話 2
泉 視点:
「玉座を分かち合おうなどと申し出る男に、用はありません」
私の声は、床に散らばったガラスの破片のように冷たく、硬かった。
「私は女王になります。慰みものではなく」
父は私をじっと見つめ、私の顔を探るように見ていた。
そこに揺るぎない決意と、私の骨の髄まで染み込んだ新たな硬さを見出したのだろう。
彼が守り、育ててきた娘が、たった一晩で大人になってしまったことを悟ったのだ。
父はゆっくりと頷いた。
「この裏切りは、お前一人のものではない、泉。森咲組に対する裏切りだ。この私に対する裏切りでもある」
彼の目に何かが宿るのが見えた。見慣れた、危険な光。
それは戦争の前、名誉の借りを返すために血が流される前の、彼の目だった。
「どうしたいか言え」
彼の声は、低く唸るようだった。
「彼らに苦しみを」
私は囁いた。
「彼に、何を失ったのかを思い知らせたい。そして彼女は…彼女には消えてほしい」
「承知した」
と父は言った。部屋の空気が、彼の権威、組長の絶対的な力で張り詰めた。
「奴は追放だ。名前も、力も、すべてを剥奪する。そしてあの小娘は…奴の不忠の代償を払うのを、奴自身の目で見させてやる」
厳しい満足感が、私の胸に広がった。
幸福ではない。だが、崩壊した人生の中で、しがみつける確かな何かだった。
復讐の約束。
書斎を出ようとした時、彼女がいた。
天野沙良。
シンプルな白いドレスに身を包み、まるで無垢の象徴のように廊下を歩いてくる。
私を見ると、彼女の顔は甘く、警戒心を解かせるような笑顔で輝いた。
「泉さん!ちょうど会いに来たところだったんです」
彼女は私に手を伸ばし、抱きしめようと腕を広げた。
まず、まとわりつくクチナシの香りが鼻をついた。吐き気を催す波が押し寄せる。
それは欺瞞の匂い、私の奪われた未来の匂い。
彼女の肌に触れられれば火傷でもするかのように、私は身を引いた。
「やめて」
私の声は、鋭く尖っていた。
彼女は私を見つめ、下唇を震わせ、大きな瞳に作り物の涙を溜めた。
「どうしたんですか?私、何かしましたか?」
そして、彼女は最高傑作の芝居を打った。
不器用な足取りで一歩後ずさり、ありえない角度で足首をひねる。
痛みに満ちた叫び声を上げ、私の足元に壊れた人形のように崩れ落ちた。
「沙良!」
誠の声が廊下の向こうから響いた。
彼は一瞬で現れ、その顔は怒りに満ちていた。
彼は私を見向きもしない。彼の目は、ただ彼女だけを捉えていた。
彼は彼女のそばに跪き、優しい手つきで足首を確かめる。
「何があった?」
遠藤とジンが彼のすぐ後ろにいて、その顔は非難の色で暗かった。
「彼女が…私を押したの」
沙良は涙に濡れた瞳で誠を見上げ、か細い声で言った。
「どうしてか分からない。ただ話そうとしただけなのに」
「私は彼女に触れていない」
私の声は、平坦だった。
その時、誠は私を見上げた。彼の目にある失望は、物理的な打撃のようだった。
『子供じみた真似はよせ』と、彼の視線が語っているようだった。
『なぜ彼女に優しくできないんだ?』
彼は彼女を、まるで重さなどないかのように腕に抱き上げた。
「医者に診せる」
彼はそう呟いた。その声は、ここ何年も私には使われたことのない優しさに満ちていた。
彼は私を一瞥もせずに通り過ぎ、彼の部下たちが忠実な護衛のように後に続いた。
私は一人、廊下に立ち尽くす。彼女の偽りのすすり泣きが、まだ空中に響いていた。
後で、私はバルコニーから下の庭にいる彼らを見ていた。
誠は跪き、優しく沙良の足首に氷嚢を当てている。
彼女は彼に寄りかかり、肩に頭を乗せ、 adoration に満ちた目で見上げていた。
記憶が蘇る。鋭く、不快な記憶。
去年、乗馬中に落馬した時のことだ。
手首が折れ、骨がはっきりと折れる音に、私は痛みのあまり叫び声を上げた。
誠はそこにいた。
彼は私を助けてくれたが、その手つきはためらいがちで、表情には憤りが浮かんでいた。
「パーティーまでにお前が完璧な状態じゃなかったら、親父に俺の首が飛ぶ」
彼はそう呟き、私の腕を掴む力は少し強すぎた。
彼は愛からではなく、義務から私の怪我を手当てした。父に命じられた、義務だった。
今、私は彼を見ている。作り物の怪我を負った沙良を、かいがいしく世話している。
彼は義務を果たしているのではない。
献身を捧げているのだ。
冷たい確信が私を襲い、骨の髄まで凍えさせた。
これは、ただのキスだけの問題ではない。
これは、彼がずっとずっと前に下した選択の問題だった。
彼は彼女の手を、まるで貴重なガラス細工のように包み込んでいる。
彼が私の折れた手首を、まるで重荷のように扱ったことを思い出した。
そして、私は一言も言わずに、背を向けて立ち去った。
話 3
泉 視点:
父はかつて私に言った。組長が跪くのは、神と、そして自らの女王のためだけだと。
それは究極の敬意の証。彼女が帝国の心臓であり、唯一弱さを見せられる存在であることの承認。
少女の頃、私は結婚式の日に誠が私の前に跪く姿を想像していた。
