1

婚約者の進藤翔真を心から愛していた私は, 彼を驚かせるため, 危険な聴力回復手術を受けた.

手術は成功. しかし, 初めて耳にしたのは, 彼が私の親友と電話で情事を交わし, 「結枝は耳が聞こえないから, 何をしてもバレない」と嘲笑う声だった.

彼は私の前では完璧な婚約者を演じ, 親友は「あなたの婚約者は私のものよ」と挑発してくる.

彼は浮気を「男の気晴らし」だと言い放ち, ついには彼女を私たちの家に連れ込み, 隣の部屋から二人の喘ぎ声が聞こえてきた.

私を孤独から救ってくれた唯一の光だった彼. その愛は偽りだった. 私の心は, 彼の裏切りによって完全に凍りついた.

私は復讐を決意した. 結婚式当日, 彼の裏切りを暴露する映像を流し, 私自身の「遺体」を最高のサプライズとして贈ることにしたのだ.

第1章

浜口結枝 POV:

彼の指が私の唇に触れた瞬間, 私は耳の奥で, 彼の裏切りの囁きを聞いた.

進藤翔真は私の顔を覗き込み, 眉を下げて手話で尋ねてきた.

「大丈夫かい? 」

彼の眼差しは優しさに満ちていた.

まるで本当に私のことを心配しているかのように.

私は小さく頷き, 手話で返した.

「ええ, 大丈夫よ. 」

「疲れてないわ. もう少しここにいたいの. 」

声が出ないふりをするのは, もう慣れてしまった.

この5年間, ずっとそうしてきたのだから.

翔真はさらに深く私の目を見つめ, 手話で繰り返した.

「本当に? 無理はしないでくれ. 」

彼の指が私の頬を優しく撫でた.

私はその偽りの優しさに, 吐き気がした.

私たちはディナーテーブルに戻った.

場の空気は一時的に和らいだように見えた.

誰も彼が私に突きつけた嘘の底を覗こうとはしない.

その時, 甲高い声が響いた.

「進藤さん, あなたの浮気相手がまた騒いでいるわよ. 」

川本光穂の声だった.

私の体はびくりと震え, 胃がひっくり返るような感覚に襲われた.

シャンパンの泡が胃の壁を刺激する.

頭がぐらぐらと揺れた.

周りの人々がざわめいた.

すぐに誰かが光穂を制止した.

「やめなさい, ミカさん. 」

「こんな場所で何を言ってるんだ. 」

社交界の薄っぺらいルールが, 彼らの口を塞ぐ.

光穂は嘲笑うように言った.

「ああ, この人には聞こえないんだったわね. 可哀想に. 」

その言葉が, 私の内側で鋭い氷の刃となって突き刺さる.

可哀想なのは, 耳が聞こえない私じゃない.

耳が聞こえているのに, こんな嘘にまみれた世界に囚われている私だ.

場の視線が一斉に翔真に集まる.

彼は涼しい顔で, しかし目には冷たい光を宿して微笑んだ.

「ご心配なく. ちょっとした遊びですよ. 」

彼の言葉は, まるで上質なワインのように響いた.

しかし, 私にはそれが毒のように感じられた.

彼は私の方を向き, 手話で言った.

「俺が愛しているのは, 結枝だけだ. 」

その言葉は, 私にとっては空虚な音の羅列でしかなかった.

彼が私に向けたその仕草は, 完璧な偽りだった.

私の心は, 彼の嘘でさらに深く凍りついた.

彼は周囲に向かって, 少し声を張った.

「まあ, 男にはそういう気晴らしも必要でしょう? 」

その言葉は, 彼の無情さと自己中心性を露わにしていた.

気晴らし?

私の婚約者が, 他の女と戯れることを「気晴らし」だと?

彼は光穂を睨みつけ, 微笑みながらも瞳の奥は氷のように冷たかった.

「余計なことをすると, どうなるか, 分かっているだろう? 」

それは私への警告でもあった.

私の秘密が露呈すれば, どうなるか.

