話 2
そして、彼らは海を制覇するサメのようにこの大雨の中、すばやくこっちに移動してきているだろう。
完全に回復するまでどこかに隠れなければとキは考えていた。
「カサッ!」
手に握った長刀を折りたたむと、背骨のような刃が内側にねじ込まれ、瞬く間に黒くて表面が粗い金属の杖に変わった。
大雨はざあざあと降り続いた。
キは本屋のドアを開けた。
店内はとても静かだった。
杖が地面に当たる音がすると同時に、本屋の主人の姿が目に入った。
カウンターの後ろで本を読んでいるのは一人の若い男だった。
シャツとズボンはすべて黒色で、
少し乱れた黒い髪と青白い肌を持つその男は、細長い指で茶碗を取り、角ばった手で本をめくっていた。
カウンター前の高い椅子には誰もいないのに、
一杯のお茶が用意され、湯気が立っていた。
しかし、この瞬間、キは、そのお茶と椅子が自分のためのものだと何となく思った。
彼女は本屋全体を見渡した。
狭くて物でいっぱいだった。
本棚は本だらけで、地面にもたくさんの本が積み上げられており、2階への階段は本棚で半分塞がっている。窓は厚いほこりで覆われ、室内をより一層暗くしていた。
唯一の光に照らされたカウンターと青年は、暗闇の中で何とも言えない神秘的な雰囲気を放っていた。
なんとカウンターにはタオルまで...
「ポタ! ポタ!」
びしょ濡れになったキの体からは水が滴り落ちた。そして、短く切った黒髪は首に張り付いており、ローカットのドレスから白い肌がのぞいていた。
「いらっしゃいませ」
リンは頭を上げ、黒い瞳に暖かい橙色の光を映した。
彼は微笑んで、カウンターに置いておいたお茶をキに押し付け、「こんなにきれいなお嬢さんが雨宿りに来るなんて、長く待ったかいがありましたね」と言った。
お客様を褒めるようにするのは美徳でリンがいつもすることである。
しかし、目の前に立っている女性は確かに誰もが認める美人で、雨に濡れていても光に照らされた顔は申し分もなく美しかった。そして白い肌は、丁寧に彫られた古代の石像のように光沢がを放ち滑らかだった。
だから、待っていたかいがあったとリンは思ったのだ。
この客は何か悩みを抱いているようだし、今日は新しい友人...ひょっとしたら、 常連客を獲得できるかもしれない!
いやいや、これは商売人の卑怯な考えなどではなく、親切心から気にかけているだけなのだ!
キは押し付けられた茶碗を見て、瞳孔が縮んだ。
「長く待っていた」、つまり、この人はこちらの事情を知る者で、ここで待っていたというのか?
それとも別に目的が?
しかし、どちらにせよ、どう見ても怪しいこの本屋、ぴったりのタイミング、この男のゆったりとした表情、明らかに偶々だとは思えない。
シークレットタワーの手下か? それとも真理会? それとも、ワプキスナイトのあの人?
とにかく、この男がただの書店のオーナーなわけがない!
