話 2
天堂 希 視点:
弁護士事務所を出ると、私は深く、落ち着いた息を吸い込んだ。
朝の澄んだ空気も、血管を流れる炎を冷ますには至らない。
書類には署名した。
手続きは始まった。
もう後戻りはできない。
私は「カフェ・ラ・リュンヌ」へ向かった。
アキトと初めてデートした、小さなカフェ。
私たちの場所だった。
オーナーの、マリアさんという優しそうなおばあさんは、私を見ると顔を輝かせた。
「希ちゃん、まあ!輝いてるわね!」
彼女は駆け寄ってきて、私を抱きしめた。
「昨日、アキトさんが来て、うちのレモンタルトを全部買っていったのよ。あなたが食べたがってるって。あの人は本当にあなたを甘やかしてるわね」
私は無理に笑ったが、目の奥が焼けるように熱かった。
甘やかす。
そう、彼は私に美しい檻を建て、絹と金で内装を施した。
一筋の涙がこぼれ、冷たい軌跡を描いて頬を伝った。
「あら、どうしたの?」
マリアさんは心配そうに眉をひそめた。
私が答える前に、影が私たちのテーブルに落ちた。
「これは、あなたのものだと思いますわ、新田夫人」
見上げると、そこには小山内佳奈の、見せかけの無邪気さで大きく見開かれた瞳があった。
彼女は椅子を持っていた。
「天堂様専用」と書かれた真鍮のプレートがついた、私の椅子。
彼女はそれを、甘ったるい笑顔で自分の隣に置いた。
「改めて、いろいろとありがとうございました」
彼女の声は、偽りの感謝で満ちていた。
「アキトさんは本当に寛大で。新しいアパートまで用意してくださったんです。あなたの最大のプロジェクトを救った後では、これくらいは当然だとおっしゃって」
また嘘。
些細な嘘だが、それは石のように私の腹に落ちた。
アキトは、彼女に現金でボーナスを渡したと私に言っていた。
アパートのことなど一言も触れていなかった。
佳奈は分厚い茶封筒をテーブルの上で滑らせた。
「これ、お持ちになった方がいいと思って」
留め金を外す手が重く感じた。
中には、何十枚もの光沢のある写真。
彼女とアキトの写真。
私たちのベッドで。
彼のオフィスで。
彼の車の後部座席で。
それらは生々しく、親密で、最大限の苦痛を与えるために作られていた。
一枚一枚が正確な切り傷のように、私の過去との繋がりを断ち切っていく。
私は一枚一枚、表情を変えずに見つめた。
見終わると、きちんと重ねて封筒に戻した。
何も感じなかった。
そんな痛みを感じる部分は、昨夜、暗い警備室でざらついたモニターを見つめているうちに死んでしまった。
「彼は私に夢中なの」
佳奈は身を乗り出し、共犯者のように囁いた。
「こんな気持ちになったのは初めてだって。あなたのことは…冷たいって。美しい彫像みたいだって。賞賛はできても、愛することはできないって」
彼女はにやりと笑った。
「でも、心配しないで。あなたはきっと素晴らしい元妻になるわ。新田夫人という響きも素敵だけど、天堂夫人と呼ばれるのも、すぐに慣れるでしょうね」
「全部あなたのものよ」
私は落ち着いた声で言った。
「その名前も、その男も、その人生も。どうぞ、お好きに」
彼女の笑顔が揺らぎ、一瞬の怒りに変わった。
私の冷静さが、彼女の勝利を台無しにしている。
彼女はアイスコーヒーを掴んだ。その指の関節は白くなっている。
明らかに私に投げつけようとしていた。
しかし、彼女の視線がドアの方へ向かい、その表情は一瞬で変わった。
怒りは消え、純粋な、芝居がかった恐怖の表情に取って代わられた。
喉の奥から叫び声を上げると、彼女はコーヒーカップを自分の白いブラウスの胸元に全部ひっくり返した。
「希さん、ひどい!」
彼女は叫び、目に涙を浮かべた。
カフェのドアが勢いよく開いた。
アキトだった。
彼はその光景――落ち着いて乾いている私と、泣きじゃくりながら茶色い液体でびしょ濡れの佳奈――を見て、顔を硬くした。
しかし、彼は彼女のもとへは駆け寄らなかった。
私のところへ駆け寄った。
「希、大丈夫か?」
彼は私の肩に手をやり、怪我がないか確かめるように私をスキャンした。
