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望月雨音はシーツを強く握りしめた。指先が急に冷たくなるのを感じる。

大学での専攻は外科だった。指導教官からは、将来世界的なトップ外科医になれると太鼓判を押されていたほどだ。

だがここ数年、彼女は池田光洋の会社で副部長として働く道を選んだ。専門分野を究めることはせず、ただ彼のために全てを整えることに心血を注いできたのだ。

全ては、いま彼の胸の中で脈打つその心臓を守るためだけに。

青山村の開発プロジェクトには、長い時間をかけて尽力してきた。

企画から竣工目前まで1年余り。最初の企画も、その後の全行程も、すべて彼女が徹夜に徹夜を重ねて練り上げたものだ。

村民に罵倒され、暴力を振るわれたこともある。高熱で点滴を受けながら、不眠不休で企画書を作成したこともあった。すべては当時、社長としての地位が危うかった光洋に、実績を作らせてあげるためだった。

青山村のプロジェクトは、彼に捧げるための大切な成果だった。それなのに、光洋は感謝のかけらも見せず、あっさりと他人に譲り渡してしまったのだ。

ずっと黙り込んでいる雨音を見て、光洋は冷ややかに笑った。「なんだ、我慢強いのが取り柄じゃなかったのか? 結婚式の当日ですら俺が現れなくても耐えられたんだ。たかが小さなプロジェクト一つ、譲れないとは言わせないぞ」

雨音は光洋の視線を真っ向から受け止めた。「譲るわ。もちろんよ。 その代わり、一つだけ条件を聞いて」

その言葉に、光洋は唇を引き結んだ。

――法外な要求でも突きつける気か?それとも無理難題を言うつもりか?

「何が欲しい? 金か、家か、株か不動産か。俺のできる範囲なら何でもいい」 光洋は警告を含んだ口調で付け足した。「だが、それ以外のことは考えるなよ」

雨音は黙って伏し目がちになり、ふと込み上げてくるおかしさを感じた。

光洋はずっとケチな男だった。結婚して数年、世間体のためにたまに宝石を贈ってくる以外、何もくれたことはない。

それが今、桜井沙耶のためなら、これほど多くのものを投げ出して選ばせてくれるとは。

以前なら悲しんでいただろう。でも今は現実を悟ったのか、あるいは感覚が麻痺してしまったのか、予想していたほどの痛みはない。

彼女はわずかに口角を上げると、彼の首元に視線を落とした。

「あなたが3年間身につけていた、その玉の守りが欲しいの。いいかしら?」

あのペンダントは、もともとアレックのものだ。

ここを去る以上、当然あれも持って行く。

その言葉を聞いて、光洋は一瞬呆気にとられたあと、ゆっくりと眉をひそめた。

その玉の守りは高価なものではない。3年前に彼が手術を終えた際、祖母である池田のお婆様がつけさせたものだ。品質も平凡な羊脂玉で、細工も粗く、シンプルに名字が刻まれているだけだ。

彼は顎をしゃくって彼女を見つめ、魔が差したように尋ねた。「なぜ、これが欲しい?」

雨音は指先を隠すように握り込み、何でもない風を装った。「ただ……あなたが長く身につけていたものだから。思い出に持っておきたくて」

光洋はわずかに眉を寄せたが、それ以上深くは考えなかった。

雨音はもともと、命がけと言えるほど彼を愛していた。彼が気まぐれに与えた物でさえ、宝物のように大切にしまっていた女だ。

肌身離さず身につけていた玉を欲しがるのも、無理はない。

「会社でプロジェクトの引き継ぎを済ませて、沙耶が完全に主導権を握れたら、この玉はやろう」光洋はネクタイを整えた。

彼女が素直に従ったことに満足したのか、珍しくこんなことを聞いてきた。「もうすぐ結婚3周年の記念日だろう? 何か欲しいものはあるか?」

雨音は口元だけで笑った。「お構いなく。その時になったら考えてみるわ」

光洋は彼女の態度にどこか違和感を覚えたが、それが何かまでは分からなかった。

以前の雨音なら、こうした些細なイベントにも敏感だったはずだ。プレゼントを贈ると言えば、いつも驚き喜んでいたのに、今のこの反応は一体どうしたことだ?

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あなたはただの身代わり人形~冷酷な夫を捨てて、死んだはずの元カレと再婚します~

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