2

次の瞬間、鷹澤蓮矢は彼女の手首を鷲掴みにすると、冷たく言い放った。「すぐに俺と一緒に手術室へ来い!」

その力は恐ろしいほど強く、白川知依の手首を握り潰さんばかりだった。

知依は痛みに顔をしかめ、躊躇なく彼の手を振り払った。

「どうしてあなたと行かなきゃいけないの?」

蓮矢の目に、一瞬だけ驚きが走った。

知依と結婚して3年、彼は彼女の従順で控えめな姿にすっかり慣れきっていた。

彼女が自分に逆らったのは、これが初めてだった。

彼の口調は怒りに満ちていた。「どの口が理由を聞いている? お前が毒なんか盛らなければ、心音は腎不全で生死の境を彷徨ったりしなかった!張本人として、最後まで責任を取るのは当然だろう!」

彼女は冷笑しながら問い詰めた。「どう責任を取るの? 私を手術室に連れて行って、腎臓をえぐり出すってわけ?」

蓮矢は知依に考えを見透かされるとは思っていなかったが、自分に非があるとは微塵も思っていなかった。

「だからどうした? たかが腎臓1つだろうが。これはお前が彼女に作った借りのせいだ!おとなしく付いてこい!」

(私が森川心音に作った借り?)

蓮矢の答えを聞いて、知依はとてつもなく滑稽に感じた。

前世では、心音の度重なる罠に対し、蓮矢は常に彼女を庇い続けた。

かつては自分の努力が足りないから彼に誤解されるのだと思い込み、彼からの評価を変えようと、より一層身を粉にして尽くしてきた。

しかし、彼らに殺されるその日になってようやく、自分が完全に間違っていたことに気付いたのだ。

二度目の人生、二度と奴らに自分を傷つける隙など与えない。

彼女は冷たく拒絶した。「絶対に嫌よ!」

蓮矢は鼻で笑った。「お前の意思など関係ない!誰か、こいつを手術室へ連れて行け。すぐに適合検査を受けさせるんだ!」

蓮矢の号令とともに、何人もの屈強なボディーガードたちが即座に包囲した。

知依はこの見覚えのある顔ぶれを見つめた。前世でも、こいつらはこうして彼女をボロ雑巾のように引きずって手術室へ連れ込んだのだ。

しかし今回は、捕まるよりも早く知依は隙を見つけ、身を翻して走り出した。

前世の記憶を頼りに、彼女はあっという間に心音の病室を見つけ出し、ドアを力一杯蹴り開けた。

その頃の病室内。

心音はベッドに寄りかかり、小さな手鏡を持ちながら、丁寧に口紅を塗っていた。

バンッという轟音に心音が悲鳴を上げ、口紅が顔に痛々しい赤い線を引いた。

彼女は声を荒らげて罵った。「今忙しいから、誰にも邪魔するなって言ったでしょ!どこの目障りなクソ女が……」

言いかけて、心音は知依の姿を目にし、急に瞳孔を縮ませた。

「白川知依? あんた…… どうしてここにいるの!?」

今頃、手術室で腎臓を摘出されているはずの女が、なぜここに!?

彼女が状況を理解する間もなく、蓮矢とボディーガードたちも雪崩れ込んできた。

無傷な彼女の姿を見て、蓮矢は明らかに呆気にとられ、無意識に口を開いた。「心音?どうして目を覚ましているんだ?」

心音の顔色が一瞬で青ざめた。ここでようやく、今の自分は意識不明のふりをしているはずだったと思い出したのだ。

彼女は慌てて鏡を布団の中に隠すと、すぐさま弱々しい表情に切り替え、胸を押さえて激しく咳き込み始めた。

「ゲホッ、ゲホッ……蓮矢、すごく苦しい……」

しかし、今更取り繕っても手遅れだった。

知依はこれ以上ないほど皮肉げに笑った。「森川さん、あなたが危篤状態だって聞いて、危うく私の腎臓が1つ抉り出されるところだったのよ!なのにピンピンしてるじゃない。もしかして私を陥れるために、わざと死にそうなフリをしてたの?」

心音は顔を引きつらせたが、すぐに目元を赤くし、ポロポロと涙をこぼしてみせた。

「白川さん、何を言っているの? 私、全然分からないわ……さっき目を覚ましたばかりで、蓮矢にこんなやつれた顔を見せたくなくて、無理して身支度をしてただけなのに……どうして私があなたを陥れようとしてるなんて言うの?」

