話 1
婚約者の神崎蓮は、クライミング中の事故で私が車椅子生活になってから、私のために仮想世界を丸ごと創り上げてくれた。
彼はその世界を「アースガルズ」、私の聖域と呼んだ。
彼のゲームの中の私は、壊れてなんかいなかった。無敵のチャンピオン、「ヴァルキリー」だった。
彼は私の救世主。絶望の淵から、辛抱強く私を看護してくれた人。
それなのに。
ある日、私は彼が登壇した技術カンファレンスのライブ配信を見てしまった。
私の理学療法士、橘亜リアの肩を抱き、彼は世界に向かって宣言した。
彼女こそが、残りの人生を共に過ごす女性だと。
真実は、悪夢そのものだった。
彼は浮気していただけじゃない。
私の鎮痛剤を、鎮静剤入りの弱いものにこっそりすり替え、意図的に私の回復を遅らせていた。
私を弱く、依存させ続けるために。
彼は亜リアに、世界に一つだけの私のブレスレットを渡した。
私の仮想世界での称号も、二人で立てた結婚式の計画さえも。
彼は、私が最も惨めだった頃の屈辱的な写真をネットに流出させた。
ゲームコミュニティ全体を敵に回し、私に「ストーカー」の烙印を押した。
とどめは、彼の祝勝会で彼を問い詰めようとした時だった。
警備員に殴られ、彼の「酔いを覚まさせてやれ」という何気ない一言で、意識のない私の体は汚い噴水に投げ込まれた。
私が二度と苦しまない世界を創ると誓った男が、その世界で私を溺れさせようとした。
でも、私は生き延びた。
彼とあの街を捨てた。
足が再び強くなるにつれて、私の決意も固まっていった。
彼は私の名前を、私の伝説を、私の世界を奪った。
今、私は再びログインする。
ヴァルキリーとしてではなく、私自身として。
そして、彼の帝国を灰燼に帰すために。
第1章
氷室瑛梨奈 POV:
寝室の唯一の光は、手の中のスマホから放たれていた。
小さな画面の中でも完璧に整った蓮の顔が、彼が登壇している技術カンファレンスのステージライトに照らされている。
ライブ配信。
本来なら、私はそこにいるはずだった。最前列で、誇らしげに彼を見つめる婚約者として。
なのに私はここにいる。事故の後、彼が私のために作った、金色の鳥籠の中に。
彼の声が、いつもはささくれた私の神経を癒す温かい膏薬なのに、静まり返った部屋に不自然に響く。
暗闇で私に約束を囁いたのと同じ声。
苦痛に満ちたリハビリの時間、私を励まし続けてくれたのと同じ声。
でも、言葉が、何もかもが間違っていた。
「橘亜リアさんは、並外れた理学療法士であるだけではありません」
彼は歓声を上げる聴衆に向かって宣言した。彼女の腰に、所有欲を隠さずに腕を回しながら。
亜リア。私の、理学療法士。
彼女の笑顔は目が眩むほど輝いていて、まるで私がかつて持っていた笑顔の完璧な模倣だった。
私の世界が、崩れ落ちる岩屑と骨の砕ける嫌な音と共に崩壊する前の、あの笑顔の。
「彼女は、アースガルズ・クロニクルの次なる進化のインスピレーションそのものです。彼女は我が社の心臓部。そして、私が残りの人生を共に過ごすと決めた女性です」
息が、苦しい音を立てて肺から抜けていった。
スマホを握りしめる指の関節が白くなる。滑らかなケースが手のひらに食い込んだ。
数分前、匿名の番号から送られてきた動画が、ループ再生されている。
ゴシップサイトのSNSフィードから切り取られたもので、投稿されたのは一時間も経っていない。
私が残りの人生を共に過ごすと決めた女性。
その言葉が、空虚で無意味なまま頭蓋骨の中で跳ね回る。
もし彼女がその女性なら、じゃあ、私は誰?