「彼女に何かされたか?何があったんだ?」
「彼女が…私にコーヒーをかけたの!」
佳奈は床から泣き叫んだ。お腹を押さえながら。
「私があなたを奪おうとしてるって!」
アキトは彼女に氷のような視線を送った。
「出ていけ、佳奈」
彼は危険なほど低い声で命じた。
「二度と俺の妻に近づくな」
彼は私を支え、腰にしっかりと腕を回し、カフェから連れ出した。
床で泣き崩れる佳奈を置き去りにして。
彼は私を家まで送り届け、その眉間には完璧な心配の演技が刻まれていた。
「信じられないな、あいつがそんなことをするなんて」
彼は呟きながら、私を真っ白で清潔なリビングへと導いた。
「俺が何とかする。明日、あいつをクビにしてやる。俺の家族を脅かす奴は誰であろうと許さない」
「疲れたわ、アキト」
私は平坦な声で言った。
「私のアトリエに行きたい」
そこは彼がめったに入らない、私の聖域だった。
「もちろんさ、ベイビー。行って休んで」
彼はドアまでついてきて、事態を収拾すると、私のために復讐すると約束した。
後でフットマッサージをしてやろうかとさえ申し出た。
愛情深く、献身的な夫。完璧に役を演じている。
骨の髄まで染み渡るような疲労感に襲われた。
ただ眠りたかった。
現実の悪夢から逃れたかった。
彼は一杯の水を運んできた。その手つきは私の腕に優しく触れた。
「ほら、これを飲んで。脱水症状みたいだ」
私は何も考えずに飲んだ。
水にはかすかな苦味があったが、疲れていて気にも留めなかった。
アトリエの長椅子に横たわると、重く、不自然な眠りが私を引きずり込んだ。
真夜中に、腹部の焼けつくような痛みで目が覚めた。
息を奪うような、激しくねじれる痙攣。
アキトを呼んだが、返事はなかった。
私はお腹を押さえながら、よろめきながらアトリエのドアへ向かった。
外から鍵がかかっていた。
パニックが喉を締め付ける。
閉じ込められた。
私は何度も彼の名前を叫び、重いオーク材のドアを拳が擦り切れるまで叩いた。
痛みは増し、容赦ない、燃えるような苦痛が視界に黒い斑点をちらつかせた。
足の力が抜け、私は床に崩れ落ちた。
世界が痛みの渦に溶けていく。
私の最後の意識は、お腹の赤ちゃんへの祈りだった。
目が覚めると、消毒液の無機質な匂いが鼻をついた。
私は無菌の白い部屋にいて、腕には点滴が繋がれている。
廊下から、低く、切迫した声が聞こえてきた。
アキトと、佳奈の声だった。
「これで満足か?」
アキトの声は苛立ちで張り詰めていた。
「お前が望んだ通り、あいつの水に鎮静剤を入れた。一晩中ぐっすりだったぞ。これで俺がお前を愛してるって証明になるか?」
「そうしなきゃダメだったのよ」
佳奈の声は、勝ち誇った猫なで声だった。
「あの子には思い知らせる必要があったの。私を辱めて、ただで済むわけないじゃない」
世界が静かになった。
肺の中の空気が氷に変わる。
鎮静剤。
彼は私に薬を盛った。
妊娠中の妻に。
すべては愛人をなだめるため。
私が犯してもいない罪のために、私を罰するため。
生の、原始的な叫びが胸の奥で膨れ上がったが、私はそれを飲み込んだ。
代わりに、手のひらに爪を立て、柔らかい肉に深い三日月を刻んだ。
その鋭い痛みが、痛みの宇宙の中で私を現実に引き戻す焦点となった。
ドアがきしんで開き、アキトが入ってきた。その顔は心配そうな献身の仮面をかぶっている。
彼は私の開いた目を見て、駆け寄ってきた。
「希!ああ、ベイビー、目が覚めたんだな。本当に心配したんだぞ」
話 3
新田 彰人 視点:
彼女の目が開いているのを見た瞬間、パニックに襲われた。
その目は俺を捉えていたが、そこにはいつも俺の支えだった温かさも愛もなかった。空っぽだった。
「希」
俺は囁いた。声がひび割れる。
「ベイビー、目が覚めたんだな。死ぬほど心配したんだぞ」
俺は手を伸ばし、親指で優しく彼女の頬を撫で、見えなかった涙を拭った。
彼女の肌は冷たかった。
罪悪感と恐怖の波が押し寄せる。
俺は何てことをしてしまったんだ?
