2

王の執務室にカツカツと規則正しくはっきりと意思を持った足音が近づいてくる。

扉の前に立つ王の護衛が背筋を伸ばして敬礼をする。

「王に話がある、取り継いでくれ」

凛とした声で話すのはアルバニア王国第1王子で王位継承1位のフレデリック王子である。

190cmの長身に鍛えあげられた四肢、軍を率いる将軍でもあるため日焼けしたそのすがたは精悍な顔つきをさらに際立たせた。

聡明で文武両刀のフレデリックはその甘いマスクで言い寄る女性が枚挙にいとまがない。

ところが、当のフレデリックは女性に対してそれほど興味もなく、二十歳で正妻を迎えていたが二十五歳になった今でも世継ぎどころか子供が生まれていないということで心配した王が側室を二人迎えるように話をすすめていた。

「どうした?」

執務机に向かっている王が顔をあげる

「王、いえ、今は父君に対してお話があります。」

迷いのない瞳でまっすぐに見つめられ王は何も言わずフレデリックの顔を見る。

「ヴァレリーをいつまであの塔に閉じ込めておくのですか?あれでは生きているとは言い難い」

「そうは言っても発情がおきれば誰彼かまわず誘惑してしまう。拘束具をつけてもいいが、それも不憫だろう、それならばあの塔の中で自由に生活する方がいいだろう」

「自由って・・・」

バカなと言わんばかりに首を横に振りながら

「わたしがヴァレリーの番(つがい)になれば済むこと、いや、そうすべきだと思います」

「お前たちは兄弟なんだ、そんなこと・・・・」

「母親が違います、それに私の番となればむやみに発情は起きない」

「う~む」

腕を組み考え込む王に

「そもそも父君はヴァレリーの母親までもどこかに幽閉しその息子、あなたの実の子である息子まであのような所へ幽閉するなど・・」

「アデールのことは今は関係ない。それに、アデールを城内で自由にさせるとドロテ、お前の母親がうるさいしな」

母ドロテは正直フレデリックも辟易するほどの焼きもち焼きで、フレデリックが女性に対してあまり積極的ではないのは母ドロテと妹ブリジットに機縁していると言っても過言ではない。

「母親の違う兄弟で結婚することは多々あることです。それにヴァレリーがΩであるのならαのわたしの子を産む確率は高くなる。それに、何人の妃をわたしに与えたところで子を成すことはないでしょう。しかし、ヴァレリーならわたしの子を孕むことができる。」

その言葉を聞いた王はさらに深く「う~ん」とうなり

「少し考えてみよう」と答えた

「この国にもヴァレリーにもそして私にもいい話だと思います。」

二人の話が終わるか終らないかのところで

ブリジット様!お待ちください!!

扉の前で兵士の慌てる声が聞こえる

「お父様!どういうことですの」

そう言いながら、同じ血の兄妹でありながらフレデリックにも母である王妃にも似ず、歩くたびに体中の肉が揺れるほどのふくよかな体に二重になった顎、性格を映し出したような細くつり上がった目でお世辞にも綺麗とかかわいいなどと言えない妹がどかどかと音をたてて入ってきた。

王はブリジットのこの姿を見て指でこめかみを押さえながら

「何事だ、騒々しい。仮にもアルバニアの王女たるものが品が無さすぎる」

「あら、お父様の子供ですのにおかしいですわね」

ブリジットは人に指図や注意受けることを嫌う。たとえそれが、父親であり王であってもだ。

綿々と引き継がれてきた高慢な気質を持ったアルバニアの血を、より濃く引き継いだ人間でもある。

「だれがケモノの花嫁になるものですが!汚らわしい」

ブリジットはわがままで無知であるため自国の状況を知らない。

王女であるブリジットにも王族としての教育を受けさせていたが、いかんせん自分の事しか頭になく勉強も教師たちの言動が気に食わなければ嫌がらせをしたり、勝手にクビを言い渡すため、教育係も世話係も次々と匙を投げていった。

