話 2
翌日の朝。
葬儀場の大広間はがらんとしており、数本の燃え尽きていない蝋燭が風に揺れていた。
私は祖母の骨壷を整理しながら、座布団の上に跪いていた。
昨日まで手術台にいた人が、今日はこんな小さな骨壷に収まってしまった。
扉の方から、革靴が大理石の床を踏む音が聞こえてきた。
私は振り返らなかった。
来たのはグ・イェンシュウではなく、彼の特別補佐であるリー・ジェだった。
リー・ジェは仕立ての良いスーツを着ており、手には格子柄のハンカチを持ち、それで鼻をしっかりと覆っていた。
まるで感染源を避けるかのように、入口の花輪を避けて歩いてきた。
彼は供え物の前に立ち、私を見下ろした。
「ジャンさん。」 リー・ジェの声はハンカチにこもっていた。 「グ社長が、あなたの騒ぎがもう終わったか確認するように言われました。」
私は骨壷の埃を柔らかい布で拭きながら、彼の言葉を無視した。
リー・ジェは無視されるのに慣れていないようで、 眉をひそめ、
スーツの内ポケットから小切手を取り出し、 テーブルに叩きつけた。
「パシッ」と音がした。
小切手の衝撃で、香炉の灰が少しこぼれた。
「グ社長が言うには、昨夜は少し口調が厳しかったが、それも大局のためだと。」 リー・ジェの口調は慣れたもので、このようなことは何度もやっているのだろう。 「ここに数字を自分で書き込んで、バッグでも買って気を静めてください。 もう駄々をこねないでください。」
私は拭くのをやめ、その軽い紙片に目を落とした。
それは半分の葬儀場を買えるほどの空白の小切手だった。
グ・イェンシュウの目には、これがペットを扱う最善の方法なのだ。
私が何も言わないのを見て、リー・ジェは私が同意したと思ったようだ。
彼はほっと息をつき、ハンカチをポケットに戻し、さらに気楽な口調になった。
「そうだ、もう一つ。」
彼は腕時計を一瞥した。 「リンさんの飼っているテディ犬の声帯に問題があり、うるさすぎるので、グ社長が今日の午後三時に声帯切除手術を手配しました。 グ社長はあなたに執刀を任せたいと。 あなたは最高の外科医だから、この小さな手術はお手の物でしょう。 遅れないでください。 」
犬の手術をしろと? それがグ・イェンシュウの私への
「譲歩」 なのだ。
葬式の最中でも、リン・ワンティンの犬を世話しに出向かなければならないとは。
私はゆっくりと立ち上がった。
長時間正座していたせいで、膝が少し固くなり、微かに骨が鳴った。
白衣のポケットに手を入れ、冷たい金属片に触れた。
「私に犬の手術をしろと言うの?」私は尋ねた。
リー・ジェは苛立った様子で頷いた。 「そうです、リンさんは犬を心配しており、他の医者の手が安定していないことを恐れています。 これもグ社長があなたにチャンスを与えるためで……」
私は解剖刀を取り出した。
冷たい光が一瞬きらめいた。
リー・ジェは驚いて一歩後退し、腰が供え物のリンゴの皿をひっくり返した。
「ゴロゴロ——」 赤いリンゴが床に落ち、
鈍い音がした。
「あなた……何をするつもりですか? ここは法律が支配する社会です!」リー・ジェは顔を真っ青にして、私の手のナイフをじっと見つめていた。
私は彼を見ず、その鋭い刀の先を小切手の中央に軽く当てた。
手首に力を入れ、押し下げて切った。
「ビリ——」
耳をつんざくような紙の裂ける音が響いた。
刀の刃が紙を切り裂き、深く木製のテーブルに刻み込まれた。
グ家の権力と財力を象徴するその小切手は、瞬く間に紙屑となり、香の灰の上にまるで不条理な雪のように舞い落ちた。
私は刀を引き、顔を上げた。 目は背後の深淵のように空洞だった。
「グ・イェンシュウに伝えて。」
私は一言一句、波立たない声で言った。
「私にとって、彼はこの骨壷の灰一粒にも劣る。」
