話 2
ケビンは、インスタグラムでアンについて、一度も取り上げたことはなかった。 彼はチェリーのことだけを自慢げにみせていた。
誰もがケビンが恋に落ちていることを承知していた。 しかし、ケビンがまだ結婚していたとしても、だれも、彼が無情であるとか、他の女性を自慢していると非難することはあえてしない、 ケビンは街中で、最も権力を持つ男であり、 誰も彼の行動をあえて疑問に思うことはしなかった。
アンはクラシックな赤い短いドレスを着ていた。 少し長い髪が耳の後ろまで掻き上げられていた彼女はスッピンだったが、 化粧をしている他の女より素敵だった。
アンは高身長で、曲線美が美しかった。 チェリーが女神なら、アンは女王だ。
ドレスの濃い赤色が、アンの堂々たる振る舞いを、強調していた。
運転手がドアを開けると、 彼女はクラウド・アンド・ヘブンホテルに入っていった。
ここはA市で最上級ホテルの一つだ。 事前予約が必要されているこのホテルは、 いかなる場合も、飛び入りは認められないし、 しかも、年会費100万ドル以上を支払ったゴールド会員でなければ、予約することはできないというルールがある。 その贅沢さは言葉だけでは表現できないんだ。
アンが予約したのは、3階の個室だった。 そこでは界グループの人々を招待するために食事会が行われる予定だった。
「王主事が電話で、界グループのCEOがちょうど海外から戻ってきたので今日の夕食にも出席するようです」 とアンの助手は彼女の耳元でこう囁いた。
その言葉を聞いたアンは目を引きつらせた。 界グループはC市最大の大企業であり、またフォーブスのトップリストに入る企業でもあった。
ANグループは界グループに何度か協働することを打診したが、回答はまだもらっていなかった。
界グループのCEOが海外から戻り、夕食会に出席する今、アンが取引を邪魔するチャンスが高まったのか? それとも可能性は低くなったのか?
そう心配していたアンは顔に出ていないが、無表情に見えた。 アンは助手に「今夜のおもてなしの料理とワイン、全て準備できましたか?」 と丁寧に尋ねた。
「はい」と助手はすぐに答えた。
アンが招待したのは全員、界グループの上層部だった。 CEOも来る予定だったので、アンは失敗するわけにはいかなかった。
個室に入り、アンと助手は、部屋のすべての家具に場違いなものはないか確認していた。 彼女が座ろうとした時、助手が電話に出た。
そしてすぐにアンの方を向き言った。 「副社長、ミシェルからの連絡で、界グループの方々が到着したそうです」
「ミシェルにここに皆様をご案内するように言って。」 アンは背中をまっすぐにしながら、情報を受け入れた。
「かしこまりました」 助手は、電話を切る前、向こうに何か言った。
この時、アンはまだ足の痛みを感じていた。 腰は不快で、動き回ることが難しかった。 アンは疲労していたが、界グループの人間はすぐに到着するので、 座ってリラックスなどしていられないことは分かっていた。 顔をよがめ、咎めるようにドアを見つめた。
大切なお客を接待するのは初めてではなかったが、なぜかとても暑かった。 エアコンのせい?