「お前もこの国の歴史くらいはわかっているだろう?」

「ええ、汚らわしいケモノが身の程も知らずアルバニアから国土を奪ったのでしょう」

その言葉を受けるように王が続ける

「そのサバニアがこの国に侵攻するべく準備をしていると偵察隊からの連絡をうけた、この危機を免れるためにはエクセリアの力が必要だ」

「だったら攻められる前にこちらからサバニアに攻め入ればいいじゃない」

ブリジットの無知ぶりにさすがのフレデリックも聞いていられなくなり

「そんなことが出来るならとうの昔にやってるよ、軍事力も経済力もサバニアの方がはるかに上だ。なにより身体能力が違う。」

大好きな兄に言われたのでは反論できない、しばらく逡巡したのち

「そうだ!だったら私じゃなくてもいるじゃない!役立たずが一人」

と、嬉々として話し出す。

「ヴァル兄さんでいいじゃない。Ωなんだから、ケモノの子だって産めるでしょ。それくらいの役にたってほしいわ」

フレデリックはそうまくしたてるブリジットをさえぎり

「何を言ってる!ヴァレリーはわたしが」

「あらやだ、兄様までヴァル兄さんのあのフェロモンにあてられてるわけ?お父様も兄様もあの親子に」

そこまで言ったところで王とフレデリックが同時に

「言い過ぎだ!」と、ぴしゃりと言葉をさえぎる。

さらにフレデリックは静かに

「ブリジット、言っていいことと悪いことがある。一国の王女ならそれくらいのたしなみを持て」

静かに低く話し、ちょっと見ただけでは穏やかな雰囲気だが妹であるブリジットには兄がどれほど怒りを内に秘めているのかわかった。

言いすぎて怒らせてしまったと思っても謝ることをしらないブリジットは

「とにかくケモノと結婚なんて絶対に嫌!」

と、言い放つと同時に執務室の扉が勢いよく開け放たれた。

「あなた!どういうことですの?!」

と王妃がどかどかと音を立てて入ってくる。

このがさつさがブリジットに遺伝したのかもしれないと我が母親ながらうんざりしながらその所作を覚めた目で見ながら父がヴァレリーの母に癒しを求めたのもうなずける。

「はぁ」王は一つため息をつき

「騒がしいぞ、何の用だ。ここは執務室だぞ」

王の言葉も聞こえないふうに王妃が

「ブリジットのことです。あら、ブリジットも来ていたのね」

そういってブリジットをだきよせ髪をなでながら

「ブリジットをエクセリアに渡すなんてそんなこと許せません」

王はまたもや「はあぁ」と大きくため息をつき

「そうやっていつまでも現実から目をそらすのはやめなさい。」

「今、エクセリアからの助けがなければこの国は亡びる」

フレデリックはその言葉を引き継ぎ

「エクセリアは大国だ、むしろ王妃になるのだしエクセリアはブリジットを優遇して第一王妃として迎えてくれると約束してくれているんだ」

「そんなこと・・」わかってますと言おうとした王妃をさえぎり

「だから先ほど素敵な提案をしたのよお母様」

「あら、なにかしら?」

「ヴァル兄様を嫁がせればいいと進言しました。」

ヴァレリーの母親を快く思っていない王妃は満面の笑みとなり

「すばらしいわ」

「でしょ」

「どうせこの国に居てもずっと塔に閉じ込められるのならエクセリアに嫁げば塔からも解放され大国で悠々と暮らすことができますわね」

「わたくしずっとあの子が不憫に思ってましたから、ちょうどよかったじゃないですか」

と、白々しく言う母親に対してフレデリックはあわてて

「いや、ヴァレリーはわたしが・・」

と言いかけたところで王がさえぎる

「たしかに、ヴァレリーがよいかもしれない。エクセリアの王子という身分も保証され優遇してもらえるだろう。」

「いやしかし、それでは」

フレデリックも引き下がらない。

「フレデリック、もしお前がヴァレリーを番(つがい)にしたとしても妃としては認めることは出来ない、それならエクセリアに行かせる方があの子も幸せだろう」

「そうよ、兄様!ヴァル兄さんに嫁いでもらいましょう」

「しかし王!」

あわてたフレデリックは“父君”と呼んでいたのが“王”となるほど気が動転していた。

「フレデリック、この話はおしまいだ。エクセリアにはヴァレリーを嫁がせる」

「「まあ、それは素敵!!」」

王妃とブリジットの声が重なる。

うつむき静かに怒りをこらえるフレデリックをよそに

「ただエクセリアには王女を嫁がせると伝えてある。そこをどうするかだ」

「そんなのは何も言うことはないんじゃない?」

「ヴァル兄さんを送りこんじゃえば向こうもそうそう騒ぎ立てることは無いと思うし、向こうでお兄様に頑張ってもらえばいいじゃない」

「う・・・む」

しばらく考え込んでから

「そうするしかないか」

「ヴァレリーにも急ぎ伝えねば、エクセリアの使者が今週中にも到着する」

じっと話を聞いていたフレデリックは一つ息を吐いてから

「その役目はわたしがやります」

そういって執務室を出ていった。

王はフレデリックのうなだれた背中を見送りながら入り口にいる兵士に目配せをした。

3

アルベニア城の西には小島があり、この小島へは城内から伸びている橋からのみ行くことが出来た。

それというのもこの小島には塔が建てられているが島自体は険しい岩山でできているので海岸部からこの島に入ることはほぼ不可能だった。

