話 2
「もし、このクソみたいな列があと二分動かなかったら、私、帰るからね」と彼女は言いながらコートで体を包み、友達が『見栄えが悪い』とコートを着てくるのを辞めさせようとしても、先を見込んで着て来たことをよかったと思った。
その時、店の入り口の前でランボルギーニが音をたてて止まり、それに続きフェラーリとポルシェも止まった。 周囲にあるオフィスタワーと同じくらい背が高く、ファッション雑誌からそのまま飛び出てきたような男性陣がその三台の車から降りてきて、バレーサービスの駐車係に彼らの車の鍵を投げ渡し、ドアに向かって歩いて行った。
なかなか進まない長蛇の列のせいか、ここ数週間のストレスのせいか、エデンは長身の六人が列を無視して中に入って行こうとしているのを見て、我慢の限度に達し、 何も考えず、列から歩き出て友達を引き連れ入り口に押し寄せて行った。
彼女はとても背の高い赤毛の男の肩を軽くぽんとたたくと、彼と一緒にクラブに入れるように甘い言葉で話しかけようとしたが、 向こうが振り返って彼女を見ると、太い眉毛を不番そうにひそめた。
エデンは息を飲むように一瞬硬直し、考えをまとめるため軽く息をしたが、 その髪が炎のように明るい赤毛だったので、目は緑色だろうと彼女は思っていたが、 まさか、デニムブルーだとは思っておらず、 その目に惹きつけられていく自分に、更にどうしていいかわからずにいた。
「エデン、面倒ごとだけは起こさないで」シエナは歯を食いしばりながら、彼女の腕を引っ張った。
しかし、エデンは上品ぶる必要はないと思っており、 自分がバカなことをしているとは思わなかった。
彼女はタワーのように背の高い男に合わせるように思い切り背伸びをしたが、 ジミーチュウのハイヒールを履いていても、まだ彼を見上げなければならなかった。
「どうしたの?」 彼は半径一キロ圏内にいる女性のパンティーをも溶かしてしまうほどの甘い声で尋ねた。
それに加え、彼は割れ顎も持っている。 この五十秒ほどの間彼が話したり微笑んだりしたときだけはっきり見えるような、それほど目立つわけでもない割れ顎だが、彼をより一層魅力的に引き立たせた。
「どうしたも何もないわ」とエデンは彼に嫌悪感が少し入った冷たい態度を取った。 彼がこんなに魅力的なんてズルいわ。
「ならよかった」 彼は肩をすくめ、とても歯並びの良い笑顔を見せた。 その歯はまるで化粧板のように白く、 凄腕の歯科医がいなければ、こんなに素敵な歯は存在しないような、 そんな歯だった。
「もう俺のことを見るのは十分だったらーー」
エデンは、自分が彼のそんな所に気を引かれていることに苛つき、彼のおこがましいまでのエレガントさにさっきより嫌悪感が増していた。
「ここにいる人たちが見える?」 彼女は彼を睨みつけ、終わりのない列を指さした。 「みんな一時間以上待っているのよ。 なのに、並ばずに入ろうなんてそうはさせないわ」
「お姫様、俺を止めるのか?」 彼の赤さび色の眉毛が下がり、その目は何かを楽しんでいるように輝き、カルバン・クラインのモデルをしている彼の友達はせせら笑っており、 エデンは自分の小さくか弱い拳で、そのにやけた顔を消してやりたかったが、 一応教育を受けてきた良識人なので、 自分の主張を確かめるために力を使う必要はなく、 言葉も同じように説得力があると思い、やはりその衝動を抑えた。
話 3
「あなたにも良識があるんだったら、正しいことをして他のみんなのように並んで待つはずよ」 彼女は黒縁メガネの後ろにある目を激しく瞬かせながらそう言った。
二人の周りに集まっていたわずかな人々が黙り込み、 エデンの友達は彼女の腕をぐいぐい引っ張っていた。 しかし、彼女は今夜のことも含めて全てのことにうんざりしており、親切そうにかがみこんで目線を合わせてくるこの赤髪に威圧されるのも嫌だった。
「だったら、俺は今は礼儀正しくないってことなのか?」 そう言いながら彼は彼女の顔に冷たいミントの吐息を吹きかけて肩をすくめ、クラブの警備人の方を向いた。
そして彼は、厳つい警備の男と軽く言葉を交わし、自分の友達を呼び寄せて彼女たちを手招きした。 「彼女たちも一緒だ」
エデンがその言葉の意味を理解する暇もなく彼らは皆クラブ内に入っており、汗まみれで体を躍らせている大勢の人込みの中を歩いていた。
彼女は薄暗い場内に数秒をかけて目を慣らすと、 VIPブースを覗き込んでいる男を前方に見た。
自分たちを中に入れてくれたことに感謝するべきだろうか? そんなことはない。彼女は首を振った。 中に入れた今、足先と尻のしびれがなくなったのは嬉しかったが、他の人たちと同じように列に並んでいてもよかったのだ。
「ああ、エデン様! 一生の借りが出来たわ。 今夜は私たちの奢りよ!」 カサンドラは頭を下げながら、手を合わせて祈っているかのような仕草をした。
リディアはくすくす笑っていたが、カサンドラを見て大笑いした。 「私たちみんなのために、自分一人を囮にした壮挙、決して忘れない! て言うか、私だったらリアムに近づいていく勇気はないけどね」
「彼の名前なの?」 とエデンは、友達のおしゃべりなど気にせずに聞いた。 「赤」の方が彼に合っているのに、と彼女は思った。
彼女は顔を上げ、クラブ内を見回して空いている席を探したが、 バーにあるスツールを除きどこも空いているテーブルはなく、 黒のミディドレスに合わせた可愛らしいヒールのおかげで足が痛くてしょうがなかった彼女は、どうしてもどこかに座りたかった。
「リアムはこのあたりの王族のようなものなのよ。 絶対どこかで彼のことを聞いたことがあるはずよ」とシエナはべらべらとしゃべり始めた。 「彼はモータースポーツのドライバーでね、物凄くクレイジーなパーティーを開くんだけど、三か月ルールがあるのよ。 彼ね、三か月以上女性と付き合わないのよ」
「なんて可愛らしい男なの!」 エデンはぼんやりしながらうなずいたが、正直言って彼のことは聞いたことがない。 ロックユニオンの社交会を気に留めたこともなかった彼女のことだから、知らなくても当然だ。
彼女はバーの空いているスツールを見つけると、目を輝かせた。 酔っぱらった馬鹿どもが引き寄せられているような場所なので、決していい席とは言えないが、まずは足を休ませないといけない。
「行こ」と彼女はシエナの手を取り人込みの中を押し進んでいくと、カサンドラとリディアがすぐ後ろをついて来た。
「一杯目は私の奢りね!」 リディアはバーテンダーを呼び寄せるために、音楽に負けない大声を張り上げた。
その日の夕方、彼女たちはテキーラショットと噂話から始まり、それからカクテルを飲みながら更にスキャンダル話に移っていった。 リディアは、撮影クルーの照明係の一人と関係を持っており、耳を傾ける人がいれば、彼の膨れ上がった部位の話をするのを躊躇しなかった。