話 1
四歳の一人息子、蓮をひき逃げで亡くしたその日。
犯人の女、森佳蓮は蓮の墓前に現れた。
そして微笑むと、蓮のお気に入りだったおもちゃをまだ閉じられていない棺の中に放り込み、こう言ったのだ。
「そそっかしい子だったのね」と。
夫の神崎隆弘は、東京地検のエース検事。街の正義の柱。
その彼は、ただ黙って隣に立っていた。
私は、敏腕の調査報道記者。必ず正義を見つけ出すと誓った。
証拠も、目撃者も、菊池寛賞を受賞した実績もある。
だが、森佳蓮は違った。
彼女の権力者である父親に恩義のある裁判官は、すべての証拠を却下した。
彼女は無罪放免となった。
そして、廷吏が私の名前を呼んだ。
「神崎恵麻、あなたを逮捕します」
蓮の父親であるはずの夫が、私を重過失致死で起訴したのだ。
彼は私の悲しみ、真実を求める必死の叫びを、妄想に取り憑かれたパラノイアだとねじ曲げた。
親友の千里までが、私に不利な証言をした。私が精神的に不安定だったと。
陪審員は、私に有罪判決を下した。
女子刑務所での、三年間の服役。
ただ、息子を失い、悲しみに暮れる母親だったというだけで。
刑務所でもう一人、子供を失った。その秘密は、心の奥深くに埋めた。
なぜ?
なぜ彼はそんなことを?
なぜ私を裏切ったの?
出所した日、私は蓮の墓で彼を見つけた。
佳蓮と、その息子と一緒に。
「パパ、もうアイスクリーム食べに行っていい?」
「お兄ちゃんにご挨拶しなきゃね」と佳蓮が甘い声で言う。
私の世界が、粉々に砕け散った。
彼は私を陥れただけではなかった。
私の代わりを見つけていた。
私たちの息子の代わりまで。
第1章
息子、蓮を埋葬した日、空は残酷なほど、完璧な青空だった。
まだ四歳だった。
ひき逃げだった。
車は、真っ赤なオープンカー。
運転していたのは、森佳蓮。
私は小さな、まだ閉じられていない棺のそばに立っていた。
真新しい土の匂いが、むせ返るように立ち込める。
夫であり、東京地検のエース検事である神崎隆弘が、私の肩に腕を回していた。
少し離れた場所からたかれるカメラのフラッシュの前で、彼は悲劇に見舞われた力強い夫を演じている。
私たちは街のパワーカップルだった。
今では、街の悲劇の主人公だ。
私の悲しみは、胸にぽっかりと空いた巨大な空洞のようだった。
叫びたい。息子の後を追って、このまま土の中に崩れ落ちたい。
でも、体は凍りついて動かなかった。
その時、彼女が現れた。
森佳蓮。
黒一色の参列者の中で、彼女が着る白いリネンのドレスは異様に際立っていた。
数歩後ろを、父親である不動産王の黒田源一郎が、厳粛な仮面をかぶってついてくる。
彼は、隆弘の最大の政治献金者だった。
彼女は遠くで立ち止まったりはしなかった。
まっすぐ棺に歩み寄り、まるで博物館の展示品でも見るかのように中を覗き込んだ。
参列者たちの間に、さざ波のような動揺が走った。
蓮に手向けるための一輪の白いバラを握りしめた私の手が、震え始めた。
佳蓮が棺から顔を上げた。
冷たく、虚ろな瞳が、私の目をとらえる。
彼女は、小さく、鋭く、笑った。
「残念なこと」
彼女の声が、そよ風に乗って聞こえてくる。
彼女はブランド物のハンドバッグに手を入れ、小さなぬいぐるみを引き出した。
蓮が大好きだった、恐竜のぬいぐるみ。
先週、公園でなくして、私がずっと探していたもの。
彼女はそれを、開かれた棺の上でぶらりと揺らした。
「この子、これを落としたのよ」
まるで世間話でもするかのように、彼女は言った。
「すぐ、その前にね。そそっかしい子だったのね」
そして、彼女は手を離した。
緑色の恐竜が、ふわりと落ちる。
磨き上げられた、息子の小さな棺の上に、それは静かに着地した。
私の中で、何かがぷつりと切れた。
静寂の空洞だった悲しみが、沸騰するような、燃え盛る怒りで満たされていく。
全身がわなわなと震えた。
隆弘が、私の肩を掴む手に力を込める。警告だった。