入り口に二人の警備兵が配置され外から鍵がかけられている。

フレデリックは警備兵に声を掛けて持参した鍵で開錠して中に入る。

王の執務室から兵士がついてきていた

「君はここで待機してくれ」

「いいえ、王からの命令ですので同行いたします」

「わたしは教育係ではなく、ヴァレリーの兄だ。同行は不要だ」

と不機嫌この上ない表情で言い放つも

「フレデリック王子には申し訳ありませんが王自らのご命令になりますので、同行させていただきます。」

教育係や世話役などヴァレリーの周りには数人の使用人がいることは居るが、基本的には1対1での接触を禁止している。

さらに、この塔に居るものはβのみとなる。

王の命令ということは、王はわたしを信用していないということか、

まぁ、その危惧は外れてはいなかったのだが・・

無理やりにでもわたしの番(つがい)にしてしまえば、さすがにヴァレリーをエクセリアに嫁がせるわけにはいかなくなる。そんな気持ちが無かったと言えば嘘になる。

もし、この階段を一人で登っていたら、そう言うことになっていたのかもしれない。

この塔は大量の本の所蔵がある、本を読むのが好きなというか、本くらいしか世界を知ることが出来ないヴァレリーの為に王やわたしが集めたものだ。

塔に幽閉していることで王はヴァレリーを愛していないのかというとそうではない、むしろ最愛の人アデールに瓜二つのこの王子を大切に思うが故このような状態になっている。

アデールをたったの一度だけちらりと見かけたことがあったが、Ωの男性で首には美しい装飾の首輪がつけられていたように思う。

何故、王が執拗なまでアデールを人目に出さないのかが不思議でならないが、私の考えでは王との番(つがい)関係が成立していないのか、もしくはアデールにはほかに番(つがい)が居るのかもしれない。

そんなことを考えながら階段を上ってるうちに最上階に到着した。

外見は石作りの冷たい雰囲気の塔であるが、中は白を基調としたゴシック様式で造られて、小さな教会のような清潔で清廉な空気感を醸し出し、清らかで美しいこの塔の主そのもののような建物だ。

この塔は主を失ったらどう変貌していくのだろうか。

ヴァレリーを失うと思うとアデールをどこかに閉じ込めている王の気持ちがわかるような気がした。そんな思考に支配されている自分に対して苦笑いしながら

ひし形の中に花をイメージした彫刻の施された真っ白な扉をノックすると、すぐに

「はい、今参ります」とルリビタキのようにかわいらしい声が聞こえてきた。

扉がひらきサラサラのブロンドヘアにコバルトブルーの瞳をもつ美しい青年が顔を出した。

「お兄様、どうされたんですか?」

いつもは言われたことのない言葉におどろいて

「何がだ?」

「なんとなく、気分のすぐれない感じがしましたので」

「ああ、なるほど・・・そうかもしれないね」

「入るよ」

「はいどうぞ、兵士様もどうぞ」

そういってヴァレリーは二人にソファを勧めたが、ソファに座るのはフレデリックのみで兵士は扉の前で直立して待機をしていた。

ヴァレリーはフレデリックの前のソファに腰掛け

「それで、お話は何でしょう?」

「ただ、ヴァレリーの顔を見に来たんだよ、と言っても信じないだろうね」

にっこりと笑うヴァレリー

「実は、ブリジットがエクセリアへ行くのは厭だと言い出してね、ただ、アルバニアとしてはエクセリアの助けが必要なんだ。どうしても、つながっておかなくてはこの国の存続が難しくなる」

「そこで、ヴァレリーにエクセリアに行ってもらいたいと思っている。この塔にいつまでも幽閉されるよりも、その・・・」

「僕がブリジットの替りに、エクセリアの王と結婚するということですよね?」

「そうだ」

「わかりました。喜んでエクセリアに行きます」

あまりにも晴れやかな表情で答えるヴァレリーを手放したくないという気持ちに支配されながらも

「先方には王女ではなく王子が行くことを伝えていない。あと数日でエクセリアからの使者が到着する予定の為、こちらからの連絡が遅れてしまっているのだ」

「だから」

「わかりました、エクセリア王に僕から伝えてうまく話をすればいいのですね」

「すまない」

「僕なら大丈夫です」

そのあとは他愛のない話をしてフレデリックは城に戻って行った。

ヴァレリーはエクセリアのある北東にある窓から遠くを見つめる、もちろんエクセリアが見えるわけではないが、部屋の中で一番のお気にいりの場所だった。

テオドールに会える。

たとえブリジットの代わりだとしてもかまわない

「テオドール、本当はブリジットを求めていたのに僕が行くことになって騙してしまうことになるけど、僕が行って幻滅するかもしれない、僕のことなど覚えてないかもしれない、愛されなくてもあなたのそばにいたい。」

窓からそう声に出していってみる。

テオドールはお兄様と同じ25歳、きっと凛々しい王様になっているんだろうな、お妃も何人もいるのかもしれない。

でも、僕もその妃の一人になれるのならそれでもいい。

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獣王の花嫁は美しきΩの王子

第2話
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