1

老舗旅館「土屋」の女将として, 私は絵を描く夢を捨て, 婿養子の夫・竜一にすべてを捧げてきた.

しかし, 夫が「経営コンサルタント」として連れ帰ったのは, 大きなお腹を抱えた若い愛人・萌紗だった.

「亮美は子供が産めない欠陥品だ. 萌紗が跡取りを産んでくれる」

義両親は狂喜して愛人を迎え入れ, 私を罵倒し, 私の居場所を奪おうとした.

私が抵抗すると, 夫は愛人を庇って私の頬を打ち据えた.

悔しさと絶望で心が凍りつく中, 私は彼らが知らない「ある事実」を思い出していた.

長年の不妊治療で, 医師から告げられていたのは私の問題ではなかったこと.

そこへ, 幼馴染であり財閥御曹司の大雅が現れ, 一枚の診断書を突きつける.

「竜一, お前の精子生存率はゼロだ. その腹の子は誰の子だ? 」

顔面蒼白になる夫を他所に, 私の徹底的な復讐劇が幕を開ける.

第1章

夫が愛人を連れて玄関に現れた時, 私は花瓶を床に叩きつけたい衝動に駆られた. だが, 私の手は震えながらも, その花瓶を静かにサイドボードに戻した.

私が何時間もかけて準備した玄関は, 完璧だった. 磨き上げられた床は光を反射し, 季節の花が生けられた花瓶からは, 微かな香りが漂っていた.

西浜竜一が帰ってくる. そのたびに, 私は特別な思いでこの瞬間を待っていた. 彼を婿養子として迎えてから三年. この老舗旅館「土屋」の女将として, 彼を支え, この家を守るために, 私は自分のすべてを捧げてきた.

玄関の引き戸が開き, 期待に胸を膨らませた私の目に飛び込んできたのは, 見慣れた夫の姿…だけではなかった. 彼の隣には, 見知らぬ若い女が立っていた.

その女は, 竜一の腕にそっと手を添え, 彼の顔を見上げて微笑んだ. まるで, 私がここにいないかのように.

私の心臓が, 冷たい水の中に沈んでいくような感覚に襲われた. 呼吸が浅くなり, 指先が痺れてくる.

女は, 竜一よりも一歩前へ出て, 私に深々と頭を下げた. 「土屋亮美様, 初めまして. 荻野萌紗と申します. 今日から, こちらでお世話になります. 」

その声は, 驚くほど澄んでいて, まるで無邪気な子供のようだった. だが, 彼女の目が私に向けられた瞬間, 私はその奥に潜む冷たい光を見た. 彼女の腹部は, 明らかに膨らんでいた.

私を試しているのか. この女は, 私がどれだけ愚かだと思っているのだろう.

「お世話になります, とは? 」私の声は, 私自身が驚くほど冷静だった. まるで, 他人事のように.

萌紗は, 再び竜一を見上げた. その表情は, 不安と期待が入り混じった, 完璧な演技だった.

竜一は, 私の目を見ようとしなかった. 彼は萌紗の背中に手を回し, 少しだけ前に押し出した. 「萌紗は, 俺の経営コンサルタントだ. これからは, うちの旅館で働いてもらう. 」

経営コンサルタント? 私は心の中で冷笑した. この女の腹が, 一体何の経営コンサルティングをするというのか.

萌紗は, まるで恐る恐るといった様子で, 膨らんだ腹をそっと撫でた. 「あの…土屋様. ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが, どうぞよろしくお願いいたします. 」

その言葉を聞いた瞬間, 私の頭の中で何かがカチリと音を立てた. 全てが繋がった. 彼女は, この旅館に住み着くつもりなのだ. そして, 生まれてくる子供を, 土屋の跡取りにするつもりなのだ.

竜一は, 萌紗の肩を抱き寄せ, 私をまっすぐ見据えた. その目には, 挑戦的な光が宿っていた. 「亮美. 萌紗は, これからの土屋にはなくてはならない人材だ. 彼女には, 離れを準備してくれ. 」

彼の言葉は, 私の耳には届かなかった. 私の視線は, 竜一と萌紗が寄り添う姿に釘付けになっていた. かつて, 竜一が私にだけ向けていた, あの優しい眼差し. あの温かい腕. それらが, 今, 別の女に向けられている.

