1

ソフィアの視点:

腕時計を何度も確認しながら、私は長くて深いため息をついた。 もう45分近く喫茶店にいるけれど、昨日のメール相手の姿は まだちらりとも見えない。 ケリー・インターナショナル・コーポレーションのCEOであるダニエル・ケリー氏は、私の「いわゆる」婚約者だ。そして、3週間後には夫になる予定の人でもある。

彼が来週の婚約パーティーの発表前に私に個人的に会いたいと言ってきて、 私も賛成だったから、彼に会うためにわざわざ初練習の予定をキャンセルしてここへきたのだ。

これを読んでいるあなたは婚約パーティーなるものに戸惑っているだろう。 お互いを知らずに、なんならお互いを見ることさえせずに、どうやって婚約するのだろうと。 まあ、これは単なる契約上の結婚なので、お互いに親密である必要はないのだ。 1年間は結婚生活を続ける必要があるけれど、その後はまた別々の道を進むつもりでいる。

「10分。 いや、5分ね。 あと5分しても彼が現れなければ帰ろう。そして婚約パーティーまでは姿も見せないわ」 喫茶店を見回しながら、私は低く呟いた。

そして次の1分を待つあいだ、暇つぶしにイヤホンを付け直して、携帯電話でダウンロードしたダンス音楽を聴きながら、頭の中で新しいダンスのステップを延々と考えていた。

目の前に誰かが立っているのに気づいたとき、私はもう音楽に夢中でビートに乗っていた。 イヤホンを外して見上げると、そこには黒っぽいスーツを着た背の高いハンサムな男性がいた。

最初に目に留まったのは彼の瞳だった。冷たく、一切の感情も見て取れないような瞳で、 まるで心を持たない男を目の当たりにしたような心地だった。

「ソフィアさんですね」

彼の声は冷たいけれどセクシーで、私は息を呑んだけれど、 それと同時に、私の名前を呼んだその言い方に背筋が震えた。

「そうです。 あなたが ケリーさん?」

彼の目を直視したまま、私がそう尋ねて姿勢を正すと、 彼は答える代わりに向かいの椅子を引いて、そこに快適そうに収まった。その間、彼は私の目を見つめたままだった。 ちょっと変だし不気味だったけれど、私は息を止めて、彼から目を逸らしたい衝動をじっと耐えた。

「 ケリーさん、なのね?」

もう一度尋ねたのに、最初に聞いたと同じく、また答えてもらえなかった。

彼がやっと口を開いたとき、私はちょっと耳が悪いのか尋ねようとしていた。

「教えてくれ、ソフィア。 この取引を受け入れる代わりに母からいくら受け取った?」

その質問には驚いた。 そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったからだ。 歯に衣着せぬとはまさにこれだ。 直球ストレート。 「どうも」「あのう」なんて言わずに、要点まっしぐらだった。

「え? な、なんですって?」

思わず聞いたことを確認してしまった。

「おいおい、ソフィア。 俺は、君が母から取引費用をいくら受け取ったのか知りたいだけさ」

彼のまるで汚いものを見るような目に、私は息を呑んだ。

「どうやって母を知り、母に選ばれ、この役を勝ち取ったんだ?」

質問を言い終えた彼に対して、私はすぐに皮肉を込めて笑った。

「あのう、ケリー さん? 参考までに教えてあげるわね。あなたのお母さんは、銀行口座から1円も私に渡していないわよ!」

「つまり、どういうことだ? 見返りなしで取引を受け入れたっていうのか? ああ、いい加減にしないか ソフィアさんよ。 俺はビジネスマンだぞ。騙そうったって、母のようにはいかないぞ!」

私は激怒しそうになったけれど、なんとか落ち着こうと拳を握りしめた。 お金なんかで、よくも私を侮辱してくれたわね? でも、殺意を込めて睨んだり叫んだりする代わりに、私は彼の神経を逆撫でするように にっこり笑った。

