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翌日から本格的な撮影を始めることになった。

「ふあぁ、本格的ですねそのカメラ! 何だか偉そうで、キング・オブ・ザ・ビデオカメラって感じ」

 僕が自宅から持ち込んだキヤノンのXF305を見て、楢崎(ならさき)は大きな目をさらに見開いて感嘆の声を上げた。無理もない。一般的な家庭用ビデオカメラと比べ、はるかにでかく、色も黒っぽくてゴツい。

「まあ、一応、プロの報道カメラマンとかも使ってた名機だし」

「へええ。凄いの持ってますね。でも、どうして過去形なんですか?」

「……十年以上前に生産中止になった古い機械だから。ハイビジョンでしか撮れないし。解像度だけならこっちのほうがはるかに上」

 僕はそう言って、もう一つポケットからハンディタイプの最新4Kカメラを取り出して見せる。手のひらに収まるほど小さく、パールホワイトのカバーがついた華奢なボディ。相当に安くて高機能だけど、正直僕はあまりこれが好きじゃない。

「わぁ、小さくてかわいい! 全部こっちで撮れば良くないですか?」

「みんなそう言うね。でも、撮った画像の綺麗さは解像度だけじゃ決まらないんだ。こっちの方がレンズが大きいだろ。F値が高くてその分絞り込めるから被写界深度が深くなって細部までピントが決まる。ノイズも少ないし。それに色の再現性も……」

 調子に乗ってつい喋りすぎた僕は、楢崎のキョトンとした表情に気づいて口をつぐむ。間違いなく話についてきていない。

 こんなオタクな話を垂れ流してたらいつもの二の舞だ。世話役を務めてくれる彼女とは、できれば最後まで良好な関係でいたい。

「どうしました?」

「あ、うん」

 覗き込むように見つめられ、僕はどぎまぎして顔を逸らし、つい余計なことまで口走ってしまう。

「それにこのカメラ、親父の形見だし……」

「……あ」

 思わず顔を見合わせ、その場に気まずい沈黙が流れる。

「あ、ごめん、余計な話しちゃって――」

 だけど、慌てて取り繕おうとした僕をさえぎり、楢崎は慈愛のこもったやわらかい笑顔を見せた。

「わかりますよ。うちも父一人子一人ですから」

 その瞬間、風が彼女の長い前髪を揺らし、隠れていた表情があらわになった。

(ああ、きれいな額だな)

 なんだか変な感想だけど、その時はそれしか思いつかなかった。

 その日のラストは中庭を使っての合同練習だった。基本的に毎日練習の後半は合奏形式の練習になるという。今日は録音機材を持って来ていないので、とりあえず下見のつもりで聞かせてもらうことになった。

 僕の所属する物理化学部の部室は特別教室棟の最果てにあり、放課後の吹奏楽部の練習は遙か遠くでかすかに聞こえている程度だった。でも、総勢六十人の本気の演奏を初めて目の前で聞かされて、僕は背筋に鳥肌が立つという体験を生まれて初めて味わった。

「……何というか……凄いな、これ」

 圧倒的だった。

 これまで何度も楽器合奏やバンドの収録を手伝ったことはあったけど、ここまで気圧されたのは生まれて初めての経験だった。

 これだけの数の楽器が一斉に奏でられていても音はまったく濁ることもなく、それぞれの奏でる音が際立った印象を持って耳に届く。

「凄いでしょう? うちは何度も全国大会に出場してるから」

 楢崎は僕の隣で、まるで自分が褒められたようにニコニコしている。

「まだ一年が入ったばかりだからこの程度だけど、これからもっと――」

「もっと凄くなるの?」

 同じ学校にこれだけ凄い人達がいることに、一年以上も気付かずにいたなんて。僕は興奮していた。興奮し過ぎて、思わず何も考えず口走ってしまった。

「ところで、楢崎は練習しなくてもいいのか?」

 その瞬間、彼女の表情がギシリとこわばった。

「わたしは……ちょっと、最近スランプで……」

 一気に血の気の引いた顔色でふらふらと視線をさまよわせる楢崎の様子を見て、僕はおのれの愚かさを痛感する。

(バカか僕は! そんな気遣いも出来ないからいつまでたってもコミュ障の陰キャなんだよ!)

 全員参加の合奏に参加していない時点で、何か事情があることくらい察するべきだった。でも、今さらいくら自分を罵ったところで始まらない。失敗したと諦めるしかなかった。

 だが、練習が終わってガランとした中庭でひとりうなだれてカメラを片づけていた僕のそばに、気付くといつの間にか楢崎が佇んでいた。

「……あの」

「うわあっ!」

 背後から話しかけられて本気で驚いた。慌てて振り向くと、彼女はまるでいたずらが成功した子供の様に無邪気に微笑んでいる。その様子に、先ほどまでの悲壮感はもうなかった。

「この後、ちょっと時間ありますか?」

「え? あああ、ありますけど?」

 普段と変わらない彼女の態度に安心しつつ、一方でいぶかしく思う。

「では、ちょっと聞いていただきたいお話があります」

「え? ああ、片付けにもう少しかかるけど? その後でもいい?」

「はい待ちます。あ、いえっ、お手伝いします」

「ああ、ありがとう。で、あとは誰が?」

「いえ、私達だけですけど?」

「え!」

 予想外の返事に変な汗が出てきた。いや、これって……。

(もしかして、放課後デートってやつ?)

 そんなわけないと頭のどこかで考えてはいた。でも、勘違いだったとしても許して欲しい。だって、生まれてこのかた、僕は女の子とどこかに出かけたことなんて一度もなかったから、つい舞い上がってしまったのだ。

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君は強くなれる。僕は、

第3話
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