2

芳賀瑞子 POV

私は日野さんからの電話で目を覚ました.

彼の声は, 昨夜の凍りついた感情を和らげるかのように, 穏やかだった.

「芳賀さん, ドレスの試着の準備が整いました. 本日, お越しいただけますでしょうか? 」

「ええ, もちろんです」

私はすぐに返事をした.

日野さんの手際の良さに, 私は驚きを隠せなかった.

昨夜, 私がプロポーズを受け入れたばかりなのに, もうドレスの準備までできているとは.

日野さんが手配してくれた車の後部座席で, 私はスマートフォンを眺めていた.

ニュース記事のコメント欄は, 圭貴と莉泉を祝福する声で溢れかえっていた.

「なんて素敵なカップルなの! 」

「病弱な莉泉ちゃんを支える圭貴様, イケメンすぎる! 」

「これこそ, 運命の二人って感じ! 」

誰もが, 圭貴と莉泉の関係を「純粋な愛」と称賛していた.

私の存在など, まるで最初からなかったかのように.

私は冷めた目で画面をタップし, ニュース記事を閉じた.

その時, また圭貴から電話がかかってきた.

「みーちゃん, どこにいるんだ? 莉泉が寂しがってるぞ」

彼の声には, いつもの傲慢さが滲んでいた.

私は眉間に皺を寄せた.

「実家よ. 何か用? 」

「今夜, 莉泉の歓迎パーティーがあるんだ. お前も来いよ」

「断るわ. 私には関係ない」

私はきっぱりと言い放った.

しかし, 圭貴は私の言葉を聞き入れようとしなかった.

「関係ない? お前, 俺の婚約者だろ? 莉泉のことは昔から知ってるんだから, ちゃんと仲良くしろよ」

「婚約者? 結婚式を三度も延期させておいて, どの口が言うの? 」

私の言葉に, 圭貴の声色が変わった.

苛立ちが伝わってくる.

「お前, いい加減にしろよ! 俺がどれだけ莉泉の世話で忙しいと思ってるんだ? お前まで面倒かけさせるな! 」

「面倒? 私があなたにかけた面倒なんて, これっぽっちもないわ」

「はっ! そうか? じゃあ, お前の親父さんのプロジェクト, どうなっても知らないぞ」

その言葉に, 私は息を呑んだ.

父が進めている, 社運を賭けた大規模プロジェクト.

圭貴のホテルグループとの提携が, その成否を左右する.

「圭貴, あなた…! 」

「なんだ? 来たくないなら来なくていい. 俺がお前の親父さんに, 今回の協力は考え直すって言えば, どうなるか分かるだろ? 」

彼の脅しに, 私は全身の血が凍るのを感じた.

悔しかった.

こんな卑劣な手を使うなんて.

「分かったわ. 行くわよ」

私の声は, 震えていた.

圭貴は満足げに笑った.

「そうか. 賢いな, みーちゃん. じゃあ, 後でな」

通話を終え, 私は深く息を吐いた.

この関係を, 完全に終わらせる.

今日が, その最後の日だ.

指定されたレストランに到着すると, 個室のドアを開ける前から, 賑やかな声が聞こえてきた.

中に入ると, 圭貴と莉泉が, まるで新婚夫婦のように親密に寄り添っていた.

圭貴の友人たちが, 二人を囲んで笑っている.

「瑞子さん, いらっしゃい! どうぞ, 座って座って」

莉泉が, にこやかに私を招いた.

その笑顔の裏に, 底知れない悪意が隠されているのが分かった.

「どこに座ればいいの? 」

私は冷静に尋ねた.

莉泉は困ったように眉を下げた.

「あら, ごめんなさい. 席がもう埋まっちゃってて…」

その時, 圭貴が口を開いた.

「お前はそこでいいだろ. 莉泉の隣なんて, お前には分不相応だ」

彼の言葉に, 友人たちがどっと笑った.

私は, その場の空気に吐き気がした.

私の心は, もう何も感じなかった.

ただ, 静かに, 壁際の小さな椅子に腰を下ろした.

「圭貴と莉泉ちゃん, 本当に良いカップルだよね! 」

「うんうん! 小さい頃からずっと一緒で, 本当に運命って感じ! 」

友人たちの会話が, 私の耳に届く.

彼らは, 私の存在など, まるで気にも留めていないようだった.

「そういえばさ, 圭貴が莉泉ちゃんのために, あの有名なバイオリニストが使ってたバイオリンをプレゼントしたんだって? 」

一人の友人が, 興奮気味に言った.

莉泉は, 恥ずかしそうに圭貴の腕に顔を埋めた.