寝室のドアがカチリと開き、廊下の光が床に一筋差し込んだ。
「瑛梨奈?ハニー、どうして電気を全部消してるんだ?」
蓮の声が、今度は聞き慣れた、わざとらしい心配の色を帯びて、暗闇を切り裂いた。
メインの照明が点き、突然の明るさに私は目を固く閉じた。
足音が駆け寄ってくる。彼の高級な革靴が、フローリングの上で囁くように音を立てる。
彼は私の車椅子のそばに跪き、冷たい手を私の額に当てた。
「汗ばんでる。痛むのか?薬、飲み忘れた?」
私はゆっくりと目を開け、彼のハンサムな顔に浮かぶ心配そうな皺を目でなぞった。
この男は、何週間も私の病室のベッドのそばに座っていた。
辛抱強く私にご飯を食べさせ、体を拭き、私の壊れた体こそが彼が望む唯一のものだと囁いた。
彼はアースガルズ・クロニクルという、革新的な触覚VRゲームを、私だけのために創ってくれた。
私が再び山に登れる世界。私の足が完璧に動く世界。私が強い世界。
でも、あのステージにいた男、他の女に人生を捧げると誓った男は…私の蓮じゃない。
あるいは、私が知っていた蓮なんて、最初から存在しなかったのかもしれない。
私はスマホを掲げた。
「橘亜リアは、あなたにとって誰なの、蓮?」
彼はスマホを受け取り、動画を見て微笑みを崩した。
彼の目に一瞬パニックがよぎったが、すぐにうんざりしたような苛立ちの表情に取って代わられた。
「ああ、もう。またこれか?」
彼はため息をつき、完璧にセットされた髪を手でかき上げた。
「ハニー、言っただろ。彼女の両親はうちの大口投資家なんだ。彼女に早く身を固めろってプレッシャーをかけてて、彼女に頼まれたんだよ、手伝ってくれって…公の顔を創るのを。一時的な、偽の恋人関係さ。全部ビジネスだよ」
亜リア。
三ヶ月前に彼が私のために雇った理学療法士。
私が自立を取り戻すのを手伝ってくれるはずだった人。
私は黙って、彼を見つめていた。
彼の最初のパニックは、あまりにもリアルに感じられた。
私の目に浮かぶ疑念を読み取ったのだろう、彼は慌てて自分のスマホを取り出した。
「ほら」
彼は私の顔の前に画面を突きつけた。
「これが俺たちのメッセージだ。全部ここに書いてある。発表の計画、彼女の家族の広報チームとの調整。ただのゲームだよ、瑛梨奈。企業間のゲームさ」
メッセージに目を通す。
それは…もっともらしく見えた。事務的で、さえある。
ビジネス用語とスケジュールのメモで埋め尽くされていた。
胸の中で氷の塊のようだった心が、ほんの少し、溶け始めた。
「わかった」
私は囁いた。闘う気力が抜けていく。
疲れた。痛みに、疑念に、この部屋の四つの壁に、もううんざりだった。
彼は安堵したように見え、肩の力が抜けた。
彼は私を抱きしめ、私の髪に顔を埋めた。
「誓うよ、瑛梨奈」
彼は感情のこもった声で呟いた。
「君だけだ。いつだって。何があっても、誰にも俺たちの邪魔はさせない」
私は彼に寄りかかり、彼のコロンの慣れた香りに身を任せた。
彼を信じたかった。信じる必要があった。
「立たせて」
私は言った。新たな決意が私の声を硬くした。
「歩く練習がしたい」
彼の顔が、私が恋に落ちたあの救世主の笑顔で輝いた。
「もちろん、愛しい人。君のためなら何でも」
彼は私を立たせるのを手伝ってくれた。彼の腰に置かれた手は安定していて力強く、その動きは慎重で手慣れていた。
私はおそるおそる一歩を踏み出し、次の一歩を踏み出した。足は震えていたが、持ちこたえた。
部屋を横切っていると、彼のポケットが震えた。
彼はびくりとして、スマホを確認するために身を引いた。
「出ていいよ、蓮」
私は壁に寄りかかりながら言った。
「仕事でしょ」
彼は感謝するように私を見て、廊下に出て電話に出た。ドアをそっと閉めて。
私はしばらくそこにいた。息は荒く、乱れていた。
手の甲で額の汗を拭い、壁を蹴った。
一歩。そして二歩。
私の動きはより安定し、自信に満ちてきた。
本物の笑顔が、数ヶ月ぶりに私の唇に浮かんだ。
私ならできる。私は強くなっている。
私は部屋を横切り、壁に手を滑らせながら、ドアにたどり着いた。
彼に見せたかった。彼の目に誇りが浮かぶのを見たかった。