彼はすべてを支配しようとしている.

周りの人々は呆れたように, しかしどこか羨望の眼差しで翔真を見ていた.

「さすが進藤さん. 」

「器が大きいわね. 」

彼らの言葉が, 私の心をさらに深く抉った.

この社交界は, こんなにも腐っているのか.

光穂は怯むことなく, さらに挑発した.

「家でまで, その『気晴らし』をしていると聞きましたけど? 」

その言葉が, 私の内側で爆弾となって炸裂した.

この数週間, 私が家で感じていた違和感.

すべてが繋がる.

私の家は, 彼の裏切りの温床だったのだ.

翔真は軽蔑するような笑みを浮かべ, わざとらしく応じた.

「どこまでが真実か, 知りたいのなら, 自分で確かめてみればいい. 」

彼の言葉に, 周りの人々は拍手喝采を送った.

彼らは彼を賞賛し, 彼のふざけた行動を面白がっていた.

まるで私が舞台上の道化であるかのように.

私はテーブルの下で拳を強く握りしめた.

爪が手のひらに食い込み, 痛みが走る.

しかし, その痛みは私の心の痛みと比べれば, 何でもなかった.

誰も, 私のこの内なる苦しみに気づかない.

彼らは私を哀れな聴覚障害者としか見ていない.

彼らは知らない.

私が三週間前から, すべてを聞いていることを.

私はこの婚約を終わらせると決めた.

彼が二度と忘れられないような, 劇的な方法で.

私の心はすでに冷え切っていた.

翔真は私の皿に残された料理を見て, 手話で尋ねた.

「何かあったのか? 結枝. 」

私は無理に笑みを浮かべ, 手話で返した.

「いいえ, 食欲がなくて. 」

私は意を決して手話で尋ねた.

「さっき, 何かお話されていたの? 」

彼の顔に安堵の色が浮かんだ.

彼は私の手を取り, 優しい眼差しで手話で答えた.

「君との未来についてさ. どんな結婚式にしようか, って. 」

翔真は私の手の甲に口づけ, 再び手話で言った.

「愛しているよ, 結枝. 」

その瞬間, テーブルの向こうに座っていた女性と目が合った.

彼女の瞳には, 嘲笑と軽蔑が宿っていた.

彼女は知っている.

私が翔真の嘘を聞いていることを.

あるいは, 翔真が私に嘘をついていることを.

その軽蔑の眼差しが, 私の心の奥底まで届いた.

全身に冷たい感覚が広がり, 私は極度の冷静さに包まれた.

彼の言葉, 彼の振る舞い, 彼の偽りの愛情.

すべてが綿密に計算された, 欺瞞だった.

ショーの幕は, もうすぐ上がる.

2

浜口結枝 POV:

私は疲れたふりをして, そっと席を立った.

「少し, 外の空気を吸ってくるわ. 」

そう手話で伝えると, 翔真はすぐに立ち上がった.

「一緒に行こう. 」

彼は手話でそう言い, 私を抱きしめようとした.

私は彼の腕をそっと押し返し, 手話で続けた.

「大丈夫よ, すぐ戻るから. 」

そして, 彼の返事を待たずに, 私は会場を後にした.

彼の顔に不安の色が浮かんだのが見えた.

会場の外に出ると, 肌を刺すような冷たい風が頬を撫でた.

私は街の喧騒の中を歩いた.

ふと見上げると, 巨大なビルの壁面にプロポーズの映像が映し出されていた.

「愛するユイへ. 君と永遠の愛を誓う. 」

翔真の声が, 街中に響き渡る.

私の心臓は, まるでガラスのように砕け散った.

周りの人々は, その映像を見て感嘆の声を上げていた.

「なんてロマンチックなの! 」

「きっと彼女は幸せね. 」

彼らの言葉が, 私の耳に鋭いナイフのように突き刺さる.

私はその場に立ち尽くし, ただ虚ろな目で映像を見上げていた.

幸せ?

私にとって, それはもはや遠い幻だった.

私は幼い頃, 両親を交通事故で亡くし, 孤児院で育った.