「もう, 圭貴ったら, そんなこと言わなくていいのに」

「ははは! いいだろ? 莉泉の才能に見合うものを選んでやったんだ」

圭貴は得意げに笑った.

私の目の前で繰り広げられる, 彼らの茶番劇.

昔, 私が圭貴に「誕生日プレゼントは何がいい? 」と尋ねた時, 彼は「別にいらない」と答えた.

なのに, 莉泉には高価な贈り物を惜しまない.

「瑞子さんの親父さんのプロジェクトに圭貴が投資するんだろ? いくらだっけ? 」

別の友人が, 私の方を見て言った.

圭貴は, 少し眉をひそめた.

「ああ, まあ, 少しな. 瑞子の親父が困ってるみたいだから, 助けてやるんだ」

「へえ, いくらなんだ? 莉泉ちゃんのバイオリンよりは高いのか? 」

その友人の言葉に, 圭貴は言葉を詰まらせた.

私は, 冷たい笑みを浮かべた.

彼の投資額が, 莉泉のバイオリンよりも少ないことを知っていた.

「まさか! 莉泉ちゃんのバイオリンは数億円するんでしょ? 瑞子さんの親父さんのプロジェクトなんて, そんな価値ないでしょ? 」

友人たちは, 私を嘲笑うかのように言った.

私の価値は, たった数億円のバイオリンよりも低い.

その事実が, 私の心をさらに冷たくした.

「ははっ」

私は思わず, 乾いた笑い声を上げた.

自分でも驚くほど, 嘲笑に満ちた声だった.

私は, 今まで何をしていたのだろう.

こんな男のために, どれだけの時間を無駄にしてきたのだろう.

その時, 一人の女性友人が, 莉泉の髪に飾られたヘッドピースに目を留めた.

「あら, 莉泉ちゃん, そのヘッドピース, 可愛いわね! 」

莉泉は, 頬を赤らめて答えた.

「ええ, 圭貴がプレゼントしてくれたの」

その言葉に, 私は全身の血が逆流するのを感じた.

そのヘッドピースは, 私が結婚式で身につけるはずだったものだ.

圭貴が, 私に贈ってくれた, 私たち二人の永遠の愛を誓う象徴だった.

私の視線が, 莉泉の髪に飾られたヘッドピースに固定された.

それは, 瑞子家の家宝として, 代々受け継がれてきたものだ.

そして, このヘッドピースは, 次の代の花嫁へと渡される.

本来なら, 私の結婚式で, 私の髪を飾るはずだった.

圭貴が, 私に「これを身につけて, 俺のそばに立ってほしい」と言って贈ってくれたものだ.

その時の彼の笑顔は, 偽りだったのか.

私は, 怒りで体が震えるのを感じた.

莉泉は, 圭貴の腕に顔を埋め, まるで勝利を確信したかのように, 私をちらりと見た.

その目に宿る悪意を, 私は見逃さなかった.

もう, 我慢はできない.

「へえ, 素敵なヘッドピースね. まさか, そんなところにいたとはね」

私の言葉に, 莉泉は一瞬, 顔色を変えた.

圭貴と友人たちの会話が, 不自然に途切れた.

部屋の中の空気が, 一瞬にして凍りついた.

私は, 冷たい笑みを浮かべたまま, 莉泉をまっすぐに見つめた.

今, この場で, 全てを終わらせる.

3

芳賀瑞子 POV

「へえ, 素敵なヘッドピースね. まさか, そんなところにいたとはね」

私の言葉に, 莉泉の顔から血の気が引いた.

圭貴も友人たちも, 一瞬にして沈黙した.

部屋の中の空気が, 重く凍りついた.

「あのヘッドピース, 本来は瑞子家の家宝として, 代々次の花嫁に受け継がれるものなのよ」

私は, 冷たい声で続けた.

「圭貴が私に贈ってくれた時, 『これを身につけて, 俺のそばに立ってほしい』と言ったわ. まさか, それが, 他人の髪を飾るために贈られたものだとは, 思いもしなかったけれど」

莉泉は, 驚いた顔でヘッドピースに触れ, すぐにそれを外そうとした.

「あら, ごめんなさい! 知らなかったの! 圭貴が, ただ可愛いからって…」

彼女は, わざとらしく涙を浮かべ, 圭貴にすがりついた.

圭貴は, 莉泉を庇うように私の前に立ちはだかった.

「瑞子! 何を言ってるんだ! 莉泉が知るわけないだろ! 」

「知るわけがない? 私の婚約者から, 直接贈られたものを, 嬉々として身につける神経, 私には理解できないわ」

私の言葉に, 圭貴の顔が怒りで歪んだ.

「お前, 本当に性格が悪いな! 莉泉に謝れ! 」

「謝る? 私が? なぜ? 」

私は, 圭貴を冷めた目で見つめた.