彼が私に寄せる信頼、私たちが互いに寄せる信頼が、見当違いではなかったと証明したかった。
私の指がドアノブの冷たい金属に触れた、ちょうどその時、彼の声が廊下から聞こえてきた。
その声は低く、いつもの温かみはすべて剥ぎ取られていた。
「わかってる、亜リア、わかってる。彼女を愛してるよ、本当に。でも、同じじゃないんだ。どうしてお前を置いていける?」
私の血が凍りついた。
「彼女が動画を見たんだ、落ち着かせなきゃならなかった。心配するな、信じたから」
間があった。
「ああ、薬剤師にはもう話してある。明日、彼女の鎮痛剤を鎮静作用のある弱いものに切り替える。それで回復の進捗がちょうどよく遅れるはずだ。もう少し時間が必要なだけなんだ」
「俺たちのことは誰にもバレない。約束する」
話 2
蓮の言葉は、ただの言葉ではなかった。脳に突き刺さるガラスの破片だった。
さっきまでの温かさは消え失せ、腹の底から始まり、血管を駆け巡り、血を氷に変えるような冷たさが広がった。
私はよろめきながら後ずさり、足がもつれて崩れ落ちた。
壁を滑り落ち、床にぐったりと座り込んだ。
涙が、熱く、静かに頬を伝った。
彼は私を裏切っていただけじゃない。何ヶ月も彼女と一緒だった。
私の額にキスをして、君は僕の世界だと言いながら、私の理学療法士と寝ていた。
そして薬…。
彼は意図的に私を弱らせていた。依存させていた。
彼が私たちの家と呼ぶこの家で、私自身の体の囚人として。
ゆっくりと、痛みをこらえながら、私は車椅子まで這って戻った。動きは不器用で必死だった。
私の家。
私は部屋を見回した。壁に沿って特注で取り付けられた手すり、低くされた照明のスイッチ、庭へと続く車椅子用のスロープ。
彼はそれぞれの改造を、彼の永遠の愛の証として私に贈った。彼の献身の証として。
「君が決して苦労することのない世界を創るよ、瑛梨奈」
彼はそう誓った。その目は誠実だった。
今、彼の約束は苦い冗談だ。
これは愛で築かれた世界じゃない。嘘で塗り固められた鳥籠だ。
私は手の甲で涙を拭い、寝室に戻った。モーターの静かな回転音だけが、息苦しい沈黙の中で響いていた。
その夜、私は一睡もできなかった。
翌朝、彼は仕事に行く前に私の額にキスをした。彼の唇が、私の肌に焼き印のように感じられた。
「亜リアは今日、私用で休みだから、君のセッションはキャンセルしておいた。今日はゆっくり休んで、いいかい?無理しちゃだめだよ」
叫びたい衝動、彼のハンサムな嘘つきの顔を爪で引き裂きたい衝動が、体の中で物理的な力となって渦巻いた。
でも私はそれを飲み込み、弱々しく頷いた。
「わかったわ、蓮」
玄関のドアがカチリと閉まった瞬間、私はバスルームに駆け込み、彼がキスした額を、肌が赤くただれるまでこすった。
それから、宝石箱の中から小さなベルベットの箱を見つけた。
中には繊細なプラチナのネックレスが入っていた。彼がプロポーズした崖の座標が刻まれた、最初の記念日にくれた特注品。
私はそれを小さな箱に詰め、彼のオフィス宛に住所を書き、宅配便を呼んだ。
一時間後、それは消えていた。
足は痛んだが、無理やり立ち上がった。
私は一歩一歩、苦痛に耐えながら、部屋の隅にあるアースガルズ・クロニクルのVRポッドまで歩いた。
それは光沢があり、未来的だった。私の聖域。彼の創造物。
その皮肉が、胸に重くのしかかった。
私は体を固定した。清潔な電子機器とリサイクルされた空気の慣れた匂いが肺を満たす。
システムが起動し、私の意識が仮想世界と同期するにつれて、彼がそれを披露した日のことを思い出した。
「君がいつでも自由でいられるように、僕のヴァルキリー」
彼はそう囁いた。
アースガルズでは、私は車椅子の壊れた女ではなかった。
私はヴァルキリー、トップランクのプレイヤー、剣の腕前では誰にも負けない伝説だった。
私の仮想の体は強く、速く、そして完全だった。
ハプティックスーツは私の神経インパルスに反応し、思考を行動に変えた。
ここでは、運動の燃焼感、完璧に決まった受け流しのスリル、ありえないほどの裂け目を飛び越える時の風の勢いを感じることができた。