私の喉の奥から, 乾いた笑いがこみ上げた. 「離れ, ですか. 随分と, 大きな荷物のようですね. 」私の視線は, 玄関に山積みになった萌紗のスーツケースに向けられた. まるで, 引っ越しでもしてきたかのような量だ.

竜一は, 私の言葉を無視した. 「萌紗, 疲れただろう. 部屋に案内する. 」彼は萌紗の腰に手を添え, まるで壊れ物を扱うかのように優しく, 奥へと歩き始めた.

萌紗は, 私に振り返り, 悪びれる様子もなく微笑んだ. その笑顔は, 私を嘲笑っているかのようだった.

私はその場に立ち尽くした. 心臓が, 鉛のように重く, 床に沈んでいく.

階段を上る二人の足音が響く. そして, その音に混じって, 竜一の優しい声が聞こえてきた. 「無理するなよ. お腹の子に障るからな. 」

私の体中の血が, 一瞬で凍り付いた. あぁ, そうだった. この男は, 私には一度もそんな優しい言葉をかけてくれたことはなかった. 私が不妊治療で苦しんでいた時も, 彼はいつも私を責めるばかりだった.

私の視線は, 玄関に置き去りにされた萌紗の荷物に落ちた. その一つ一つが, 私の存在を否定しているかのようだった.

「亮美さん, どうしたんですか? 」背後から, 心配そうな声がした. 住み込みの番頭さんだった.

私は, 何も答えられなかった. ただ, 全身が震え, 胸の奥が締め付けられるような痛みに耐えていた.

その時, 二階から竜一の声が響いてきた. 「父さん, 母さん! 萌紗を連れてきたぞ! 」

義両親の声が, 興奮気味に聞こえてきた. 「おぉ, 竜一! よくやった! 」

私は, 階段をゆっくりと上った. 足取りは重く, まるで鎖に繋がれているかのようだった.

二階の広間では, 義両親が萌紗を取り囲み, まるで失われた宝物を見つけたかのように歓声を上げていた.

「萌紗ちゃん, よく来てくれたね! お腹の子は順調かい? 」義母の声は, 私に向けられる時とはまるで違う, 甘ったるい声だった.

萌紗は, 伏し目がちに微笑んだ. 「はい, おかげさまで. 西浜様ご夫妻には, ご迷惑をおかけしてばかりで…」

「何を言ってるんだい! 可愛い孫のためなら, どんな苦労も惜しまないよ! 」義父が, 萌紗の肩を叩いた.

私の耳に, 竜一の声が届いた. 「父さん, 母さん. 萌紗は, 俺の, この土屋の未来を背負ってくれる子だ. 亮美は…」彼の言葉は, そこで途切れた. 彼は私に気づいたのだ.

義両親も, 私に気づいた. 彼らの顔から, 先ほどの笑顔が消え失せ, 警戒と不満の色が浮かんだ.

私の心臓は, もう痛みを感じなかった. ただ, 冷たく, 重く, そこにあるだけだった.

「亮美, どうしてそこに突っ立っているんだ? 萌紗に挨拶しないのか? 」義父の声は, 私を咎める響きを含んでいた.

「わたくしは, もう挨拶を済ませました. 」私の声は, 感情を失っていた.

「水臭いことを言うんじゃないよ. 家族になるんだから, もっと親睦を深めないと. 」義母が, 私を萌紗の隣に押しやった.

家族? 私は心の中で吐き捨てた. この女が家族? 私を裏切り, 傷つけた女が?

「亮美は, 子供ができないからな. まさか, 竜一がお前を見限って, 別の女に子供を産ませるなんて…」義母の言葉が, 私の心臓をえぐった.

そう, 私は子供ができない. 何年も不妊治療を続けてきた. その間, 竜一は私を責め続け, 義両親からのプレッシャーは日に日に増していった. しかし, 私には分かっていた. 本当は, 竜一に問題があることを. だが, 彼のプライドが高すぎるため, 私はその事実を隠し続けてきた.

「そんなこと, 言わないでください, 奥様. 」萌紗が, わざとらしく義母の腕に触れた. 「亮美様のお気持ちも, お察しいたします. 」

その言葉は, 私の心をさらに深く傷つけた. 憐れんでいるのか? この女は, 私を憐れんでいるのか?

