話 1
H市のゴールデンライオンホテル。今日ここでは、ディナーパーティーが開催される予定だ。
そしてこのパーティーにはノーマン・シェンも 参加することになっていた。 会場内では早くも、ノーマン・シェンの彼女の話題で持ち切りだった。
その噂は世界中で有名になっていた。 彼女はこの上なく美しい女性として知られていた。
パーティーは既に始まっていた。するとその時、会場の扉が開いた。 あるカップルが入ってくると、会場の空気が一気に変わった。
その2人がゆっくりと会場に足を踏み入れると、会場は急にざわめきだした。 話題の的となっていた本人たちが登場したからだ。
それは 噂のノーマン・シェンだった。 彼は黒いシャドーストライプのスーツを身にまとい、濃いブラウンの革靴を履いていた。 そして彼の腕の中には、美しい1人の女性がいた。
その女性は足首まで真っ黒なドレス姿で、サファイアのジュエリーを輝かせていた。 そして綺麗な卵型の顔には、とても上品な化粧を施していた。 その息をのむほど美しい姿は、一際目立っていて、 誰もが彼女を見ずにはいられなかった。
2人は、今夜の誕生日パーティーの主役であるアリーナ・タンとその隣にいる男性、 ジェームズ・シーをちらっと見た。
突然会場に現れた女性を見て、人々は小声で話し始めた。 「あの女性を見た? あれ、マリア・ソンじゃないか?」 と誰かが言った。
すると、「確かにそうだ!
マリアだ!」 ともう1人が共感した。
「どういうことだ! 彼女は死んだんじゃなかったのか? なぜまだ生きてるんだ。 彼女は殺人者だぞ! なんて恥知らずな奴だ。よく人前に出て来れるな」 また別の1人が便乗して話し出した。
「あの顔は整形したんじゃない? いつからあんなに綺麗になったのかしら」
「シェン様の 彼女だなんて 知らなかったよ。 これはきっと面白くなるぞ」
そうやって各々が思い思いに楽しんでいた。 確かにこの状況は、誰がどう見ても面白くなるにちがいなかった。
会場を驚かせたのは、マリア・ソンの突然の復活だけではなかった。彼女の隣にいるノーマン・シェンはジェームズ・シーにとっては仕事のライバルなのだ。
しかもそれだけではない。マリア・ソンは、HLグループのCEOであるジェームズ・シーの元妻なのだ。それには恐怖さえ覚える人もいた。
ジェームズ・シーもノーマン・ショーも普段はあまり公の場に姿を現さず、目立たないように過ごしている。 そのため、このようなパーティーにはめったに参加しないはずだった。 しかし、ジェームズ・シーがこの場にいる理由は誰もが知っている。 ジェームズ・シーがアリーナ・タンと婚約する予定だという噂が広まっていたのだ。 一方、ノーマン・シェンがここにいる理由は?彼は単にアリーナ・タンの誕生日を祝うためだけに来たのだろうか。
ジェームズ・シーは、金融界の大物だ。 けれども、今、彼の元妻が仕事のライバルと一緒にいるとは。。。 会場が盛り上がって、誰もがこれからどうなるかを楽しみにしていた。 この夜、何が起こるのかを知る者は誰もいなかった。
マリア・ソンは終始、優雅な笑みを浮かべていた。 彼女はノーマン・シェンの腕に手を掛けながら、7センチの高さがあるガラスのハイヒールでアリーナ・タンの元へと向かった。
実は、アリーナ・タンはマリア・ソンの年上のいとこなのだ。 なのに、6年前、彼女の声帯を壊し、声さえ出せなくさせた。
そして、6年後の今、ようやく2人は再会を果たそうとしているのだった。
