1

「近藤夫人、ご主人が本日松本深雪さんの誕生日パーティーにご出席になり、その場でご離婚を発表された件について、どうお考えですか?」

「噂では松本さんが近藤さんの初恋の相手であり、正真正銘の松本家の令嬢だそうです。 あなたが他人の居場所や夫をこれほど長く奪っていたことに対して、罪悪感はないのですか?」

「松本家はあなたを娘と認めないと公表し、資産も凍結しました。 この二年間、あなたは専業主婦として過ごされてきましたが、今後の生計をどのように立てていかれるおつもりですか?」

「近藤夫人、お答えいただけますか?」

……

誕生パーティーの会場で、松本星嵐の退路は記者たちによって完全に塞がれていた。

メディアは次々と鋭い質問を浴びせかけ、カメラを彼女の顔にぐいぐいと向け、周囲ではフラッシュは鳴りやむことなく閃き続けている。

この物々しい陣容を前に、星嵐の反応はどこか空虚だった。先ほどの衝撃からまだ立ち直れていないのは明らかだ。

深雪が松本家の本物の令嬢であり、近藤遠の真実の愛だというなら、彼女、星嵐とは一体何者なのか?

――近藤遠の籍の上での妻ではあるが、それは単なる笑い物でしかなかった。

かつて海外の貧民街から彼女を連れ戻し、口々に両親だと名乗ったのは、松本家の人々ではなかったのか?

親子認定をする前に、基本的なDNA鑑定すらしなかったというのか?

なぜ今になって間違いだったなどと言うのか!

星嵐は強張った体で振り返る。そこには、人混みを隔てて熱い視線を交わす遠と深雪の姿があった。

彼女は傍らに立ち尽くし、声を絞り出すように問うた。「どうして…?一言も言ってくれなかったじゃない」

遠の端整な顔立ちは冷え切っていた。「今言っても同じことだ。 松本星嵐、離婚しよう。君は僕にふさわしくない」

「僕たちの結婚は元々両家の結びつきのためだけのものだ。僕が愛しているのは昔から深雪だった。 結婚してから君に一度も手を出さなかった理由が分かるか?君は腐った料理みたいで、見るだけで食欲が失せるんだ」

そう言う彼の眼差しは、質素な服を纏い、野暮ったい黒縁眼鏡をかけたダサい女を忌み嫌っていた。

――彼女は、彼の煌びやかな世界における異類でしかなかったのだ。

言葉が終わるや否や、星嵐は手にしていたシャンパンを勢いよく振りかぶり、遠の顔めがけて浴びせかけた。

「バシャッ」という音と共に、黄金色の液体が遠の顔と高級スーツに飛び散る。 彼はその場に呆然と立ち尽くし、髪の先や頬から滴がしたたり落ちた。

「腐った料理ですって?ごく普通の松本星嵐が欲しいと口を揃えて言ったのはあなたたちよ!良妻賢母で、目立たないおとなしい娘が欲しいって!」

彼女がシャンパングラスを床に叩きつけて割った。会場はどよめきから水を打ったような静寂に包まれた。

恥をかかされた遠は、歯噛みしながら怒鳴る。「狂ったのか?!」

ステージ上の松本夫妻も大声で叱責した。「松本星嵐、今日は深雪の誕生日だぞ。お前が騒ぐ場所じゃない!」

誰もが彼女を狂人だと罵っていた。

この数年、彼女が陰で松本家と近藤家のために尽くしてきたことなど、誰も知らなかった.