生まれつき耳が不自由だったため, 周りの子供たちからいじめられ, 孤独な日々を送っていた.

私の世界は, いつも静かで, そして冷たかった.

私は誰も信じられず, 心を閉ざしていた.

そんな時, 翔真が現れた.

彼は私の世界に, 突然光を灯した.

最初に私を口説いてきた時, 私は彼の言葉を何度も拒絶した.

手話で「あなたには関係ない」と突き放した.

彼はそれでも諦めなかった.

毎日, 私の元を訪れて, 手話で話しかけてきた.

彼の真剣な眼差しに, 私は少しずつ心を開き始めた.

数ヶ月後, 私たちはデートをしていた.

突然, 工事現場の足場が崩れ落ち, 鉄骨が私たちに向かってきた.

翔真は私を庇い, その鉄骨の下敷きになった.

私の体が宙に浮き, 次に地面に叩きつけられた.

痛みで意識が朦朧とする中, 翔真が血だらけの腕で私の手を握り, 震える手で手話をした.

「結枝, 無事か? よかった…」

彼の体には大きな傷跡が残った.

彼は私のために, 手話を猛勉強した.

私がいじめられていると知れば, 彼は強い力でいじめっ子たちを排除した.

彼は私のヒーローだった.

私の世界で, 唯一の色彩だった.

私たちは5年間, 恋人として寄り添った.

彼はいつも優しく, 私を大切にしてくれた.

彼の家族は私たちの交際に猛反対した.

それでも翔真は, 家族の反対を押し切って私にプロポーズしてくれた.

「結枝, 君は俺の人生のすべてだ. 俺と結婚してほしい. 」

彼の言葉に, 私は涙が止まらなかった.

私は彼に最高の結婚祝いを贈りたいと思った.

彼の家族に, 聴覚障害者である私を受け入れてもらいたい.

そして何より, 彼が私を愛しているということを, 証明したかった.

私はハイリスクな聴力回復手術を受けることを決意した.

手術は成功した.

私は, 生まれた初めて「音」のある世界を知った.

私はこのことを, 結婚式で翔真にサプライズで伝えようと思っていた.

しかし, そのサプライズは最悪の形で, 私を裏切った.

ある日, 翔真のオフィスに忘れ物をしてしまい, 届けに行った時のことだった.

彼の部屋から, 女性の声が聞こえた.

翔真は, 私が聞こえないことをいいことに, 電話で愛人と親密な会話を交わしていた.

「結枝は耳が不自由だから, 俺が何をしても気づかないさ. 結婚しても, お前のことは手放さないよ, 光穂. 」

彼の冷酷な言葉が, 私の耳に直接響いた.

その瞬間, 私の頭の中で何かが砕け散った.

今まで彼が私に向けてきた言葉, 態度, すべてが偽りだったのだと.

私はその場で意識を失いそうになった.

体中の血が凍りつき, 心臓が握りつぶされるような激痛が走った.

彼の言葉が, 耳の奥で何度も反響する.

光穂.

川本光穂.

あの嫉妬深い視線の女が, 翔真の愛人だったのか.

結婚しても, 光穂との関係を続けるつもりだと言う.

彼は私が聴覚障害者だから, いくらでも欺けると思っていたのだろう.

寒さで震える体とは裏腹に, 私の頭は急速に冷静さを取り戻していった.

私はもう, 彼に傷つけられるのは御免だ.

彼は自分のやったことの代償を払わなければならない.

私は決して, 彼を許さない.

3

浜口結枝 POV:

私は深く息を吸い込み, 心臓がばらばらになりそうな痛みを押し殺した.

ゆっくりと体を起こす.

その時, ドアが開き, 翔真が心配そうな顔で立っていた.

彼は私の腕を掴み, 手話で尋ねた.

「どうしたんだ? 気分が悪いのか? 」

彼は私を抱きしめ, 髪を優しく撫でた.

その偽りの温もりが, 私をさらに深く傷つける.

