話 2
蓮の顔は恐怖に歪んでいた。
「玲奈が病院に。出血が始まった。血が必要なんだ。大量に」
彼は電話を切ると、万力のような力で詩織の腕を掴んだ。
「行かなきゃ。今すぐ」
「何?どうして私が?」
詩織は腕を振りほどこうとした。彼の突然の暴力的な握力にショックを受けた。
これはさっきまでの、悲しみに暮れ、謝罪していた男ではない。
絶望的で、冷酷な誰かだ。
「彼女の血液型だ」
彼は詩織をドアの方へ引きずりながら言った。
「珍しいんだ。AB型Rhマイナス。君と同じだ。病院の血液バンクの在庫が少ない。時間内に提供できるのは君だけだ。彼女を助けてくれ、詩織」
彼の要求の、そのあまりの厚かましさに、言葉を失った。
彼は、自分の人生を破壊したばかりの女を救えと言うのだ。
彼は頼んでいるのではない。命令していた。
「嫌よ」
詩織は、かかとを食い込ませて抵抗した。
「離して、蓮。どこにも行かない」
「わがまま言うな!」
彼は、顔を怒りで歪ませて怒鳴った。
「人の命がかかってるんだぞ!俺たちの間に何があったにせよ、彼女を死なせるわけにはいかない!」
彼は今や彼女を家から引きずり出していた。彼の指が痛々しく彼女の肌に食い込む。
彼の指にはめられた重厚な結婚指輪、彼女への永遠の愛を象徴するはずだったものが、彼女の肉に食い込んだ。
「彼女は死にかけてるんだぞ、詩織!お前はそんなに冷酷なのか、意地で人が死ぬのを見殺しにするのか!」
彼は、半ば突き飛ばし、半ば引きずるようにして彼女を車に乗せながら叫んだ。
その言葉は、残酷な道徳的脅迫だった。
彼は彼女自身の思いやりを、彼女に対する武器に変えていた。
痛みと混乱の混沌とした渦の中で、彼女の心の片隅で、疲れ果てた小さな部分が譲歩した。
命は命だ。
たとえ玲奈のものであっても。
病院は、蛍光灯の光と、消毒液の恐怖の匂いでぼんやりとしていた。
蓮は一瞬たりとも彼女の腕を離さず、輸血センターに着くまで廊下を引きずり回した。
「今すぐ血が必要なんだ!」
彼は驚いた看護師に叫んだ。
「名前は早坂玲奈。これがドナーだ」
看護師が手早く詩織の腕を準備した。
冷たい椅子に座っていると、詩織の心は混乱していた。
彼女は、自分の婚約者を奪い、知り合い全員の前で自分を辱めた女に、自分の血、自分の生命力を与えようとしていた。
その不条理さは、狂気に近いほど深かった。
彼女は最後にもう一度、腕を引こうとした。
「蓮、私にはできない」
「やるんだ」
彼は、低く、威嚇するような声で言った。
彼は彼女の椅子の後ろに回り、彼女の肩にしっかりと手を置き、彼女をその場に釘付けにした。
「やれ」
彼は看護師に命じた。
針は冷たく、鋭い痛みだった。
詩織は身をすくめ、純粋で、希釈されていない屈辱の涙が頬を伝った。
彼女は、自分の真っ赤な血が透明なチューブを通って流れ、ライバルを救うために自分の体から出ていくのを、無感覚に見つめていた。
蓮の手は彼女の肩から離れず、それは慰めというよりは檻のような、重く、所有欲に満ちた重圧だった。
血液バッグが満たされるにつれて、世界が揺らぎ始めた。
450ミリリットル。
標準的な献血量だが、その日の精神的な打撃の後、彼女の体は消耗し、空っぽに感じられた。
目の前に黒い点がちらついた。
「終わりました」
看護師が、腕に脱脂綿をテープで貼りながら言った。
針が抜かれた瞬間、蓮は彼女を解放した。
「よかった」
彼は、安堵の息を漏らした。
その時、近くの手術室から医師が飛び出してきた。
「藤堂さん!彼女は安定しましたが、あなたを呼んでいます」
蓮はためらわなかった。
彼は詩織を振り返りさえしなかった。
彼は手術室に向かって走り、その意識は完全に玲奈に向けられていた。