アリーナ・タンは、マリア・ソンの劇的な変化に驚いた。 彼女は胸の鼓動が速くなるのを感じた。 一方の手でジェームズ・シーの腕をしっかりと掴み、もう一方の手でワイングラスを割ってしまいそうなほど強く握りしめていた。
人々の注目を集めながら、ノーマン・シェンはウェイターから赤ワインを2杯分、受け取った。 そのうち1杯はマリア・ソンに渡し、もう1杯は自分にした。
シェンは、自分の隣にいる笑顔の女性を一目見てから、目の前にいる仏頂面の男へと向きを変えた。 そしてかすかに微笑みを浮かべながら、 「シーさん、お久しぶりです! 俺の彼女に見覚えはありますか?」 と挑戦的な光が宿っている目でジェームズ・シーを見つめて挨拶をした。
2人の男はお互いに不満を抱えていたが、公の場では仲良さそうに会話をしていた。 嫌な顔を一切見せない紳士ぶりだ。 ビジネスの世界では利益が全てだ。そのためには敵も友になれるんだ。
しかし、ジェームズ・シーはそれに乗らずに、 一切表情を変えなかった。 しかも、ノーマン・シェンの横にいる女性には一度も目をやらず、 ただグラスを持ち上げ、ノーマン・シェンと乾杯して、 「見知らぬ人だ」と冷たく答えた。
ジェームズ・シーは、法人部門で数年間働いており、しばらくの間CEOも務めていた。 彼が威厳のある人間であることは、誰もが知っていた。
6年が経った今でも、マリア・ソングはジェームズ・シーを目の前にすると胸が高鳴る。 彼は一段と魅力的になっていた。それにその瞳は、奥ゆかしさを増していた。
H市の人々にとってノーマン・シェンは尊敬の的だった。 彼はH市ではジェームズ・シーほど力を持っているわけではなかったが、かなりの権利を持っているのだ。
ジェームズ・シーが冷酷で自己中心的な人とであるなら、ノーマン・シェンは薄情で手強く横柄な人だった。 2人の男は確かに似ている部分もある。
しかしジェームズ・シーは高貴で近寄りがたい雰囲気を出している一方、ノーマン・シェンは表に見えるのは優しく穏やかな性格だった。
「見知らぬだと?」 ノーマン・シェンはワインを一口飲みながらジェームズ・シーの言葉を笑いながら繰り返した。 その目には悪戯な笑みを含ませていたが、彼はそれ以上何も言なかった。
ジェームズ・シーの言葉を聞いたマリア・ソンは一切笑顔を崩さなかった。 彼女は彼の言葉を気にしなかったからだ。 何しろ、早かれ遅かれこの男を手に入れるつもりなのだ。
「タンさんへの誕生日プレゼントを持ってきてくれ」ノーマン・シェンは彼の後ろにいるアシスタントに向かってそう言った。
「はい、わかりました! シェン様!」
そのアシスタントはすぐにプレゼントの箱を持って来て、アリーナ・タンに渡した。 「タンさん、お誕生日おめでとうございます」
アリーナ・タンは上品に微笑んで、 「ありがとう、シェンさん」 と感謝した。
ノーマン・シェンは何も言わずに彼女に向かって会釈をした。
アリーナ・タンはもらったプレゼントを後ろにいるメイドに渡すと、ずっと無言のマリアへ向かった。 「マリア、ようやく戻ってきたのね! この前はどこにいたのよ! 皆、あなたのことを心配してたのよ! 元気だったの?」と聞いた。
マリア・ソンは笑顔でアリーナ・タンの目を見つめた。 「心配してくれてありがとう、アリーナ。 私は大丈夫よ。 気分転換でちょっと旅行に行ってきただけ」
その穏やかな声から、 どんな感情も感じられなかった。
マリアの声を聞いて、アリーナは驚いた。 マリアは話せるようになったの?
