話 2
松永翔世 POV:
私の体は, 処理される段階で, ある「異変」に見舞われた.
健吾が処理を進める中, 彼は動揺したように光登を呼んだ.
私の腹部が, かすかに膨らんでいることに気づいたのだ.
「光登さん, これ…」
健吾の声が震えていた.
光登が近づき, その目で私の腹部を見た.
彼の顔に, 一瞬だけ, 驚きの感情がよぎった.
私は, 彼が何に気づいたのかを知っていた.
それは, 妊娠だった.
私たちの, 小さな, まだ見ぬ命.
その事実に, 私の魂は, 深い悲しみと, 言いようのない絶望に包まれた.
健吾は, 私の腹部に刻まれた, 焼け焦げた傷跡にも気づいたようだった.
それは, 私の過去の悲劇を物語るものだった.
光登は, その傷跡を見て, 何かを思い出しているようだったが, すぐに表情を消した.
彼は, 私と一緒にいるとき, いつも暗がりを好んだ.
私の顔を見ることを避けるように, 彼の視線はいつも別の場所を彷徨っていた.
でも, 私は, 彼が私の体に慣れてくれたのだと, 自分に言い聞かせていた.
彼が私を受け入れてくれる日が来ることを, 心の底から願っていた.
私の腹部の傷跡.
それは, 幼い頃, 父がタバコの火でつけたものだった.
熱い痛みが, 私の体に刻み込まれた, 消えない記憶.
でも, 不思議なことに, 光登は, 以前はあの傷跡を愛おしそうに撫でてくれたことがあった.
「梅の花の印だ」と, 彼は言った.
「神様が与えた印だ」とも言った.
あの頃の彼は, 私の傷跡を, 美しく, 特別なものだと感じてくれていた.
だが, 今, その同じ傷跡を前にしても, 彼の目には何の感情も浮かんでいなかった.
彼は, 一瞬の驚きの後, 私の体を硫酸のプールに投げ入れた.
ジュウ, という音とともに, 私の体は, 彼の世界から完全に消え去ろうとしていた.
痛みはなかったが, 私の魂は, 体が溶けていくような, 耐え難い苦痛を感じた.
まるで, 生きたまま溶かされていくような, 超現実的な感覚.
彼は, 知っていたのだろうか?
この体が, 私のものであることを.
彼は, 最初から, こうするつもりだったのだろうか?
健吾は, 妊娠している体が, こんなにも無残に扱われることに, 深くため息をついた.
彼の表情には, 同情と, わずかな怒りが見えた.
だが, 光登は, そんな健吾の言葉を意に介さず, 冷笑した.
「どうせ, どこかの闇市場で捨てられた人間だ. 誰も気にしない. 」
彼の言葉が, 私の魂を完全に打ち砕いた.
私の人生は, 本当に無意味だったのか?
彼の言葉は, 私の存在そのものを否定した.
私は, 彼にとって, ただの「もの」でしかなかった.
硫酸が私の体を溶かしていく.
肉が剥がれ落ち, 骨が砕ける.
だが, その身体的な痛みよりも, 彼の言葉のほうが, ずっと私を傷つけた.
光登は, 妊娠した私の体を, 何の躊躇もなく処理した.
彼の目には, 倫理も, 人間性も感じられなかった.
健吾は, ただただ光登の冷酷さにため息をつくばかりだった.
光登は, 私の身分を蔑み, 私の存在を否定した.
彼の言葉が, 私の魂に突き刺さる. 「そうか, 私は, あなたにとって, ただそれだけの存在だったのか. 」私の魂は, 深く, 深く, 沈んでいった.
話 3
松永翔世 POV:
光登は, 家路を急いでいた.
眉間を揉みしだく彼の顔には, 疲労と, わずかな不安が滲んでいた.
何か大きなことを成し遂げた後, 彼はいつも不安定になる.
それは, まるで嵐の前の静けさのようだった.
彼はスマートフォンを取り出し, メッセージアプリを開いた.
指が, 私の名前の上に止まる.
トーク履歴には, 私たちの一ヶ月前の激しい口論が, まだ鮮明に残っていた.
一ヶ月前, 彼は突然, 結婚しようと言った.
私たちはずっと, 幼い頃から一緒にベッドを共有し, まるで兄妹のように育った.
だが, 世間的には, 私たちは恋人同士ではなかった.
彼は私を「妹」と呼び, 決して「恋人」とは言わなかった.
だから, 彼の突然のプロポーズは, 私の人生における数少ない喜びの一つだった.
だが, その喜びは, すぐに絶望へと変わった.
彼が私に求めたのは, 愛ではなく, 腎臓だった.
彼の長年の想い人である佳奈のために, 私の腎臓を差し出せと言うのだ.
私は, その言葉に衝撃を受け, 手話で応えることもできなかった.
ただ, 反射的に首を振った.
「いやだ」と, 全身で訴えた.
その瞬間, 彼の顔は怒りで歪んだ.
私たちは, 激しく言い争った.
「お前は馬鹿か! ? 佳奈の命がかかっているんだぞ! その程度のことでぐずぐず言うな! 」
彼は私を自 selfishだと罵り, 佳奈の命の重さを説いた.
「俺は国内で最も優秀な医者だ. 手術は安全にできる. 何を心配しているんだ? 」
彼は, 自分の専門知識をひけらかし, 私の不安を掻き立てた.
私は必死に手話で訴えた.
「私には, もう腎臓が一つしかない! 」
だが, 彼は私の言葉を理解しようとせず, ただただ失望した表情を浮かべた.
「お前は, 俺の母親と同じだ. 冷酷で, 自分勝手だ. 死んでしまえ! 」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
彼は, 私の父が母を罵った, あの忌まわしい言葉を私に投げつけた.
彼は, その言葉を吐き捨てると, 部屋から出て行った.
私は, 彼を引き止めようと, 必死に手話を動かしたが, 彼は一度も振り返らなかった.
彼が知る由もなかっただろう.
私が, 彼を救うために, 片方の腎臓を差し出していたことを.
彼の言葉は, 私の心に深く突き刺さった.
私は, 彼のそばにいたいと, どんなに願ったことだろう.
たとえ, 彼の愛ではなくても, 兄として, 家族として, 彼のそばにいることができれば, それだけでよかった.
でも, 彼は, もう私を必要としていなかった.
彼が, たとえこの事実を知ったとしても, 何も変わらなかっただろう.
彼は, 最初から, 私のことを憎んでいたのだ.
私の愛は, 絶望へと変わった.
彼の言葉が, 私の魂を, 永遠に呪縛する.
彼の私への憎しみは, 私の愛を, 完全に打ち砕いた.