どうしてこんなに馬鹿で、無謀だったんだ?
ただの軽い鎮静剤だった。彼女を眠らせて、カフェでの騒ぎの後で落ち着かせるための。
佳奈があまりにもしつこく、取り乱していたから。
彼女は泣き、忠誠を証明しなければ俺たちのことを暴露すると脅した。
一瞬の弱さで、彼女を黙らせたい一心で、俺は同意してしまった。
「本当にすまなかった、希」
俺は声を詰まらせ、彼女のベッドの横に膝をついた。
ぱりっとした白いシーツに顔を埋め、体は作り物の嗚咽で震えた。
「仕事で急なトラブルがあって、行かなきゃならなかったんだ。アトリエのドアを鍵かけたのは、何も考えずに…来客があるときに、君の作品を守るためのただの癖なんだ。家に帰ったら、君が倒れてて…本当に、本当にすまなかった」
嘘は口の中で灰のような味がしたが、必要な嘘だった。
彼女を失うわけにはいかない。
今も、これからも。
彼女は完璧な妻で、俺の子供にとって完璧な母親だ。
俺が築き上げた完璧な人生の礎なのだ。
俺は彼女を見上げた。懇願するような目で。
彼女の視線は不気味なほど揺るぎなかった。
沈黙が、言葉にならない非難で満ちていく。
彼女は俺を信じるはずだ。
彼女は俺を愛している。
いつも俺を許してくれた。
それから数日間、俺は彼女のそばを離れなかった。
スープをスプーンで飲ませ、彼女の好きな詩を読み、俺たちの最も幸せだった瞬間の話を語り聞かせた。
俺は完璧で、悔い改めた夫だった。
そしてゆっくりと、彼女の目の氷が溶け始めるのが見えた。
少なくとも、そう思っていた。
そんな時、ロンドンのオフィスから電話があった。
俺がすぐに行かなければならない危機的状況だという。
「行かなきゃならないんだ、ベイビー」
俺は彼女の額にキスをした。
「ほんの数時間だ。すぐに戻ってくるから」
彼女はただ頷いた。目は閉じたまま。
俺は病院を出て、まっすぐ佳奈に会いに行った。
彼女は個人のクリニックで待っていた。顔は青白い。
「妊娠したの、アキトさん」
彼女は囁いた。目は大きく見開かれている。
世界が止まった。
もう一人の子供。
息子かもしれない。
俺の息子。
勝ち誇ったようなプライドが体を駆け巡った。
俺、新田彰人は、二つの新しい命を創造し、俺の血筋を二重に確保するほど、力強く、精力的だったのだ。
俺は片膝をつき、無意識に彼女の平らな腹に手をやった。
「赤んちゃん」
俺は息を呑んだ。自分でも驚くほど純粋な驚きに満ちた声で。
「俺たちの赤ちゃん」
俺はすべてを手に入れる。
完璧な妻と、刺激的な愛人。
正当な後継者と、秘密の愛の結晶。
完璧だった。
俺は勝ち誇った空想に浸りすぎて、廊下の影に気づかなかった。
そこに希が立っていることに気づかなかった。
青白く、感情のない仮面のような顔で、俺の演技のすべてを見ていることに。
天堂 希 視点:
彼が彼女の前にひざまずき、純粋で混じりけのない喜びに満ちた表情を浮かべるのを見ていた。
それは、私が妊娠を告げた時と同じ表情だった。
同じ優しい畏敬の念、同じ独占的なプライド。
それはユニークなものでも、特別なものでもなかった。
彼が演じる脚本であり、彼はただ新しい主演女優を見つけただけだった。
すでに修復不可能なほど粉々に砕け散ったと思っていた私の心は、どういうわけか、さらに砕ける方法を見つけた。
携帯が震えた。
佳奈からのメッセージ。
それは、新築の建物の写真だった。
ガラスと鋼鉄でできた、洗練されたモダンな建物。
私のデザイン。
私が何か月もかけて取り組んできた、アキトへのサプライズのつもりだったプライベートアートギャラリー。
その下のテキストにはこう書かれていた。
「彼が私のために建ててくれたの。私のアートを飾る場所。そしてもうすぐ、私たちの息子が遊ぶ場所になるわ。彼はここを『カオリ・センター』って呼んでる」