彼が走っていく中、詩織は立ち上がろうとした。
足ががくっと崩れた。
世界が横に傾き、彼女は倒れ、頭を金属製の医療用具カートの角に強く打ち付けた。
カートが揺れ、ステンレス製の器具が乗った重いトレイが滝のように落ちてきて、彼女の頭と肩を直撃した。
目の奥で鋭く、目がくらむような痛みが爆発し、そして、すべてが真っ暗になった。
彼女が最後に見たのは、手術室のドアを通って消えていく蓮の後ろ姿だった。
最後の、決定的な、見捨てられた行為。
…
詩織が目を覚ました時、最初に感じたのは、頭の鈍く、ずきずきする痛みだった。
彼女は個室の病室にいた。
蓮がベッドのそばの椅子に座り、頭を抱えていた。
彼女が身じろぎすると、彼は顔を上げた。その目は赤く縁取られ、疲れたような罪悪感に満ちていた。
「詩織、目が覚めたのか」
彼は、かすれた声で言った。
「本当にすまない。君が倒れたのに気づかなかった。玲奈のことが心配で…」
彼女はただ、空虚な目で彼を見つめた。
謝罪の言葉は、無菌室の中で空虚な響きに感じられた。
彼女が傷ついたのを見なかったことを謝っているのであって、その原因であったことを謝っているのではない。
「話さないで」
彼女は、乾いたかすれた声で言った。喉が痛かった。
「君に乱暴で、馬鹿なことをした」
彼は彼女を無視して続けた。
彼は手を伸ばして彼女の手を取ろうとしたが、彼女はそれを振り払った。
「約束する、詩織。二度と、二度とあんな風には扱わない。玲奈が…いなくなったら…すべてが元通りになる。君と俺。約束する」
冷たく、苦い笑いが胸からこみ上げてきそうだった。
元通りに?
彼は二人の世界を粉々に打ち砕き、今、空虚な言葉でその破片を接着しようと約束している。
彼は玲奈の高潔な救世主という役割に夢中で、自分の後に残した残骸が見えていない。
彼は彼女の世話をしようとした。
食事を運び、枕を整え、なだめるような優しい口調で話しかけた。
しかし、彼の注意は散漫だった。
彼のスマホは、玲奈の病室からの最新情報で絶えず鳴っていた。
彼は詩織にスープを一口食べさせている最中に、画面に目をやり、その表情はもはや彼女のためではない優しさで和らいだ。
ある午後、彼女が起き上がるのを手伝っている最中に、彼の電話が鳴った。
彼はそれに出て、すぐに意識を切り替えた。
「彼女は起きてる?何か欲しがってる?」
注意が散漫になり、彼は詩織の腕を早く離しすぎた。
彼女はずるりと滑り、負傷した肩がベッドの柵にぶつかって捻れた。
鋭い痛みの叫びが彼女の唇から漏れた。
蓮は突然電話を切り、その顔は罪悪感と苛立ちでぐちゃぐちゃだった。
「ごめん、本当にごめん、詩織」
「出て行って」
彼女は、危険なほど静かな声で言った。
「出て行って、蓮。彼女のところに行って。あなたはここにいても何の役にも立たない」
「詩織、埋め合わせはできる」
彼は、声が割れるほど懇願した。
「残りの人生をかけて、君に償う」
しかし、彼の約束は口の中の灰のようだった。
彼女は目を閉じ、彼を締め出した。
もう言うことは何もなかった。
彼は今や見知らぬ人、他の誰かのために心臓が鼓動する男だった。
彼女が丹念に設計した二人の未来は破壊され、彼は瓦礫の中に立ち、彼女にその景色を賞賛するように求めていた。
話 3
蓮はついに去っていった。その足音は彼の未練を響かせていたが、玲奈のベッドサイドへの引力は、彼が詩織に対して感じていたどんな罪悪感よりも強かった。彼は私設の看護師を雇い、詩織の物質的なニーズがすべて満たされるように手配した。それは彼の存在の貧弱な代用品であり、彼の優先順位を明確に示すものだった。
