話 1
青紫色の火の光が照らすその部屋で少年と青年が対峙している。
そんな今まさに戦いが始まろうとしているその部屋は少年にとっては異端であった。
冷たい黒のタイルが床に敷き詰められたその部屋全体には、巨大な魔法陣が張り巡らされ、その魔法陣の中心には闇を凝縮したような紫色に近い宝玉がはまっている。
天窓から差し込む光は無く、外の空は紫、真紅、橙色……そんな色をごっちゃ混ぜにしたような気味の悪い色で、黒髪の少年が生まれ育った世界の青い澄み切った空とはあまりにもかけ離れていたからである。
少年は声を絞るように、数段床から高く作られた多彩な彫刻が施された玉座の前に立っている紫と濃い赤が混ざったような色の髪の青年に言った。
「魔王ルシファー! お前さえ……お前さえ倒せば、元の世界に帰れるんだ!」
「……和解は無理か。やはり奴が言った通りの結果(うんめい)になったか。我としては……宇美矢 晴兎(うみや はると)、貴様とは友好関係をも築ける方針へと説得したかったがしょうがない」
青年ーー魔王ルシファーは言葉を並べるが無駄だと悟り、かつてあったかもしれない友情を諦めた。
ーーやがて表情は決意の籠った表情へと変わった。
「ーー貴様を殺す」
その瞬間、魔王ルシファーが強力な殺気と威圧を少年ーー宇美矢晴兎へと向けた。
「ーーッ!」
宇美矢 晴兎(彼)はそれだけで一瞬怯んだが、自身が所持する唯一の武器である鉄で作られた安物の剣を両手で構えて魔王ルシファーに思いっきり斬りかかった。
「…………」
魔王ルシファーは何かの想いを断ち切るように抵抗も一切せずにその攻撃を受けた。
しかし魔王ルシファーにとっては貧弱な一撃であり、かつてあったかもしれない友情を結んだその者との一撃とはあまりにもーーそれは貧弱で魔王ルシファーの僅かな想いを断ち切るには十分だった。
魔王ルシファーは邪魔な鉄の剣をどかして宇美矢晴兎の腹部を全力で殴った。
それを反応出来ずに受けた宇美矢晴兎は手から剣を落として数メートル後ろへ吹き飛びんだ。
「ーーがぁっ!?」
今の一撃で腹部や口からは血が出ている。
今、彼は声も出せない程の激痛を感じていることだろう。
「さらばだ、宇美矢晴兎」
魔王ルシファーは宇美矢晴兎に近づいて至近距離で魔法を放とうとしたーーその時だった。
「ーー何!?」
宇美矢晴兎の周囲を囲む様に
『殺意』
『絶望』
『憎悪』
『憤怒』
その四つの文字が禍々しい形で無数の数程浮かび上がる。
魔王ルシファーはどの状況にも無い得体の知れない状況を前に、咄嗟に宇美矢晴兎から距離を取った。
その直後、更に
『恐怖』
『怨念』
『苦痛』
『悲哀』
『無念』
その五つの文字が現れーーやがて九つの文字が集結し一つの巨大な『悪意』と言う文字が誕生した。
そしてその『悪意』は覆い被さる様にドロドロと宇美矢晴兎の中へ溶けると既に立つ力も残っていない筈の宇美矢晴兎がいつの間にか立ち上がっていた。
そして宇美矢晴兎が一瞬で距離を詰めると、魔王ルシファーの胴体を貫いて心臓を握り潰し、呆気なく殺した。
「これで……ようやく帰れる」
魔王ルシファーが展開していた魔法陣は消滅し、空の色は澄み切った少年のよく知る色へと戻っていった。
「……?」
しかし、いくら経っても何も起こらない。
彼(宇美矢 晴兎)の知る情報では魔王ルシファーを倒せば地球に帰れるゲートが出現すると言う話だった。そのために魔王を殺したのだ。
しかしそれは嘘の情報らしい。
どうやらまんまと嵌められたらしい。
「ーーくそッ!」
地面を殴って彼はハッとする。
何故か全身の傷が治り、それどころか力は増している。
何故だろうか?