彼の永遠の忠誠の象徴として。私が彼の神聖で、不可侵の中心であることを約束するしるしとして。
でも、私はいつも彼の中に抵抗を感じていた。伝統の重み、私たちの世界を支配する掟の下で、苛立つ彼の一部を。
今、下の庭で、私は彼がその神聖な掟を破るのを見ていた。
彼は冷たい石畳の上に跪いていた。私のためにではなく、彼女のために。
天野沙良のために。
心は壊れなかった。きれいに折れたわけではない。
まるでゆっくりと、 methodical に二つに引き裂かれているようだった。
その痛みは深く、内臓をえぐるような痛みで、肺から空気を奪っていった。
もう見ていられなかった。
私はバルコニーから背を向けた。その光景は、私の心に焼き付いていた。
こみ上げてくる嗚咽を、私は必死に飲み込んだ。
泣かない。彼のために泣くものか。
動かなければならなかった。胸の冷たい痛みを追い払うために、体を酷使する必要があった。
私は馬小屋へ向かった。馬と干し草の慣れ親しんだ匂いが、わずかな慰めになった。
私は愛馬のディアブロに鞍をつけた。私自身の魂のように荒々しい気性を持つ、壮麗な黒馬。
彼は挑戦であり、敬意を要求する自然の力。今日、私には彼の炎が必要だった。
私たちは訓練コースに出た。ジャンプや障害物が続く、過酷なトラック。
私は彼を激しく追い立てた。どんどん速く。風が顔を鞭打ち、彼の蹄の轟音が大地に響き渡る。
最後のジャンプ、高く危険な壁に近づいた。
私たちは完璧に一体化していた。筋肉と意志の単一の存在。
私たちはそれを飛び越え、無重力の自由な瞬間を味わった。
そして、何かが切れた。
左手に握っていた手綱が、ふっと緩んだ。
切られていたのだ。厚い革を、きれいに、意図的に切り裂かれていた。
私は鞍から投げ出された。糸を切られた操り人形のように、なすすべもなく。
地面に激しく叩きつけられ、足に骨が砕けるような閃光が走り、目がくらむほどの痛みが爆発した。
乗り手を失い、怯えたディアブロは、トラックをめちゃくちゃに駆け回り、その力強い蹄は混沌とした、致命的な脅威となった。
痛みの霞の中で、遠くに誠が見えた。
彼はまだ彼女と一緒にいて、私に背を向け、彼女の作り物のドラマに完全に没頭していた。
獣のような、生々しい叫び声が私の喉から迸った。純粋な苦痛と怒りの音。
それが、ようやく彼の注意を引いた。
彼は勢いよく振り返り、私が地面に倒れ、ディアブロが erratic に突進しているのを見て、目を大きく見開いた。
一瞬のうちに、彼はそこにいた。落ち着かせるように馬の首に手を置き、低い声で命令すると、パニックに陥っていた動物は即座に静まった。
暗闇に意識が飲まれる前に最後に見たのは、皮膚から突き出た骨の、真っ白な色だった。
その後の数週間は、痛みと手術、そしてリハビリのぼんやりとした日々だった。
そして、誠はそのすべてに付き添っていた。
彼は私のベッドサイドに座り、食事を運び、長い静かな夜には本を読んでくれた。
彼の世話は手際が良く、その注意は揺るぎなかった。
私の心の片隅で、小さく、愚かな希望が芽生え始めた。
もしかしたら、事故が彼を怖がらせたのかもしれない。
もしかしたら、何を失うところだったのかに気づいたのかもしれない。
もしかしたら、彼は謝罪し、私の許しを請い、沙良をきっぱりと人生から切り離してくれるかもしれない。
でも、彼の手つきに温かみはなかった。
それは、私が手首を折った時に見せたのと同じ、義務的な世話だった。
だが今回は、もっと冷たく、もっとよそよそしかった。
彼が沙良に捧げる熱烈な献身と、今私に果たしている形式的な義務との違いが、はっきりと見て取れた。
彼は礼儀正しいが、よそよそしく、その目にはこれまでになかった冷たさが宿っていた。
ある夜、私は部屋の外から聞こえるひそひそ話で目を覚ました。
誠が、流夏と話していた。
「やりすぎだ、誠」
流夏は低く、緊張した声で言った。
「警告ならまだしも、これは…これは別問題だ。もし森咲の組長が知ったら…」
私の血の気が引いた。
「ここまでひどく傷つけるつもりはなかった」
誠の声は、荒々しい囁きだった。
「手綱が切れて、バランスを崩させるだけのつもりだったんだ。沙良に干渉するな、放っておけという警告だ。計算を誤った」
息ができなかった。肺の中の空気が氷に変わった。
「今は、献身的な婚約者の役を演じなければならない」
誠は、憤りに満ちた声で続けた。
「誰も何も疑わないように」
部屋が回り始めた。壁が歪んで、私の周りでねじれているように見えた。
事故なんかじゃなかった。
あれは、罰だったのだ。
彼の世話は、後悔のしるしではなかった。隠蔽工作だった。
彼は私を救うために駆けつけたのではない。
自分自身を救うために駆けつけたのだ。
私の中に残っていた最後の希望の光が消え、その灰は私の血管の中で氷と化した。
足の痛みなど、何でもなかった。
私の魂を切り裂く苦痛に比べれば、鈍く、遠い痛みでしかなかった。
彼は私を裏切っただけではない。
私を壊そうとしたのだ。