「大丈夫よ. 少し考え事をしていただけ. 」

私は手話でそう答え, 彼の腕からそっと抜け出した.

「ウェディングドレスを見に行かないか? 結枝の好きなデザインを選んでほしいんだ. 」

彼は手話でそう言い, 私の手を引いた.

翔真が選んでくれるなら, どんなものでもいい.

そう答えた私に, 彼の顔に一瞬だけ不満の色がよぎった.

ウェディングドレスに, もう意味はない.

私は心の中で呟いた.

私の心はすでに死んでいる.

翔真は私の冷たさを感じ取ったのか, 不安そうに手話で尋ねた.

「何か, 俺に隠していることはないか? 」

私は彼を睨みつけたい衝動に駆られた.

あなたこそ, 私に何を隠しているの?

裏切り者.

私の人生を台無しにした張本人.

しかし, 私はぐっと堪えた.

まだ, その時じゃない.

私たちはウェディングドレス店に入った.

まばゆいばかりの照明の下, 純白のウェディングドレスが私を待っていた.

それはまるで, 私の心を嘲笑うかのように輝いていた.

店員が恭しくウェディングドレスを紹介する.

「こちらは, お客様のご要望に合わせて特別にお仕立てした最高級のウェディングドレスでございます. 」

「パールの刺繍はすべて手作業で, スワロフスキーのクリスタルも贅沢にあしらわれております. 」

店員たちは, 翔真の細やかな気遣いを褒め称えた.

「進藤様は本当に奥様を愛していらっしゃるのね. 」

「こんなにも奥様のお好みを熟知されているなんて, 素晴らしいわ. 」

彼らの言葉が, 私の心の奥底に冷たい嘲笑を響かせた.

ああ, なんて皮肉なことだろう.

翔真は満足そうに微笑み, 私の腰を抱いた.

「気に入ったか? 結枝. 」

彼の質問に, 私は何も答えることができなかった.

ウェディングドレスには巨大なピンクダイヤモンドが散りばめられ, 豪華なトレーンが床に広がる.

私はそのウェディングドレスに触れた.

完璧な仕上がりだった.

彼が私のために, どれほどの時間と労力を費やしたか.

このウェディングドレスは, 私を喜ばせるために, 彼が私をどれだけ愛しているかを示すために作られた.

私を喜ばせるため?

私の心は, もう二度と元には戻らないのに.

翔真はウェディングドレスの胸元にあるダイヤモンドを指差した.

そこには, 私たち二人のイニシャルが刻まれていた.

「ユイとショウマ. 永遠に, だ. 」

彼は私を見つめ, その瞳には深い愛情が宿っているように見えた.

偽りの愛情が.

私は彼に尋ねた.

「翔真の愛は, 本当に永遠なの? 」

彼の表情がこわばった.

彼は焦ったように, 手話で訴えた.

「当たり前じゃないか! 俺は結枝だけを愛している. 二度と君を裏切ったりしない! 」

彼の誓いの言葉は, もはや私には何の意味も持たなかった.

私は彼の視線から目を逸らした.

その時, 翔真の携帯が鳴った.

彼は画面を見て, 顔色を一瞬変えた.

「悪い, 会社からだ. 急ぎの用件らしい. 」

彼はそう言って, 私に手話で伝えた.

「もう少し, ウェディングドレスを選んでいてくれ. すぐに戻るから. 」

彼は私にキスもせず, 慌ただしく店を飛び出していった.

店員たちは再び, 翔真の「仕事熱心さ」と「奥様への気遣い」を褒め称えた.

私は心の中で冷たい笑みを浮かべた.

彼の「急ぎの用件」が, どこへ向かうか, 私には分かっていた.

きっと川本光穂の元へと向かうのだろう.

彼の嘘が, 私にはすべて聞こえている.

私は店員に「また来ます」とだけ伝え, 店を後にした.

ウェディングドレスはもう, 私には必要ない.

このウェディングドレスは, 彼の裏切りを覆い隠すための, ただの道具なのだから.

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聞こえた裏切り、復讐の誓い

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