そう考える間もなくその答えは明かされる。
[魔王ルシファーを殺害しました]
[魔王ルシファーの推薦により魔王に任命されました]
[レベルアップにより傷が癒えました]
[戦闘中に悪意の覚醒により新たなる能力が覚醒しました]
数秒後に彼にしか聞こえないアナウンス、いわゆる世界の声が連続で流れ、傷が回復した原因と自身が魔王になったことを知る。
彼は魔王になったせいか、それとも傷が癒えたせいか、どちらにせよ魔王ルシファーと戦う前よりは冷静になっていた。
そして彼は自身のステータスを確認していると覚醒したばかりの能力を見てニヤリと口角をつり上げた。
「これならーー全てをやり直せる! 世界の全てを……根本作り替える! 〈全てを終える悪意(マリスオールコンクリュージョン)〉」
彼が新しく得たその能力によって世界は塗り替えられーーこの世界は終焉を迎えたのだった。
話 2
突然だけど僕は宇美矢 晴兎(うみや はると)。
見た目は真っ黒な少し長めの髪に、『よく眠そうな中性的な顔をしている』とよく言われる。
そんななんてことないどこにでもいるようなごく普通の中学1年生だ。
「……はぁ、今日は月曜日だし頑張らないと」
そんなことを呟きながら僕は学校の階段を登って『1ー2』と書かれた教室に気怠い気持ちで入った。
教室の時計をチラリと見て遅刻してないことを確認して席に着いた。
「あっ、晴兎おはよう!」
「ん? あぁ、おはよう輝羅」
僕に挨拶をしてくれた彼女は広乃 輝羅(こうの きら)。
モデルのようなスラリとした体格に腰まである黒く長い髪の毛、学校では三大女神と呼ばれる程の美麗で有名な生徒……なのだが僕と彼女は小学校の頃からとある趣味で意気投合してから親友という関係になっている。
まぁそれを思春期真っ盛りの中学男子たちが良く思ってる筈もない訳で…………。
「よぉ宇美矢。今日も機嫌が良さそうだなぁ?」
と、言った感じに絡んでくる奴もいる。
ちなみに彼コイツは岡田 猛(おかだ たけし)。
いわゆるこの中学のガキ大将で目の上のたん瘤な気に入らない僕を心底嫌っている。
輝羅と話してるとこうやって近寄って来て嫌味を言ってくるのだから、きっと輝羅のことが好きなんだろうなぁ。
今どきガキ大将なんて流行らないよ?
なんてことを考えているといつのまにかクラスメートが揃っていた。
「そろそろ先生が来る時間だ」と岡田の奴に伝えると「チッ、後で覚えとけよ!」と言い残して岡田は席に着いた。
その後、だいたい一分くらい経つと担任の啓成 維池郎(ひろしげ いちろう)先生が教室に入って来て出席を確認し始めた。
そして朝のホームルームが何事もなく進む。
はぁ……月曜日のホームルームは怠いなぁ。
話は長いし、連絡事項も他の曜日に比べて多い。
なんとかならないかなぁ……。
なんてことを考えていると朝のホームルームが終わりを迎えていた。
「……と、言うことだ。今週も頑張りましょう」
啓成先生がホームルームを締めるのとほぼ同時に異変が起きた。
あたかもタイミングを狙っていたかのように僕を含めたクラスメート全員と啓成先生の足元に青色に輝く魔法陣が現れ、どんどん光が強くなっていく。
教室のみんなはパニックになったが、足を動かしてみるとどうやら動くことはできた。
何が起こっているか分からない以上この場を離れるのが一番だ。
そんなことを考えながら僕は頭に浮かぶ不安を振り払って教室のドアへ向かった。
既に啓成先生と中学剣道男子で全国優勝するほどの実力者、霧乃 星也(きりの せいや)くんが力を合わせてドアを開けようとするがドアが動かない。
霧乃くんが部活のカバンから竹刀を出して窓を割ろうとするがどう足掻いても窓はびくともしなかった。
そして魔法陣の光は激しく輝き、思わず僕たちは目を瞑ったのだった。
話 3
「おぉ……!」
と、喜びと唖然さが籠った声で僕はふと目を覚ました。
……目を覚ました?
