話 1
瀕死の重傷だと聞いた夫は, 病室で包帯を外し, 幼馴染たちとゲラゲラ笑っていた.
「あいつ, マジでチョロすぎ! 泣き顔最高だったな」
震える手でドアの隙間から覗くと, 彼らは「99回目の復讐ゲーム」として, 私を別荘で焼き殺す計画を立てていた.
私の献身も愛も, すべては彼らが桜という女のために仕組んだ暇つぶしだったのだ.
絶望した私は, 彼らのシナリオ通りに別荘へ向かった.
ただし, 燃える屋敷に残したのは私ではなく, ダミー人形と悲鳴の録音テープだけ.
数年後, 私は世界的なプリマドンナとして日本に舞い戻った.
死んだはずの妻の幻影に怯え, 狂気的な執着を見せる夫.
彼が用意した盛大な再婚式の日, 私はウェディングドレス姿でマイクを握った.
「さあ, 修作. ゲームオーバーの時間よ」
第1章
幸江 POV:
修作が事故に遭ったと聞いた時, 私の世界は崩れ落ちた. 電話の向こうで聞こえた悲鳴のような声が, まだ耳から離れない. 私は震える手で病院の廊下を走り, 彼の病室へと向かった.
ドアを開けると, 修作がベッドに横たわっていた. 頭には血が滲んだ白い包帯が巻かれ, 左腕は吊るされている. その姿を見て, 心臓が握り潰されるような痛みに襲われた. 私は駆け寄り, 彼の顔を覗き込んだ. その蒼白な顔が, 私の目に焼き付いて離れない.
「修作... ! 」
私の声は掠れていた. 涙が勝手に溢れてくる.
「大丈夫? どこか痛いところは? 」
私は彼の頬にそっと触れた. その冷たさに, 全身が震えた.
隣にいた桜が, 心配そうに私の肩に手を置いた.
「幸江, 大丈夫よ. 修作はもう峠を越したわ. あなたも疲れているでしょう. 少し休んできて. 」
彼女の言葉は優しかった. でも, 私は首を振った.
「休んでなんていられない. 修作のそばにいたい. 」
私がそう言うと, 桜は少し困ったように眉を下げた.
「そう. でも, 無理はしないでね. 修作も心配するわ. 」
しかし, 私の心は休むことなど許さなかった. 修作の傍を離れることなど考えられなかった. 私は彼のベッドサイドに座り込み, その手を握りしめた. 彼の指先は冷たかった. まるで, 今にも消えてしまいそうだった.
どれくらいの時間が経っただろうか. 看護師が入れ替わりで訪れ, 修作の容態を診ていく. 私はその間も, 彼の肌から伝わる微かな体温を感じていた. 一秒でも早く, 彼が目覚めることを願っていた.
ふと, 喉が渇いた. あまりにも長時間身動き一つしなかったからだろう. 私は修作の手をそっとベッドに戻し, 立ち上がった. 彼の顔をもう一度見つめる. まだ意識は戻っていないようだった.
「少し, 飲み物を買ってこよう. 」
そう心の中で呟き, 私は病室を出た. 廊下は静まり返っていた. 自販機で冷たい水を買い, 一口飲んだ. 冷たい水が喉を通るたびに, 少しだけ落ち着く気がした.
だが, 安堵は長く続かなかった. ふと, 修作の病室から話し声が聞こえてきたのだ. それも, 楽しそうな, 笑い声だった.
私の心臓が, ドクンと大きく脈打った.
「まさか... 」
私は自分の耳を疑った. 修作はまだ意識不明のはずだ. 誰かが, 彼とは別の部屋で話しているのだろうか.
しかし, その声は確かに修作の声に似ていた. そして, 桜の声も, 他の幼馴染たちの声も.
私は引き返した. 足音が, 妙に大きく響く. 病室のドアの前まで来ると, 笑い声はさらに鮮明になった. まるで, 私の目の前で繰り広げられているかのように.
私は恐る恐る, ドアの隙間から中を覗いた.
光景は, 血の包帯よりも, 吊るされた腕よりも, 何倍も私を打ちのめした.
修作はベッドの上で, 起き上がっていたのだ. 彼の頭の包帯は, まるで飾り物のように緩く巻かれている. 左腕を吊るしていた三角巾も, いつの間にか外されている. 彼は顔色も良く, 幼馴染たちと楽しそうに談笑していた.
