2

倉田恵美 POV:

真弘の言葉が, 私の全身を硬直させた. 目の前が真っ暗になり, 心臓が鉛のように重く沈んだ. 自分で何とかしろ, か. この状況で, 私にどうしろというのだろう. 私は, もう笑うことしかできなかった.

「私が, 生きて家に帰れるとでも思ってる? 」

私は, 自嘲気味に呟いた. だが, 真弘は私の言葉に答えることなく, 一方的に電話を切った. 冷たい風が, 私の頬を叩きつけた.

私と真弘の関係は, 常に一方的なものだった. 私が彼に与えるばかりで, 彼は私から何も受け取ろうとはしなかった. 私の愛は, 彼にとって, ただの重荷だったのだろうか.

私が真弘を好きになったのは, もう十年も前のことだ. 彼に片想いをして, ずっと彼の傍にいた. 彼の笑顔を見るだけで, 私の心は満たされた.

そんなある日, 真弘は山で事故に遭い, 意識不明の重体となった. 医師からは, 「一生, 歩けないかもしれない」と告げられ, 彼の未来は絶望的だった. 彼の元恋人は, そんな彼を見捨てて去っていった.

誰もが彼から離れていく中, 私は彼の傍に寄り添った. 彼の入院生活を支え, 献身的に世話をした. 毎日, 彼の病室に通い, 彼の手を握り続けた. 私の愛が, 彼を救うことができると信じていた.

私の献身的な行動が, 真弘の心を動かした. 彼は, 私の愛を受け入れてくれた. 私たちは, 恋人として, 新たな関係を築き始めた. あの頃の私は, 本当に幸せだった.

私は, 真弘の愛が本物でなくても, 私が彼をもっと深く愛すれば, いつか彼も私を同じように愛してくれると信じていた. 私の心は, 彼の愛に飢え, 彼に全てを捧げようとしていた.

私が妊娠した事実を真弘に伝えるために, 私は特別な日を選んだ. 彼との出会いを祝う記念日だ. 私は, 真弘の好きなお料理をたくさん作り, 部屋を飾り付けた. 彼が帰ってくるのを, 心待ちにしていた.

夕方から待っていたが, 真弘は帰ってこなかった. 時計の針は, 深夜を過ぎていた. 私は, 不安と焦燥に駆られ, 何度も真弘の携帯に電話をかけた.

「ごめん, 恵美. 急な仕事が入ってしまって. もう少し時間がかかりそうだ」

真弘は, 申し訳なさそうに言った. だが, 彼の声には, どこか嘘のような響きがあった.

「本当?  何かあったの? 」

私は, 真弘の言葉を疑った. だが, 彼は私の疑いを否定した.

「ないわけないだろ. お前は俺を信じられないのか? 」

真弘は, 私を責めるように言った. その言葉に, 私は何も言い返すことができなかった.

「いつ帰ってくるの? 」

私は, もう一度尋ねた.

「分からない. 多分, 朝には... 」

真弘は, 曖昧な返事をした. 私は, 彼の言葉に絶望した.

私は, 真弘が帰ってくるのを信じて, 何度も料理を温め直した. 食卓には, 温め直された料理が並んでいる. 真弘が, この料理を食べてくれることを願って, 私はひたすら待っていた.

その時, 私の携帯電話が鳴った. 綾からの通知だ.

綾は, 真弘と一緒に楽しそうにしている写真をSNSに投稿していた. 彼らは, まるで恋人のように寄り添い, 幸せそうに笑っていた. その写真を見た瞬間, 私の心臓が凍りついた.

真弘が, 私に嘘をついていたのだ. 彼は, 私との記念日を忘れ, 綾とデートしていたのだ. 私は, 真弘が綾にプレゼントを渡している写真も見つけた. 彼は, 私には一度もプレゼントをくれたことがなかったのに, 綾には惜しみなく与えていた.

私は, その夜, 一睡もできなかった. 涙が止まらず, 枕は濡れてしまった. 私の心は, まるでナイフで切り裂かれたかのように, 深く傷ついていた.

深夜, 真弘が帰ってきた. 彼の体からは, お酒の匂いと, 甘い女性の香水の匂いがした. 私の心は, さらに深く沈んだ.

「真弘, どこに行ってたの? 」

私は, 震える声で尋ねた. 真弘は, 私の目を見ようとしなかった.

「友達と飲んでたんだ. 急な仕事で帰れなかったから, 気分転換に」

真弘は, 平然と嘘をついた. 食卓に並んだ料理を見ても, 彼は何も言わなかった.

「嘘よ!  綾と一緒だったんでしょ! 」

私の感情は, 爆発した. 私は, 真弘に怒りをぶつけた.

「記念日なんて, どうでもいいだろ. そんなことより, 綾が体調を崩してるんだ」

真弘は, 私の言葉を冷たく突き放した. 彼は, 私の気持ちを全く理解しようとしなかった.