「それが私に会いたかった理由なの? ダニエル・ケリーさん。 面と向かって金儲けだと言って私を馬鹿にしたかっただけ?」

「だって… それが理由で同意したんじゃないのか? いくら必要か言ってくれれば…」

「言ってくれれば、何よ? 取引をキャンセルするってわけ?」 私はかぶりを振ってまた笑った。 「よく聞きなさい、ダニエル・ケリー! この世界の全てに値段が付いていて、ぴかぴかのカードやおズボンの中のありがたいお金で買えるわけではないのよ!」

私は彼に顔を近づけて、彼がぎょっとするところを見逃さなかった。

「あなたのお母さんは私に一銭も渡さなかった! 実際、彼女は私の助けを求めてたわよ。 1年間だけ息子のお嫁さんになってあげてほしいとね! それに、そうよ、私にはあなたと結婚しなきゃいけない理由があるけれど、それはお金なんかじゃないわ! 私と結婚したくないならはっきり言いなさいよ。決めつけて馬鹿にしたりしないで! それか、あなたがお母さんと話したらどう?この結婚にこだわっているのは私じゃないもの!」

私は立ち上がってテーブルからバッグを引っ掴んだ。でも一つ、彼に伝えないといけないことを思い出した。

「チッ。 このっ。 ああもうっ。 ダニエル・ケリー。 そうよ、あなたはハンサムで、肩幅が広くて、セクシーで、夫としては完璧な見た目をしているわ…」 彼は目を少し見開いて、 口をあんぐり開けてた。 「でもね、私気付いたの。何か分かる? あなたの見た目の良さって、態度とまるっきり反対だわ! 鼻につくのよ! 一年中、1日3回以上シャワーを浴びた方がいいわね!」

この最後の言葉に彼は驚愕していたけれど、私は彼の返事を待たずに、 口をあんぐり開けた彼を置き去りにして、喫茶店の出口につかつかと歩いていった。 これで彼が私をどう思おうが気にしない。 彼が私を契約結婚のお嫁さんにしたくないなら、それで結構。 でも、侮辱はされたくない。 たくさんの侮辱や決めつけに苦しんだ過去があるので、もう同じ思いをしたくないのだ。

車に乗り込んだ途端、窓の外では雨が降り始めて、私は深いため息をついて静かに目を閉じた。 まさに土砂降り。ぼやけたフロントガラス。 こんな大雨でも運転するほかないので、エンジンをかけた。 1時間近く待たされた結果がこれだなんて、もし分かっていたら待ったりしなかったのに。 いや、彼と会うことすら賛成するべきじゃなかった。

私が言ったことは真実だ。そう、私は取引を受け入れたけれど、それはお金のためではなく、彼の名字、その一族の名前のためなのだ。 彼の母親が契約を持ち掛けてきたとき、私には選択の余地がなくて、受け入れるほかなかったのだ。

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回想:

誰かに尾行されていることに気づいたとき、私はモールの駐車場で、自分の車に向かって歩いていた。 立ち止まり振り返って、足がすくんだ。 そこにいるのが一番会いたくない男、あるいは二度と会いたくない男だなんて、信じられなかった。 過去に私の人生を台無しにした男。 ジョセフ・デ・ルカ。

「Guarda chi c'è? Finalmente ti ho trovato, Amore Mio」 (誰だと思った? やっと見つけたよ、僕の愛しい人)彼は邪悪に、にやにやしながら言った。

「愛しい人なんて呼ばないで、ろくでなし!」 鳥肌が全身を走り、私は彼に向かって叫んだ。

「エスベランテ」 彼はくすくす笑った。 「Non sei ancora cambiato. Come stai, Amore Mio??」 (威勢がいいね。 変わらないなあ。 愛しい人よ、 元気だったかい?)