「萌紗ちゃんは優しいねぇ. それに比べて, 亮美は…」義父が, 私を睨んだ.

私は, 彼らの視線から逃れるように, 窓の外を見た. 庭の桜は, もう散り始めていた.

「亮美さん, お願いがあります. 」萌紗が, 私の腕にそっと触れた. 「私, 赤ちゃんを授かったんです. でも, 亮美さんのように立派な女将さんにはなれません. どうか, 生まれてくる子を, 土屋の跡取りとして, 育てていただけませんか? 」

萌紗の言葉に, 義両親の目が輝いた. 彼らは, まるで救世主が現れたかのように, 萌紗を見つめていた.

「もちろん, 萌紗ちゃん! 亮美には, その器量がないからねぇ. あんたが産んでくれるなら, 喜んで養子にするよ! 」義母の声が, 広間に響き渡った.

私の全身から, 力が抜け落ちるのを感じた. 彼らは, 私からすべてを奪おうとしている. 私の夫, 私の家, そして, 私の人生を.

「亮美, 何も言うことはないのか? 」竜一の声が, 私の耳に届いた. その声には, 嘲笑と勝利が混じっていた.

私は, ゆっくりと竜一に顔を向けた. 彼の目を見た. そこには, かつての愛の欠片も残っていなかった. あるのは, 私を支配し, 弄ぶ快感だけだった.

私は, 口を開いた. 「…萌紗さんの言う通り, 私は女将の器ではないのかもしれませんね. 」

その言葉を聞いた瞬間, 竜一の顔に満足の色が浮かんだ. 義両親は, 顔を見合わせてニヤリと笑った. 萌紗は, 勝利を確信したかのように, 満面の笑みを浮かべた.

「では, 萌紗さんに, 女将の座をお譲りください. そして, この子の母親として, しっかりとお務めください. 」私の言葉は, 広間に響き渡った.

萌紗の笑顔が, 一瞬で凍り付いた. 「え…? 」

「竜一も, 萌紗さんも, そしてお義父様もお義母様も, この家から出て行ってください. 」私の声は, 氷のように冷たかった.

竜一の顔から, 血の気が引いた. 「亮美, 何を馬鹿なことを言っているんだ! 」

私は, 彼らをまっすぐ見据えた. 「この家は, 土屋の家です. 西浜家のものではありません. あなた方が, この家を乗っ取ろうとするなら, それは私が許しません. 」

「黙れ! この家は, もう俺のものだ! 」竜一が, 私に掴みかかろうとした.

その瞬間, 私は義母が大切にしている, 亡き祖母の形見である人間国宝作の着物を萌紗に与えようとしていたことを思い出した. 妊婦の安産祈願によい, などとわけのわからない理由をつけて.

私の心臓が, 怒りで爆発しそうになった. この期に及んで, まだ私を侮辱するのか.

「亮美, お前は…! 」竜一の声が, 広間に響き渡った.

私は, 彼らの顔を一人一人見つめた. その目には, 憎しみと決意が宿っていた.

「私の言葉が, そんなに気に食わないの? 」私の声は, 低く, 冷たい. 「ふふ…. まだ, 何も始まっていませんよ. 」

その言葉を聞いた瞬間, 竜一の顔が歪んだ. 義両親も, 顔色を変えた. 萌紗は, 不安そうに竜一を見た.

私は, 彼らを嘲笑うかのように, ゆっくりと振り返った.

「面白い. 私も, あなた方の計画に乗ってあげましょう. 」私の声は, 広間に響き渡った. 「ただし, 勝つのは, 私です. 」

私は, 彼らを背にして, 広間を後にした. 私の足取りは, もう震えていなかった.

2

冷たい床の上で, 私は夜明けまで座っていた. 旅館の従業員たちが, 萌紗が持ってきた大量の荷物を離れに運んでいる音が遠くから聞こえてきた. 新しい女将の座を狙う女と, その子ども. 竜一と義両親の言い分は, 私をまるで不妊の悪女であるかのように仕立て上げていた.

部屋の襖が開く音がし, 私は顔を上げた. 番頭の田中さんが, 心配そうに私を見ていた.

「亮美様, 夜通し起きていらしたのですか? 」彼の声は, 優しさに満ちていた.

