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光翔の声が, 車の中で響いた.

助手席でハンドルを握る浩之に, 彼は不安げに尋ねている.

「ねえ, パパ. ママ, 最近変だよ. なんか元気ないみたい」

浩之は運転しながら, ちらりとバックミラーで私を見た.

私の顔は, 感情を読み取れないほど無表情だ.

彼はすぐに光翔に目を向け, 努めて明るい声を出した.

「大丈夫だよ, 光翔. ママは少し疲れているだけさ. それに, 今日は亜矢子ママに会えるんだぞ? 楽しみじゃないか? 」

光翔の顔が, とたんに輝いた.

彼の不安は, あっという間に掻き消された.

「やったー! 亜矢子ママに会えるの! ? 」

浩之は満足げに頷く.

私の心は, 凍りついていた.

私の存在は, 彼らにとっては既にどうでもいいものなのだ.

浩之も光翔も, 私が後部座席にいることすら忘れているかのように, 亜矢子の話題で盛り上がっていた.

彼らは知らない.

私が, 彼らの会話の全てを聞いていることを.

そして, 彼らがどこへ向かっているのかを, 私が既に知っていることを.

その日の朝, 私のもとに, 再び見知らぬ番号からメッセージが届いた.

浩之と亜矢子の, ベッドの中での写真.

そして, 亜矢子からの挑発的な言葉.

『あなた, まだその席にしがみついているの? 笑わせないで. 浩之は私のものよ. 』

吐き気がした.

しかし, 同時に, 私の心に燃え盛る復讐の炎は, さらに激しさを増した.

私は, 彼らの「秘密の場所」がどこにあるのかを突き止めていた.

そして, 彼らの車を密かに追尾していたのだ.

浩之の車は, 高速道路を滑るように走っていく.

あっという間に, 市街地から離れ, 緑豊かな郊外へと入っていく.

やがて, 車は高級住宅街の入り口を通り抜けた.

そこは, 浩之が以前, 「仕事で使う別荘があるんだ」と私に話していた場所だった.

その時, 私は何の疑いも抱かなかった.

しかし, 今となっては全てが繋がる.

ここは, 彼と亜矢子の, 秘密の巣だったのだ.

車が止まったのは, 見覚えのある, モダンで洗練されたデザインの邸宅の前だった.

浩之が「私の作品の中で一番気に入ってる」と得意げに語っていた家.

まさか, それが, 彼の裏切りの証拠の場所だとは.

私の目には, 怒りと絶望と, そして深い憎しみが渦巻いていた.

浩之と光翔が車から降りた.

その瞬間, 邸宅のドアが開き, 亜矢子が現れた.

彼女は白いドレスを纏い, まるでその家の主であるかのように, 優雅に微笑んでいる.

私の心臓が, まるで誰かに握りつぶされるかのように痛んだ.

「浩之さん, 光翔くん, よく来たわね! 」

亜矢子の声が響く.

光翔が彼女に駆け寄る.

そして, 私の最も恐れていた言葉を, 何の躊躇もなく口にした.

「亜矢子ママ! 」

その瞬間, 私の体の全ての感覚が麻痺した.

呼吸ができない.

喉が締め付けられる.

視界が真っ白になり, 足元がぐらついた.

光翔が, 私の息子が, 何の罪悪感もなく, あの女を「ママ」と呼んでいる.

私の愛は, 一体どこへ消えてしまったのだろう.

光翔は亜矢子の腕の中に飛び込み, 彼女は彼を優しく抱きしめた.

その光景は, まるで本物の母子のようだった.

そして, 亜矢子が光翔に問いかける.

「ねえ光翔くん. 直世ママと亜矢子ママ, どっちが好き? 」

光翔は一瞬, 戸惑ったような顔をした.

しかし, すぐに満面の笑みで答える.

「亜矢子ママ! 」

その言葉が, 私の心臓を打ち抜いた.

私は, その場に崩れ落ちそうになった.