「室温を確認してくれる?」と助手に命じた。
「24度です」
クラウド・アンド・ヘブンは最新の冷却システムを備えていた。 実際、他のホテルよりも室温が低かったが、それでもアンは非常に暑く感じていた。
多分、ただの心理的な理由だろう。
ちょうどその時、目の前のドアが押し開かれた。 高身長の者が、彼女の視界に入ってきた。
男にはアンを引きつける何かがあった。 男の目は海で、まるで波が海岸線に打ち寄せるようだ。 シルバーグレーのスーツで、口元に微笑みを浮かべていた。
目の前に7人いた中、その男に目を奪われた。 男は大勢の中で、目立っていた。
視線がアンと合った時、彼は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔はとても眩しく、アンは目をそらすことができなかった。
「途中でケビンに出くわしたので、少し遅れました。 ケビンがチェリーの誕生日を祝うために4階の個室を予約しているとは意外でした」と、灰色のスーツを着た男は笑顔で言った。 男は界グループのザオ理事に他ならない。 アンの心に鈍痛を与えたザオ理事が、気さくに言ったその言葉には何か意味があった。
彼女の目の前は、一瞬で暗くなった。 「ケビンはチェリーの誕生日を祝っているのですか」 と内心でそう考えたアンはすぐ首を横に振った。 今はそのことを考える時ではなかった。
アンは「こちらは、界グループの新しく就任されたCEOですか?」 と、ザオ理事に尋ねた。
ザオ理事長は紳士的に微笑んだ。
彼は、胸を張ってこう言っていた。 「副社長は本当にお目が高いですね。 こちらは新しいCEOのライアン・シャオです。」
「副社長あなたのことは、よく聞いているよ。」 ライアン・シャオは一歩前に出て、紳士的に手を伸ばした。
彼を見つめると、アンは少し惹かれてしまった。 助手は、アンをそっと突いた。
アンは我に帰って、ライアン・シャオと握手しようと、手を差し伸べた。
突然、ライアン・シャオはアンを胸に近づけた。 さらに彼は顔を近づけて、「お誕生日おめでとう」とささやいた。
アンは動けなくなった。 顔色も青ざめた。
アンの誕生日... 誰かが誕生日を覚えていてくれた。 アンの目からすぐに涙がこぼれた。 夫が別の女性の誕生日を祝っている最中、アンは誕生日をクライアントと過ごしていたのだ。
夫は知る由もなく、あるいは気にとめもしないかもしれない。
ザオ理事は、笑って言った。 「ライアンはフランスから帰ってきたばかりなので、私たちにも同じように挨拶するんですよ」
アンは冷静になり、姿勢を正した。 「本日、ライアン様にお会いできて、 光栄です」 どうぞ、お座りください」
アンはライアン・シャオを、自分の隣の名誉ある席に案内し、その後、他の界グループの上層部に挨拶した。
この日、ザオ理事はアンの反応を見ていたようだ。 ザオ理事は、席に向かい笑顔で、「それで、なぜケビンは今日来なかったのですか? まさか彼は…」
話 3
「ザオ理事」ライアンは冷たく彼を見つめながら話をさえぎった。 まるで部屋の温度が数度下がったかのようだった。
一瞬でライアンは、笑顔で唇を緩ませた。 「実は、副社長は、俺の同級生なんだ。」と彼は言った。
その言葉を聞いたザオ理事は、驚きで目を見開いた。
実際、部屋中にいるもの全員が驚いていた。 二人が知り合いだとは思ってもなく、ショックを受けていた。 上級幹部たちも、同じ気持ちで、 皆が、二人の関係について、もっと知りたがっていた。
アンの心が少し慰められた。 彼は何年も経った今でも、彼女を覚えているのだ。
上司から注意を受けたザオ理事が、気まずそうにアンに微笑んだ。 ちょうどその時ワインが出てきた。 ザオ理事はすぐにボトルを取り、2杯のグラスにワインを注ぎ、 アンにグラスを手渡しこう言った。 「副社長、もし私が以前、あまりにも早まった話をしたとしたら、申し訳ありません。 あなたが謝罪を受け入れてくださるといいのですが」
アンは笑顔をこわばらせた。
アンは、子作りをしていたので、アルコールを飲むことができなかった。 そして化粧すらしていなかった。 すべてのスキンケア製品、衣服、バッグ、飲み物をフー家により厳しく管理されていた。
そのことを承知しているアンの助手は、すぐにザオ理事からワインを取りあげてこう言った。 「ザオ理事、副社長はアルコールアレルギーですので、 代わりに私にお付き合いさせてください」
滴も残さずに飲み干して、 ザオ理事にグラスを傾けた。
「君はいける口だな」 とザオ理事は感銘を受け、賞賛した。 ザオ理事は不満なく、自分のグラスを傾けた。
ライアンは少し微笑み、ジュースを注ぎアンに渡した。 割には自分が持っているグラスは赤ワインが注いでいた。
「クラスメイトとして、一杯飲んでいただけませんか」
以前よりすっかり変わった、 眉目秀麗でかっこいい彼を見てアンはうれしく思っていた。 アンが彼の手からジュースを取ろうとしたとき、個室のドアが押し開かれた。
突然部屋に入って来た男に皆が注目していた。
それは黒いシャツとズボンを着ていたケビンだ。 その目には、誰もがすぐに目をそらしてしまう何かがあった。
ケビンは、ライアンが持っていたジュースに鋭い視線を向け、唇に微笑を浮かべ、円卓まで歩いてきた。 「シャオさん、 残念ながら、妻が子作り中ということをご存じないようですね」
その言葉を聞いて、アンは青ざめた。 彼女はケビンを睨みつけて、体中に怒りが満ちていた。
ケビンは人前で彼女に恥をかかせようとしていたのだろうか?