しかし、アリーナはその驚きを表に見せなかった。 一応見聞が広い有名人だから。
「シェンさんのおかげで 元気だよ」 マリア・ソンは優しい口調で答えた。その目は涙で少しかすんでいた。 まるでアリーナ・タンが心配してくれていた事に感動したようだ。
しかし、実はそうではなかった。 彼女たちは昔のような関係に戻るのかと思いきや、どうやらお互いそこまでの感情はないようだった。 彼女たちは社交辞令しか話さず、気持ちのこもっていない会話をしていた。
アリーナ・タンは頷いて、ジェームズ・シーの方に向きを変え、ためらいながら切り出した。 「せっかくマリアが戻ってきたんだから、私、少し席を外しましょうか?」
ジェームズ・シーの細い眉の間に、しわが寄った。 その目からは、嫌悪感伝わってくる。 「結構だ」と彼はアリーナ・タンの提案を考えもせずに断った。 その声は一段と冷たくぶっきらぼうだった。
彼の反応を見た アリーナ・タンはいっきに気分が良くなった。 「じゃ、そうしよう。 私もずいぶんマリアに会ってないから、話したいことがたくさんあるわ」 シェンさん、 ちょっとマリアを借りていい?」
そう言うと、アリーナ・タンはマリア・ソンの同意も得ずに、彼女の腕をそっとつかんだ。
ノーマン・シェンは「どうぞ」と言ってマリア・ソンを放した。
アリーナ・タンに連れ出されながらマリア・ソンは ノーマン・シェンの方へ振り返った。 彼女の瞳は、力強く輝いていて 楽しんでいるようだった。
ノーマン・シェンはマリアに手を振りながら、安心してという風に目配せした。
それを見たマリア・ソンは向きを戻し、アリーナ・タンに追いつくために早歩きをした。 「ねえ、アリーナ、 ハイヒールだからそんなに早く歩かないでくれない?」 と彼女はおそるおそる尋ねてみたが、返事はなかった。
二人が立ち去った姿を見て、残った2人の男は違う考えを持っていた。 ジェームズ・シーは一方の手をポケットに入れ、もう一方の手で赤ワインのグラスを回していた。
ノーマン・シェンはジェームズ・シーに笑顔で尋ねた。 「マリアはだいぶ変わったと思わないのか?」
ジェームズ・シーはノーマン・シェンに冷ややかな視線を投げてから、こう言った。 「シェンさん、最近退屈しているのか? 俺はあなたと雑談する暇がない」 彼らは決して仲が良いわけではなかった。 しかも、ジェームズ・シーは世間話をするのが嫌い人間だ。
「そんなことないよ」 ノーマン・シェンはジェームズ・シーと乾杯してから、ワインを飲んだ。 「あっ、そうだ、シーさんはタンさんと婚約するだと聞いたぞ!」
最近H市では、ジェームズ・シーとアリーナ・タンが婚約するという噂が広まっていた。 ジェームズ・シーがアリーナ・タンのパーティーまで付き合ったから見れば、噂は本当のようだ。
「そうだけど」 ジェームズ・シーは正直に言った。
それを聞いたノーマン・シェンは相槌を打った。 それからしばらくして、「もし俺が マリアと結婚したらどうだ?」とノーマンは悪戯な笑みを含めて言った。
話 2
ノーマンの言葉は挑発的だったが、ジェームズは表情を変えずに言った。「では少し早いですが、 おめでとうございます、シェンさん」
傍から見ると、2人の男は友人とも見えるし敵とも見える。 彼らの事を知らない人からは判断がつかない。
ノーマンはジェームズの言葉を聞くと、何も言わずに微笑んだ。
彼らには特に共通の話題があるわけでもなかったから、会話はすぐに終わり、各々他の参加者と交流をしに行った。
アリーナはマリアを隅へと引きずり込むと、彼女の手首を握っていたその力を緩めて、 「なぜH市に戻ってきたの?」と冷たい視線でマリアをにらんだ。
「本当は来るつもりではなかったの、アリーナ」マリアは痛む手首をさすりながら答えた。 「でもパーティーに同行するように シェンさんに言われて。 断れなかったから来たの」
「私が 戻ってこないとでも思ったのかしら。 このままずっと帰ってこなかったら、一生殺人者扱いにされてしまうじゃない」マリアはそう思ったが、本心は隠しておいた。 自分がH市に突然戻って来た事は、すでにアリーナに衝撃を与えたから、 アリーナを罠にはめるために、彼女の警備心を解かないと、と思ったのだ。