しかし, 必死に耐えた.

私の体は, まるで石になったかのように, 動かない.

私の世界は, 完全に崩壊した.

私の愛する夫と息子は, 私ではない別の女と, 完璧な家庭を築いている.

三人は, 楽しそうに笑いながら, 邸宅の中へと消えていった.

私は, まるで魂を抜かれたかのように, その場に立ち尽くしていた.

どれくらいの時間が経っただろうか.

私はゆっくりと, まるで幽霊のように, 邸宅の裏口へと回り込んだ.

鍵はかかっていなかった.

用心深さに欠ける, 傲慢な裏切り者たち.

私は, 音を立てないように中へと足を踏み入れた.

リビングから, 亜矢子の声が聞こえる.

彼女は光翔を膝に乗せ, 絵本を読んでやっている.

その声は優しく, まるで慈愛に満ちた母親のようだ.

私の知らない, もう一つの家族の姿.

やがて, 光翔が眠りについたらしい.

亜矢子の声が, 浩之に語りかける.

「ねえ, 浩之さん. 直世さんのこと, どうするの? 」

浩之の声が, 少し不機嫌そうに聞こえる.

「今はまだ, 仕方ないだろう. だが, すぐにでも…」

亜矢子が, 浩之の言葉を遮った.

彼女の声には, 甘えと挑発が混じっている.

「ふふ, じゃあ約束の, ご褒美ちょうだい? 」

私は, その場から動くことができなかった.

部屋の奥から, 浩之と亜矢子の親密な声が聞こえてくる.

そして, 服が擦れ合うような音.

吐き気が込み上げた.

私は, これ以上聞いていられなかった.

しかし, 聞かなければ, 真実を知ることはできない.

浩之の, 獣のような低い唸り声.

そして, 亜矢子の甘ったるい嬌声.

その全てが, 私の耳に直接届き, 私の心を深く切り裂いた.

彼らは, 私の家で, 私の息子が眠る隣の部屋で, 私を裏切っていたのだ.

私は, 膝から崩れ落ちた.

床の冷たさが, 私の頬を伝う涙と混じり合った.

愛も, 信頼も, 家族も.

全てが幻だった.

私は, 一体何を信じて生きてきたのだろう.

光翔の裏切りが, 私の心を最も深く傷つけた.

ママが一番好き, そう言っていた彼の声は, あの女を「ママ」と呼ぶ声に変わっていた.

私の存在は, 彼らにとって, 何の意味も持たなかったのだ.

私は, 乾いた笑いを漏らした.

喉の奥から, 絞り出すような声が漏れる.

もう, 悲しむ必要はない.

もう, 泣く必要もない.

私の心は, 完全に死んだ.

そして, その灰の中から, 新たな私が生まれたのだ.

私は, ゆっくりと立ち上がった.

私の瞳には, もはや哀しみの色はなかった.

そこにあったのは, 冷たいほどの決意と, 復讐への執念.

「お前たちに, 地獄を見せてやる」

私は静かに, しかし, はっきりと呟いた.

私の声は, 私自身にも, まるで別人のもののようだった.

私は, 来た時と同じように, 音もなく邸宅を後にした.

車に乗り込むと, 私はアクセルをいっぱいに踏み込んだ.

後部座席には, 彼らの幸福な笑い声が, まだ残響のように響いている.

しかし, その残響は, やがて私の復讐の炎によって, 焼き尽くされるだろう.

私は, もう二度と, あの場所へは戻らない.

私の人生は, 今日, ここで終わった.

そして, 新たな復讐の物語が, 今, 始まったのだ.

携帯が震えた. 新たなメッセージ.

開くと, そこには短い動画が添付されていた.

今日の, あのリビングでの, 浩之と亜矢子の姿.

そして, 彼らが私のことを嘲笑う声が, 流れてくる.

私の心は, 完全に麻痺していた.

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偽装死から始まる復讐劇

第3話
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