「まさか... 」
私の口から, 乾いた声が漏れた. 彼が重傷ではなかった? 私が目の前で見た, あの血まみれの包帯は? 苦しそうな顔は? 全てが, 嘘だったとでも言うのか?
「おい, 今回の幸江の驚きよう, 最高だったな! 」
幼馴染の一人が, 下品な笑い声で言った. その言葉に, 私の全身の血が凍りついた. 彼らの視線は, 病室の壁に貼られた, 私が修作に贈った花束に向けられていた.
「あれだけ献身的に看病してるんだから, そろそろ壊れるんじゃないか? 」
桜の声が, 私の耳に届いた. その声は, いつも私に向けていた優しい声とはまるで違う. 冷たく, 嘲笑に満ちていた.
「もうすぐだろ. 99回目だもんね, 修作. 」
別の幼馴染が続けた.
99回目――.
その数字が, 私の頭の中で響き渡った. まるで, 地の底から響く呪いの言葉のように.
私は彼らの会話を, 息をすることすら忘れ, ただ聞いていた. 彼らは, 私と修作が恋に落ちた経緯をゲラゲラと笑いながら話していた.
「桜のために, 幸江を落とすゲーム, 最高だったよな! 」
「あいつ, マジでチョロすぎ! 」
「ピアノも辞めさせて, 完全に修作に依存してるしな! 」
彼らの言葉が, 私の脳内で一つ一つ, 鮮明に再生される.
修作が私に近づいてきたのは, 桜の夢を私が奪ったから.
修作が私を愛していると言ったのは, 私をピアノから遠ざけるため.
修作が私を精神的に追い詰めたのは, 私を完全に「壊す」ため.
全てが, ゲームだった.
私の純粋な愛も, 献身も, 未来も. 彼らの手のひらで踊らされた, 滑稽な道化師のショーだったのだ.
心臓が, 脈動を忘れたかのように, 止まってしまった.
呼吸ができない. 肺が酸素を求めて悲鳴を上げている.
目の前が真っ暗になる. 体が鉛のように重く, その場に縫い付けられたようだった.
修作の優しい眼差し, 私の手を握る温かい指, 未来を語り合った夜の囁き. それら全てが, 今, 猛毒となって私を蝕む. 私が夢見ていた「愛」は, 彼らが仕掛けた悪意に満ちた「復讐ゲーム」だったのだ.
私がどれほど愚かだったか.
彼が私を拒んでも, 受け入れても, その全てが私を傷つけるための策略だった.
私は, ただの道具. 彼らのゲームの, 最高の獲物だった.
「ッ... 」
喉の奥から, 絞り出すような音が漏れた.
その音に, 病室の中の会話がピタリと止まった.
誰かが, ドアの方を向く気配がした.
私は, その場から一目散に逃げ出した. 足がもつれ, 転びそうになる. 病院の廊下を, ただひたすらに走った. 冷たい風が, 私の頬を叩きつける.
どこまで走ったのか, 分からない. 気がつくと, 私は病院の非常階段の踊り場で, へたり込んでいた.
息が, 苦しい. 胸が, 張り裂けそうだ.
涙が, 止まらない. 嗚咽が, 喉の奥から溢れ出す.
「馬鹿だ... 私は, なんて馬鹿なんだ... 」
私は自分の膝を抱きしめ, 声を上げて泣いた. この世の終わりのように.
その時, ポケットの中でスマホが震えた. 家族からの電話だった.
「もしもし? 幸江? 聞いてちょうだい, 父さんの転勤の話, ついに決まったのよ! 海外への移住, どうする? あなたも一緒に来ない? 」
海外移住.
以前, 修作との関係に悩んでいた時, 家族から打診された話だった. あの時は, 修作のそばを離れるなんて考えられなくて, 曖昧な返事しかできなかったけれど.
私は, もう, 迷わない.
「行くわ, お母さん. 私も, 一緒に行く. 」
私の声は震えていたけれど, その言葉には, 確かな決意が宿っていた.
これは, ゲームの終わりではない.
私の, 新しいゲームの始まりだ.
話 2
幸江 POV:
「本当? 幸江, 本当に来てくれるのね! 嬉しいわ! 」
電話口の母の声は, 心底喜んでいるようだった. その声が, 私の凍りついた心に, 微かな温もりを灯す.