詩織が退院した日、彼女は二人が一緒に建てた家に戻った。そこは異質で、冷たく感じられた。空気は、死んだ関係の亡霊で満ちていた。スタッフに一言も告げず、彼女は自分の人生から彼を排除し始めた。二人の写真を下ろし、「過ち」とラベルを貼った箱に詰めた。彼がいつも買ってくれたクチナシの香りのキャンドルを捨てた。彼の電話番号をスマホから削除したが、暗記していた。捨てられた品物一つ一つが、小さく、満足のいく断絶だった。
初めてのデートから保存していた映画の半券のコレクションを袋に詰めている最中に、玄関のドアが開いた。蓮が戻ってきた。そして、彼は一人ではなかった。
早坂玲奈が彼にもたれかかり、青白く、か弱い様子だった。彼女は繊細なシルクのローブを身につけ、髪は巧みに乱れていた。詩織が箱とゴミ袋に囲まれているのを見ると、彼女の目には、弱々しさや病的な様子はなく、隠しようのない勝利の輝きがあった。
「何してるんだ?」
蓮は、二人の人生の解体された残骸を見て、眉をひそめて尋ねた。
「掃除よ」
詩織は平坦な声で答えた。
「もういらないものを捨ててるの」
蓮はその問題を追及せず、彼の注意はすでに腕にしがみつく女に戻っていた。
「玲奈は静かな場所で回復する必要があるんだ」
彼は尋ねるのではなく、宣言した。
「医者はストレスが彼女の状態に最悪だと言っている。彼女にはここにいてもらう」
彼は玲奈をソファに導き、まるで彼女がガラス細工でできているかのようにクッションにもたれさせた。玲奈は詩織を見上げ、その表情は謝罪と無力感の完璧なブレンドだったが、その目は鋭く、挑戦的だった。それは所有権の宣言だった。ここは今や彼女の家。彼女の男。
詩織は何も感じなかった。怒りと痛みは燃え尽き、凍てついた静けさが残った。
「いいわ」
彼女は箱に向き直りながら言った。
「あなたの家だもの」
蓮は彼女の無抵抗に安堵したようだった。
「ありがとう、詩織。君なら分かってくれると思ってた」
彼はそれから家政婦に向かって言った。
「マリアさん、下の階の客室を玲奈さんのために準備してください。快適にしてあげて」
詩織は彼らを見なかった。彼女は冷静に自分の仕事を続け、まるで幽霊のように家の中を動き回り、壁から自分の存在を体系的に消し去っていった。その後の数日間は、特別な種類の拷問だった。彼女は自分の家で目に見えない傍観者となり、結婚するはずだった男が別の女に尽くすのを見ていた。
彼は玲奈のために果物の皮をむき、小さく、食べやすい大きさに切ることを確認した。彼は何時間も彼女に本を読み聞かせ、その声はかつて詩織の眠れない夜のために取っておかれた、低く、心地よいささやきだった。彼は彼女の薬を管理し、食事に気を配り、彼女が弱さを見せかけたときには抱きしめた。かつては彼女だけのものだった優しさが、今や公然と展示され、彼女の代わりの者に惜しみなく注がれていた。それは、二人が共有したすべての良い思い出を、ゆっくりと、意図的に毒殺する行為だった。
荷造りをしていると、小さな刺繍の入った枕を見つけた。「R + S Forever」。祖母からの贈り物だった。彼女はそれを一瞬持ち、そして二度と考えずにゴミ袋に投げ込んだ。永遠は十年続いた。
彼女の唯一の慰めは、マーマレードだった。蓮が五年前の彼女の誕生日にくれた、ふわふわのオレンジ色の猫。彼は彼女の影であり、冷たく、空っぽの家の中の、暖かく、喉を鳴らす存在だった。彼女が泣くと、彼は彼女の手に頭をこすりつけた。彼女が眠れない夜には、彼は彼女の胸の上で丸くなり、嵐の中の毛皮の錨となった。