優しい声で質問に答えるマリアだったが、彼女の顔には怖さはとっくに消えていた。 アリーナはマリアが突然戻ってきたことにばかり気を取られていたから、それには気付かなかった。
「お前、声を出せるようになったのね。 いつからなの?」 アリーナは尋ねた。
マリアは笑顔のまま答えた。「そうなのよ。 治せるお医者さんに運よく出会えたの。 本当にラッキーだったわ。そう思わない?」
数年会わないうちに、マリアはとても上品で落ち着いた性格になっていた。それは華やかなメイクと魅惑的なドレスに身を包んだ大胆な容姿とは対照的だった。
「私とジェームズはもうすぐ婚約するの。 あなたたち2人の過去はすべて忘れてちょうだい。でなければH市に二度と戻ってこれなくするわよ」 アリーナが脅そうとしていることが、その口調からはっきりと分かった。
あなたたちは婚約しようとしているのね。 マリアはアリーナに気づかれないように、マニキュアを塗ったばかりの爪を自分の手のひらに押し付けた。しかし表情は依然として崩さなかった。 「アリーナ、心配しないで。 シーさんとはとうの昔に 離婚したのよ。 私はもう彼に対して幻想を抱いたりしていないわ。 H市ですることがなければ数日もしないうちに去るつもりよ」
アリーナは安心した様子でうなずいた。 「分かったわ。 あなたはこれ以上ここにいるべきではない。それくらい分かるでしょ。 用が済んだなら、早くここから出て行って。 私の誕生日パーティーにあなたを招いた覚えはないわ」
「分かった。 今すぐ出るわ」マリアはためらうことなく答えた。
するとその時、上流階級の若い女性が数人、どこからともなくやってきてマリアを取り囲んだ。 そして1人の女性が軽蔑した視線でマリアに近づいてきた。 「あら、マリア・ソン! どうやってシェン様を 手に入れたのかしら?」
「あなたはシェン様の ただの遊び相手にすぎないのよ。 彼のような素敵な男性が、誰かの元妻に夢中になるわけないじゃない」
「その通りよ! 殺人者がこんな素敵なドレスを着ちゃって、何がしたいの?」 今度は青いドレスを着た女性がマリアのところへやって来た。するとマリアのあごをつまんで自分の方へと引き寄せてからマリアの目を覗き込んだ。 「今後、シー様とシェン様には 近寄らないで ちょうだい。 あんたみたいなクソ女は彼らの夢を見ることさえ許されないのよ!」
マリアはそう言って来た女性と目会うと、すぐにその女性が誰なのか分かった。 彼女はアリーナの親友でありキン家の末娘、ステラ・キンだ。
マリアは彼女たちの侮辱を黙って聞いていた。
マリアが反応してこないのを見たステラは、さらに2歩近づいて挑発を続けた。 「シェン様とシー様が ライバルだってこと 知ってるでしょ。 それでもあなたは厚かましくシェン様と繋がっていようと する気なの? どうせシー様の気を引くためにやっている だけなんでしょ?」
ステラはあまりにも美しいマリアの姿を見て、これまでにないほどの嫉妬心が湧いてきた。そしてマリアの頬を平手打ちしようと手を上げた。 「このクソ女! あなたは哀れなフリをするのが本当に上手ね。そんなことしたって無駄よ… 痛い!」
予想外のことに、マリアが頬を叩かれる音の代わりに、ステラが痛がる叫び声が聞こえてきた。 マリアはステラは手を掴み、彼女の頭を壁に叩きつけたのだ。
アリーナを含め周りにいた人々は、その状況をみて唖然としていた。 彼女はマリアがこのようなことをするとは想像もしていなかった。
勢いよく壁に頭を打ち付けられたステラは、しばらくの間何が起こったのか分からず頭の痛みに耐える事で必死だった。
ステラが抵抗できないのをいいことに、マリアは彼女の両手首を首元に押し付けた。そして高らかに笑った。 「女が暴力に訴えるなんて愚かよ。理性を保つべきだわ。 私に平手打ちをしようとしたのは、この大勢の人々の前でお前がいかに無礼であるかを知らしめるためだったのかしら?」
マリアはステラにあまり多くの時間や労力をかけたくなかった。 彼女は池の中にいる無害な魚のようなもので本当の標的ではなかったのだ。