「Ho detto di non chiamarmi amore, cazzo! Bastardo!」 (「愛しい」なんて口にするなと言ったのよ! ろくでなし野郎! )

彼がにっこりとこちらに向かってきたので、私は後ずさりをした。 心臓がばくばくいっていた。

「Dai, non ti manco?」 (ほら、こっちおいで、僕が恋しくないのか?)」

「Non mi mancherà mai la tua fottuta facia in tutta la mia vita!!」 (人生を通して、あんたの憎たらしい顔を恋しくなったりなんかしないわ! )

私は自分の車に向かって走った。 しかしドアを開けようとしたところで、手を掴まれてしまった。 次の瞬間には、私は車のドアに叩きつけられて、首筋には彼の唇が当たっていた。

「放してよ! この最低のろくでなし野郎! 私に触るんじゃないわよ!」 どうにか彼を押し返そうとしたけれど、彼はとても強くて、私はただ大声で叫ぶだけだった。 「助けて! 誰か来て!」 全身の力を振り絞って彼を押しのけ、なんとか平手打ちを食らわせることができた。

彼は私が手をついた場所を触ってにやにやしていたが、 たちまち悪魔のような笑みを浮かべた。

それを目の当たりにすると私は息をすることもできなかった。 ずっと会っていなかったのに、しかも広い世界の中でよりによってここカリフォルニアで彼と再会するなんて、信じられない。 イタリアはここからすごく遠いのに、なぜ運命はこいつをここに連れてきたんだろう?

「こんなに久しぶりに再会することがあるなんて、誰が予想できただろうね、アモーレ・ミオ? どうしてイタリアを去ってしまったんだい? あちこち探したんだよ。 これ、見えるかい? 覚えてるかい?」

彼は首筋にある長い傷跡を指差した。 彼は真顔になって、私は心に忍び寄る不吉な予感が大きくなっていくのを感じた。

「これがお前を探していた理由だよ! お前を見つけるためだけに、ヨーロッパ全土を周ったんだ! なのに、どうしてカリフォルニアに隠れていると教えてくれなかったんだ?」

「あんたは最低だわ! 6年前に私にしたことから逃げられると思っているのなら、大間違いよ!」

「Ohh... mia Cara Ysabelle, ma non hai prove delle tue accuse!」 (ああ、僕の愛するイザベル、君には 告発できる証拠がないじゃないか)

「そうよ、でも私は神に誓えるもの、ジョセフ! 私が確固とした証拠を手に入れたら、あなたは牢屋の中で年老いて死ぬのよ!」

「ああ… チッ。 チッ、チッ。 もう6年だよ、アモーレ・ミオ。 疲れないのかい? 昔は僕にくれなかったプレゼント、もうくれてもいいんじゃないか?」

「クソ食らえよ!」 自分を彼に捧げることを想像して、身震いがした。 「私は結婚するのよ、ふざけるんじゃないわよ!」

彼は目を細めて何か言おうとしたけれど、そのとき背後から誰かの声が聞こえて、白い制服を着た3人の男性が視界に入った。

「何が起きたの? ソフィア、大丈夫?」 ケリー夫人が こちらに向かって歩いてくる。

ジョセフは目の前にいる3人の男性を一瞥してから、私に視線を向けた。

「Non abbiamo ancora finito, Amore Mio! Quando ci rivedremo, mi assicurerò di prenderti e renderti completamente Mio!」 彼は睨みを利かせて捨て台詞を吐いていった。

「はぁ!」 私は目を閉じて、胸につかえていた息を強く吐き出した。

「大丈夫なの、ソフィア?」 ケリー夫人は私の肩をぽんぽんと叩いてくれて、私は涙目で彼女を見た。

「大丈夫です、 ケリーさん。 助けてくれてありがとう」

「でも、私は何もしていないわよ?」

「いいえ、奥様。 あの男から私を助けてくれたわ。 本当にありがとう」

「ソフィア、差し支えなければ、あれが誰か聞いてもいいかしら? そして彼は去り際になんて言ったの?」

「彼はこう言ったんです。まだ終わりじゃないからな、 次に会うときは確実に捕まえて俺のものにしてやる、って」

「なんてこと! なぜそんなことを言うの?以前あなたのボーイフレンドだったの?それとも今のボーイフレンド? でもあなたはたしか独身だったわよね?」

「ええ奥様、私は独身だし、彼は私の元カレでも彼氏でもないの。彼氏になることなんて後にも先にもあり得ないわ。 彼と付き合うくらいなら、死ぬことを選ぶわ」 私は彼女に真実を話したらどんな反応をするか確かめるように、彼女の目を見て言った。 「彼は6年前に私をレイプしようとしたの」