私の現実の足は弱いかもしれないが、アースガルズでは、私のシナプスはかつてないほど速く発火していた。
私の反応時間は向上し、感覚は鋭くなった。
このゲームは、亜リアのセラピーでは決してできなかった方法で私を癒していた。
そして蓮は、それさえも私から奪おうとしていた。
数時間後、私はポッドから出た。体は疲れ果てていたが、心は澄み切っていた。
計画が、鋭く、正確に形作られていた。
二週間後、アースガルズの全国eスポーツ選手権がある。オフラインのイベントだ。
それが私のチャンスだ。
私はそれに勝ち、そのステージで、世界の前で、神崎蓮との最後の絆を断ち切る。
私は起きている時間のすべてをゲームに費やし、トレーニングし、限界を押し広げた。指はコントロールの上を飛び交い、心はレーザーのように集中していた。
数日後、私のスマホが二つの通知で震えた。
一つ目は亜リアのインスタグラムの投稿だった。
彼女と蓮の写真で、二人は高級レストランで頭を寄せ合い、微笑んでいた。
彼の腕は彼女の周りに巻かれ、その手は所有欲を示すように彼女の腰に置かれていた。
キャプションは、シンプルなハートの絵文字だった。
二つ目の通知にスワイプすると、手が震えた。
蓮からのボイスメッセージだった。
「やあ、ハニー」
彼の声は温かく、親密な愛撫のようだった。
「様子を見に来たよ。昼食はちゃんと食べた?食事を抜いちゃだめだよ、わかった?愛してる」
その落差は、吐き気を催すほどひどかった。
私はスマホをいじくり回し、指は不器用で、画面を何度も突き刺してから、ようやくアプリを閉じることができた。
その夜、彼は帰ってこなかった。
深夜頃にメッセージが届いた。
『投資家との会議が長引いてる。待たなくていいよ。それと、僕が言ったことを忘れないで。運動はやりすぎないように。君の体は自分のペースで癒す必要があるんだ』
苦々しい、嘲るような笑みが私の唇を歪めた。
彼は同時に二人の女性を愛することができた。
息をするように嘘をつき、それでも聖人のように聞こえることができた。
あるいは、彼は最初から私を愛していなかったのかもしれない。
話 3
氷室瑛梨奈 POV:
私はスマホをベッドに放り投げ、再びアースガルズに没頭した。
現実世界は欺瞞の沼だったが、ここではルールは単純だ。
より強く、より速く、より賢く。勝つか負けるか。
選手権への計画は私の命綱であり、私がしがみつける唯一の確かなものだった。
ゲームのトッププレイヤーであるヴァルキリーとして、私の受信箱は高レベルのレイドへのパーティー招待で溢れていた。
私はそれらをすべて無視し、一人でトレーニングすることを好んだ。
その時、無視できない通知が私の視界に点滅した。
『あなたはパーティーに強制召喚されました』
私の仮想アバターは石の間に現れ、空気はデジタルのオゾンの匂いで満ちていた。
私の向かいには、きらめくピンクの鎧を着たプレイヤーが立っていた。
私はすぐに彼女だとわかった。亜リアだ。
彼女のゲーム内ネームは「ダリア」。独創的ね。
「ヴァルキリー!来てくれて嬉しいわ」
彼女は甲高い声で言った。その声は吐き気がするほど甘ったるい。
「蓮があなたのことをたくさん話してくれたの。彼って本当に最高の男性よね?」
私が返事をする前に、別のプレイヤーが彼女の隣に現れた。
彼は希少な黒曜石の鎧を身に着けており、亜リアのピンクの鎧と完璧にマッチしていた。
彼らは並んで立ち、グロテスクなファンタジーのパワーカップルをパロディにしているようだった。
片足からもう片方の足へと体重を移動させる、ほとんど気づかないほどの小さな癖が、彼を物語っていた。
蓮だった。
私の両手は拳を握りしめていた。
私はすぐに彼のプレイヤープロフィールを開いた。
彼のゲーム内ネームは「A」。
彼のパーティー履歴は、過去三ヶ月間、彼が「ダリア」とだけチームを組んでいたことを示していた。
三ヶ月。彼女が私の理学療法士だった全期間。彼が私の顔を見て嘘をついていた全期間。
冷たい手が私の心を締め付け、呼吸が苦しくなった。
私は彼らの共有実績をスクロールした。それは彼らの秘密の生活の、自虐的な一覧だった。