しかし陰口や暴言に一切構う事のなかったマリアでも、触れられることだけは許せなかった。
最初に口を開いたのはアリーナだった。 「ステラを手放しなさい!」アリーナはジェームズの婚約者になる女として、そしてマリアのいとことして、マリアを叱った。それは低い声だった。
アリーナの言葉を聞いてマリアは心の中で冷笑した。 彼女がやった行動はすべて、アリーナへの警告だった。 そのためマリアは、すぐにステラを放すようなことはしなかった。 マリアはその無表情な顔を一切崩さずステラに警告した。「今後一切私に触れるようなまねはしないでちょうだい」
マリアに無視されたアリーナの顔色は暗かった。 マリアの行動は度が過ぎていたと思ったので、 「今すぐステラを放しなさい!」 と強い口調で言った。
ちょうどその時、ステラはようやく何が起こったのかを理解したところだった。 しかし頭はまだズキズキと痛いので、余計に彼女をイライラさせるだけだった。 ステラは、いまだに壁に押し付けてくるマリアの手を振りほどこうともがいたが、それはかなわなかった。 「マリア、今すぐ私を放して。でなければあんたを懲らしめるわよ!」 ステラは叫ぶように言った。
マリアはその叫び声を聞いて、ステラを放してやると、まるで不潔なものに触れたかのように手をたたいた。 「やれるものなら、やってみてちょうだい」
ステラは自由の身になった瞬間、アリーナの後ろへ隠れた。 痛めつけられた額を手で覆いながら訴えた。「アリーナ、ひどいと思わない? マリアはひどい事をするためだけにあなたの誕生日パーティーに来たのよ。 今すぐ警備員にマリアを追い出すように言って!」
「結構よ。 言われなくても出ていくわ!」マリアは整った髪をとかしながら言った。
マリアがパーティーに姿を現した唯一の理由は、自分が元気になってH市戻ってきたことを人々に知らしめることだった。
アリーナの誕生日パーティーには、H市で最も裕福であり権力のある人々の半数以上が出席していた。 何しろ、彼女はこの町で最も有名な女性であったのだ。 目標はすでに達成したので、 もうこれ以上この会場にいる必要がないと思って、 マリアは、早々と出口へと向かっていった。
ステラは何事もなかったかのように去っていくマリアを見ると、ただでは済ませたくない気持ちが湧いてきた。 「マリア、待ちなさい!」
我を忘れて怒り狂うステラとは対照的に、アリーナは非常に冷静だった。 「ステラ、落ち着いて!」とステラを引き留めた。 マリアは何かを企んでいるにちがいない。 帰って来る理由はそんなに簡単ではないと思ったのだ
実際アリーナはマリアのことをいつもずる賢い性格だと思っていた。 そうでなければ、2人の姉を打ち負かしてジェームズ・シーと結婚することなんてできるはずがなかったのだ。
間もなくジェームズと婚約する予定だから、婚約前に予期せぬことなど起こって欲しくない アリーナは何が何でもマリアの意図を探ろうと決めた。
マリアは会場のホテルを出ると、ホテルの前に停まっていた黒い限定車に乗り込んだ。 後部座席に座りハイヒールを脱いでから、目を閉じて背もたれに寄りかかり考え込んだ。
背の高い人の姿が彼女の頭の中でしだいにはっきりと思い浮べられていった。 この数年間で彼は、より一層色気づき、魅力的になっていた。
直ちに目を開けて、浮かび上がった思いを振り払った マリアは手を伸ばし、ノーマンの収納ボックスからタバコとライターを取り出して、 慣れた手つきでタバコに火をつけると、窓を開け、外へ向かって息を吐いた。
煙が巻き上がった煙を通して見える彼女の動作はとても優雅だった。
沈黙の中、マリアの電話が突然鳴った。 ノーマンからの電話だった。
話 3
マリアは電話に出て、「私はあなたの車にいるわ」と言った。
「分かった」 会話はそれだけだけだった。
電話を切って、マリアは携帯を隣の席に放り投げた。 指に挟んでいるタバコの火は、暗い車内を照らした。 彼女はホテルをじっと見つめながら考えに耽っていた。
ジェームズは、最後に会った時よりもさらに取り扱いが難しくなっていた。 彼を落としたいなら、どんな戦術を取ればいいか?強引に落とすか、それとも粘り強くアプローチするか?