心の中で警報が鳴りだし、キはそっと杖を回した。何かあったら、この杖はすぐに男の眼窩を突き刺す長刀となる。
「私を待っていた?」 警戒心を微塵も感じさせず問いかけた。
そして、リンは優しい微笑みを浮かべた。「そうです。運命って本当に不思議ですね。会ったこともない二人を引き合わせるなんて」
続いてカウンターを指さし、「そこにタオルをかけておきました。新しいものなので、遠慮なく体をふいてください。暖房をつけましょうか?」と声をかけた。
キはためらいながらタオルを取り、「結構」と首を横に振った。
リンはじっと相手を観察した。彼女は眉をひそめているが、過去の経験からして、おそらく生活が困窮しているのだろうと思い、こほんと咳ばらいをして、
「お困りのようですが、何かあったのですか?」と尋ねた。
話 3
長年、本屋で様々な客との会話を通じて、リンは空気を読むことと、簡単なコミュニケーションスキルを会得していた。
「何かお困りのようですね」。この言葉には何の意味もない。
占い師の第一声がいつも「顔色が悪いようですね」であるのと同じだ。
一種の暗示に過ぎない。
言い換えるなら、これをゲームのフラグとして考えてもいい。フラグが立てば物語は自動的に進むのだ。
「お困り」という言葉を聞くと、人は無意識に最近あった悪いことに思いを巡らす。
そして人生とはうまくいかないことの方が当然多い。
本当に困ったことがあっても、そうではなくても、思い通りにいかないことがあれば、やはり運がよくない、困ったと考えるのが人間だ。
客が愚痴を言い始めた時、その時こそ、リンが慰めながら元気づけ、距離を縮めるチャンスである。
当然、この技は失敗することもある。
例えば、ものすごく運が良い人や警戒心が強い人などには使えない。
しかし、リンには今日は成功するという確信があった。
そして、相手の警戒心を解く自信があるのだ。
なぜなら、この雨でずぶ濡れになった時点で十分お困りだからだ。
キはタオルで服をふきながら、カウンターの後ろで自信ありげな笑みを浮かべる若い男に目を向け、「そうよ、最悪なことがあったわ」と呟いた。
この男が敵なのか友なのか、今は判断できない。
敵であったとしても、弱り切った状態で、全身から神秘的な雰囲気を漂わせるこの男から無事逃げ出すことはできないだろう。
だから、何か企みがあるようだから、今は彼の考えの通りにしよう。
この男が一体何者で、何を企んでいるのか、見てみようじゃないか。
敵ではなければ、それでいい。
もし敵なら、体が回復するまでできるだけ時間を稼ごう。
女が頭を上げてリンを見ているとき、リンは彼女の顔をよく見ることができた。女の瞳は黒に、灰色も混ざっており、二つの色が放射状に伸びてその瞳を彩っていた。磨かれた宝石のように美しい瞳だった。
白皙の耳たぶには、3センチほどの細い血紅色のダイヤモンド形のイヤリングが輝いている。
どこから見ても、この人は面白いお客さんに間違いない。
「人間関係のことですか」とリンは尋ねた。
全身ずぶぬれにしたこの大雨の文句をつける様子はないから、彼女のような若い女性ときたら人間関係のトラブルだろうと彼は推測したのだ。
もちろん、恋人か友人か、親なのかはわからないが。
そういう時は、「人間関係のこと」とだけを言えばいい。
「曖昧模糊」であることは詐欺師も占い師もリンもよく使うテクニックである。大事なのは自分にも相手にも、話のゆとりを持たせることだ。
キはその言葉を聞いた瞬間、生気のない顔になった。
20分ほど前、ハンター拠点で反乱がおき、裏切りにあったばかりなのだ。
現在、彼女を追いかけて殺そうとしているのは、かつての仲間と同僚である。
欲に目がくらんだ連中である。
つまり、「人間関係のこと」で困っているのは間違っていない。
しかし、事が起こってから、たった20分しかたっていないのに情報がこの男に漏れるなんて。
時間を考えても、彼が反乱後にこのことを知ったはずがない。
ゆえに、可能性は2つ。
まず1つは、ハンターグループに内通者がいて、とっくの前にこのことを漏らしていた。
そしてもう1つは、目の前にいるこの青年が全てを把握している人だということだ。
暗赤色の血が泡を立ててタオルに染み込み、その血からは時折酸性の白い煙が出ていた。しばらくの沈黙の後、キは頷いて座ると、ティーカップを軽く手に持って言った。「裏切られたの」
「ほおー」
リンは眉を上げた、少し意外だった。
一体なんだ。この展開は。
彼氏が浮気相手と逃げたか、親友との友情が終わったのか?
だが、リンは人を慰めるのプロであり、ゴシップに興味津々のおばさんではないから、すぐに自分の好奇心を抑えた。
そして、「こんな話だからこそ、より自分の力が生かされる」と思って、さらに続けた。
「どんなことにも裏と表がある。確かにお姉さんは裏切られたかもしれないけど、その人がどんな奴かはっきり見るきっかけにもなったでしょう?」
そう言うと、彼は手を伸ばしてティーポットを手に取り、キのカップに注ぐと、生真面目な顔で、ゆっくりと話し始めた。「離れようとする人を無理に止めようとしてもそれはできないよ。離れる理由なんてどれだけでも挙げられるからね」