私は首を横に振った. 疲労は感じていたが, それ以上に, 心の中の怒りが私を突き動かしていた.

田中さんは, 広間に続く襖に目をやった. 「奥様が, 萌紗さんに離れから出ていってほしいと懇願していましたよ. 亮美様が可哀想だと. 」

私は, 田中さんの言葉に鼻で笑った. 「まさか. 義母は, 萌紗の腹の子を土屋の跡取りにしようと企んでいる. 私を追い出すために, 芝居を打っているだけでしょう. 」

田中さんは, 私の言葉に頷いた. 「私も, そう思います. ただ, 萌紗さんが…」田中さんは, 言葉を選んでいるようだった.

「萌紗さんが, どうしました? 」私の心臓が, 嫌な予感でざわめいた.

「萌紗さん, 奥様に, 『亮美様は, 子供ができないから, 跡取りは私が産むしかない. 亮美様は, 女として欠陥がある』と, 言ったそうです. 」田中さんの顔は, 怒りで歪んでいた.

私の顔から, 血の気が引いた. 全身が, 怒りで震え始めた. 私は, 田中さんの腕を掴んだ. 「本当ですか? 萌紗が, そう言ったのですか? 」

田中さんは, 私の目を見た. 「はい. 奥様は, 怒って萌紗さんに出ていってほしいと懇願していました. しかし, 萌紗さんは…『私は, お子様を授かった身. そんな私を追い出すなんて, 土屋家に何かあったらどうするんですか? 』と, 言ったそうです. 」

私の脳裏に, 萌紗の笑顔が焼き付いた. あの女は, 自分の腹の子を武器に, 私を追い出そうとしている.

「義両親は, 何を言っていたのですか? 」私の声は, 絞り出すようだった.

田中さんは, 俯いた. 「義両親は, 『確かに亮美は, 子供ができない. 仕方ないことだ. 萌紗が跡取りを産んでくれるなら, 多少のことは目をつぶろう』と…」

私の心臓が, まるで氷の塊になったかのように冷たくなった. 彼らは, 私を人間として否定している. 私のすべてを奪おうとしている.

「ふふふ…」私は, 乾いた笑いを漏らした. 彼らは, 私が何もできないとでも思っているのだろうか.

「亮美様…」田中さんが, 心配そうに私の顔を覗き込んだ.

私は, 田中さんをまっすぐ見た. 「田中さん, 今の話を誰にも漏らさないでください. そして, 何事もなかったかのように振る舞ってください. 」

田中さんは, 私の言葉に頷いた. 「承知いたしました. 」

私は, 窓の外を見た. 竜一と萌紗が, 手を繋いで旅館の門を出ていくのが見えた. 二人の顔には, 幸せそうな笑みが浮かんでいた.

私は, 過去を思い出した.

「亮美, お前は, この土屋家の跡取り娘だ. 将来は, 旅館を継ぎ, 土屋の伝統を守っていくんだ. 」父の声が, 私の耳に蘇った.

私は, 幼い頃から, 土屋旅館の一人娘として, 厳しく育てられてきた. 着付け, 茶道, 華道, そして, 旅館経営の知識. すべてを身につけ, 土屋の女将としてふさわしい人間になることを期待されてきた.

そんな私には, 幼馴染がいた. 桐生大雅. 外資系ホテルチェーンの御曹司で, 幼い頃から私を慕ってくれていた. 両親も, 彼との結婚を望んでいた.

「亮美, 大雅くんは, お前のことを大切にしてくれるだろう. お前も, 彼のことを…」母が, 私に優しく語りかけた.

しかし, 当時の私は, 大雅の気持ちに気づかなかった. 私は, 自分の夢に夢中だった. 絵を描くこと. それが, 私のすべてだった.

ある日, 私は偶然, 竜一と出会った. 彼は, 一流大学の経営学部を卒業したばかりの, 若き経営コンサルタントだった. 彼の端正な顔立ち, 知的な雰囲気, そして, 私を惹きつける情熱的な眼差し. 私は, 彼に一目惚れした.

「土屋亮美さん, ですよね? まさか, こんなところで, あなたにお会いできるとは. 」彼の声は, 私の心臓を震わせた.

彼は, 私のことを知っていた. 私の家柄, 私の生い立ち. すべてを知った上で, 彼は私に近づいてきた.