「ああ、神様!」 彼女の目はショックで見開かれて、私はただ彼女に悲しい笑顔を向けるしかなかった。

2

「何があったのか教えて、ソフィア。 きっと助けてあげるわ」 ケリー夫人は 意を決して言った。

私は苦笑いして頭を下げた。 私たちはショッピング・モールに戻ってきて、今はレストランの中にいる。 私にこの秘密ができてからかなりになる。 カリフォルニアに住み始めてから、誰にもこの話はしてこなかった。 まあ、大学の友人であるライアンを除けば、だけど。

私はテーブルの上で、手に手を重ねられるのを感じた。

「私のことお母さんだと思ってね、ソフィア。 ご両親のことも、ある程度あなたから聞いたことがあるけれど、この話は初耳だわ。 何でも話してね」

ソニア・ケリー夫人は ズンバ・クラスの生徒だ。 2年前からの仲で、いつも私のダンス教室をお友達や同僚に勧めてくれる良いお客さんだ。 それから彼女は私にとって母親のような存在で、私がキャリアに関して犠牲にしてきたことも全て知っていて、 国際的なダンス大会を開催するときにはスポンサーにもなってくれている人なのだ。

イタリアのボローニャで起きた恐ろしい過去について話し始める前に、私は彼女を見て長く、深く息をついた。

「ジョセフ・デ・ルカは元婚約者でした。 父の会社が経済危機に見舞われたとき、私は18歳で、当時はどうしたらいいのか分からなかったんです。 ある日が来るまで、父は私にジョセフ・デ・ルカという許嫁がいると言っていました。 その人のこと、知りもしないのにね。 父に理由を聞いたら、私の将来のためだと言われました。

そしてある日、父が居間で誰かと話しているのが聞こえたんです。 彼らは、その人が父の口座に送金したお金について話していました。 その人は、彼の息子と私が結婚前に親密になるように、私の実家から数ブロック離れたところに家を購入したと言いました。

ジョセフに初めて会ったとき、瞬時に感じたんです。私を見る目が何かおかしいって。 その印象を話すと、父は、そんなことはない、ジョセフは良い人で申し分のない夫だと言っていました。 それでも私は彼を信用できなかったので、いとこの助けを借りて、ジョセフについて調査してみたんです。 すると、彼がIT企業出身だということが分かりました。そして最も衝撃的だったのは、彼が麻薬中毒者で、麻薬の使用や販売を行っているということでした」

「そのこと、お父さんには知らせたの?」 彼女はぞっとしたような顔で尋ねた。

「はい、言いました。 なんなら調査結果も見せたのに、父はデマを信じるんじゃないと怒鳴ってくるだけでした!」

「デマですって? でも証拠があるなら、デマではないわよね」

「そうそう、私もそう言ったんですけど、信じてもらえなかったんです。 代わりに、父はそのまま契約書に署名しました。 そしてある日、私は将来の夫と話し合うことにしたんです。 話し合って、結婚をキャンセルするように頼もうと思って、 実家から数ブロック先の彼らの家に行きました。 玄関を開けてくれたのは使用人のレイラで、 ジョセフのことを尋ねると、彼女は彼の部屋を指差しました。 でも私が前を通り過ぎる瞬間、彼女は私の手を掴んでこう言ったんです。 部屋の中でジョセフと話すつもりなら、気を付けてねって。 私は戸惑いましたが、とにかく頷きました。