「でも, いいの? 向こうに行けば, もう簡単には日本には帰ってこられないわよ. 」
母の言葉には, 私の決意を試すような響きがあった.
私は, 震える手で唇を噛み締めた.
「ええ. もう, 構わないわ. 」
私の声は, ひどく冷たかった. まるで, 感情を失った人形のようだった.
「あの人とのことは, もう吹っ切れたの? 」
母が, 慎重に尋ねる.
「あの人」――修作. その名前を思い浮かべただけで, 私の心臓は鋭い痛みを覚えた. まるで, 心臓を直接抉り取られるような痛みだった. 病室で見た, あの光景が, フラッシュバックのように脳裏に焼き付いている. 彼の嘲笑が, 耳元でこだまする.
息が, 詰まる. 心臓が, 激しく脈打つ. 呼吸が乱れ, 全身が震えだした.
「もう, 愛してない」
私の口から出た言葉は, 自分でも驚くほど明確だった.
「これからも, 絶対に愛することはないわ」
そう言い切ると, 胸の中に巣食っていた何かが, 少しだけ軽くなった気がした.
「そう... なら, 良かったわ. 」
母は安堵したように言った.
私は電話を終えると, スマホを握りしめたまま, 立ち尽くした. 病院の外は, いつの間にか雨が降っていた. 冷たい雨粒が, 私の頬を濡らす.
私は空を見上げた. 灰色に濁った空は, 私の心の色そのものだ.
しかし, もう涙は出なかった. 私の心は, 完全に乾ききっていた.
私は冷たい雨の中を歩き出した. 向かう先は, 修作と同棲していたあの部屋だった.
あの部屋は, 私にとって愛の証だった. 彼が私にプロポーズした場所. 私が彼の腕の中で, 未来を夢見た場所.
「ねえ, 幸江. ここに住もう. 僕のそばにいてほしい」
半年前, 彼が何の気なしに言った言葉を思い出す. あの時の私は, 飛び上がるほど喜んだ. 彼の隣で目覚め, 彼の帰りを待つ. そんな生活を夢見ていた. それが, 私にとって最高の幸せだった.
だが, それも全て, 彼が仕組んだゲームの一部だった. 私を完全に依存させるための罠. 彼が桜を愛していると知っていながら, 私を弄んだ. あの甘い囁きも, 情熱的なキスも, 全てが偽りだったのだ.
私が過去の幻想に打ち震えている間にも, 雨は降り続いていた.
私は家に着くと, 鍵を開けた. ひんやりとした空気が, 私を包み込む.
この家には, 彼の痕跡が至る所に残っていた. 彼のマグカップ, 彼の置物, 彼の写真. それらを見るたびに, 胸の奥がきりきりと締め付けられる.
私はこの家で, 三日間を過ごした. 食事も喉を通らず, ただひたすら眠り続けた. 眠るたびに, 悪夢を見た. 彼らに嘲笑される夢, 燃え盛る炎の中で彼の裏切りを知る夢.
三日目の朝, 私は決意した.
もう, この部屋には一秒たりともいたくない. 彼の痕跡を全て消し去り, 彼のいない私だけの生活を取り戻す.
私は立ち上がり, 部屋の中を歩き回った. 彼のもの, 彼との思い出の品を, 一つ残らずゴミ袋に詰め込んでいく.
引き出しを開けると, 古い日記帳が出てきた. 彼との出会いから, 恋に落ち, 同棲を始めた日までの記録. 彼の言葉一つ一つに, 私の心が躍り, 未来に希望を抱いていた.
「修作と出会えて, 私は本当に幸せ. この愛が永遠に続きますように... 」
過去の私が書いた, 純粋な言葉. それを読みながら, 私はポロポロと涙を零した. その涙は, 修作を想う涙ではない. 愚かだった自分への, 哀れみの涙だった.
私は日記帳をゴミ袋に投げ入れた. もう, こんなものは必要ない.
彼に贈ろうと買っておいた高価な腕時計も, 彼が気に入ると言っていたコートも, 私がこっそり撮りためた彼の写真も, 全て.
全てを, ゴミ袋に.
部屋が, 少しずつ広くなっていく. 彼の存在が, 私の世界から消えていく.
最後に残ったのは, 私自身の私物だけだった.
空っぽになった部屋を見て, 私の心は, 今まで感じたことのない軽やかさに包まれた.
その日の夜, 遅くに修作が帰ってきた.
彼は玄関に入った途端, 異変に気づいたようだった.