でも、もう止められなかった。
私は一歩前に踏み出した。声は、かすれたささやきになった。
「あなたが、殺した」
佳蓮の笑みが、さらに深くなる。
「警察は、私の無実を証明してくれたわ、恵麻さん。悲しい事故だったのよ。あなたが、もっとちゃんと見ていればよかったのに」
私は正義を勝ち取る。
私は調査報道記者だ。
掘り下げ、真実を見つけ出し、白日の下に晒す術を知っている。
夫が体現する法とシステムを使って、この化け物を然るべき場所へ送ってやる。
最初の審理は、メディアのお祭り騒ぎだった。
私は最前列に座った。隣には、親友で同僚の広瀬千里がいる。
千里は私の手を握りしめ、その顔には私と同じ、信じられないという表情が浮かんでいた。
「彼女、黒田源一郎の娘よ」
後ろの席から、誰かのひそひき声が聞こえる。
「隆弘さんの最大の支援者。刑務所に入るわけないわ」
気にしなかった。
私には証拠があった。
画質は粗いが、はっきりとわかる防犯カメラの映像。
猛スピードで走り去る赤いオープンカーを見たという目撃者。
警察が及び腰でやろうとしなかった捜査を、私は何週間もかけてやり遂げた。
黒田源一郎の金でも崩せないほど、強固な証拠を積み上げたのだ。
私は神崎恵麻。
市庁舎の汚職を暴いた記事で、菊池寛賞を受賞した。
これまでにも、権力者たちを引きずり下ろしてきた。
この甘やかされた、魂のない女も、例外ではないはずだった。
だが、彼女は違った。
黒田に恩義のある裁判官は、証拠をすべて却下した。
目撃者は証言を覆した。
森佳蓮は、何の罪にも問われることなく、法廷を去った。
世界がぐらついた。
千里の腕が、私を支えてくれるのを感じた。
まだ終わらない。控訴する。もっと証拠を見つける。
その時、廷吏が私の名前を呼んだ。
「神崎恵麻、あなたを逮捕します」
私は混乱し、呆然と立ち尽くした。
検察側のテーブルに、新しいファイルが置かれる。
夫の神崎隆弘が立ち上がった。
彼は、私と目を合わせようとしなかった。
「被告人を、その息子、神崎蓮の死に至らしめた重過失致死の罪で起訴する」
裁判官が、感情のない声で読み上げた。
私は裁判にかけられた。
人生を共に築き、蓮の父親であったはずの夫が、私を起訴した。
彼は私の悲しみ、事故後の眠れない夜、必死の電話を、精神が不安定な証拠として利用した。
私のジャーナリストとしての調査を、妄想に取り憑かれたパラノイアだとねじ曲げた。
私が蓮を見ていなかった、携帯電話に気を取られていた、怠慢だったと主張した。
千里が証言台に呼ばれた。
彼女の目は涙でいっぱいだった。
私が仕事に追われ、ストレスを抱え、自分らしくなかったと証言した。
それは、息ができないほど鋭い裏切りだった。
彼らは私たちのイメージを最大限に利用した。
完璧なパワーカップルが、妻の不注意によって崩壊した、と。
都知事選への出馬を控えた男にとって、それはより良い物語だった。
よりクリーンな物語だった。
隆弘の最終弁論は、カリスマ性と見せかけの悲しみに満ちた傑作だった。
彼は、たとえ自らの心を引き裂くことになろうとも、公平でなければならない司法制度について語った。
その時、彼は初めて私を見た。
彼の瞳は、私が信じかけてしまうほどの痛みに満ちていた。
陪審員は、私に有罪を宣告した。
三年。
彼らは私に、三年の実刑判決を下した。
ただ、息子を失い、悲しみに暮れる母親だったというだけで。
ただ、息子を失ったというだけで。
その三年間は、コンクリートと灰色の囚人服、生き抜く術を学んだ暴力、そして決して消えることのない虚無感の連続だった。
刑務所での理不尽な暴行で、妊娠していた子供を失った。それもまた、私が心の奥底に閉じ込めた秘密だ。
私がしたことと言えば、生き延びることだけ。
隆弘が決して返事をよこさなかった何千通もの手紙に書き綴った、たった一つの燃えるような疑問に突き動かされて。
なぜ?
