話 2
白石 結菜 POV:
私はアルファの屋敷へと、とぼとぼと歩いて戻った。
雨は泥を洗い流してくれたが、屈辱は洗い流せなかった。
巨大な屋敷が闇の中にそびえ立ち、家というよりは牢獄のようだった。
中に入ると、私は壮大な階段を迂回し、私たちの――彼の――寝室へと直行した。
荷造りを始めた。
持っていくものは、たいしてなかった。
数冊の読み古した本、母の宝石が入った小さな箱、そして三年前、私がここに来た時に着ていた服。
ウォークインクローゼットを開けた。
そこは白とパステルピンクの海だった。
玲央様が私のために買ったデザイナーもののガウンやドレスが何列にもわたって並んでいた。
どれも、薔薇のスタイルを完璧に模倣したものだった。
一番奥の隅の、小さなスペースに、私自身の服が押し込まれていた。
数本の黒いジーンズ、何枚かのダークグレーのセーター。
本当の私。
裏で使っている携帯が再び震えた。
蒼さんからの別のメッセージだった。
『中立都市にアパートを確保した。そこにいる隠遁生活を送る長老にも連絡を取った。彼女なら、君の…能力を理解する手助けができるだろう。君を待っている』
私はそのメッセージを見つめ、奇妙な罪悪感と決意が胃の中で渦巻くのを感じた。
高千穂 蒼(たかちほ あおい)。
銀渓(ぎんけい)一族のアルファ。
彼は薔薇の異母兄であり、彼女がどれほどの毒蛇かを見抜いている男だった。
彼は私に保護を、逃げ道を提供してくれた。
彼が私に対して何かを感じていること、彼自身も説明できない引力を感じていることは知っていた。
そして私は、それを利用するつもりだった。
彼の私への感情を利用することは、私の生存の鍵であるだけでなく、玲央様と薔薇の両方の背中に突き立てることができる刃でもあった。
その考えが、冷たく、満足のいく震えを私にもたらした。
黒いセーターを畳んでいる最中、寝室のドアが開いた。
玲央様がそこに立っていた。
薔薇の甘ったるいローズの香水と、高級ワインの匂いをさせて。
彼は満足げな顔をしていた。
「そこにいたのか」
彼は、まだ湿っている私の姿を何気ない無関心さで一瞥しながら言った。
「気分は良くなったか?」
私は急いでスーツケースを隠し、彼の方を向いた。
表情を穏やかな服従の仮面に変えて。
それは、私が三年間で完璧に身につけた仮面だった。
「はい、アルファ」
私は柔らかい声で言った。
「あなた様のおっしゃる通りでした。私が愚かでした。考え直して、自分の立場を理解しました。あなた様が必要とするものなら、何にでもなります。名ばかりのパートナーに。もう刻印を求めることはありません」
彼の眉が驚きで上がった。
それから、彼の表情は独りよがりな満足感に落ち着いた。
これこそが、彼がずっと望んでいたものだった。
完璧に従順な人形。
「いいだろう」
彼は頷きながら言った。
「お前が分別をわきまえてくれて嬉しい」
しかし、彼が私を見つめるうちに、何か別のものが彼の顔をよぎった。
一瞬の、ほとんど気づかないほどの眉間のしわ。
それは、苛立ちだった。
彼の奥深くにある、原始的な部分――私を彼の番だと認識している部分――が、私の安易な降伏に苛立っていたのだ。
それは戦いを求めていた。
私を求めていた。
彼は一歩近づき、彼のアルファとしての存在感が部屋を満たした。
「俺の血統を確かなものにし、黒月(くろつき)一族の安定を確保するためには、跡継ぎが必要だ」
彼は、まるで企業合併について話しているかのように述べた。
「夜会の後から、始めることにする」
私の血の気が引いた。
彼は、心も魂も他の女に捧げながら、私の体を使って跡継ぎを作ろうとしている。
私が返事をする前に、薔薇の着信音が彼のスマートフォンから鳴り響いた。
彼は微笑みながらそれに答え、私に背を向けて彼女との精神感応を開いた。
「もちろんさ、愛しい人。ちょっとした一族の問題を片付けているだけだ。すぐに行くよ」
彼は、黒月グローバルという一族の表向きの会社からの、一族間の条約や企業文書で山積みになった自分のデスクへと歩いていった。
彼はそれらに署名を始めた。
彼の注意は、書類仕事と、薔薇との精神的な会話に完全に分散していた。
これが、私のチャンスだった。
心臓が肋骨に激しく打ち付けられた。
恐怖と高揚感の、荒々しいドラムビート。
私は静かにデスクに近づき、彼の署名が必要な書類の小さな束を手に取った。
「お手伝いします、アルファ」
私は、手の震えにもかかわらず、落ち着いた声で言った。
彼は、他のことに集中していたため、承諾の意を示すように唸った。
震える指で、私はポケットから一枚の紙を取り出し、彼の法務チームが緊急承認のために送ってきた、八十ページにも及ぶ敵対的買収防衛戦略の分厚い書類の一番下にそれを置いた。
それは、彼が決して全部は読まず、署名だけするであろうと私が知っている書類だった。
私の書類は、蒼さんが見つけてくれた中立領域の弁護士によって作成された、他のどの一族間協定とも同じように見えた。
そのタイトルは、小さく、フォーマルな書体で書かれていた。
『離縁の儀』
私はその紙に集中し、抑圧していた白狼のエネルギーのかけらをそれに流し込んだ――魔法と呼べるほどではなく、ただそのページをありふれた、忘れられやすい、官僚的な戯言の一片に見せるためだけに。
