話 1
7年間, 公私ともに支え続けた彼から, 突然婚約解消を告げられた.
理由は, 大学時代に彼を弄んで捨てた女, 桂子を「守るため」.
「彼女は今, 大変なんだ. 僕が見捨てるわけにはいかない」. 彼の言葉は, 私との7年間を無価値なものに変えた.
さらに桂子は, 酔い潰れた彼を介抱する私の前に現れ, 挑発的に囁く. 「大川くんは酔っても, いつも私の名前を呼んでたわ. あなたには分からないでしょう? 」
彼の裏切りと彼女の嘲笑が, 私の心を完全に破壊した.
だが, 友人が送ってきた一本の動画が, 全てを覆す. そこに映っていたのは, 彼らが私を裏切った, 動かぬ証拠だった.
「あなたって, 本当に吐き気がするわ」. 私は冷たく言い放ち, 復讐の引き金を引いた.
第1章
彼が私に婚約解消を告げた瞬間, 私の世界は音を立てて崩れ落ちた.
「心紗, 別れよう. 」
一成の声はかすれていて, まるで遠くから聞こえるようだった. 私は彼の言葉の意味を理解しようと, 頭の中で何度も反芻した. 冗談だと思った. そうに違いない.
「何を言っているの, 一成? 」私は震える声で尋ねた.
七年間. 私たちは大学時代からずっと一緒だった. 朝から晩まで, 夢を語り合い, 共に汗を流した. 小さなスタートアップを立ち上げ, 苦楽を共にしてきた. 彼は私の全てだった. 公私ともに, 私たちは一心同体だったはずだ.
つい数週間前, 私たちは結婚の計画を立てていたばかりだ. 新しい人生に胸を膨らませ, 未来の家について語り合った. その輝かしい未来が, 目の前の男の一言で, まるで粉々に砕け散った.
一成の顔は疲労でやつれていた. 目の下には深いクマがあり, 肌は土気色だ. 何かに追い詰められているのは分かっていた. 最近の資金繰りの困難が, 彼をここまで追い詰めたのだろうか.
彼の視線は, 私の目から逃げるように宙を彷徨った. その表情には, 深い内疚が刻まれている. 彼は言葉を選び, 口を開きかけたが, すぐに閉じてしまう. そんな彼の様子が, 私の心臓を鈍器で殴りつけた.
「頼む, 心紗. 聞いてくれ. 」
ようやく絞り出された彼の声は, 乾いて荒れていた.
「これは, 一時的なんだ. 会社のため, そして君を守るためでもある. 」
その甘い言葉が, 私の耳には毒のように響いた. 私を守るため? 彼が今, 私にしていることが, 私を守ることだというのか.
「彼女を, 見捨てるわけにはいかない. 」
彼の口から出た「彼女」という言葉に, 私の全身の血が凍りついた. 頭の中に, ある女性の顔が浮かび上がった. 嘘だ, ありえない.
「桂子のこと? 」私の声は, 私のものではないみたいに冷たく響いた.
一成は, ごくりと唾を飲み込んだ. その沈黙が, 私の最悪の予想を肯定した. 西園寺桂子. 彼が大学時代に夢中になった, あの女性だ.
「彼女は今, 大変な状況なんだ. 父親に勘当されて, 自分で立ち上げた事業も失敗寸前. おまけに, 夫との離婚問題も抱えている. 」
一成は, まるで懇願するように続けた.
「彼女は離婚を望んでいるのに, 相手が応じない. 法廷闘争になっていて, 精神的に追い詰められているんだ. 今も, 一人で暮らしている. 」
彼の言葉は, まるで泥沼のように重く, 私の心をゆっくりと沈めていった.
「僕たちは, 学生時代からの繋がりがある. 彼女が一番辛い時に, 僕が放っておくなんてできない. 」
彼の声は, 決意に満ちていた. その決意が, 私への裏切りであることなど, 微塵も考えていないかのように.
「僕は, 彼女を見捨てられない. 」
彼の言葉が, 私の心臓を深く抉った. 七年間, 彼の隣で支え続けてきた私への感謝も, 愛も, 全てがこの一言で消え去った. 私は, 完全に裏切られた. 私たちの関係は, 彼の口から発せられたわずか数語で, あっけなく終わってしまったのだ. 彼の言葉は, 一枚の刃物のように, 私の心を切り裂いた. その痛みは, 肉体が引き裂かれるよりも, もっと深い, 魂を削り取るような苦痛だった.
私の未来は, 一瞬にして目の前から消え去った. 私は, 茫然と彼を見つめることしかできなかった.
あなたは, 私を裏切ってまで, その女を守りたいの?
話 2
私の問いかけに対し, 一成は何も言えなかった. ただ, 深く沈黙するばかりだった.
「その女の弁護を, あなたが引き受けるってこと? 」私は冷たい声で聞いた.
一成は, ゆっくりと頷いた. 彼の顔は, まるで灰色の石膏のようだった.
「彼女の夫は, 大手投資会社の重役だ. 力も金もある. 彼女は弁護士費用もままならない状況で, 途方に暮れていた. 」一成は, ため息混じりに説明した. 「僕が手を貸さなければ, 彼女は全てを失うだろう. 」
「それで, 私との婚約を解消して, 彼女を救うと? 」私の声は, 嘲るように響いた. 「それが, 私を守ることになる, と? 」
一成は, 何かを言おうとして口を開いたが, すぐに閉じた. 彼の目は私の目を避け, 床を見つめていた.
「バカバカしい. 」
私は立ち上がった. 椅子を引く音が, 静かな部屋に響き渡った.
「その虚しい言い訳はもう結構よ. 」
一成が慌てて立ち上がった.
「心紗, 待ってくれ! 」
私は彼に背を向け, ドアに向かって歩き始めた.
「どこへ行くんだ? 」彼の声に焦りが滲んでいた.
「もうあなたには関係ない. 」私はドアノブに手をかけた. 「私たちは, 今日で終わりだ. 」
「心紗! 」一成が私の腕を掴んだ.
私は振り向いた. 彼の顔は, 絶望に歪んでいた.
「七年前, あなたは雨の中で言ったわね. 」私の声は静かで, しかし確固たる響きを持っていた. 「『心紗, 僕には君しかいない. 君だけが, 僕を信じてくれた. いつか必ず, 僕を裏切った奴らを見返してやる. そして, 君には最高の幸せを捧げる』って. 」
私の言葉に, 一成は息を呑んだ. 彼の顔から血の気が引いていくのが分かった.
「あの時のあなたは, どこへ行ったの? 」私はドアを開けた. 一成の, 蒼白になった顔が, ゆっくりと閉じるドアの向こうに消えていった.
彼の言葉は, 本当に私を守るためのものだったのだろうか. それとも, かつて自分を捨てた女への, 復讐にも似た執着なのだろうか. 私には, もう分からなかった. ただ, この関係が完全に終わったことだけは, はっきりと理解できた.