よく考えた末、やっぱり彼の心を勝ち取るためには両方が必要であると結論を出した。
やがて、何人かの人々が駐車場に向かってきた。 それはノーマン、ジェームス、そして彼らの部下だった。
ジェームズの車はすぐそばに駐車されていた HLグループによって開発された数千万の価値のあるユニークな黒いハーキムであった。 1年前の国際モーターショーで発表されたものであった。 窓を開けたまま彼らが来るのを見て、マリアはシートにもたれかかって、 タバコを吸いながら、彼らがお互いに別れを告げているのを見ていた。
ハーキムが去った後、ノーマンの助手がマリアの車に乗り、車をノーマンが待っていた場所まで廻した。
そして車を降りて、ノーマンのためにドアを開けた。 後ろ席についたノーマンはマリアをちらっと見た。 「チンさんの額の傷と君は何か関係があるの?」 彼は質問をしたが、その口調はすでに答えを知っているようであった。
タバコが最後までゆっくりと燃えるのを見ながら、マリアはそれを否定しなかった。 「ええ、 私がやったの」
「君らしくないな」
彼女はノーマンが何を言いたいのか解った。 彼女のことだから、ステラにそんな傷だけ残したのは実にやさしく相手したんだ。 「ただの警告よ」と彼女は無関心そうに言った。 ステラが再び彼女を怒らせたら、こんなものでは済まないだろう。
そういえば、ステラは確か何か言ったわ。 そうだ。ノーマンとジェームズから離れろって私に言ったわ。
面白い。 自分を何様だと思っているの? 私の上司にでもなったつもり? 態度がでかいわ!ステラ・キン! と考えながら、マリアは目を細めた。
マリアが泊まっているホテルに到着するまで、車の中に沈黙が続いた。 助手が車を止めると、 マリアはすでに車を降りた。 「今、H市の誰もが君が戻ってきたことを知っている。 俺は仕事に追い回されているので、次に何をするかはすべて君次第だ。 頑張れ、マリア」ノーマンは車の窓を開けて、そういった。
振り返らずに、マリアは後れ毛をかき、そして手を振った。 「分かったわ、 ありがとう」
彼女は普通の女性よりも活気があった。
ノーマンはそれ以上何も言わなかった。 マリアが4つ星ホテルに入るのを見届け、彼は助手に車を出すように命じた。
今日はマリアがH市に戻った最初の夜だった。 早めに彼女はこのホテルの部屋にチェックインしていた。 部屋は50平方メートル以上の広さで一晩9000円未満であった。 長期間滞在すればさらに大幅に割引をされるようだ。
長期間この町に滞在するマリアにとって、 アパートを借りてメイドを雇うより、毎日掃除をしてくれてランドリーサービスもあるホテルの方が便利だった。
メイクを落とした後、マリアはお酒をグラスに注ぎ、フランス窓の前に座った。 H市の夜景をじっと見つめていた彼女は、物思いにふけった。
「H市 マリア・ソンが帰ってきたわ! 乾杯!」
30分後、マリアはイブニングドレスをストリートウェアに着替えてホテルを出た。
一年で最も暑い8月であった。 マリアがホテルを出たのは、夜10時頃だった。 他の誰もが既に寝る準備をしている、またはエアコン付きの家ですでにぐっすり眠っている時間である。
タクシー代を払い、マリアは邸宅の門のところに立っていた。 彼女はブロンズの門扉のバーに手を置き、邸宅とその向こうの中庭を眺めていた。
3階建ての邸宅は、手入れが行き届いていたため、6年前と同じように真新しく見えた。 家を覆う蔦は言うまでもなく、熊手の葉、花壇、種のまかれた 芝生、刈り込まれた木や茂みは整然と整えられていた。 それは彼女が覚えていた通りであった。 しかし、中は暗く、誰も住んでいなかったようだ。
マリアは特に1つの部屋の窓をしばらくの間見つめてた。 それから彼女は電話を取り出してダイヤルした。 電話がつながると「こんにちは、ジョン、私よ」と言った。
ジョン・チョウはかつてジェームズの祖父のために働き、後にジェームズの個人的な執事として働いていた。 彼は生涯ジェームズの家に忠実で、ジェームズの成長を見てきた。
彼女の声を聞いたジョンは、しばらく黙っていた。 「こんばんは、ソン さん」