出所した日、空はぼんやりとした、無関心な灰色だった。
更生施設には行かなかった。
タクシーを拾い、どうしても行かなければならない場所へ向かった。
息子の墓へ。
手入れもされず、荒れ果てているだろうと思っていた。
私の不在の証として。
だが、墓は完璧な状態だった。
新しい花。墓石のそばには、磨かれた小さな天使の石像。
私がそこに立っていると、見慣れた車が停まった。
黒いセダン。
隆弘が降りてきた。
以前よりも老け、さらに権威を増したように見えた。
彼は今、東京都知事だ。
彼は一人ではなかった。
森佳蓮が助手席から降り、所有物のように彼に腕を絡ませる。
そして後部座席から、ベビーシッターが小さな子供を降ろした。
男の子。三歳くらいだろうか。
隆弘の黒い髪と、佳蓮の鋭い顔立ちをしていた。
彼らは完璧な家族のように、墓に向かって歩いてきた。
男の子が駆け寄り、隆弘の足に抱きついた。
「パパ、もうアイスクリーム食べに行っていい?」
佳蓮が男の子の髪を撫でた。
「もうちょっとよ、坊や。お兄ちゃんにご挨拶しなきゃね」
私の意識が飛んだ。
世界が、轟音を立てる白いノイズに溶けていく。
お兄ちゃん。
パパ。
私はよろめきながら後ずさり、大きな樫の木の陰に隠れた。
叫び声を押し殺すために、口に手を押し当てる。
私は彼らを見ていた。三人家族を。
隆弘が新しい花束を墓に供え、その手が佳蓮の手にそっと触れた。
彼らは、墓参りに来たごく普通の家族に見えた。
私の家族の灰の上に築かれた、家族。
冷たい真実が、物理的な衝撃となって私を襲った。
彼のキャリアのためだけじゃなかった。
選挙戦を有利にするために、私を陥れただけじゃなかった。
彼は、私の代わりを見つけていた。
彼は、私たちの息子の代わりまで見つけていた。
心臓が、ぽっかりと開いた傷口のようになった。
冷たい風が、その中を吹き抜けていく。
体が激しく震え、叫び出さないように唇を強く噛みしめた。血の味がした。
彼は、彼女たちを選んだのだ。
この間ずっと、彼は彼女と一緒にいたのだ。
脳裏に、写真が蘇る。
暖炉の上に飾られた、私たち三人の写真。
一緒に買った家の前で、満面の笑みを浮かべていた。
もっと子供を増やし、笑い声で満たし、一生分の思い出を刻むはずだった家。
私たちは二人とも、何もないところから這い上がってきた。
法科大学院で出会った、場末の出身のハングリーな二人。
必死に上を目指して戦ってきた。
彼の背中に残る、父親のベルトの傷跡を思い出す。
彼がほとんど口にすることのない、あまりにも brutal な過去。
悪夢にうなされる彼を抱きしめたのは、私だった。
まだ若いインターンだった私が、彼の虐待的な父親を刑務所に送る証拠をリークし、自分の未来すべてを危険に晒したのは、彼のためだった。
その夜、彼は私の顔を両手で包み込んだ。
私を止めようとした父親に投げつけられた瓶で、彼の頬には生々しい切り傷ができていた。
「恵麻、お前を傷つける奴は絶対に許さない」
彼は感情のこもった声で、そう誓った。
「もしそんな奴がいたら、俺が一生、刑務所にぶち込んでやる」
私たちは、やり遂げた。
彼は史上最年少で東京地検のエース検事になった。
私はスタージャーナリストになった。
私たちは結婚し、蓮が生まれ、美しい家に引っ越した。
すべてを手に入れた。
蓮の子供部屋で、息子を抱きしめ、目に涙を浮かべていた彼の姿を思い出す。
「俺が今持っているものすべては、君のおかげだ」
彼は私にそう囁いた。
「君に出会えたことが、俺の人生で最高の出来事だった」
すべてが。
嘘だった。
私の完璧な人生。
私の完璧な夫。
私の美しい息子。
すべてが消え去った。
破壊された。
墓地の向こうから、佳蓮の甲高く、嘲るような声が聞こえてきた。
「隆弘さん、聞いたわよ。あなたの元奥さん、今日出所したんですって」
彼女は、私が隠れている場所をまっすぐ見ていた。
「彼女、大丈夫かしら?少しは心配?」
私は息を止めた。
私の全存在が、彼の答えに集中する。
自分でも気づかずに握りしめていた、最後の、脆い希望の糸が、断ち切られるのを待っていた。
隆弘は、私の方を一瞥すらしなかった。
彼はネクタイを締め直し、冷たく、よそよそしい声で言った。
「心配?なぜ?彼女はもう、俺にとって何者でもない」
糸が、切れた。
爪が手のひらに食い込み、皮膚を破る。
血が、足元の乾いた葉の上に滴り落ちた。