目に飛び込んできた光景は、私の視覚だけでなく全身に衝撃を与えるものでした。 私は自らの目で調査結果を確かめることになったんです。 部屋の中で、彼は2人の友達と一緒に麻薬を吸っていました。 友達にライターを持たせて、彼はアルミホイルを嗅ぐような仕草をしていました。 そして彼らが私に見られていることに気付いたとき、私は階下に向かって走り出しました。 もうかくれんぼみたいでしたよ。 私が助けを求めて叫ぶと、レイラは台所から走ってきましたが、ジョセフが睨むと背を向けてしまいました」

泣かないように瞬きしたけれど、だめだった。 目を閉じるより前に、涙が頬にぽろぽろと流れ落ちていった。

「他のメイドはどうだったの? 警備員や、他に家にいた人は? あなたが叫んでも、助けたり話を聞いたりしてくれなかったの?」

「その時は、レイラと門番1人を除けば誰も家にいませんでした。なぜでしょうね?」

「それで、その後はどうなったの? 彼とその友達はあなたに何をしたの?」

「彼らは私を部屋に連れ戻して、ベッドに押し倒したんです。 ジョセフは、自分だけで楽しみたいからと友達を家に帰しました。 押し倒されたときに叫んで抵抗したけれど、彼はびくともしなかったわ。 彼は私のブラウスも、スカートも、そして下着も引き裂いたんです。 やめてと言っても止めなかった。 お前は婚約者で、俺の妻になる女だから、俺が俺のものを使うのは当然の権利だと言われたわ」

「でもまだ結婚していないじゃない!」

「結婚するまで待つように言ったけど、耳を貸さずに私を脱がし続けたんです。 ノックの音が聞こえたとき、私はもう挿入されかけていました。 彼は興奮と麻薬のせいで、鍵をかけていないことを忘れていたのかもしれません。 ノックの後、すぐにドアが開いて、 レイラが現れたんです。彼女の顔はショックで青ざめていきました。

私は泣いて助けを求めたけれど、ジョセフに怖い顔で怒鳴られた彼女は、 私の父とデ・ルカ氏が来て居間で待っているとだけ言い残して去っていきました。 去り際の彼女の目配せで、意味が分かりました。それが助けとして彼女にできる唯一のことだったんです。 それにジョセフが気を取られた隙に、 私は全力で彼を押し返して、あそこを蹴りつけました。 そして、着けていたダイヤの指輪が掌側に回っていたので、そのまま彼にビンタしようとしました。実際は彼の首筋に当たっただけだったんですが、それでもダイヤで深い切り傷を残しました。

私は部屋の外に出て階段を駆け下りました。破れたスカートとブラウスなんて気にならないほど必死でした。 父とデ・ルカ氏は、 駆け下りてきた私を見て驚愕していました。 父はすぐに私を上着で包み、何が起こったのか、二階で何をしていたのか尋ねました。 でも私が話す前にジョセフの足音が近付いてきて、彼が真逆のことを話したんです。 お金が欲しくて私が無理やり彼に自分を抱かせようとしたのだと!

私は来た理由を説明しようとしたけれど、信じてもらえませんでした。 彼は血を流していて、みんな被害者のふりをした彼の嘘の方を信じてしまったんです。 彼はすぐに監視カメラの映像を削除して、別の日には、レイラがその家から突然姿を消しました。 彼女が私の唯一の希望だったのに、今も見つかっていません。 これが、私がボローニャを去った理由です。 父は私を信じてくれませんでした。 代わりに、私がジョセフを誘惑したと非難してきたんです。 私がどう説明しても、彼は耳を貸しませんでした。 すでにデ・ルカのお金に目が眩んでいたんです。

いとこと一緒にこの話をSNSに投稿したら、1週間後に突然削除されました。 彼らはお金の力で使って話を塗り替えて、ジョセフを被害者にでっち上げたんです。 そのときに、私はここから逃げると決めました。もはや父に見放されたと感じたからです。 そして6年後、私の人生を台無しにした人間が、また私を見つけて、やりかけの仕事を全うすると脅してきたんです」