私は彼が次々と書類に署名していくのを見ていた。
彼のペンがページの上を飛ぶように動いていた。
彼は貿易協定、土地許可証、資源配分に署名した…
そして、彼は最後のページにたどり着いた。
私の書類に。
彼はそれを読みもしなかった。
彼の眉は集中してしかめられ、唇は薔薇との無言の会話を続けながらわずかに動いていた。
彼はそのページの下部に、力強く、傲慢な署名を走り書きした。
黒月 玲央。
手首を軽く動かすだけで、彼はそれを成し遂げた。
彼は自分の番を署名一つで手放した。
彼は自らの魂を断ち切った。
そして彼は、そのことに全く気づいていなかった。
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話 3
白石 結菜 POV:
翌朝、私は胸に空虚な感覚を抱えながら、一族の司令センター――黒月グローバルのCEOフロアとして偽装されている――に足を踏み入れた。
署名された離縁の誓約書は安全に隠されており、適切な瞬間に爆発するのを待つ時限爆弾だった。
私を迎えた光景は、その空虚な感覚を燃え上がらせた。
薔薇がそこにいた。
玲央様のデスクの後ろに立ち、彼の手でネクタイを直していた。
彼女は身を寄せ、彼の耳元で何かを囁き、彼をくすくすと笑わせた。
私が入ってくると、彼女は顔を上げた。
夏の空の色をした彼女の瞳に、勝利に満ちた毒々しい閃光が宿っていた。
彼女はまるで、自分がすでにルナであるかのように振る舞っていた。
「結菜ちゃん、可愛い子ね」
彼女は、偽りの甘さに満ちた声で言った。
「私の特別なハーブティーを持ってきてくれないかしら?玲央様はいつも私のためにそれをストックしてくれているの。あなたも知っているでしょう?」
私は知っていた。
痛いほど、よく知っていた。
「もちろんです」
私は完璧に穏やかで単調な声で答え、従順な召使いの役を演じながら、役員ラウンジへと向かった。
ラウンジの中で、私は小さく、最新鋭のキッチン設備の前に立った。
私の心は、玲央様の金庫で見つけた日記へとフラッシュバックした。
そこには、絆を結ぶ儀式の詳細だけでなく、薔薇のあらゆる好みが細かく記録されていた。
彼女の好きな食べ物、シャンプーに好んで使う月下香の香り、そして彼女のティーに含まれるハーブの正確なブレンド――カモミール、ラベンダー、そして北嶺の山の花から採れる希少な輸入蜂蜜を一滴。
三年間、玲央様は私を訓練してきた。
彼は私に感覚訓練を受けさせ、嗅覚と味覚を研ぎ澄ませた。
彼は私の狼にとって不自然に感じる方法で、私の力を伸ばすように強いた。
私は彼が、私を強いルナにするために準備してくれているのだと思っていた。
私は間違っていた。
彼は私を、薔薇の完璧なコピーに仕立て上げていたのだ。
私は落ち着いた手つきで、正確な動きでお茶を準備した。
私は今や軽蔑している役を演じる女優だった。
オフィスに戻ると、薔薇は退屈そうに爪を眺めていた。
私がデスクに近づくと、彼女は突然立ち上がり、わざと私にぶつかった。
「あら、不器用な私!」
彼女は叫んだ。
高級な陶器のカップが傾き、熱湯が私の右手の甲に飛び散った。
焼けるような痛みが腕を駆け上ったが、それはただの熱さだけではなかった。
化学的な、燃えるような苦痛が続き、私は息を呑んで後ずさった。
私の中の狼が、痛みに満ちた哀れな叫び声を上げた。
液体銀。
彼女はこっそりとお茶に液体銀を加えていたのだ。
手の皮膚がじりじりと音を立て、怒りに満ちた水ぶくれの赤色に変わった。
人狼にとって、銀は毒だ。
それは私たちの肉を焼き尽くし、治癒能力を妨げる。
それはまるで、私の内なる何か、古く純粋なものを焼き尽くそうとしているかのようだった。
「薔薇、大丈夫か?火傷しなかったか?」
玲央様は瞬時に立ち上がり、彼女のそばに駆け寄った。
彼は彼女に飛び散っていないか確認するように、彼女の上で手をさまよわせた。
彼は私を一瞥すらしなかった。
私は手を握りしめ、銀が私の皮膚を蝕み続ける中、顔を無言の叫びで歪めた。
彼はようやく私に視線を向けたが、その瞳には心配の色はなかった。
ただ、苛立ちだけがあった。
「お前は何をしているんだ?」
彼は唸り、彼のアルファの命令の力が物理的な打撃のように私を襲い、よろめかせた。
「医務室へ行け。騒ぎを起こして恥をかくのはやめろ」
屈辱が、耐え難い痛みとせめぎ合った。
私は背を向け、彼の言葉に追い立てられるように廊下を逃げ出した。
一族の私設医務室で、私は月花軟膏の瓶を見つけた。
銀による火傷を和らげることができる唯一のものだった。
水ぶくれになった皮膚に冷たいペーストを優しく塗りながら、私の決意は冷たく、壊れないものへと固まっていった。
玲央様への愛の最後の名残は、その瞬間に死に、氷のような冷静さに取って代わられた。
私は携帯を取り出した。
火傷で変形した手の写真を撮った。
それから、離縁の誓約書の写真を撮った。
彼の署名が、はっきりと、大胆に下部に記されていた。
私は両方の写真を、簡単なメッセージと共に蒼さんに送った。
『計画は実行中。何も変わらない』
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