彼女は会場を飛び出したが、記者たちが執拗に追いかけてくる。

星嵐は一切の質問を無視し、ただ必死で外へと進んだ。外の土砂降りの雨も、沿道の人々の好奇の視線もものともせず、ただ一刻も早くこの場を離れたかった。

しかし、ようやく記者たちの包囲網を抜け出し、交差点まで走ったところで、待ち構えていた深雪のファンに悪意を持って突き飛ばされ、車が行き交う路上に倒れ込んでしまった。

深雪は人気絶頂のスターであり、誕生パーティーは外部中継されていた。多くのファンが外で待機しており、入り口に現れた星嵐を見るや、ハイエナが獲物を見つけたように激しい非難を浴びせた。

「松本星嵐、よくものこのこ深雪ちゃんの誕生日パーティーに来られたわね。本当に厚かましい!」

「偽物なら、元のスラムに帰れよ!なんでまだここにいるんだ?松本家の富と地位が忘れられないんだろうな!」

「近藤様に捨てられた女が、深雪ちゃんの前でデカい顔するなよ。何様のつもり?」

「失せろ!」

地面に倒れ伏した星嵐は、浴びせられる罵倒や嘲笑を聞きながら、しばし呆然とした後、突如として自嘲の笑みを漏らした。

――何て滑稽なんだ。失敗に終わった結婚。一片の温もりも与えてくれなかった家族。それらが松本星嵐という人間をここまで惨めな姿に貶めるとは。

こんなことなら、何のために必死で演じてきたのだろう? 全てを飲み込み、耐え忍んだ結果が、この全敗だったなんて!

彼女は切なくて目を閉じ、冷たい雨に身を任せた。

その時、人混みの中から恭しい声が響いた。「凛斗様」その声と共に、落ち着いた足音が背後から近づいてくる。

瞬く間に、一本の黒い傘が闇と雨を切り裂き、彼女の頭上を覆った。

2

星嵐はゆっくりと顔を上げ、鋭く深い眼光を宿した瞳と視線が交わった。

雨の夜、道端の灯りもぼんやりと霞んで見えた。 坂本凛斗は逆光の中に立っていた。その凛々しくも高大な姿は圧倒的な威圧感を放ち、一目見るだけで心臓が早鐘を打つほどだ。

彼の背後には護衛の高級車が長い列を成して停まっており、通りの中でも異彩を放って多くの野次馬を集めている。

きちんとスーツを着込んだ側近たちが控えめに彼の両側に立ち、傘を差しかけていた。

だが、彼の傘はただ一人、星嵐の方だけに傾けられていた。

凛斗は身を屈めると、驚愕する星嵐の視線も構わずに、彼女の重苦しい黒縁眼鏡を取り外した。すると、きらめくような美しい瞳が彼の眼前に現れた。

彼は眼前の驚き怯えた子鹿のような女性を見つめ、含みのある口調で言った。「何年ぶりだ。松本星嵐、どうしてここまで落ちぶれた姿でいるんだ」

「この二年間でその恋愛バカは治ったのか?頭の中の水、ちゃんと抜けた?」

彼が言葉を重ねるたびに、星嵐の目元は赤く染まっていく。張り詰めていた気丈さは、彼の辛辣な言葉によって粉々に打ち砕かれた。

彼女が口を開こうとしたその瞬間、周囲の目がある中、凛斗は突然彼女を抱き上げ、すべての風雨ごと遮ってくれた。

凛斗は星嵐を抱いたまま、街角に停まる漆黒のマイバッハへと歩き出した。両側のボディガードたちが自然と道を開け、二人を通した。

先ほどまでの喧騒が、ほとんど消え去った。

誰もがその場に立ち尽くし、信じられないといった様子で彼の去り行く背中を見送っていた。

……

車内。星嵐は泥水で汚れたドレスの裾を指先で強く握りしめた。

彼女はうつむいたまま言った。「坂本凛斗……どうしてよりによって、今帰ってきたの?」

なぜよりによって、彼女が最も惨めな姿を晒している時に。

凛斗はその言葉を聞くと、片手で彼女の顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。「決まってるだろう。俺が一番嫌いな女が、どんな様か見に来たんだ」

