.

しかし, 千結が現れてから, 全てが変わった. 私の胃の痛みも, 顔色の悪さも, 直哉は気づかなくなった. 彼の視線は, いつも千結を捉えていた. 私を放り出し, 千結の元へ駆けつけたことは, もう数えきれないほどだ.

直哉は, 私を七回も裏切った. 七回も, 私を置き去りにした. 私の心と体は, もう限界だった. 私は, もう直哉にチャンスを与えることはしない.

もう, 終わりにしよう.

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六十六回キャンセルされた花嫁

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