彼の言葉は, もう私の心を揺るがすことはなかった.

「このヘッドピースは, 本来, 私と圭貴の結婚式で, 私が身につけるはずのものだった. それが, 今, ここにいるあなたに贈られている. この事実を, 私がただ受け入れるとでも思っているの? 」

莉泉は, 涙を流しながら, 圭貴の腕の中で震えていた.

それを見た圭貴の友人たちが, 私を非難し始めた.

「瑞子さん, いくらなんでも言い過ぎじゃないですか? 」

「そうですよ, 莉泉ちゃんが可哀想です」

「大人になりましょうよ. こんなことで, パーティーの雰囲気を壊さないでください」

私は, 彼らの言葉に何も反応しなかった.

ただ, 静かに立ち上がった.

「ご心配なく. もうすぐ, このパーティーから出ていくわ」

私がそう言うと, 圭貴は眉間に深い皺を寄せた.

「瑞子, どこに行くつもりだ? 勝手な真似をするな! 」

「勝手? 私の人生を, あなたにコントロールされる筋合いはないわ」

「お前は, 俺の婚約者だろ! 俺の女だ! 」

圭貴の声が, 怒りで震えていた.

彼は, 私の腕を掴み, 強く引き寄せた.

「放して」

私の声は, ひどく冷たかった.

圭貴は, 私の言葉を聞き入れず, さらに強く腕を掴んだ.

「お前, まさか婚約を破棄するつもりか? ふざけるな! そんなこと, 俺が許すわけないだろ! 」

「許す許さないは, あなたには関係ないわ」

その時, 私のスマートフォンが鳴った.

日野さんからの着信だった.

私は, 圭貴の手を振り払い, 電話に出た.

スピーカーフォンにすると, 日野さんの声が部屋中に響き渡った.

「芳賀さん, 結婚式の花束の件ですが, 白百合とバラ, どちらをご希望されますか? 」

彼の声は, どこまでも穏やかで, そして, 私の決断を後押しするかのようだった.

圭貴と友人たちは, 日野さんの言葉に困惑した表情を浮かべた.

「白百合でお願いします」

私は, 日野さんの声に答えた.

圭貴は, 私の腕を再び掴み, 怒鳴った.

「おい, 何を言ってるんだ! お前は, 俺と結婚するんだぞ! 勝手に結婚式の準備を進めるな! 」

私は, 圭貴の言葉を無視した.

日野さんの声を聞いていると, 心が落ち着くのを感じた.

「瑞子, 誰と話してるんだ? まさか, ドレスも勝手に決めてるのか? 」

圭貴の言葉に, 私は思わず笑ってしまった.

その笑いは, 嘲笑に満ちていた.

「ええ, そうよ. 私, 結婚するのよ」

私の言葉に, 圭貴は顔色を大きく変えた.

彼は, 私の肩を掴み, 強く揺さぶった.

「お前, 何を言ってるんだ! 俺の結婚式だろ! お前は, 俺と結婚するんだ! 」

「あなたの結婚式? 笑わせないで. 私の結婚式よ」

私の言葉に, 圭貴の顔は怒りで真っ赤になった.

彼は, 私の胸ぐらを掴み, 壁に押し付けた.

「お前, 俺の気持ちを弄んでいるのか! 俺がお前を愛していると知っていて, 他の男と結婚するつもりか! 」

「愛してる? あなたが私を? 冗談も休み休み言ってちょうだい」

私は, 圭貴の目をまっすぐに見つめた.

彼の目に映るのは, 自分勝手な傲慢さだけだ.

「あなたは, 私の愛を当然のものだと思って, 踏みにじってきた. 私との結婚式を三度も延期し, その間, ずっと莉泉と…」

そこまで言いかけた時, 部屋のドアが勢いよく開いた.

そこに立っていたのは, 日野聡之だった.

彼の背後には, 数人の屈強な男たちが控えている.

部屋の中の空気が, 一瞬にして張り詰めた.

日野さんは, 圭貴の腕を鷲掴みにし, 強引に私から引き離した.

圭貴は, あまりの力に, よろめいた.

「私の妻に, 気安く触れるな」

日野さんの声は, 低く, 冷たかった.

その声には, 一切の感情が感じられなかった.

しかし, その冷たさの中に, 燃え盛るような怒りが込められているのが分かった.

圭貴は, 日野さんの圧倒的な存在感に, 怯んだかのように後ずさりした.

部屋の中の誰もが, 日野さんの迫力に言葉を失っていた.

私は, 日野さんの背中に隠れるように, 静かに息を吐いた.

もう, 大丈夫だ.

私は, 一人じゃない.

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三度目の延期、私はもう終わり

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