「幸江…? これ, どうしたんだ? 」
彼が呆然とした声で尋ねる.
リビングは, 彼の私物が一つもなくなっていた. ソファの上に置いてあった彼の雑誌, サイドテーブルにあった彼のメガネケース, 壁にかけてあった彼の絵画. 全てが, 消えていた.
私は振り返り, 冷たい目で彼を見つめた.
「いらないものを, 処分しただけよ」
私の声は, 感情を一切含まない, 乾いた音だった.
修作は眉をひそめ, 不機嫌そうな視線を私に向けた.
「俺が入院していた間, 一度も顔を出さなかったな」
彼の言葉には, 責めるような響きがあった.
私はフンと鼻で笑った.
「ええ. あなたが思ったより早く回復したから, 良かったじゃない」
皮肉を込めた私の言葉に, 修作は一瞬, 目を見開いた.
だが, すぐにいつもの冷静な顔に戻る.
「君の健康が心配で, 病院を抜け出して帰ってきたんだ. 献血なんて, もう二度としないでくれ」
彼は私の手を握り, あたかも心配しているかのように言った. その偽善に, 私は吐き気がした.
私は, 彼の指を振り払った.
「心配, ありがとう. でも, もう何とも感じないわ」
私の言葉に, 彼の表情が少しだけ歪んだ.
「幸江, 君はどうしてしまったんだ? 」
彼は困惑したように私を見た.
私は, かすかに口角を上げた. それは, 彼が見たことのない, 冷たい笑みだった.
「さあ? どうしてかしら」
私たちは, お互いの変化を, 互いに理解していた.
修作は, 私の手のひらをそっと撫でた.
「幸江... 今夜, 一緒に食事に行かないか? 」
彼の声は, 昔の甘さを帯びていた.
話 3
幸江 POV:
修作は私の返事を待つことなく, 私の手を取った. その力強い握力に, 私は逆らう気力もなかった. 彼は私を車に乗せ, 夜の街へと連れ出した. 行き先は, 華やかな社交パーティーだった.
「さあ, 幸江. 楽しもう」
彼は運転手にドアを開けさせ, 私をエスコートした. その手は, まるで私を所有物であるかのように強く握られていた.
会場に入ると, まばゆいシャンデリアの光が目に飛び込んできた. 着飾った人々がグラスを片手に談笑し, 会場は熱気と喧騒に包まれている.
私は, その中に桜の姿を見つけた. 彼女は, 何人かの友人と楽しそうに話している. 修作の隣に立つ私に気づくと, 彼女は一瞬, 動きを止めた. そして, 私と修作が手をつないでいるのを見て, その口元に奇妙な笑みを浮かべた. その笑みは, かつて私が病室のドア越しに見た, あの嘲笑と同じだった.
彼女は知っていたのだ. この復讐ゲームの全てを.
私の心臓が, 再び重く脈打った.
修作は, 私と交際している間, 桜とはほとんど連絡を取らなかった. 私が彼の浮気を疑わないように, 細心の注意を払っていたのだろう. だが, 真実は違った. 彼は, 桜を心から愛していたのだ. 私を欺き, 弄びながら, 彼の心は常に桜の方を向いていた.
彼は私の手を握りしめていた. その手は, まるで私を舞台に上げるための小道具のようだった.
桜は, 私たちの手を見て, 笑った. その笑みは, 私を嘲るものであり, 同時に勝利を確信するものでもあった.
意識が遠のきそうになる. 呼吸が, 浅くなる.
修作は, 私の手を強く握りしめた後, ふと, その手を緩めた.
「少し電話をしてくる. ここで待っていてくれ」
そう言い残し, 彼は人混みの中へ消えていった. まるで, 私から逃げるかのように.
私の心は, どんどん冷えていった. まるで, 深海の底へ沈んでいくかのように.
私は彼が出ていった方向を目で追った. 桜も, 彼の後を追うように, 人混みの中に消えていく. 二人の姿は, あっという間に私の視界から消えた.
私は一人, 会場に取り残された. すると, 修作の幼馴染たちが, ニヤニヤと笑いながら私の周りに集まってきた.
「幸江ちゃん, 久しぶり! 」
「修作に捨てられたかと思ってたよ」
彼らは私にグラスを差し出し, 嘲るような笑顔で言った.
「乾杯しようぜ, 修作を解放してくれたお礼に! 」
その言葉に, 私の全身の細胞が怒り狂った.
