2

真っ先に我に返った栗原康行は、途端に激怒して怒鳴りつけた。 「このバカ娘が、何を血迷ったことを言っている! 西園寺様は翔太の叔父上だぞ。お前とは世代が違うんだ。頭でもおかしくなったのか!」

栗原美枝は西園寺正臣を怒らせて結納金を突き返されることを恐れ、慌てて立ち上がり栗原真由を引っ張ろうとして言った。 「あんた、どうかしてるんじゃないの。よくもまあそんなデタラメを。早く控え室に行って頭を冷やしてきなさい」

彼女は力が強く、前に出て強引に真由の腕を引っ張ろうとした。

真由はまったく振りほどくことができなかった。

もし今日、この婚約を白紙にできなければ。

康行の性格上、絶対にその日のうちに手回しをして、自分と西園寺翔太の婚姻届を提出させてしまうだろう。

それどころか、西園寺家と栗原家の提携を長く続けるために、自分をそのまま翔太のベッドに放り込んで、既成事実を作ろうとするかもしれない。

前の人生では、そうやって泣き寝入りしたまま翔太に嫁がされたのだ。

今となっては、正臣と手を組むことだけが最良の選択だ。

このまま引きずられていきそうになり、彼女は焦りで目尻を赤くしながら、どうやって逃げ出そうかと考えた。

ずっと険しい顔で黙っていた正臣が、ふいに口を開いた。

「よく考えなさい。後悔は許さんぞ」

叱責するでもなく、怒って立ち去るでもなかった。

少し考えた後、真剣に問いかけてきたのだ。

その反応に、その場にいた全員が再び唖然とした。

真由の瞳が一瞬で輝きを放った。賭けに勝ったのだ。

驚いて固まっている美枝を素早く振りほどくと、彼女は思いきりよく正臣の隣に立った。

その華奢で柔らかい体が、彼の腕にぴったりとくっつきそうになる。

見上げた小さな顔はほんのりピンク色で、フランス人形のように愛らしかった。ただ、泣きはらしたせいで目が少し腫れていたが、それでも星のようにキラキラと輝いていた。

「よく考えた末の決断です。一時的な感情じゃありません」

男は明らかに信じていない様子で、凛々しい眉をひそめて彼女を見つめて尋ねた。 「なぜだ?」

真由は、この男がそう簡単にはごまかせないことを分かっていた。

自分の突然の態度の変化を、絶対に怪しんでいるはずだ。

少し考えてから、彼女は声を張り上げて言った。「翔太は私が幼い頃に母親を亡くして後ろ盾がないのをいいことに、婚約中なのに浮気しました。それなら、私はあいつの叔母になって、めちゃくちゃ悔しがらせてやります。 それに、私は若くて元気だし、顔だって悪くないです。私と結婚しても、あなたにとって損はないはずです!」

相変わらずの強気でワガママな態度だった。

康行は怒りのあまり全身を震わせて怒鳴った。 「この親不孝者が!栗原家の顔に泥を塗りおって!」

ところが、数秒沈黙した後、正臣は突然康行に向かって冷ややかな声で問い返した。 「俺に嫁ぐことが、そんなに栗原家の恥ですか?」

その言葉に、康行はぐうの音も出ず、慌てて謝罪した。 「い、いえ、もちろんそんなことはありません!ただ……」

次の瞬間、凌はもう康行を相手にせず、自ら長い脚を踏み出して1歩前に出た。オーダーメイドの黒いスーツに包まれた高身長でスタイルの良い体躯は、色気がありながらも気品に溢れていた。そして、広間に向かって宣言した。

「今日から、ここは俺と真由の婚約パーティーに変更する。本日このパーティーに参加した者には、西園寺家と優先的に提携するチャンスを与えよう。後ほど俺の秘書に直接連絡してくれ」

この言葉が出た瞬間、宴会場はさらに騒然となった。

これは、真由の後ろ盾になって彼女の立場を公式に認めただけでなく、外で余計なことを喋るなという全員への警告でもあったのだ!

何しろ、西園寺家と提携できるチャンスなんて、誰もが血眼になっても手に入れられないものだからだ。

それにしても、甥の婚約者がそのまま自分の妻になるなんて展開は、あまりにもヤバすぎた!

それを聞いた真由は瞳を輝かせた。彼が自分の提案を受け入れてくれたのだ!

