話 2
奥寺奈緒子 POV:
家に帰った私は, 自分の持ち物を整理し始めた.
タンスを開け, クローゼットの中を見る.
これまでの人生で, 私の部屋はこれほど整然としたことはなかっただろう.
彼の痕跡を, 全て消し去る.
その日の夜遅く, 一矢さんが帰宅した.
彼は私を見つけると, 少し安心したように話しかけてきた.
「奈緒子, ただいま. 遅くなってごめん. 」
彼の声には, 僅かな罪悪感が滲んでいた.
彼は枯れかけたバラの花束を私に渡した.
「これ, 途中で買ってきたんだ. 少し元気がないけど…」
彼が不在だったことへの, 取ってつけたような謝罪だった.
私の心は冷え切っていた.
私は花束を見て, 一矢さんの意図を察した.
笑いそうになるのを, 必死でこらえた.
この枯れたバラのように, 私たちの愛も終わったのだ.
彼の心遣いは, 私には何も響かなかった.
一矢さんは, 私の笑みに気づき, 少し慌てた様子だった.
「どうしたんだ? 何かおかしいことでもあったか? 」
彼の顔には, 疑念の色が浮かんでいた.
「ううん, 何でもないわ. 」私はそう言って, 花束を受け取った.
私の声は, 感情を一切含まないものだった.
彼は私の内心を知る由もない.
その時, 私は一矢さんの襟元に付着した口紅の跡に気づいた.
鮮やかな赤色が, 彼の白いシャツにくっきりと残っていた.
私の心臓は, 冷たく確信した.
「一矢さん, 襟元が汚れているわ. 」私は冷静な声で指摘した.
彼の顔色が一瞬で変わるのが分かった.
私の言葉は, 彼にとって予想外だっただろう.
一矢さんは口紅の跡に気づき, 心臓がドキッとしたのが見て取れた.
彼はすぐに言い訳をしようと口を開いた.
「ああ, これは…打ち合わせの時に, 誰かがぶつかって…」
彼の言葉はしどろもどろだった.
「偶然付いたんだよ. 本当に, 何でもない. 」彼は必死に作り笑顔を作った.
彼の嘘は, 私にはあまりにも明白だった.
私の心は, もう何も感じなかった.
私は一矢さんの言い訳を追及せず, シャツを洗うことを申し出た.
「あら, 大変ね. 私が洗ってあげるわ. 」
私の声は, いつも通り優しかった.
彼の反応を, 私は静かに観察していた.
一矢さんは使用人がいることを理由に断ろうとした.
「いや, いいよ. 使用人に頼んでおくから. 」
彼は, さらに嘘を隠そうと必死だった.
私は使用人の洗い方が荒いことを理由に, 自分で洗うと主張した.
「あら, でも使用人さんは荒っぽいから. 私が洗う方が綺麗になるわ. 」
私の言葉は, 彼の抵抗を許さなかった.
一矢さんは危機を逃れたと思い, 安心したように私にキスをした.
「奈緒子, 優しいな. 本当に助かるよ. 」
彼のキスは, 私にはもう何の感情も呼び起こさなかった.
彼が私を褒める言葉も, 空虚に響いた.
私の心は, もう彼の言葉に惑わされることはない.
彼の偽善が, 私には全て見透かされていた.
私はシャツを受け取り, 口紅の跡を見つめながら冷笑した.
この口紅は, 私が使っているものとは違う.
江崎朋穂の甘い匂いが, シャツから微かに漂っていた.
私はシャツを洗う際に, 力を入れすぎた.
口紅の跡を消すように, 布地をゴシゴシと擦った.
まるで, 彼の裏切りを洗い流すかのように.
シャツは, ビリッと音を立てて破れてしまった.
私の心の中では, 何かが壊れていく音がした.
一矢さんはシャツが破れたことを気にせず, 私を抱きしめ, 新しいものを買ってくれるよう頼んだ.
「ああ, やっちゃったか. でも, 大丈夫だよ. 新しいのを買ってくれればいいさ. 」
彼の無関心な態度に, 私の心はさらに冷えた.
一矢さんが新しいシャツに着替えるが, そこからは甘ったるい香水の匂いが残っていた.
それは, 江崎朋穂の匂いだった.
私の嫌悪感は, 絶頂に達した.
私は「やっぱり, 古いものが似合うわね. 」と皮肉を言った.
彼の顔には, 一瞬戸惑いの表情が浮かんだ.
一矢さんは同意し, 破れたシャツを惜しみながら, 自分が一途な男だと主張した.
「そうだなあ. 俺は一途だから, 物を大事にするんだ. 」
彼の言葉は, 私にはもう何の重みも持っていなかった.
私は一矢さんの言う「一途さ」の定義に疑問を抱いた.
私との五年間は, 彼にとって何だったのだろう?
私の心は, 悲しみと失望で満たされた.