いつのまに僕は寝ていたんだろうか?
もしかしてあの魔法陣に睡眠ガスが含まれていて僕たちが眠っている間に誘拐されたのだろうか?
そんな現実逃避をして自分の頬をつねるが痛みはちゃんとあった。
……そろそろ現実に目を向けようかな。
電気では無く謎の石で照らされいるシャンデリア。
床一面には赤を基調とした金の装飾が付いた絨毯が敷かれていることから高級感を感じさせられる。
正面には数段床から高く作られている金の装飾が付いた紫を基調とした玉座。玉座の正面からは紫を基調とした金の絨毯が敷かれていた。
そして玉座から少し高い所に神聖的な雰囲気を感じられる背景に描かれている女性の壁画。
玉座には僕らを値踏みする様な視線で数を数えている豪華な服装の太った男。
豪華な服装の太った男を守る様に立っている二人の騎士らしき格好をした者。
僕らを包囲している十数人の兵士らしき者たち。
……流石に趣味で異世界モノの小説を読んでいる僕は『異世界に召喚された』って察してなんとか落ち着いてきたところでもう一つおかしなところに気づいた。
何故か僕たちと同じ中学の制服を着ているアメジスト色の瞳の黒髪で左耳の方がサイドテールのロングヘアーの少女だ。こんな少女は教室にいなかったし、時間的考えても朝のホームルームの途中だったから生徒は教室にいる筈だ。
どう考えても怪しい少女にも気づかない程にクラスメートはパニック状態だった。
このままじゃ駄目だ。
……とは言え僕一人ではどうしようも無いので僕と同じく趣味で異世界モノの小説を読んでいる輝羅に視線を向ける。
ーーそこには悲しげな表情で動揺している輝羅がいた。 僕はこんな輝羅の表情は見たことなかった。何か迷っている様にも見える。
一人の親友として何とかしてやれないだろうか? さ そう思いながら輝羅に近づこうとするとちょうど玉座で踏ん反り返っている豪華な服装の太った男が喋り出した。
「よくぞ召喚に応えてくれた。感謝するぞ勇者たちよ」
その一言で段々とクラスメートたちは冷静さを取り戻し、怪しい少女にも気づいている人たちが増えてきた。
そんな中、冷静さを失っている者が一人……。
「召喚だと! ふざけているのか? ここは何処だ! 警察を呼ぶぞ!」
啓成先生だ。
中学生の僕らが殆ど冷静なのに大人である啓成先生が冷静じゃないのはどうなのだろうか?
そう僕が思っていると啓成先生は怒り気味にスマホを出して警察(110番)に電話をかけた。
………………。
………………。
………………。
「…………クソっ! 圏外か。おいそこで踏ん反り返っているお前、ここは何処だ!」
啓成先生は明らかに偉そうにしている玉座に座る豪華な男……恐らく王様であろう人物を指差して怒鳴った。
流石に明らかな偉そうな人にそんなことしたら不味いんじゃないか?
「無礼者が! この者を牢へと入れよ!」
そんな僕の予感は的中し、非常に不味い事態になった。
生徒を導く立場の先生が捕まるってことはクラスは荒れ放題だ。
それがここで許されるかはともかくとしてだけど。
「王よ! 勇者は貴重な存在では無かったのですか?」
純白の鎧を着た騎士らしき青年の一人は不満そうにそう言った。
どうやら僕たちは勇者と呼ばれる貴重な存在らしい。
「この儂に口答えするのかライトよ?」
そしてこの騎士はライトと言うらしい。
この様子を見るにこの国(?)では絶対王政の可能性もある。
「いえっ! とんでもありません! 出過ぎた真似をして申し訳ございません!」
うん、その可能性が高いな。
「うむ、分かればよい。兵士たちよ、この者も仮にも勇者の力を持つ危険な者だ! 牢の最下層へとぶち込め!」
勇者の力……それはいわゆるチート能力というやつなのだろうか?
「「「「「はっ!」」」」」
5人程の兵士と呼ばれた者たちが本物の剣らしき鋭い武器を持って啓成先生を囲い、どこかへ……恐らく牢屋へと連れて行かれてしまったのだった。