彼らは幸せな家族の絵のように車に乗り込み、走り去っていった。
私と、私たちが何であったかの亡霊だけを残して。
私は日が暮れるまで、震えながらそこに立っていた。
そして、三年間隠し持っていたプリペイド携帯を取り出し、残された唯一の番号に電話をかけた。
千里。
彼女の声は、ためらいがちだった。
「恵麻?」
「助けて、千里」
私の声は、ひどくかすれていた。
一瞬の沈黙。
そして、後悔の念が溢れ出す。
「恵麻、本当にごめんなさい。何でもする。何でも。手伝うわ。あいつらを、あいつら全員を、絶対に許さない」
流せなかった涙が、ついに熱く、静かに頬を伝った。
行くあてはなかった。
千里と住んでいたアパートは、もう他人の家のように感じられた。
だから、まだほんの少しだけ自分のものだと感じられる場所へ向かった。
あの家。私たちの家。
鍵は、ドアのそばの緩んだレンガの下に、まだあった。
中に入る。
空気はよどんでいたが、すべてが私が去った時のままだった。
本棚には私の本が並び、流しにはお気に入りのマグカップが置いてある。
一つだけ、違うものがあった。
暖炉の上の、家族写真がなくなっていた。
背後で、床板が軋んだ。
私は振り返った。
隆弘が、戸口に立っていた。
そのシルエットが、消えゆく光を遮る。
彼の瞳は、暗く、読み取れない水たまりのようだった。
私たちは黙って立っていた。
私たちの間の空間は、三年間分の痛みと裏切りで満たされている。
彼は私を見ていた。その顔は、私には解読できない複雑な感情の仮面で覆われていた。
彼は一歩前に踏み出し、ほとんど普通の、穏やかな声で言った。
「おかえり」
彼はペットボトルの水を差し出した。
「喉が渇いただろう」
私は受け取らなかった。
「特別なものが入っていない水がいいわ」
私の声は、氷のように冷たかった。
彼はため息をつき、水を置いた。
キッチンへ行き、温かい紅茶の入ったマグカップを持って戻ってきた。
湯気が、私たちの間の空気を温めた。
「ほら。冷えてるだろう」
今度は、受け取った。
指が、見慣れた陶器を包み込む。その温かさを必死に求めていた。
最初の結婚記念日に彼がくれたマグカップが、手の中で重く感じられた。
そして、それは滑り落ちた。
堅い床の上で、粉々に砕け散る。
熱い紅茶が、私の履き古した靴に飛び散った。
その音が、魔法を解いた。
私は彼を見上げた。
ついに声を見つけた怒りで、体が震えていた。
「あの赤いオープンカー」
私は、震えながらもはっきりとした声で切り出した。
「あの赤いオープンカーのこと、話してちょうだい、隆弘」
話 2
隆弘の顔は、無表情のままだった。
かつて私への愛で満ちていた瞳は、今やぞっとするほど穏やかだ。
「それは過去のことだ、恵麻。もう終わったんだ」
「終わった?」
その言葉は、喉に詰まった喘ぎのようだった。
「私の息子は死んだのよ。私は檻の中で三年も人生を失った。何も終わってなんかない」
部屋が傾いた。
心臓が万力で締め付けられるようで、鼓動の一つ一つが新たな痛みの棘となる。
私はよろめき、手足の震えが抑えきれなくなった。
一瞬だけ、彼の目に心配の色がよぎったように見えた。
ほんの一瞬。
「恵麻」
彼は低い警告の声で言った。
私を捕まえようとするかのように、素早く一歩踏み出した。
だが、その時、彼の携帯が鳴った。
陽気で、子供っぽい、私が聞いたことのない着信音。
彼は立ち止まった。
体がこわばる。
画面を一瞥すると、彼の態度ががらりと変わった。
心配の色は消え、疲れた親の優しさに取って代わられた。
「今向かってる」
彼は電話口で、優しい声で言った。
「ああ、あの子の好きなお菓子を買っていくよ。泣かせないでくれ」
彼は電話を切った。
部屋の沈黙が、耳をつんざくようだった。
彼が蓮にどう接していたかを思い出す。
厳格で、要求が多かった。
蓮が夕食前にお菓子を欲しがって泣いた時、隆弘は夕食抜きで部屋に行かせた。
彼はいつも、人格を形成し、強くするためだと言っていた。
だが、この新しい子供、佳蓮の子供は、泣くだけでお菓子がもらえるのだ。
私は彼に崩れ落ちる姿を見せまいと、椅子の背もたれを掴んだ。
プライドだけが、私に残されたすべてだった。
彼はためらい、一瞬だけ私に視線を留めてから、去ろうと踵を返した。
「少し休め。話は明日にしよう」
彼はドアから出ようとして、立ち止まった。
「警報のコードは同じだ。また電話する」
私の家?