過去の甘い記憶が, 今の苦い現実と対比される.
私が子供の頃から, 私は人気者だった.
いつも誰かが私を追いかけ, 私の周りには笑顔が絶えなかった.
でも, 私はそんなことには興味がなかった.
大学を卒業後, 私は一矢さんの会社に就職した.
彼に一目惚れした.
彼の仕事に対する真剣な姿勢, 周りの人への気遣い.
彼の全てが, 私を惹きつけた.
私はプライドが高かった.
だから, 自分から彼を追いかけることはしなかった.
ただ, 遠くから彼を見つめ, 彼の存在を心の支えにしていた.
でも, 一矢さんは私に惹かれ, 必死に追い求めてくれるようになった.
毎日のように連絡をくれ, 私のために尽くしてくれた.
私の心は, 少しずつ彼に傾いていった.
会社で火事が起こった日, 私は恐怖で動けなくなった.
煙が充満し, 炎が迫ってくる.
私は, もう終わりだと思った.
全身が麻痺したように, 動けない.
その時, 一矢さんが私を抱えて火災現場から救い出してくれた.
彼は私のヒーローだった.
私の命を救ってくれた, 私の王子様.
私はその瞬間, 彼とずっと一緒にいることを決意した.
彼のためなら, どんな困難も乗り越えられると信じた.
彼が, 私の運命の相手だと疑わなかった.
五年が経ち, 私はその日を忘れていない.
あの日の感動と, 彼への感謝は, 今も私の心の中に深く刻まれている.
しかし, 彼の心は, もうあの日の彼ではない.
一矢さんは天地神明に誓い, 私だけを愛すると約束した.
「奈緒子, 俺はお前だけを愛する. 永遠にだ. 」
彼の言葉は, 私の心を温かく包み込んだ.
私は涙ながらに, もし裏切ったら他の男と結婚すると警告した.
「もし, あなたが私を裏切ったら…私は, 別の男性と結婚するわ. 」
私の言葉は, 彼への究極の信頼の証だった.
過去の誓いが, 今も私の耳に残っている.
しかし, 一矢さんの心は変わってしまった.
彼の言葉は, もはや何の価値も持たない.
私の心は, 深い悲しみと失望で満たされた.
私は胸の苦しさを感じ, シャツを握りしめた.
涙が, 頬を伝う.
彼の裏切りが, 私の心を深く切り裂いた.
呼吸が苦しくなるほど, 心が痛んだ.
一矢さんは私の涙に慌て, ティッシュで拭いてくれた.
「奈緒子, どうしたんだ? 大丈夫か? 」
彼の声には, 僅かな優しさが混じっていた.
しかし, その優しさも, 私にはもう響かなかった.
「大丈夫よ. 」私はそう言って, 彼の顔から目を逸らした.
私の心は, もう彼の慰めを必要としなかった.
彼の偽りの優しさが, 私をさらに苦しめるだけだった.
一矢さんが先に裏切ったのなら, 私は約束を守る.
他の男と結婚する.
私の心は, 復讐の炎で燃え上がっていた.
私の決意は, もう揺るがない.
話 3
奥寺奈緒子 POV:
一矢さんが私を慰めた後, キスしようと顔を近づけてきた.
私は, 彼の顔をそっと手で押し返した.
彼の唇が, 私に触れることはなかった.
一矢さんは気まずそうに咳をし, プレゼントを要求してきた.
「なあ, 結婚式の延期のお礼に, 何かプレゼントはないのか? 」
彼の図々しさに, 私は呆れ果てた.
「待ってて. 」私はそう言い, 部屋に戻った.
私の心は, 冷たい決意で満たされていた.
彼への「プレゼント」を, 今から用意してやる.
私は, 一矢さんと一緒に選んだ結婚式の招待状を取り出した.
純白の紙に, 私たちの名前が印刷されていた.
かつては, この招待状を見るたびに幸せな気持ちになった.
しかし, 今はただ虚しいだけだった.
私は招待状に, 自分と別の人物の名前を書き込んだ.
私の手は, ペンを握るたびに震えた.
私の心は, 復讐の炎で燃え上がっていた.
彼が私を裏切ったように, 私も彼を裏切ってやる.
私は招待状を箱に入れ, 一矢さんの元へ戻った.
「はい, どうぞ. 」私は, 彼の目の前に箱を差し出した.
私の顔には, 冷たい笑みが浮かんでいた.
一矢さんは箱の中身を尋ね, 開けようとした.
「何が入ってるんだ? 開けてもいいのか? 」
私は彼の行動を, そっと手で止めた.
「来月の1日に開けてね. 」私の声は, 甘く, しかし冷たかった.
彼の顔には, 戸惑いの表情が浮かんだ.
私は, 彼をじわじわと追い詰めてやる.
一矢さんはその日付を聞いて, 手が震えているのが見えた.
彼の顔色は, 一瞬で青ざめた.