「綾が, 日本に帰ってきたの? 」

私は, 震える声で尋ねた. 私の心は, 恐怖でいっぱいだった.

真弘は, 私の質問に答えることなく, 突然, 冷たい目を私に向けた.

「俺は, お前を愛してると言っただろう?  それ以上, 何を望むんだ? 」

彼の声は, まるで氷のように冷たかった.

私は, 真弘の体をどれだけ手に入れても, 彼の心は永遠に私のものにならないことを悟った. 私の心は, 絶望で粉々に砕け散った.

真弘は, 私を一人置き去りにして, 寝室へと向かった. 私は, その場でただ涙を流すしかなかった. 私の心は, 深い闇に包まれていた.

その夜, 再度, 綾から電話がかかってきた.

「真弘さん, 私, 胸が苦しいの... 」

綾は, 弱々しい声で真弘に助けを求めた.

真弘は, 睡眠不足で疲れているにもかかわらず, すぐに綾の元へと駆けつけた. 彼は, 私を置き去りにして, 綾の病院へと向かった. 私の心は, さらに深く傷ついた.

過去に一度, 私は真弘を止めようとしたことがある. その時, 真弘は私を突き飛ばし, 壁にぶつけた. その時の傷は, 今でも私の体に深く刻まれている. 彼は, 私を愛していると口では言いながら, 私を傷つけることにも何の躊躇もなかった.

3

倉田恵美 POV:

「お前は, 俺の邪魔をするな! 」

真弘は, そう叫びながら, 私の腕を強く掴んだ. 彼の目には, 怒りの炎が燃え上がっていた. 私は, 彼の腕を振り払おうとしたが, 彼の力には敵わなかった.

真弘は, 私を突き飛ばした. 私の体は, コントロールを失い, 近くにあった鋭利な角に激しく打ち付けられた. 激痛が全身を貫き, 視界が真っ白になった. 今でも, その時の傷跡は私の腕に残っている. 彼が私を傷つけた証拠だ.

「二度と, 俺の邪魔をするな. さもなければ, 次はどうなるか分からないぞ」

真弘は, 冷たい声で私に警告した. 彼の目には, 何の反省の色もなかった. 彼は, 私を傷つけたことに何の罪悪感も抱いていないようだった.

あの時, 私は愚かにも, 自分が悪いのだと思ってしまった. 私が真弘を怒らせたから, 彼が私を傷つけたのだと. 私は, 彼に嫌われたくなくて, 彼に愛されたくて, 自分を責め続けていた.

だが, 今なら分かる. 愛は, そんなものではない. 愛は, 相手を傷つけるものではない. ただ, 愛があるか, ないか. それだけなのだ. 真弘には, 私への愛がなかった. ただそれだけだった.

私の愛は, 一方的なものだった. 私が彼に与えるばかりで, 彼は私から何も受け取ろうとはしなかった. 私は, 彼にとって, ただの都合の良い存在だったのだろう. そして, 私はその中で, 完全に敗北したのだ.

突然, ゴォォォォォォォォォォォォ!  という耳をつんざくような激しい爆発音が, 私の耳に響いた. 私は, あまりの音の大きさに, 思わず耳を塞いだ. 何が起こったのか, 理解できなかった.

私は, 恐怖で叫び声を上げた. 何が起こったのか分からず, ただ空を見上げた. そこには, 信じられない光景が広がっていた.

私たちの乗っていた熱気球が, 炎に包まれていた. 火の手は, あっという間に全体を覆い尽くし, 真っ赤な炎が空に舞い上がっていく. 熱気球は, 燃え盛る炎の中で, みるみるうちに高度を下げていった.

「真弘!  熱気球が燃えてる!  助けて! 」

私は, 必死に真弘に電話をかけた. もう, 彼しか頼る者がいなかった.

「恵美, また何か言ってるのか?  俺は今, 忙しいんだ. お前が燃やしたとでも言いたいのか? 」

真弘は, 私の言葉を遮るように言った. 彼は, 私の言葉を信じようとしなかった. いや, 彼は聞こうともしなかった.

「違うの!  本当に燃えてるの!  早く来て! 」

私は, 必死で真実を伝えようとした. だが, 真弘は私の言葉を信じようとしなかった. 彼は, 私を信じるよりも, 綾を信じる方を選んだ.

「綾が今, 体調を崩して病院にいるんだ. お前なんかに構ってる暇はない」

真弘は, そう言い放つと, 一方的に電話を切った. 私の心は, 絶望の淵に突き落とされた.

私と真弘の関係は, 常に彼が主導権を握っていた. 私は, 彼の言葉に逆らうことはできなかった. 彼の言葉は, 私にとって絶対だった. だが, もう, そんな時代は終わったのだ.

その時, 私の携帯電話に再び通知が来た. 綾からのSNS投稿だ.

綾は, 真弘と一緒に, 高空飛行を楽しんでいる写真を投稿していた. 彼らは, 病院にいるはずの綾が, どうしてこんなことを?  私の心は, 激しく動揺した.