彼は彼女と「恋人たちの跳躍」クエストを完了していた。それはプレイヤーに揃いの指輪を報酬として与える、悪名高いカップル専用のクエストだ。
私は彼に一緒にやろうと頼んだことを覚えているが、彼はいつも仕事で忙しいと言っていた。
ログアウトして、頭から神経センサーを引きちぎり、叫びたかった。
しかし、亜リアの声が私を止めた。
「私たちは『ゴルゴンの巣』に挑戦するの」
彼女は言った。その口調は偽りの親しみやすさに満ちていた。
「最終報酬は『フェニックスの涙』よ。蓮が言うには、プレイヤーの神経触覚フィードバックを永久に向上させることができるんですって。あなたの…状態に役立つかもしれないと思って」
彼女は私の回復を、ニンジンのように目の前にぶら下げていた。
フェニックスの涙は伝説のアイテムで、一度きりのドロップだ。
それは私の身体的なリハビリから数ヶ月、もしかしたら一年を短縮することができるかもしれない。
私にはそれが必要だった。
「いいわ」
私は吐き捨てるように言った。
「行きましょう」
レイドは順調に始まった。
しかし、深く進むにつれて、蓮が一貫して亜リアを攻撃から守り、私を無防備にしていることに気づいた。
ゴルゴンの尾が私の背中を鞭打ち、現実の、焼けるような痛みが背骨を駆け上がった。
ハプティックスーツはリアルなフィードバックを提供するように調整されていた。それは蓮自身が主張した設定だった。
「脳が神経経路を再マッピングするのを助けるためだ」と彼は説明していた。
今では、それが彼が私に対して使っている武器のように感じられた。
私たちは最後のボスにたどり着いた。
私はその攻撃パターンを記憶していた。
石化の視線をかわし、私の剣は銀色の残像となり、最後の一撃の準備をした。
ゴルゴンにはほんのわずかな体力しか残っていなかった。
これだ。
突然、私のキャラクターが凍りついた。
きらめく光の檻が私を囲んだ。
「ディバイン・ステイシス」の呪文。
高レベルのパラディンだけが唱えることができる。蓮のクラスだ。
私は閉じ込められ、ゴルゴンが突進し、その牙が私のアバターの肩に食い込むのをただ見ているしかなかった。
痛みは耐え難いものだった。
幻の筋肉が引き裂かれ、骨が砕けるのを感じることができた。
蓮は私を見向きもしなかった。
彼はただ横にずれ、亜リアのために道を開けた。
「とどめを刺せ、ダーリン」
彼は優しく言った。
亜リアはくすくす笑い、彼女の華奢な、光る短剣をゴルゴンの心臓に突き刺した。
獣は金色の光のシャワーとなって消え、フェニックスの涙が空中に浮かんだ。
私のアバターは深紅のピクセルの飛沫を吐き出した。
現実世界では、私の顔は青白く、体は冷や汗でぬるぬるしていた。
「どうして?」
私は囁いた。私の声は、ゲームの中でも寝室の中でも、かすれていた。
亜リアは気取って歩み寄り、フェニックスの涙を拾い上げた。
彼女は跪く私の姿を見下ろし、その表情は哀れみと勝利の完璧なブレンドだった。
「あら、馬鹿ね。わからないの?彼は私を愛しているのよ。私のために何でもしてくれるの」
彼女は私の頭を撫でようと手を伸ばした。
私は彼女の手を叩き落とした。
「涙をよこせ」
私はかすれた声で言った。視界がぼやけている。
「私が手に入れたものよ」
「ごめんなさい」
彼女は言った。全く申し訳なさそうには聞こえなかった。
「もう私に魂縛されてるの。交換はできないわ」
吐き気の波が私を襲った。
私は再び咳き込み、仮想の唇からさらに血がこぼれた。
VRポッドの診断から警告音が耳元で鳴り響いた。
『ユーザーのバイタルが危険です。緊急ログアウトを強制します…3…2…1…』
私の意識がゲームから引き離されるとき、最後に聞こえたのは亜リアの甘ったるい声だった。
「ああ、蓮、ダーリン?去年の選手権で優勝したトロフィー、覚えてる?あなたのヴァルキリーのためにデザインしたって言ってたやつ。私の飾り棚の方がずっと似合うと思うの」
そして蓮の返事。すでに粉々になった私の心臓に杭を打ち込むような。
「もちろん、愛しい人。君のためなら何でも」
私の目は閉じ、一筋の涙がこめかみの汗を伝って流れ落ち、私は意識を失った。