「亮美さんのような美しい女性が, この旅館を継ぐなんて. もったいない. 」彼は, 私の手をそっと取った. 「亮美さんの才能は, もっと大きな舞台で輝くべきだ. 」

彼の言葉は, 私の心を揺さぶった. 私は, 彼に惹かれていった. 私は, 両親の反対を押し切って, 彼との結婚を選んだ.

「亮美, お前は後悔するぞ. あの男は, お前の家柄と財産しか見ていない. 」父の声は, 私を心配していた.

「亮美さん, 彼は…」大雅も, 私を心配していた. 彼の目には, 悲しみが宿っていた.

しかし, 当時の私は, 彼らの言葉に耳を傾けなかった. 私は, 竜一の言葉だけを信じていた.

「亮美, 俺は, お前の夢を応援する. この旅館を, もっと大きくしよう. そして, お前は, 自由に絵を描けばいい. 」竜一の言葉は, 私の心を温かく包み込んだ.

私は, 彼のために, 自分の夢を諦めた. 旅館の経営を学び, 彼の支えになろうと努力した. 彼の両親にも, 尽くした.

しかし, 結婚してからの竜一は, 私に冷たかった. 彼は, 私を責め続けた.

「亮美, お前は女将の器じゃない. お前は, もっと俺に従うべきだ. 」

「亮美, お前は俺の妻なんだから, 俺の言うことを聞け. 」

私は, 彼の言葉に傷つき, 苦しんだ. しかし, 私は彼を愛していた. 彼の言葉を信じ, 彼の望む女になろうと努力した.

そして, 今, 彼は私を裏切った.

私は, 窓の外の桜の木を見つめた. かつて, 大雅と二人で遊んだ桜の木だ.

「亮美, お前は, 本当にそれでいいのか? 」大雅の声が, 私の耳に蘇った.

あの時, 私は大雅の言葉を軽んじた. しかし, 今, 私は彼の言葉の意味を理解した.

私は, 拳を握りしめた. 私の心臓は, もう痛みを感じなかった. あるのは, 冷たい怒りだけだった. 私は, この怒りを, 彼らにぶつけるだろう. 彼らが, 私にしたことのすべてを, 償わせるだろう.

そして, 私は, 彼らに, 私の本当の姿を見せてやるだろう.

3

萌紗が離れに入居してから数日後, 私は自分の部屋に閉じこもっていた. 萌紗は, 毎日律儀に私の部屋を訪ねてきては, 「一緒に夕食をいかがですか? 」と, 甘ったるい声で誘ってきた. そのたびに, 私は「結構です」と, 冷たくあしらった.

ある晩, また萌紗が私の部屋の前に現れた. 私は, ドア越しに彼女の声を聞いていた. 「亮美様, そろそろお食事の時間ですよ. お一人で召し上がるのは, 寂しいでしょう? 」

私は, 返事をしなかった. すると, 萌紗は, 私の部屋のドアの前で, すすり泣き始めた. その声は, わざとらしく, 私を苛立たせた.

「亮美様, どうして私をそんなに嫌うのですか? 私, 何か悪いことをしましたか? 」

「萌紗, どうしたんだ? 」竜一の声が, 廊下から聞こえてきた.

萌紗は, 泣き声を大きくした. 「竜一さん…亮美様が, 私のことを罵倒するんです. 私が悪い子だから, 一緒に食事もしてくれないって…」

私の心臓が, 怒りで爆発しそうになった. この女は, どこまで私を愚弄するつもりだ.

私は, 勢いよくドアを開けた. 萌紗は, 私の顔を見て, 一瞬怯んだ. だが, すぐに涙を流し, 竜一の腕に抱きついた.

「亮美, 一体何をしているんだ! 萌紗をいじめるんじゃない! 」竜一の声は, 怒りに満ちていた.

「いじめているのは, どちらでしょう? 」私の声は, 私自身が驚くほど冷静だった.

萌紗は, 竜一の影に隠れながら, 私に小さな包みを差し出した. 「亮美様, これ…お詫びの品です. どうか, 受け取ってください. 」

その包みの中には, 安物のアクセサリーが入っているのが分かった. 私は, その包みを受け取ろうとしなかった.