ここはまだ、私の家なの?
その考えが、喉の奥で苦い笑いになった。
彼は去った。
玄関のドアがカチリと閉まり、家はより深い夕闇に沈んだ。
かつてはあんなに輝いていた私の世界は、今や灰色と黒の濃淡だけになってしまった。
この家にいたくはなかったが、他に行く場所もなかった。
そして、見つけなければならないものがあった。
重い足取りで階段を上り、蓮の部屋へ向かった。
部屋は、空っぽだった。
完全に、空っぽ。
レーシングカーのベッドも、彼のお気に入りの物語でいっぱいだった本棚も、なくなっていた。
恐竜やロケットのクレヨン画で覆われていた薄青い壁は、無機質で、個性のない白に塗り替えられていた。
彼らは、蓮を消し去ったのだ。
「なんてことを、隆弘」
私は空っぽの部屋に囁いた。
「どうしてこんなに残酷なことができるの?」
膝から崩れ落ちた。
滑らかな、新しいペンキが塗られた壁が、背中に冷たく感じられた。
生の、獣のような声が喉から迸り、純粋で、希釈されていない苦痛の叫びとなった。
私は空っぽになるまで泣いた。
喉がひりひりし、目が腫れ上がるまで。
疲れ果て、主寝室へとよろめきながら入った。
私たちの寝室へ。
愚かな、ほんの小さな部分が、彼が蓮のものを何かここに残してくれているかもしれないと期待していた。
お気に入りの毛布。
一つだけ忘れられたおもちゃ。
部屋は、三年前とまったく同じだった。
同じ重厚なカーテン、同じキングサイズのベッド。
クローゼットには私の服がまだかかっていて、化粧台には私の香水瓶が並んでいた。
なぜ?
新しい家族がいるのに、なぜ私のものを残しておくの?
彼女をここに連れてきたの?
私は震える手で、ナイトスタンドの引き出しを開けた。
何を探しているのか、自分でもわからなかった。
そして、それを見つけた。
奥の方、私の古い日記の後ろに、小さな、未開封のランジェリーの箱があった。
高価なもの。シルクとレース。
まったく私の趣味ではない。
佳蓮の趣味だ。
その胸が張り裂けるような瞬間に、私はそれが何であるかを正確に理解した。
そして、彼がなぜ私のものを残しておいたのかも。
この家は、私たちの死んだ結婚生活の聖域ではなかった。
彼らのプライベートな遊び場だったのだ。
彼らはここへ、私たちのベッドへ、私の亡霊に囲まれながらやってきて、歪んだゲームを楽しんでいたのだ。
その考えだけで、吐き気がした。
私はバスルームに駆け込み、トイレに吐いた。
苦い胆汁しか出なくなるまで、何度もえずいた。
体は弱り、魂は砕け散っていた。
冷たいタイルの床に崩れ落ち、世界は闇に消えていった。
窓から差し込む薄明かりで目が覚めた。
私はベッドにいた。
誰かが私をバスルームの床から運び、寝かせてくれたのだ。
隆弘が窓際に立ち、私を見下ろしていた。
彼の表情は、何年も見ていなかったものだった。
柔らかく、苦痛に満ちていた。
恐ろしいことに、一瞬、彼の目に愛が見えた気がした。
その考えだけで、また吐き気がした。
私の声は、しゃがれていた。
「どうして私のものを捨てなかったの?」
私はシーツを鎧のように体に巻きつけ、身を起こした。
「どうして私を完全に消し去ってくれなかったの、隆弘?あなたと佳蓮が私のベッドでいちゃつくのは、私が独房で腐っていくのを知っていた方が楽しかったから?」
彼の顔が硬くなった。
束の間の柔らかさは消え去った。
「知っていたのか」
それは質問ではなかった。
「見たわ。墓地で。彼女と。そして、あなたの息子と」
彼は否定しなかった。
ただそこに立っていた。野心と嘘で彫られた像のように。
「我々には子供がいる、そうだ」