綾の投稿には, 真弘と二人で楽しそうに笑っている動画も添えられていた. 彼らは, 病院にいるはずなのに, まるで何も起こっていないかのように, 楽しそうに笑っていた. 私の心は, 絶望に打ちひしがれた.

動画を最後まで見る前に, 炎が私のすぐ傍まで迫っていた. 熱気が, 私の肌を焼く. 私は, 焼死するか, それともこのまま落下して死ぬか, どちらかを選ばなければならなかった.

私は, お腹をそっと撫でた. 涙が, 視界を覆い尽くす. この子だけは, 私と同じ運命を辿らせたくなかった.

「ごめんね, 赤ちゃん. ママは, もうどうすることもできないの」

私は, 震える声でそう告げた. 私の心は, 悲しみでいっぱいだった.

私は, 真弘に最後のメッセージを送った.

「もう, あなたとは終わりにします. どうか, 幸せに」

私は, そうメッセージを送った後, 熱気球から身を投げた.

身体が, 宙を舞う. 落下する感覚が, 私を支配する. 私は, 目を閉じ, 全てを受け入れた.

次の瞬間, 私の魂は, 私の身体から離れた. そして, まるで幽霊のように, 私は病院に立っていた.

真弘と綾が, 親密そうに寄り添っていた. 彼らは, まるで恋人のように, お互いのことを心配し合っていた. 私の心は, さらに深く傷ついた.

「真弘さん, 私, 胸が苦しいわ... 」

綾は, 弱々しい声で真弘に訴えた. 真弘は, 綾を優しく抱きしめ, 額にキスをした.

「恵美さん, どうしてるかしら?  さっき電話があったんだけど, 何があったのかしら」

綾は, 心配しているような顔で言った. だが, 彼女の目には, 冷たい光が宿っていた.

「恵美なら, 大丈夫だろ. いつもそうだ. 俺を困らせるのが好きなんだ」

真弘は, 私のことなどどうでもいいと言いたげな顔で言った. 彼は, 私のことなど, 何も気にしていなかったのだ.

「あの熱気球が燃えたって話だけど, 恵美が何かしたのか?  あいつはいつもそうだ. 俺を困らせる」

真弘は, 私のことを見下すように言った. 彼は, 私が熱気球を燃やしたとでも思っているのだろうか.

「まさか, そんな. でも, 恵美さんなら, やりかねないわ」

綾は, 真弘の言葉に同調するように言った. 彼女の顔には, 冷たい笑みが浮かんでいた.

「恵美は, 昔からああだ. すぐに拗ねるんだ. 放っておけば, 勝手に家に帰ってくるだろ」

真弘は, そう言って, 綾の頭を優しく撫でた. 彼は, 私のことを信じようとしなかった.

「真弘さん, まさか, 恵美さんが... 」

綾は, 心配そうな顔で言った. だが, 彼女の目には, 冷たい光が宿っていた. 彼女は, 私が死んだことを, 心底喜んでいるようだった.

「救助隊からの連絡だと, 熱気球が燃えたのは, 山頂付近だそうだ. 恵美は, あそこにいたからな」

真弘は, そう言って, 綾の目を見た. 彼の目には, 何の感情もなかった. 彼は, 私が死んだことなど, どうでもよかったのだ.

「綾, 君だけは, 俺が守る. 君の命が, 一番大事なんだ」

真弘は, そう言って, 綾を抱きしめた. 彼の目には, 綾への深い愛情が宿っていた. 私の心は, 絶望で粉々に砕け散った.

私の命は, 彼にとって, 何の価値もなかったのだ. 私が二年もの間, 彼に尽くしてきた愛は, 彼の心には届かなかったのだ. 彼の心は, ずっと綾のものだったのだ.

真弘は, 綾のために仕事を休もうとしたが, 上司に厳しく叱責された.

「中島, 君はまた, 綾さんのために仕事を休むのか!  君の仕事は, 山岳ガイドだぞ!  いつまでそんなことをしている! 」

上司は, 真弘を怒鳴りつけた. 真弘は, 上司の言葉に何も言い返すことができなかった.

私は, 真弘の後を追って, 彼の仕事場へと向かった. そこで, 私は信じられない光景を目にした.

「中島!  君はまた, 客を危険な場所に連れて行ったのか!  あの場所は, 遭難事故が多発している場所だぞ! 」

上司は, 真弘を怒鳴りつけた.

「あの場所は, 風が強く, 熱気球の着陸には不向きだ. ましてや, 遭難事故が多発するような場所で, 熱気球を飛ばすなど, 狂気の沙汰だ! 」

上司は, 真弘の行動を厳しく非難した.

「彼女は, 俺の婚約者で, 俺の友達です. それに, 彼女は経験豊富な登山家だ」

真弘は, 上司の言葉に言い訳をした.

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凍える山に消えた私の愛

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