マリアは単刀直入に言った。 「私は今、フェアビューヴィラの門の前にいます。 中に入ってもいいですか? お願いします、ジョン」 年老いた執事に対する彼女の態度はかつてないほど敬意に満ちていたが、彼女の声はそれ以上の敬意を現わしていた。 何故かは解らないが、彼女は変わったと感じた。
ジョンは彼女が望んでいた答えをしなかった。 代わりに、彼は「ごめんなさい、ソン さん。 私はまずジェームズさんに 確認しなければなりません」
「ええ、分っています」と彼女は静かに言った。
HLグループで。
豪華に装飾されてい約200平方メートルのCEOのオフィスの フランス窓の下には、ハイテク機器が隠されたダークグレーの木製デスクが置かれていた。
ブルーレイカットの眼鏡をかけ、糊がきいてパリッとしていた白いシャツを着ていた ジェームズは机に座って 文書を手に取り読んでいた。 そして、電話が鳴るのを聞いて、それを手に取り電話に出た。 「はい、ジョン?」
「こんにちは、 若様」 ジェームズに挨拶した後、忠実な執事は今何が起こっているのかを伝えた。
ジョンへの電話の3分後、マリアは彼の返事を受け取った。 「ソン さん、 若様は、あなたにはその権利が無い、と言っています!」
ジョンは感情のないロボットのように、ジェームズの意向をマリアに伝えた。
「私にはその権利が無いですって! ハー!」
マリアは苦笑いした。 「どうもありがとう、ジョンさん」
彼女はジョンがすぐに電話を切るだろうと思ったが、その前にジョンは「あなたは彼に近づくべきではない、ソン さん」
マリアは唖然としながら、彼が電話を切るのを聞いた。
彼女が戻ってきても誰も幸せにならないことを、彼女はよく知っていた。 しかし、執事でさえ彼女にそう言うほど彼女は望まれない、とは思っていなかった。
ブロンズの門の前に立って、マリアは2階のある部屋を見つめ続けた。
その部屋はもともとジェームズと彼女の寝室だった。 彼らが入居した後、ジェームズがほとんど帰ってこなくて、 彼女と息子がその部屋で暮らすようになった。
「私の息子...」 マリアはそのことを考え、涙が溢れた。 確かにこの場所はかつては彼女の楽園であったが、最後には彼女は追い出され、地獄へと変わった。
「ママ」 マリアの記憶に響く柔らかく甘い声。 トランス状態の中で、彼女はまだ生後わずか5か月の息子の片言言葉を聞いていた。
アーサーはまだ幼く、ママと呼びかけることを学んだばかりだった。 彼は「パパ」も言えたが「ママ」という言葉をより多く使っていた。マリアはほとんどの時間を彼と過ごしたのだ。
当時、ジェームズはHLグループを買収したばかりだった。 彼はとても忙しく、睡眠時間は1日3時間か4時間だった。 その上、彼らは愛し合って結婚したわけではなかったので、ジェームズはほとんど彼女の所に来なかった。 月に一日でも彼女の所にいれば良い方であった。
アーサーの優しくて色白の顔がマリアの心に浮かんだ。 彼の素敵な笑い声が何度も何度も響き渡った。
「アーサー、私の息子...」 アーサーは生後わずか5か月だった。 人生が提供すべき全てを経験する機会を得る前に、彼は死んでしまった。 6年間彼は冷たい墓に横たわっていた。
涙がマリアの頬をつたい、彼女の痛む心は目に見えない悪魔の爪によってバラバラに切り裂かれたように感じた。 マリアはそのことを考えるたびに、窒息しているように息苦しく感じた。
夜明けが来た。 真新しい日の始まりである。 街は徐々に活気づいてきた。 人々は目覚ましの音で目を覚ました。 彼らは朝食を食べ、服を着て、仕事に出かけた。 老人たちはコミュニティパークに集まり、運動、太極拳の練習、グループダンス、運動をした。 両親は最初はそっと子供たちを起こそうとするが、最後は子供たちに起きるように怒鳴った。 子供たちは朝食をとりながら学校の準備をするのに忙しかった。
4時間足らずの眠った後、ジェームズはジムに向かう途中で電話を確認した。 メッセージの1つはジョン周からだった。 「若様、 ソンさんは 一晩中フェアビューヴィラの外に立っていました」
ジェームズは顔色一つ変えずにメッセージを読んだ。 彼はさらに重要なメッセージがないかを確認した。
ジムでの激しいトレーニングの後、ジェームズはジョンから別のメッセージを受け取った。 「若様、 墓地のスタッフがソンさんがそこにいるのを 見ました。 貴方も知っておいたほうが良いかと思いまして」