「その日って…」彼の言葉は, 途中で途切れた.
「どうして? 」彼は, 不安そうに私を見つめた.
「元々, 結婚する予定だった日だからよ. 」私は微笑みながら答えた.
私の笑顔は, 彼にとって地獄の使者のように見えただろう.
彼の顔は, さらに青ざめていく.
私は箱にテープを貼り, 彼にサプライズを予告した.
「サプライズよ. 喜んでくれるといいわね. 」
私の言葉は, 彼にとって最高の復讐の言葉だった.
彼の心は, 恐怖で満たされていくだろう.
一矢さんはサプライズが好きだと答え, 私を抱きしめた.
「奈緒子, 愛してる. 本当にありがとう. 」
彼の言葉は, 私にはもう何の価値もなかった.
彼の抱擁は, 私をさらに苦しめるだけだった.
私の目の輝きは失われ, 窓辺のバラのようにしおれていく.
私の心は, もう彼を愛していなかった.
彼の裏切りが, 私の心を完全に壊した.
一矢さんは私の変化に全く気づかなかった.
彼は, 自分の欲望に囚われていた.
私の心は, もう彼のものにはならない.
一矢さんは江崎朋穂へのプロポーズ成功を喜んでいると, 私は推測した.
彼の顔には, 隠しきれない喜びが浮かんでいた.
私の心は, 軽蔑と怒りで満たされた.
夜, 一矢さんはシャワーを浴びに行った.
水音が響く浴室から, 彼の歌声が聞こえてくる.
彼は何も知らない.
私が, 彼の裏切りを全て知っていることを.
私はソファでスマホを見ていた.
すると, 一矢さんの友人のSNS投稿が目に飛び込んできた.
私の心臓は, 激しく鼓動し始めた.
何が投稿されているのだろう?
投稿内容は, 一矢さんが朋穂さんに跪いてプロポーズする動画だった.
私の目は, スマホの画面に釘付けになった.
彼の裏切りが, 白日の下に晒される.
私の心は, 衝撃と絶望で満たされた.
キャプションには「羨ましかった恋愛がついに結ばれた」と書かれていた.
その言葉は, 私への侮辱だった.
私の心は, 怒りで燃え上がった.
私がクリックしようとした時, コメントが表示された.
私の指は, 画面に触れる寸前で止まった.
コメントには「奈緒子さんに見られたらどうするの? 」と書かれていた.
私は, さらに深く読み込んだ.
投稿者は「奈緒子さんはブロックしてるから大丈夫さ」と返信していた.
私の心は, 軽蔑と怒りで満たされた.
彼らは, 私を完全に愚弄していた.
私はコメントを見て嘲笑した.
私の心は, もう何も感じなかった.
彼らの浅はかな行動が, 私には全て見透かされていた.
過去, 一矢さんの友人たちは私を「義姉さん」と呼び, 彼を監視すると約束していた.
彼らは, 私に忠誠を誓っていたはずだった.
その誓いは, 今は全て裏切られている.
友人たちが一矢さんの浮気を隠蔽しようとしている現状に, 私は気づいた.
彼らは, 私を騙そうとしていた.
私の心は, 失望と怒りで満たされた.
投稿はすぐに削除された.
彼らは, 慌てて証拠隠滅を図ったのだろう.
しかし, もう遅い.
私は, 全て知っていた.
一矢さんがシャワーから出てきた.
彼は私を見つけると, 少し安心したような顔をした.
私の心は, 冷たい決意で満たされていた.
一矢さんが私に話しかけてきた.
「奈緒子, お待たせ. 何かあったか? 」
彼の声には, いつもの甘ったるさが混じっていた.
私は無表情で彼を見上げ, 何も見ていないかのように振る舞った.
私の顔には, 何の感情も浮かんでいなかった.
彼は, 私の心の奥底を知る由もない.
一矢さんは私の反応を見て安堵したようだった.
彼は, 私が何も知らないと思い込んでいる.
彼の自己欺瞞が, 私には全て見透かされていた.
一矢さんがシャワーが終わったことを伝えた.
私は彼に背を向けたまま, 何も答えなかった.
私たちの間に, 深い溝ができていた.
私は立ち上がり, ドアを開けたところで, 一矢さんが友人と電話しているのが聞こえた.
彼の声は, 怒りに満ちていた.
私の心臓は, さらに激しく鼓動し始めた.
一矢さんは友人に投稿削除を怒鳴りつけ, 私に知られないよう指示していた.
「おい, なんで動画をアップしたんだ! 奈緒子に見られたらどうするんだ! 」
彼の焦燥感が, 私には全て伝わってきた.
友人は投稿削除を報告し, お祝いの場に誘っていた.
「もう削除したよ. で, 今から打ち上げなんだけど, 来るだろ? 」
彼らの声には, 楽しげな雰囲気が混じっていた.
私の心は, さらに冷え切っていく.