彼の声は平坦だった。
すでに破壊されたと思っていた私の世界が、さらに細かい塵へと崩れ落ちた。
彼の愛、彼の約束、彼の甘い囁きの記憶すべてが、心の中で灰と化した。
遠い昔、私を守ると約束してくれた彼を思い出す。
蓮が生まれた時、喜びで泣いていた彼を思い出す。
「どうして離婚してくれなかったの?」
私はかろうじて聞こえる声で尋ねた。
「どうして私にこんな仕打ちを?」
彼は顎を食いしばった。
「都知事選の最中に泥沼の離婚劇を演じるのは、見栄えが悪い、恵麻。悲しみに暮れる男やもめの方が、ずっと同情的な人物像だ」
彼は蓮のことを話していた。
まるで政治的な資産のように。
「だが、私が指名を受け」
彼は、ぞっとするほど理性的な声で続けた。
「選挙が確実になったら、佳蓮とは離婚する。君と私は、また一緒になれる」
私は彼を見つめた。
その言葉の、途方もなく、怪物的な厚かましさを、私の心は処理しようともがいていた。
彼は私をキープしていたのだ。
クローゼットの奥にある予備のスーツのように。
財閥令嬢との情事がその目的を果たした時に戻る、都合のいい選択肢として。
彼はまったく変わっていなかった。
彼はまだ、スラム街から来たあの冷酷な少年のままだった。
欲しいものを手に入れるためなら、何でもする、誰でも犠牲にする。
話 3
黒田源一郎は、隆弘の法科大学院時代の恩師だった。
佳蓮は、私たちが結婚するずっと前から、隆弘のそばにいつもいた。
彼女は彼への恋心を隠そうともせず、それが私を苛立たせなかったと言えば嘘になる。
「彼女はただの子供だよ、恵麻」
隆弘は笑い飛ばしながら言った。
「彼女の父親は俺にとって重要なんだ。彼女に親切にしなくちゃいけない。何の意味もないよ」
私は彼を信じていた。
彼が法廷に立ち、私を怠慢な母親、ヒステリックな女、犯罪者と呼んだ時でさえ、彼を信じていた。
何か別の理由が、私には見えない隠された真実があるのだと信じていた。
今、すべてが完璧な、恐ろしいほどの明瞭さで見えた。
彼らの情事は、おそらく何年も続いていたのだ。
その夜、私たちのベッドで眠ることは耐えられなかった。
私は毛布を取り、蓮の空っぽの部屋の、冷たく硬い床に丸くなった。
真新しいペンキの匂いが、鋭く、無機質だった。
夜中のどこかで、私は眠りに落ちていたに違いない。
目が覚めると、もう一枚の毛布、私たちのベッドから持ってきた柔らかいカシミアの毛布が、私にかけられていた。
隆弘。
その仕草は、私が結婚した男、私がソファで眠ってしまったら毛布をかけてくれる男をあまりにも彷彿とさせた。
一瞬、私たちの失ったものへの幻の痛みで、胸が疼いた。
そして、苦々しさが戻ってきた。
彼はまだ役を演じている。
これは、彼の長く、歪んだゲームにおける、また一つ計算された動きに過ぎない。
私は汚染されたかのように、毛布を押しやった。
それは隅に、山となって崩れた。
プリペイド携帯が震えた。
千里からのメールだ。
進展あり。佳蓮の元運転手が話す気になった。あの日の車の情報を持っているかもしれない。家の中も何か探してみて。気をつけて。
私は主寝室の方を見た。
隆弘の書斎の方へ。
そうだ。何か見つけてやる。
階下へ降りた。
階段の底で、陽気な笑い声が私の足を止めた。
佳蓮がいた。
私のキッチンに。
彼女は隆弘の腕に抱かれ、楽しそうに笑いながら頭をのけぞらせていた。
彼は彼女の首筋にキスをしていて、彼の肌についた彼女の口紅の真っ赤な跡が、焼き印のようだった。
私は手すりを握りしめ、指の関節が白くなった。
その光景は、腹に食らったパンチのようだった。
「佳蓮」
私は、張り詰めた声で言った。