「松本星嵐、七年前に俺が言ったことを覚えているか?」

忘れるはずがない。

坂本凛斗。坂本家が最も誇る天才、そして彼女の幼馴染にして宿敵。

二人が最後に会ったのは、七年前の首都空港だった。 出発前の別れの場だったはずが、二人にとって過去最大とも言える激しい口論に発展してしまったのだ。

――凛斗は、彼女が松本家に媚び諂い、近藤遠を盲目的に擁護する態度を蔑んでいた。彼女は、彼の傲慢と偏見、そして常に彼女の身近な人々に難癖をつける態度に不満を抱いていた。

凛斗はずっと前に忠告していた。自分に冷たい家族にひたすら尽くしたところで、最後は徒労に終わるだけだと。

しかし、彼女は無邪気にもこう考えていたのだ。家族に今好かれていなくても構わない、自分が努力し、一心に家のことを思っていれば、いつか分かってくれる日が来ると。

近藤遠に嫁げと言われれば嫁ぎ、兄たちが権力争いを警戒すれば、馬鹿なふりをして平凡な人間を演じた。 その裏で、松本家と近藤家のためにライバルを排除し、密かに守り続けてきたというのに。

彼女の温かい涙が自分の骨ばった指に次々と滴り落ちるのを見て、凛斗の平然とした表情に動揺が走った。彼は観念したように手を離す。

星嵐は掠れた声で言った。「坂本凛斗……あなたの言う通りだった。あの人たちは、私を虐げていただけ」

「過去二十数年、独りよがりに尽くしてきた松本星嵐は、本当に……大馬鹿者だったわ」

どれほど時間が経っただろうか。ようやく凛斗が口を開いた。「お前が馬鹿なんじゃない。奴らが、大切にするということを知らないだけだ」

だが、隣からは何の返事もなかった。

彼が振り向くと、星嵐はすでに気を失うように眠りに落ちていた。

真夜中、星嵐は突如として高熱を出した。

不運なロイス医師は、凛斗の一本の電話で温もりのあるベッドから叩き起こされ、診療道具を携えて若様に仕えるはめになった。

ロイスは凛斗の家庭医であり、診療経験も豊富だ。一通りの処置を終えた彼は、ベッドに横たわる蒼白でやつれた星嵐の顔を見て、ふうとため息をついた。

3

彼が振り向くと、凛斗がベランダで煙草を吸っているのに気がついた。

凛斗は骨ばった指で煙草を挟み、薄い唇に当てている。その彫りの深い横顔は、白い煙の中に沈んでいた。

凛斗が喫煙する姿はめったになく、彼が最後に見たのは、もう二年前のことだった。

ロイスはベランダへ歩み寄り、状況を報告した。「松本星嵐様はたいしたことはありません。ただ、長雨に濡れたことと、精神的なショックが重なって悪寒が生じたようです。注射と薬で落ち着くでしょう」

「ニュースも見ましたよ。松本家のやり方は本当にひどすぎます。 縁を切るなら切るで勝手にすればいいものを、わざわざ松本深雪の誕生パーティーで星嵐様を辱めるなんて」

ロイスは続けて、星嵐のために憤慨していた。「あの人たちが当時、星嵐様を海外から連れ戻した際、本当に何の確認もしなかったんでしょうか? この件はどこかおかしいです。間違いなく何か陰謀がありますよ!」

言い終わるや否や、ベッドサイドに置かれた星嵐の携帯電話が鳴り響いた。

凛斗が歩み寄って電話を切ろうとした瞬間、画面の表示名を見て、その整った瞳が鋭く光った。彼は一転して通話ボタンを押した。

繋がった途端、男の怒鳴り声がどっと浴びせてきた。

『松本星嵐!電話にも出ない、メッセージも返さない、一体どういうつもりだ? 死んだふりをして離婚を逃れられると思うなよ。いいか、明日必ず離婚届にサインするんだ!』

『こっちももう限界なんだ。俺と深雪の幸せをこれ以上邪魔しないでくれないか? 松本家であれだけ甘い汁を吸ってきたんだ、少しでも良心があるなら、さっさと身を引け。今、きれいさっぱりあきらめるのが、せめても深雪への償いだ!』