感覚が麻痺していく。
私はタクシーを拾い、モノトーンの声で住所を告げた。
私が到着したとき、パーティーは最高潮に達していた。
アキトの友人たち、私たちの友人たちが、皆そこにいた。
彼らは佳奈を囲み、笑い、祝い、彼女のお腹に触れていた。
皆知っていたのだ。
私たちの人生に関わるすべての人、私が信頼していたすべての人が、この嘘に加担していた。
私だけが馬鹿だった。
「気性の激しい子だな」
アキトのパートナーの一人が、彼の背中を叩きながら言った。
「男の子に違いない。息子が二人になるな、アキト!昼用と、夜用と!」
群衆は笑いに包まれた。
アキトは微笑み、佳奈の肩を庇うように抱いた。
「どうかな」
彼は得意げな声で言った。
「昼間は妻を幸せにしてやらなきゃならんが、俺の夜は…」
彼は佳奈にウィンクした。
「俺の夜は、俺の女王様のものだからな」
彼らは自分たちのことについて話した。
夜のこと。
彼が彼女にしたこと。
彼女が出した声。
彼らの不倫の親密な詳細が、私たちの親しい友人たちのためのパーティーの雑談として提供されていた。
私の手は、群衆の上に吊るされた大きな、華麗なシャンデリアに向かった。
私がイタリアから取り寄せた特注品。
私はその欠陥を知っていた。
それを吊るす鎖の、正確な構造的弱点を知っていた。
自分でも知らないほどの力で、私はベルベットのカーテンの後ろに隠されたメンテナンス用のウインチを見つけた。
それを鋭く、決定的に引いた。
金属がきしむ音がし、そして不快な破裂音がした。
巨大なクリスタルのシャンデリアが揺れ、そして落下した。
それは、まっすぐ私に向かっていた。
その一瞬、アキトの頭が跳ね上がるのが見えた。
混雑した部屋の向こうで、私たちの目が合った。
彼の顔にパニックが広がる。
彼は私に向かって走り出した。喉の奥から叫び声が迸る。
「希!」
しかしその時、佳奈が叫んだ。
甲高く、突き刺すような恐怖の音。
アキトの体がよろめいた。
彼は止まった。
彼は振り返った。
彼は彼女を選んだ。
世界がクリスタルと光のシャワーの中で爆発した。
白熱した、絶対的な痛みが私を飲み込む。
暗闇が私を連れ去る前に見た最後のものは、自分の体で佳奈を庇い、私の世界が崩れ落ちる中、私に背を向けたアキトの姿だった。
私は持ち上げられていた。周りの声はくぐもった轟音のようだった。
担架に乗せられている。
アキトは失神した佳奈を抱き、優しく揺らしていた。
「彼女は大丈夫か?」
彼は救急隊員に尋ねていた。その声は必死だった。
「彼女を先に診てくれ!妊娠してるんだ!」
彼らは私を彼のそばから運び去ろうとした。
「待て」
彼は担架の前に立ちはだかり、命じた。
その顔は雷鳴のような仮面だった。
「新田さん、奥様は重傷です」
救急隊員の一人が、彼を押し通ろうとしながら言った。
「行かなければ」
「ダメだ」
アキトの声は鋼鉄のようだった。
彼は手を伸ばし、私を担架から引きずり下ろした。
私の体は冷たい大理石の床に衝撃と共に叩きつけられた。
頭が地面に打ち付けられ、部屋が激しく回転する。
「彼女は待てる」
彼は唸り、意識のない佳奈を腕に抱き上げた。
「佳奈を先に手当てしろ。俺の息子が、この子のお腹にはいるんだ」
彼は私の担架を押しやり、自分の血の海に横たわる私の壊れた体を通り過ぎ、彼女を抱いて夜の闇へと消えていった。
私はそこに横たわっていた。口の中は血の味がし、友人たちの笑い声がまだ耳に残響していた。
私が愛した男、私が結婚した男、私の子供の父親は、私の人生を破壊した女のために、私が設計した建物の床で私を死なせようとしていた。
その瞬間、私は悟った。
私が愛したアキトは、本当にいなくなってしまった。
そして彼の代わりに、怪物が立っていた。