私は、ケリー夫人に握られていない方の手で涙を拭った。

「お母さんはどうしたの? そのときはどこにいたの?」

「シアトルです。 母は私がちょうど10歳のときに父と私を残して家を出ました。 私はあえて彼女を探そうとはしませんでした。 彼女にはもう他に家庭があって、それに満足しているようでした。父からは得られなかったであろう彼女の幸せを私が台無しにしたくはないんです」

「それでもあなたのお母さんじゃない。 あなたが今どうしているのか、どんな目に遭ったのか知る権利があるわ」 特にそのジョセフとかいう男が今ここ、カリフォルニアに来ているってことは知るべきだわ」

「このことは自分でどうにかするわ、 ケリーさん。 母は、いなくなってから一度も私を訪ねてきたりしなかった。 私を娘と思うなら、母は戻ってきたはずです。いなくなるなら私を連れて行ってくれたはずです。でも違った! 私は母を失い、父も捨てて、一人で生きてきたんです。 だから今も、母のことなど必要としていません!」

「まあ、そうね、あなたの苦痛を思えば、責めることはできないわ。 私はあなたを誇りに思うわよ、ソフィア。 こうした問題を全て一人で受け止めてきたのね。 あなたは私が知るなかで、最も強く挫けない心を持った人だわ。 あなたを助けたいの」

私は両手で涙を拭いながら彼女を見た。

「あなたを支援するわ。あなたがレイラを見つけて、そのジョセフとかいう男が自身の罪に苦しむまでね!」

「ケリーさん …」

「私の息子と結婚しなさいな!」

私は、目玉が飛び出るかと思った。 ショックを受けたという言葉では表しきれないほどのショックだった。

「ケ、ケ… ケ、ケケ… ケリーさん?」 舌ももつれて話せないほどだった。

彼女は再び私の両手を握って、こう言った。

「ソフィア、私の息子と結婚しなさいな。 レイラを見つけるために息子の名前とコネを利用するのよ」

「で、でも…」

「息子には今、奥さんが必要なの。あなたならぴったりだわ」

私は目をパチクリさせた。 「息子さんと私は知り合いですらないんですよ、 ケリーさん。 それに、なぜ奥さんが必要なんですか?ガールフレンドはいないの?」

「いいえ、ソフィア。そういうことじゃないのよ。 息子と1年間だけ結婚してくれれば、その後は好きにしていいのよ」

「でも、どうして私に結婚してほしいんですか? 状況を教えてください、 ケリーさん」 なんというか、彼女には何か内緒にしていること、もしくは伝えたいことがあるということは分かった。

「息子は、会社で最重要の投資を勝ち取るために、1年間だけ仮面夫婦をしてくれる人を必要としているの。 ヨーロッパへの投資でね、それが成功したら、会社はカリフォルニア州でトップの売上高になるのよ」

「それが私に息子さんと結婚してほしい理由ですか?」

「ある意味、そうね。でもあなたの話を聞いて、ますます息子と結婚してほしくなったのよ。 あなたを助けたいの、ソフィア。 お金に困っているわけではないのは知っているけれど――」

「あら、だめよ、だめだめ… ねえ、 ケリーさん。 息子さんと結婚することで沢山お金をくださるつもりなら、 悪いけれど受け取れないわ。ノーと言わせてもらいます」

「そんな。でもあなたが望むなら、1円も払わないわ。 息子と結婚するだけで、ジョセフを訴えるのに必要な唯一の目撃者を見つけることができるのよ。 息子についても、心配いらないわ。 優しい人よ、ソフィア。 もしいつかあなたがだんだん息子を好きになってくれたら、私は世界一幸せな母親と姑になるわね」

ケリーさんが最後に付け加えたことに私は笑った。

「でも単なる政略結婚なんですよね? 愛も、いかなる感情も、この結婚には関係ないってことだわ」

「そうよ、あくまで仮定の話をしただけ。 それで、どうするの?」

「ど、どうしましょう、 ケリーさん。 人生を賭けた決断だわ」

「ソフィア、たった1年よ。 その後は離婚届を出して結婚生活をやめていいのよ」

「息子さんは、私と話していることを知っているんですか?」

「知らないわ、でも説明するつもり」

:回想ここまで

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3

ダニエルの視点:

「ダニエル! ソフィアに何をしたの? 何を言ったの?」

電話から母の声が聞こえたので俺は目を閉じた。 とんだモーニング・コールだ。

「別に何もしてないよ、母さん――」

「だったら、なぜ取引を破棄されたの? 今朝あの子から電話が来て、取引はしないと言われたのよ!」

「母さん、それは彼女の問題で、俺は関係ないよ。 彼女が中止を決めたなら、それでいいじゃないか――」

「ダニエル・ケリー!」

――なんてこった、またフル・ネームを呼ばれたよ――

「あなたをそんな失礼な男に育てた覚えはないよ!」

「母さん、俺は彼女に何もしなかったと言っただろう!」

「そうかな。 私から彼女に聞いても、昨日あなたたちの間に何があったのか、教えてもらえなかったけれどね、 いいか。ソフィアはとてもいい子なのよ。 そして、あなたとお父さんが望む投資のための唯一の希望なのよ」

「相手なら自分で見つけるさ。 婚約者くらい自分で決めさせてくれよ母さん!」 眉毛をポリポリ掻きながら、ベッドから起き上がって俺は言った。

「分かったわ! 自分で婚約者を見つけてもいいけど、過去の女性のなかから選ぶのはくれぐれもよしなさいよ!」

俺は目を丸くした。

「あの女は一体何なの?あいつとの結婚だなんて。 あんなやつ何とも思わないよ、母さん! そりゃあ彼女はきれいだけど、それ以外は何も無いじゃないか。 ただの普通の女だろう」

「もう少し辛抱なさい。 そのうちあなたも分かるわよ、後にも先にも、あの子みたいな女性には会えないってね」 ダニエル、あの子は特別なのよ」

俺は母の解説に笑った。 「母さんたら、いつ詩人になったんだい?」

「ダニエル・ケリー! 私は真剣なの!」

「分かった、分かった!」 笑いを堪えながら俺は言った。 「でも母さん、頼むよ。時間が欲しいんだ。そしたら婚約者を自分で見つけるから」

「見つからなかったらどうするの?」

「そのときは母さんが推薦した子にするさ」

「いいわ、一週間あげる。じゃあ、始め!」

「ちょっと母さん、それは短すぎる――」

「だめよ! 婚約パーティーまであと2週間半じゃない。 1週間で女の子が見つからなければ、ソフィアと結婚してもらうわよ」

「分かったよ」

「いいわね、じゃあね。 気をつけてね、愛してるわよ」

「ありがと母さん。俺も愛してるよ」

「ふう!」 ベッドに倒れ込んで、俺は深い溜息をついた。 目を閉じても、頭がソフィアのことでいっぱいになった。

昨日彼女と初めて会った場面を思い出す。 目印は紫色のジャケットだと彼女は言ったけど、紫の服を着ているのは喫茶店に彼女だけだった。 美人なのは認めよう。あと、彼女が顔を俺に近付けてきたとき、彼女の香りは俺の鼻孔をくすぐったことも。 それから、俺が初めに目を留めたのが彼女の唇だったということも。 それはとても柔らかく桃色がかっていて、俺は彼女の目を真っ直ぐ見ないと、何やら本能的な想像をしてしまいそうだった。

「ああ、もう! なんであいつのこと考えてるんだろう? 他の女と何も変わらないじゃないか! 俺の口座を狙ってるんだからな!」

こめかみをぐりぐりしながら、俺はまた起き上がった。 今日は土曜日だけど、重要な会議があるから出社しないと。

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ソフィアの視点:

「No! Per favore Joseph, non farlo!」 (ジョセフお願い、やめて!) 泣いて懇願しても、彼は私の服を引き裂く手を止めなかった。

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いつまでも君のもの

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