『それに、この二年間、お前が俺の祖母と母をちゃんと世話してくれたから、金はきちんとやる。だが、ふっかけるような真似はするなよ。 自分の今の立場をわきまえろ!』

『なんで黙ってるんだ。おい、どこにいる?」

向こう側のあまりに不気味な沈黙に、近藤遠は違和感を覚えた。

しかし今この瞬間、最初から会話を聞いていたロイスは、心の中で必死に助けを求めて叫んでいた。

遠が口を開いた瞬間から、凛斗の顔色は見る見るうちに険悪になり、冷たい殺気がみなぎり、部屋の空気は重く、足がガクガク震えるほどだった。

凛斗は端正な顔を曇らせ、血も凍るような笑みを浮かべた。『近藤遠、お前はいつも彼女にそんな口を利いているのか?』

――(貴様にその資格はない)

遠は呆気にとられ、直感で、相手が危険な人物だと察して眉をひそめた。『誰だお前は? 松本星嵐はどこにいる?』

凛斗は部屋で眠る星嵐に視線をやり、無意識に口調を少し和らげた。『彼女は寝ている』

『俺の隣でな』

その言葉に、近藤は激昂した。『何だと?』

『貴様、一体誰だ!』

相手の怒りに対し、凛斗は気だるげに冷笑し、鋭い眼光を放った。『焦るな。生きて俺に会えたら、その質問をする資格をくれてやる』。 そう言い捨て、彼は一方的に電話を切った。

翌日、星嵐が目を覚ますと、窓の外はすでに雨が上がり、晴れ渡っていた。

スマホを手に取ると、遠からの罵倒メッセージと着信履歴で埋め尽くされていた。 彼女はそれに一通り目を通すと、スマホを放り投げ、シャワーを浴びることにした。

浴室で鏡の中の自分を見つめると、久しぶりにかつての生き生きとした自分を感じた。

試しに口角を上げてみると、その笑みはもう、以前のような目の笑っていない空虚なものではなかった。 この高熱が、まるで彼女の過去の愚かさや、家族への思い煩いを、すべて焼き払ってくれたかのようだった。

長年バカなふりをしてきたが、この人生の茶番劇もそろそろ終わらせる時だ。

シャワーを浴びた後、彼女は連絡先リストをスクロールし、長い間かけていなかった謎の番号にコールバックした。

繋がるや否や、向こうから興奮した声が飛んできた。『Venus!やっと電話に出てくれた!離婚するって聞いたけど、本当か!? 早く教えてくれ!』

電話の向こうで押し合いへし合いするような騒音から、星嵐は今この瞬間、大勢が聞き耳を立てているのだと察した。

『今日、サインしに行くわ』

案の定、そう告げた瞬間、電話の向こうは歓喜の渦に包まれた。 グラスが触れ合う音や口笛が鳴り止まず、まるで祭りの屋台村だぜ。

『ああああ、神様ありがとう!お前の恋愛脳もついに完治したか? 専業主婦体験キャンペーンは終了?俺たちの神様が、やっと帰ってくるんだな!?』

『離婚最高!素晴らしい!Venus、近藤遠みたいなクズ男にお前はもったいないよ!一言くれれば、今すぐあいつを去勢してやるのに!』

『そうだ、あの松本家だって何様だ! 去年の世界金融危機の時、お前が止めなければ、松本家のハイテク株はとっくに空売りされて大暴落してたんだぞ!Venus、戻ってこい。お前の後ろには、俺たちエデンがついている!』

彼らの熱意を感じ、星嵐は思わず笑い声を漏らした。『それじゃあ、今すぐ車が必要なんだけど』

すると、弾んだ男の声が割り込んだ。『車だけでいいのかい? 神様の帰還祝いだ、F1世界チャンピオンが直々にお迎えに上がるぜ!』

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離婚後、偽令嬢の正体がヤバすぎた。

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