落ち着いて歩き出したケビン の目が鋭くて、競合相手を狙っているの肉食獣のようだった。
「ここのジュースは酸っぱくて、妻の口にはあわない」 とライアンに向かって言い出した。
ケビンは、ライアンに一生懸命恥をかかせようと試みたが、彼は動じなかった。 それどころか、ライアンは笑顔でグラスを掲げ、 「あなたが子作り中とは知りませんでした、 お詫びに、俺がこのワインを飲みます」
部屋は緊張感で溢れていた。
ケビンがライアンにした仕打ちは、この新しいCEOに対しての明らかな敵意であった。 ザオ理事は、問題をさらに大きくしようと試みた。
「ケビンさん、二階にチェリーさんと一緒にいますよね?」
「シャオさんと妻はクラスメートだと聞いたので、 挨拶をしに来ました」 ケビンは依然とした笑顔で回答した。 彼はまるで貫禄のある王様ようで、 どんな聞こえの悪い言葉でも彼を傷つけることができないんだ。
傲慢さが彼からにじみ出ていた。
ケビンは、テーブルからグラスワインを取り、ライアンに向かって差し出した。 「シャオさん、 あなたに乾杯を捧げますが、乾杯を捧げ返してください」
彼はグラスをライアンのグラスにあて、チリンと鳴らした。
すると、この部屋の緊張感はさらに倍になった。
ライアンも笑顔を浮かべた。 目の前の男に脅迫などされていないかのように、 すぐにワインを飲んだ。
二人のグラスはすぐに注がれた。
「ケビンさん、乾杯させてくれ」とライアンは、にやつきながら言った。
ケビンは、意味不明にギラついた。 「乾杯の意味が自分でお分かりですか?」 周りの空気は冷たくなっていた。
アンは二人の立ち込める緊張感を何とかしようとしたが、どうしたらいいのか分からなかった。 ライアンは眉をひそめていた。
彼は混乱している表情をしていた。
ケビンは口角を震わせゆっくりとこう言った。 「俺たち夫婦の結婚式に出席しなかったから、このグラスワインであなたに罰を与えるんだ」
そう言うと、彼から笑顔は一瞬で消えた。
ケビンはグラスをテーブルに叩きつけた。 赤い液体がテーブルクロスにこぼれ落ちた。 ケビンは、アンの助手をちらっと見て、 「シアさん、お前の上司の面倒をみてくれ、早めに家に送り届けてくれ」と言った。
そして助手に返事をする機会も与えずに、怒って出て行った。
彼が出て行ったあと、誰もが凍りついた。 それはまるで、皆を冷凍庫に放り込んだようだった。
「かしこまりました」とアンの助手である エミリー・シアは答えた。
出ていくケビンの姿を見て、アンは激怒したが、 拳を握りしめ、客の前で落ち着きを失わないように自分に言い聞かせた。
ケビンの後姿を見ていたライアンの口角が上がった。 その笑顔は、前よりずっと冷たく、鋭かった。
「ケビン、俺たちは間違いなく、今後顔を合わせる機会があるだろう」とライアンは一人思った。