「遠慮します」
私は冷たく言い放った.
すると, 幼馴染の一人が, 無理やり私の手にグラスを押し付けた.
「なんだよ, 気取ってんのか? 飲めよ! 」
彼は私の肩を強く突き飛ばした.
私はバランスを崩し, よろめいた. 彼らは面白そうに笑い声を上げる.
「おい, もっと遊んでやろうぜ! 」
別の幼馴染が, 私の背中に手を回した.
私は必死に抵抗した. 彼らの手から逃れようと, 体を捩る. だが, 酔った男たちの力は強く, 私は身動きが取れない.
「離して! 」
私の声は, 彼らの笑い声にかき消された.
その瞬間, 一つの大きな力が私の背中に加わった.
私は, あっという間にもつれ, バランスを完全に失った.
「キャッ! 」
水しぶきが上がった.
私は, 冷たい水の中に投げ込まれていた.
会場の中央にある, 小さなプールの底へと沈んでいく.
冷たい水が, 私の全身を包み込んだ.
私は, 泳げない.
手足を必死に動かすが, 水は私を容赦なく深みへと引きずり込んでいく.
口を開けば, 冷たい水が流れ込んでくる. 鼻の奥がツンと痛み, 呼吸ができない.
「苦しい... ! 」
私の意識は, 薄れていく.
水面には, 幼馴染たちの楽しそうな笑い声が聞こえる.
彼らは, 私を助けるどころか, 嘲笑しているのだ.
体が, 重い. 腕が, 足が, 思うように動かない.
意識が, 完全に途絶えた.
次に目を覚ました時, 私は見慣れた部屋のベッドに横たわっていた.
頭がガンガンと痛み, 全身が熱い. 体の節々が軋むように痛んだ.
喉もカラカラに乾いていた.
「... 幸江」
優しい声が聞こえた. 視線を向けると, 修作がベッドサイドに座っていた.
彼の顔には, 微かな憔悴の色が浮かんでいる. 手には, 水と薬を持っていた.
「目が覚めたか. 薬を飲んで, もう一度眠るといい」
彼の声は, あの日の病室で聞いた優しい声と瓜二つだった.
私は朦朧とした意識の中で, 彼が差し出した薬を飲み込んだ. 喉が焼けるように痛かったけれど, その薬が救いのように思えた.
再び, 意識を手放す.
どれくらい眠っていたのだろう. 目が覚めると, 熱はさらに上がっていた. 全身から汗が噴き出し, 頭は激しく脈打つ.
修作の姿は, どこにもなかった. 彼はもう, この部屋にはいなかった.
私は何とか体を起こし, 洗面台へ向かった. 鏡に映る自分の顔は, 真っ赤に紅潮し, 目はうつろだった.
高熱だ. このままでは, 本当に死んでしまうかもしれない.
私は震える足で, 病院へ向かった.
病院に着くと, すぐに処置室に通された. 点滴が始まり, 体温は少しずつ下がっていく.
「もう少し遅れていたら, 命の危険がありましたよ」
医師が心配そうに私に言った.
「でも, 薬は飲んだはずなんです... どうしてこんなことに? 」
私は震える声で尋ねた.
すると, 医師は怪訝な顔をした.
「どんな薬を飲んだんですか? それを見せていただけますか? 」
私はカバンから, 修作がくれた薬の瓶を取り出した.
医師はそれを受け取り, 中身を確認した.
そして, 彼の顔色が変わった. 驚愕, そして怒り.
「これは... 薬ではありません」
医師の声は, 怒りに震えていた.
「ただの糖衣錠です. しかも, 体に有害な成分が含まれています. これを飲んだせいで, 症状が悪化した可能性があります」
私の心臓が, 再び止まった.
修作がくれた薬は, 私を治すためのものではなく, 私をさらに苦しめるためのものだった.
その瞬間, 私のスマホが激しく震え出した.
画面を見ると, メッセージが何件も届いている. 差出人は, 修作の幼馴染のグループチャットだった.
「幸江, 最高の演技だったな! プールに落ちた時の顔, マジで最高! (笑) 」
「修作の薬, 効いてるかな? もっと苦しめ! 」
「あいつ, まだ生きてんのか? 今夜で完全に壊してやろうぜ! 」
そして, 最後の一件.
「やべっ! 間違ってグループチャットに送っちまった! 」