心音の可哀想な姿を見て、蓮矢も無意識に彼女を庇おうとした。

彼は声を荒らげて叱責した。「白川知依、いい加減にしろ!誰もがお前みたいに腹黒いと思っているのか? 心音は昔から心優しい女だ。お前を陥れる理由なんてあるわけがないだろう!」

3

「心根が優しい?」

白川知依は、まるでとんでもない冗談でも聞いたかのような顔をした。

彼女は勢いよく歩み寄り、心音の掛け布団をガバッとめくり上げた。

布団の中には、メイク道具一式だけでなく、まだ食べかけの高級そうなスイーツの箱まで隠されていた。

「鷹澤蓮矢、その節穴の目でよく見なさいよ!」

知依はそのスイーツの箱を指差し、声を荒げた。「これがあなたの言う『命の危機』なの? これが、私の腎臓を差し出してまで救わなきゃいけない命だって言うの? この女の命は尊くて、私の命は道端の雑草みたいに、いくらでも踏みにじっていいってわけ?」

蓮矢はスイーツの箱を見て何度か顔色を変え、その目に気まずさと苛立ちを走らせた。

心音は形勢が不利だと見るや、すぐに蓮矢の袖を掴み、可憐に涙をこぼして見せた。「蓮矢、私、知らない……。 お医者さんがどうしてあんなに深刻そうに言ったのか、本当に分からないの。きっと検査結果が間違っていたか、誰かがお医者さんを買収して私を陥れようとしたんだわ。私があなたを騙してるって思わせるために……」

節穴でもない限り、誰の目にも心音の三文芝居は明らかだった。

しかし、蓮矢はほんの少し沈黙しただけで、彼女を信じることを選んだ。

彼は眉をひそめて知依の方を向き、口を開いた。「誤解だったんだ、ドナー適合検査はキャンセルしよう。この件はこれでおしまいだ」

「これでおしまい?」

知依は怒りのあまり鼻で笑った。「鷹澤蓮矢、私が逃げ出すのが遅かったら、今頃私の腎臓は摘出されてたのよ!なのに、今さらすべて終わったことだなんて言えるわけ?」

「現に君は無傷じゃないか。 ただの誤解だろ。そこまで畳みかけなくてもいいだろう」

蓮矢は眉をひそめ、知依への不満をさらに募らせた。

「そんなに食い下がるってことは、見返りが欲しいんだろ? 郊外の別荘を君の名義にして、さらに10億円の小切手を切ってやる。それで十分だろう?」

だが、知依は冷笑した。「10億円がなんだっていうの?」

その言葉を聞き、蓮矢の心にたちまち嫌悪感がよぎった。知依がさらに多くを要求しているのだと察したからだ。

「じゃあ、他に何が欲しいんだ?」

次の瞬間、知依の冷ややかな声が病室中に響き渡った。

「私の求める見返りはすごくシンプルよ――離婚して。 今、この瞬間に、すぐにね!」

「離婚だと?」

蓮矢は、まるでバカげた冗談でも聞いたかのような顔をした。

結婚してからの3年間、蓮矢自身はもちろん、彼の周囲の友人たちも皆、知依が彼にベタ惚れであることを知っていた。

だからこそ、彼女は嫉妬に狂い、帰国した心音に何度も嫌がらせをしているのだと。

そんな彼女が、自分と別れられるわけがない。

蓮矢はすぐに思い当たったように、その瞳に濃い嘲りの色を浮かべた。

「白川知依、そんな安い駆け引き、いつまで続けるつもりだ? 心音が帰国してからというもの、君はずっと彼女を目の敵にして騒ぎを起こしてきた。挙句の果てに離婚騒動とは、笑わせる!」

「最後に1度だけ警告してやる。俺の忍耐にも限界がある。今すぐその言葉を撤回するなら、何もなかったことにしてやろう」

知依は、自分が絶対に離れていかないと高をくくっている彼の態度を見て、胃の腑から込み上げてくるような強烈な吐き気を覚えた。

「鷹澤蓮矢、あなた、人間の言葉が通じないのかしら?」

知依は背筋を伸ばし、彼の目を真っ直ぐに見据えた。

彼女は1文字1文字をはっきりと区切って言い放った。「もう1度言うわよ。私は、離婚する!」

知依の態度は、蓮矢をさらに苛立たせた。「俺と離婚する理由なんてあるのか?」

「理由? もちろん、あなたが目も節穴なら心も腐っていて、自分の妻を殺そうとしてまで性悪な泥棒猫を庇うからよ!あなたみたいな最低な男は、私の夫にふさわしくない!気持ち悪くてヘドが出るわ!」

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クズ夫と泥棒猫に殺されたので、死に戻って離婚届を叩きつけます!

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