リー・ジェは目を見開き、まるで狂人を見るように私を見た。
彼は口を開けたが、結局何も言えず、慌てて振り返り、走り去っていった。
大広間は再び静けさを取り戻した。
私は振り返り、祖母の白黒の遺影を見つめた。
彼が私を苦しめるなら、皆も苦しむことになる。
私は白衣を脱ぎ、バッグから用意していた黒いドレスを取り出して着替えた。
今夜はグ家の宴会だ。
話 3
宴会場の扉は重く、開けると鈍い音がした。
中は明るすぎて、目が痛むほどだった。
シャンデリアが眩しく、シャンパンタワーが細かな金色の光を反射していた。 ここは顧家の名誉と利益が交錯する場で、空気には高価な香水の香りと偽りの挨拶が漂っていた。
顧震山は主賓席に座り、顔を紅潮させていた。
顧言洲はその隣に立ち、手に半分の赤ワインを揺らしていた。 林婉婷は彼に寄り添い、まるで彼に取り付いている飾り物のようだった。
私は一目で林婉婷の手の指輪に気づいた。
それはエメラルドの翡翠で、色合いが非常に良い。 元々は私の母が未来の嫁のために残した遺品だったのに、今は別の女性の指に収まっている。
私は黒いロングドレスを着て、中に入った。
この華やかな場に、私は場違いな影か、悪い知らせを運ぶカラスのようだった。
元々流れていたバイオリンの音色が止んだ。
周囲の会話は潮が引くように静まり、何十もの目が一斉に私に向けられた。
「不吉だ!」
鋭い罵声が沈黙を破った。
顧母が席から立ち上がり、嫌悪感を露わにしてハンカチで払いのけた。 「今日は家族の宴だというのに、喪服を着て、誰を不幸にしようとしているの?」
私は彼女のヒステリーに構わず、ハイヒールを大理石の床に響かせて、主卓にまっすぐ歩んだ。
顧言洲は私を見下し、目には軽蔑が浮かんでいた。
「ようやく出てきたのか?」彼はワイングラスを置き、林婉婷の足元の空いた場所を指差した。 「来たからには、規則を守れ。 跪いて婉婷にお茶を出し、謝罪しろ。 昨夜はお前の無理な騒ぎだったと認めろ。 婚約はそのままだ。 」
林婉婷は彼の後ろに縮こまり、顔には怯えた表情を浮かべていたが、目は挑発的に私を見た。
「お姉さん、言洲兄を怒らせないで。 ただ頭を下げれば、私は気にしない。 」
私は彼らを見て、ただ馬鹿げていると思った。
黒いハンドバッグを開けると、中には化粧品もプレゼントもなく、赤い折りたたみ紙が一つあった。
その紙はすでに黄ばんでいて、縁が擦り切れていた。
これは二十年前、祖母が顧老爺を救った際に顧老爺自身が決めた婚約書だった。
そしてこの二年間、顧言洲の首にかかっていた枷だった。
私は婚書を取り出し、テーブルの上に置いた。
「婚約が欲しいの?」私は尋ねた。
顧言洲は冷笑した。 「今さらこれで脅すつもりか? 遅い。 跪かない限りは……」
私はテーブルの銀製燭台を手に取った。
ろうそくの火が揺れ、私の瞳に映った。
私は一瞬の躊躇もなく、婚書の一角を火に近づけた。
「何をするんだ!」顧言洲の顔色が変わった。
乾燥した古い紙は火に触れるとすぐに燃えた。
炎は瞬く間に広がり、黒いインクの文字を飲み込んだ。
その約束と契約を示す文字は、高温で急速に縮み、黒焦げになり、灰と化した。
火はあっという間に広がり、私の指先を焼いたが、痛みは感じなかった。
「姜寧!お前は狂っているのか!」
顧言洲は手を伸ばして奪おうとしたが、私は一歩後退した。
手の中の炎はすでに火の玉となっていた。
周囲の人々の驚きの声の中、私は手首をひねり、その燃える紙の塊を顧言洲の前の高価なシャンパンに投げ入れた。
「シュッ——」
火は消えた。
透明だった金色の液体は一瞬で濁り、黒い紙の灰と残骸が浮かび、まるで腐った汚水のようになった。
最後の火花が消えた。
私は手についた灰を払って、顧言洲の青ざめた顔を見つめた。
「この婚約は、私が破棄する。 」