ある午後、荷物が届いた。定期的な歯のクリーニングの後、獣医からようやく戻ってきたマーマレードだった。彼の見慣れた顔を見て、彼の幸せそうな鳴き声を聞いて、詩織がここ数週間で感じた最初の本物の暖かさだった。彼女は彼を腕に抱き、彼の柔らかい毛皮に顔を埋めた。一瞬、彼女はかつての自分のかけらを感じた。
マーマレードを腕に抱いて廊下を歩いていると、キッチンに向かう途中の玲奈と出くわした。玲奈の目はすぐに猫に釘付けになった。
「あら、なんて可愛い子なの」
玲奈は、病的なほど甘い声でさえずった。
「抱っこしてもいい?」
「だめ」
詩織は、マーマレードをきつく抱きしめながら、そっけなく言った。
「人見知りなの」
玲奈の顔に苛立ちがちらついたが、すぐに不満げな表情に変わった。
「お願い?私、すごく寂しくて悲しいの。小さな毛玉がいたら、元気が出るのに」
彼女は手を伸ばした。
詩織は一歩下がった。
「だめだって言ったでしょ」
玲奈の不満げな表情は、嘲笑に変わった。彼女は前に飛びかかり、詩織の腕から猫を奪おうとした。マーマレードは驚きと恐怖で、シューッと威嚇し、前足で玲奈の手を引っ掻いた。それは表面的な傷で、ほとんど皮膚を破るほどではなかった。
「痛い!」
玲奈は、まるで撃たれたかのように後ろによろめきながら叫んだ。彼女は手を握りしめ、その顔は痛みと恐怖の仮面に歪んだ。
蓮は彼女の叫び声を聞いて駆けつけた。
「どうした?玲奈、大丈夫か?」
「猫が!」
玲奈は、小さな血の点が盛り上がっている手を掲げながら、すすり泣いた。
「私を襲ったの!理由もなく、いきなり飛びかかってきたのよ!」
「嘘よ!」
詩織は叫んだ。
「あなたが彼を掴もうとしたんでしょ!」
蓮の視線は、玲奈の涙に濡れた顔から詩織の反抗的な顔へと移り、硬くなった。彼の目は玲奈の手の小さな傷に落ち着いた。
「彼女は病気なんだ、詩織」
彼は、危険なほど低い声で言った。
「彼女の免疫系は弱っている。どんな感染症も致命的になりうる」
彼は優しく玲奈の手を取り、まるで致命傷であるかのように、その微小な傷を調べた。
「この家に凶暴な動物を置いておくわけにはいかない」
「彼は凶暴じゃないわ!彼女が挑発したのよ!」
詩織は、心が沈むのを感じながら懇願した。
玲奈は再びすすり泣いた。
「ただ撫でたかっただけなの、蓮。私にはもうあまり時間がないから、彼が友達になってくれるかもしれないって思ったの」
彼女は偽りの恐怖で猫を見た。
「今は彼が怖い」
それだけで十分だった。
「ただの猫だろ、詩織」
蓮は、冷たく、見下したような口調で言った。
「玲奈の健康の方が重要だ。彼女が猫を欲しがっている。残された時間、彼女の伴侶になるだろう」
彼は手を伸ばし、詩織が反応する前に、彼女の腕からマーマレードをひったくった。
「やめて!」
詩織は、彼に向かって飛びかかりながら叫んだ。
彼は怯えて身をよじる猫を、勝ち誇った玲奈に手渡した。
「よしよし、坊や」
玲奈は、偽りの甘さに満ちた声でさえずりながら、その毛皮を撫でた。
「返して、蓮!彼は私の猫よ!」
詩織は、声が震えながら叫んだ。
「子供みたいなこと言うな」
蓮は、彼女と玲奈の間に立ちながら、ぴしゃりと言った。
「これが最善なんだ。彼女の最後の願いの一つを叶えるのは、俺たちができる最低限のことだ」
彼は背を向け、今やマーマレードをきつく抱きしめ、詩織にしか見えない残酷で勝利に満ちた笑みを浮かべている玲奈を連れて行こうとした。猫は彼女の腕の中でもがき、苦しそうな鳴き声を上げた。
詩織は冷たい恐怖に襲われた。こんなことは許せない。彼女はその夜、蓮がシャワーを浴びるのを待った。家は静かだった。彼女は心臓をドキドキさせながら、玲奈の部屋に忍び寄った。猫を取り返さなければ。
ドアは少し開いていた。彼女は中を覗き込み、そして見たものに血の気が引いた。