「お詫び? 何の? 」私は, 萌紗をまっすぐ見据えた. 「あなたが, 私の夫を奪い, 私の家を乗っ取ろうとしていることの, お詫びですか? 」

萌紗は, 竜一にしがみついた. 「竜一さん…亮美様が, 怖いです. 」

竜一は, 萌紗を抱きしめ, 私を睨んだ. 「亮美, いい加減にしろ! 萌紗は, お前を気遣って…! 」

「気遣い? 私を気遣うのなら, 私の前から消えてみせてはいかが? 」私の言葉は, 萌紗の心を突き刺した.

萌紗は, 竜一の腕から離れ, 私の前に進み出た. 「亮美様…どうして, そんなひどいことを言うんですか? 私, ただ, あなたと仲良くしたいだけなのに…」

彼女は, 再び泣き始めた. その涙は, 私には演技にしか見えなかった.

「亮美! 」竜一の怒声が, 廊下に響き渡った. 彼の右手が, 私の頬を打ち据えた.

私の頬が, 焼けるように熱くなった. 私は, 竜一をまっすぐ見据えた. 彼の目には, 私への憎しみと, 萌紗への庇護が混じっていた.

「お前は, 本当に化け物だ! 萌紗は, 傷ついているんだぞ! この, 冷酷な女! 」竜一の声は, 私を罵倒した.

私は, 彼の言葉に, 心の中で冷笑した. 化け物? 冷酷な女? そうかもしれない. だが, そうさせたのは, あなただ.

私の心の中で, 何かが音を立てて砕け散った. もう, 彼との間に, 何の感情も残っていなかった.

私の右手が, 竜一の頬を打ち据えた. 乾いた音が, 廊下に響き渡った.

竜一は, 驚いたように私を見た. 彼の頬には, 私の手の跡が赤く残っていた.

「化け物? 冷酷な女? 」私の声は, 低く, 冷たい. 「あなたに, そんなことを言う資格はありません. 私は, 土屋亮美. この土屋旅館の女将です. あなたに, 私を殴る権利などない. 」

「亮美! お前, 何を…! 」義母の声が, 興奮気味に聞こえてきた.

義両親が, 廊下に駆けつけてきた. 義母は, 私の頬に手を当てようとした. だが, 私はその手を振り払った.

「亮美様, 申し訳ありません. 竜一が悪かった. どうか, 萌紗ちゃんのためにも…」義母の声は, 私をなだめようとしていた.

「萌紗のため? 」私は, 義母をまっすぐ見据えた. 「あなた方は, 萌紗のためなら, 私をいくらでも傷つけてもいいとでも思っているのですか? 」

「亮美! お前, いい加減にしろ! 」竜一が, 私に掴みかかろうとした.

私は, 彼の目をまっすぐ見据えた. 「あなたに, 私を止めることはできません. もう, すべてが終わったのです. 」

私は, その場を後にした. 私の心は, もう何も感じなかった.

翌朝, 私は早朝から旅館を出た. 従業員たちの目には, 私への同情と, 萌紗への嫌悪が混じっていた.

「亮美様, 萌紗さんが, 昨晩から大声で騒いでいましたよ. 『亮美様は, 私をいじめる. 亮美様は, 私の赤ちゃんを呪っている』と. 」番頭の田中さんが, 私に耳打ちした.

私は, 冷笑した. あの女は, どこまで私を悪者に仕立て上げようとするのだろう.

「亮美様, お体に気をつけて. 何かあれば, すぐに連絡してください. 」田中さんの言葉は, 私を温かく包み込んだ.

私は, 頷いた. 私の心の中には, もう迷いはなかった.

オフィスに着くと, 私は秘書を呼んだ. 「田中さん, 西浜竜一のすべての業務を停止してください. そして, 彼を会社から追放してください. 」

秘書は, 驚いたように私を見た. 「亮美様, それは…」

「彼の経営コンサルタントとしての職務をすべて解除し, 彼の名義で契約されているすべての契約を破棄してください. 彼が, この旅館に関わるすべての権利を剥奪してください. 」私の声は, 冷徹だった.

秘書は, 私の言葉に頷いた. 「承知いたしました. 」

私は, もう迷わない. 彼らに, 私の怒りを見せてやるだろう.

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裏切りの夫と愛人、女将の復讐

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