迷わず前に進み出ると、凌の腕に手を添え、誇らしげに彼のそばに立った。

そして、あっという間に状況がひっくり返ったのを目の当たりにした翔太は、ほとんど思考停止状態に陥り、しばらくしてようやく我に返った。

信じられないといった様子で、真由が正臣の腕にしっかりと抱きついている手を見つめながら叫んだ。 「栗原真由、いい加減にしろ!俺の叔父だぞ!」

3

しかし次の瞬間、彼の予想に反して真由が振り払われることはなかった。

男はむしろ愛おしそうに彼女をちらりと見ると、視線を上げ、威圧的で冷ややかな声を出した。

「聞こえなかったのか。今日は私と真由の婚約パーティーだ。今日から彼女はお前の叔母だぞ、挨拶しろ」

翔太はショックのあまり目を丸くした。

彼はふと、あの時正臣の財布の中で見た写真を思い出した。そして目の前で並んで立つ二人を見て、突然言いようのない怒りが込み上げてきた。

(まさか、最初から二人の間に何かあったっていうのか!)

(ありえない!)

(正臣がとっくに病気で子供を作れない体だと診断され、一生独身を貫くつもりで極端な女嫌いだってことは、誰もが知っているはずだ!)

「真由、お前一体どんな手を使って叔父さんを誘惑したんだ!この尻軽女め……」

ドスッ!

しかし、彼が言い終わらないうちに、正臣がその膝を蹴り飛ばした。

「口の利き方に気をつけろ。目上の者への敬意が足りない。土下座して謝れ」

翔太は悲鳴を上げた。膝が砕けたかと思うほどの痛みに、顔面が紙のように蒼白になる。

彼はこの事実をどうしても受け入れることができなかった。

だが、その痛みが彼の理性を急速に引き戻した。

彼は怒りを必死に押し殺し、悔しさで目を赤くしたように見せた。

「真由、俺に怒ってるのは分かってる。でも結婚は遊びじゃないんだ。俺への当てつけで、一生後悔するような真似はするな。 俺たちは幼なじみで一緒に育ってきた。俺がお前を一番理解してるんだ。もう一度よく考えてから決めてくれないか?」

彼はゆっくりと手を差し出した。

まるで再び真由の前に自分を差し出し、彼女が手を伸ばして掴みさえすれば、思い通りに手に入れられるとでも言いたげだった。

もし以前の真由なら、翔太にここまで熱烈な告白をさせられたら、間違いなく感動して涙を流していただろう。

しかし、前世の光景がナイフのように彼女の心を切り裂いていく。

もう二度と馬鹿な真似はしない。

隣に立つ男の体がこわばっているのを感じた真由は、彼の胸にすり寄って甘えた。

「正臣、うちの可愛い甥っ子って本当にウケるわね。 一緒に育ったからって幼なじみ扱いなの? だったら、私とあなたも幼なじみじゃない。 子供の頃、転んで膝を擦りむいた時、あなたが抱っこして家まで連れて帰ってくれたじゃない。そう考えたら、私を初めて抱っこした男の人ってあなたなんだから……ちゃんと責任取ってよね」

男の体はゆっくりと緊張が解け、大きな手がふいと上がって彼女の腰を抱き寄せた。

「覚えていたのか?」

「当たり前でしょ」

真由は少し誇らしげに小さな顔を上げ、花がほころぶような笑顔を彼に向けた。そして振り返ると、膝をついてへたり込んでいる翔太をゴミでも見るような目で一瞥した。

「さっき私によく考えて選び直せって言ったわね。私、すっごく真剣に考え直してみたのよ。私の旦那様はお金持ちでイケメンで、しかも私のことを大事にしてくれる。あんたのどこが彼に勝ってるっていうのよ……」

彼女が言えば言うほど、翔太の顔色は険しくなっていった。

正臣は表情を少し引き締めると、さらに冷酷な眼差しで翔太をねめつけた。

「これが最後だ。次同じことをしたら、二度と西園寺家の敷居を踏ませない」

そう言い捨てると、彼はまだ状況が飲み込めずぽかんとしている真由を抱き寄せたまま外へと歩き出した。

後には、呆然と立ち尽くす翔太とその他大勢が残された。

翔太はただ、遠ざかる二人の後ろ姿を怨念の込もった目で見つめることしかできなかった。

(こんなのありえない。それに、たとえ真由が正臣に嫁いだところでどうなる。正臣には子供が作れないんだから、いずれこの家督は俺のものになるんだ!)

……

宴会場を離れて控え室に入り、ドアが閉まるまで、男の大きな手は真由の細い腰をしっかりと抱いたままだった。そしてソファに座るのと同時に彼女を自分の膝の上に座らせ、降ろしてやる気配は全くなかった。

低く響くその声は、春の気配を帯びたように色気があった。

「君の目的はもう果たされたわけだが。この後私と一緒に来るか、それとも栗原家に戻るか?」

真由はここへ来てようやく我に返り、顔を赤らめた。

さっきの宴会場での皆の刺すような視線を思い出し、彼女は小首を傾げ、まるで悪戯好きな子狐のように、からかうような目で男を見つめた。

「帰ったら私がいじめられるって心配してるの?」

図星を突かれ、男の耳の先がほんのりと赤く染まった。

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復讐に付き合ってくれるだけのビジネス妻のはずが、なぜか重すぎる愛で溺愛されています

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