「ここで何してるの?」
隆弘が振り返り、彼女から少し身を引いた。
彼は気まずそうな顔をするだけの良識はあった。
「恵麻。佳蓮はただ…君がいない間、いろいろと助けてくれたんだ。家のことを」
「刑務所にも面会に来てくれたわよね」
佳蓮が、病的なほど甘い声で付け加えた。
「それに、毎年蓮くんの誕生日にもお参りに行ってくれた。私たち、彼女を蓮くんの名付け親にする儀式までしたのよ、ねえ、隆弘さん?」
血管の中の血が逆流し、熱く、めまいがするような波となって頭に殺到するのを感じた。
「あなたに権利はない」
私は、煮えくり返る思いで言った。
「彼の名前を口にする権利さえ。人殺しが、殺した相手を悼む権利なんてない」
隆弘は私と目を合わせなかった。
彼は私の肩越しの一点を見つめていた。
「神父様に祝福してもらったんだ、恵麻。それが彼のためになると思ったんだ」
世界が沈黙した。
彼の言葉の、途方もなく、冒涜的な恐怖で、空気が張り詰めた。
血が氷の破片に変わったように感じ、血管の内側を削っていく。
あまりの痛みに、言葉も出なかった。
佳蓮は、自分の勝利を確信し、百合の花束を持って私に近づいてきた。
そのむせ返るような香りが、肌を這うようだった。
「出所おめでとう、恵麻さん」
彼女は喉を鳴らすように言った。
「新しい人生の始まりね」
私は彼女の手から花を叩き落とした。
花びらが床に散らばる。
叫びたい、彼女を引き裂きたい。
でも、私はあまりにも消耗し、空っぽだった。
「疲れてるみたいね」
佳蓮は、目をきらめかせながら言った。
「受刑者734番。刑務所暮らしは、誰にでも合うわけじゃないみたいね」
番号。私の番号。
「はい」
私は自動的に答えた。
その返事は、三年間、点呼と人数確認で叩き込まれた条件反射だった。
佳蓮は甲高く、勝ち誇ったような笑い声を上げた。
「あら、冗談よ!あなたって、本当に神経質ね」
隆弘の眉がひそめられた。
「佳蓮、もういい」
「あら、やめてよ、あなた」
彼女は、ふざけて彼の胸を叩いた。
彼らは私の前でいちゃつき、彼らの親密さを、さりげなく、残酷に見せつけた。
ナイトスタンドの中のランジェリーの箱を思い出した。
魂の中の冷たさが、固い氷の塊になった。
その夜、私はダウンタウンの静かなファミリーレストランで千里と会った。
この苦しみは、もう終わりにしなければならない。
彼らから離れたい。
でも、蓮の正義を果たさずには去れない。
「ひどい顔よ、恵麻」
千里は、心配そうな顔で言った。
彼女は水の入ったグラスを私の方へ押しやった。
「うちに来なさいよ。あんな家に、彼と一緒にいちゃだめよ」
「いいえ」
私は、きっぱりとした声で言った。
「いなきゃだめなの。証拠を見つけるには、それしかない。彼らに近ければ近いほど、いい」
ちょうどその時、レストランのドアが開き、聞き慣れた、耳障りな声が低いざわめきを切り裂いた。
佳蓮。
彼女は、息子の手を引いていた。
私の目は、無意識にその男の子に引き寄せられた。
隆弘の歩き方をしている。
あの頃の蓮に、とてもよく似ていた。
佳蓮は私が見ているのに気づいた。
彼女は男の子を自分の後ろに引き寄せ、まるで私が怪物であるかのように彼をかばった。
そして、彼女は言った。
レストラン全体に聞こえるほど大きな声で。
「あのおばさんから離れてなさい、坊や。あのおばさんは人殺しよ。自分の子供を殺したの」
レストランは静まり返った。
すべての視線が、私に注がれる。
佳蓮は、したり顔で私たちのテーブルにやってきた。
「それで、734番、外の生活には慣れた?食事は美味しい?ベッドは柔らかい?」