話 2
吹きすさぶ風雪の中、舞い散る白が中川幸子の裾を覆う。その正面に立つ男は、風雪よりなお冷たく厳しかった。
満場がどよめいた。
「この男は高遠大旦那様が外で作った隠し子なのか? 大旦那様には子がいなかったから、本来ならこの子を迎えていれ、大事に育てるつもりだったらしい」
「それで……その後は?」
「ふっ……その後は 高遠大旦那様は幸子に骨抜きにされてしまったんだ。幸子が隠し子を高遠家に入れることを許さなかったため、高遠大旦那様は本当に彼を追い払ってしまったんだってさ!
「へへ……どうやら今日は、この隠し子が財産分けに戻ってきたってわけか?」
「さあ、どうでしょうね!もしかすると……幸子に復讐しに来たのかもしれない。」 「もしあの頃、幸子がいなければ、高遠瑛様は、きっと大きな名を成していたかもしれんのに!」
「はっはっは!これも因果応報というものだ!高遠家に嫁いで何年も経ったのに、とうとう子を一人も残さなかった。きっと、もうすぐ追い出されてしまうだろうさ!」
「これほどの美婦なら……弄ぶだけでも悪くはない……」
「……」
吹き荒ぶ風雪は、卑しい囁きをかき消していった。幸子はそのただ中に立ち、手にした絹のハンカチを握りしめ、棺が納められるのを見つめている。泣き濡れた姿は梨の花に雨を宿したようで、紅く縁取られた瞳が痛々しい。
誰もが口をそろえて言うだろう。幸子奥様は高遠大旦那様を心底深く愛しており、その愛は揺るぎないものだと。
……
窓の外では雪が荒れ狂い、別邸の中では炉火が温もりを放ち、明るく燃えている。
葬式が終わり、弔問客を見送った後も、幸子と瑛は別邸に留まっている。
これが幸子にとって瑛との初対面だ。彼女は必死に夫を亡くしたばかりの哀れで青ざめた姿を装いながらも、涙に濡れた瞳で時折、瑛を盗み見ている。
このとき瑛は脇の革張りのソファに腰掛け、脚を組み、悠然とした面持ちをしている。
幸子よりも、むしろ彼のほうがこの屋敷の主に見えた。
瑛の視線に気づいた幸子は、時機を計ったようにかすかな憔悴の笑みを浮かべた。「あなたの父は、よくあなたのことを話してくれた」
彼女は瑛が鼻先で嘲るように、かすかに笑い声を漏らしたのを聞いた。
その目は、亡くなった夫のものとは異なっている。冷たく淡々としており、幸子に向けられた眼差しは、隠しようもないほどの嫌悪に満ちている。
「義母さん、まさか嘘をつくことが癖になっているんじゃないでしょうね?」
幸子は、ハンカチを握りしめた手の指が微かに震えるのを感じ、表情が一瞬止まった。
手強いね!
視線をさまよわせ、幸子は素早く愕然とした表情に切り替えた。真珠のような大粒の涙が、ポロポロとこぼれ落ちた。
「あなた、どうして……」
「その安っぽい涙はもうやめなさい、義母さん」瑛は冷笑を浮かべて言った。「その手は、愚かで役立たずだった父にしか効かないから」
幸子は表情を素早く変え、うつむきながら次の手を考えている時、階段の方から足音が聞こえてきた。
吉田執事は階下にいる二人に軽くお辞儀をしながら、「夫人、若様、御前様がお二人とお話になりたいそうです」と伝えた。
「来るべきものは、いずれ来る」幸子はか弱げにこくりと頷くと、吉田執事について二階の書斎へと向かった。
書斎の中。
四方の壁には書画が並び、室内では炉火が燃えている。天井には巨大なシャンデリアが高々と吊り下げられ、その光景はまるで一振りの利剣のように、幸子の胸に突きつけられているかのごとく見えた。
上座には高遠御前様が座っている。黒のドレスを身にまとい、頭には黒いレースのハットを被っている。その顔にはやや憔悴の色を漂わせながらも、威厳と厳粛さは少しも揺らいでいなかった。
高遠御前様に加え、亡き夫の実の弟である高遠家の次男、幸子にとっては名ばかりの義理の叔父もまた、そこに同席している。
高遠時弥は、高遠御前様の背後に、すらりと真っ直ぐな姿勢で立っている。その立ち居振る舞いは、気品に満ち、内に秘めた落ち着きを湛えている。
時弥は亡き夫の弟にあたるが、彼より二十数歳も年下だった。今年わずか三十歳のその男は、年齢の割に成熟していて落ち着きがあり、身につけたスーツはぴしりと決まっている。
幸子はかねてからこの義理の叔父を恐れていたが、高遠御前様のことはそれ以上に恐れていた。その二人が目の前に現れたことで、幸子は頭の皮が粟立つ思いだ。
瑛はすぐに後を追い、幸子の傍らに並んだ。
「御前様、時弥叔父様」
澄んだ冷ややかな声が響き、高遠御前様と時弥の視線を引き寄せた。
常に厳格で威厳を失わない御前様も、「御前様」と呼ぶ瑛の言葉を耳にすると、その硬い表情をわずかに和らげた。
「瑛……外で長い間苦労をかけたね」
瑛は軽く頭を垂れ、素直で真摯な調子で応じた。「おばあさま、もう過ぎたことです」
御前様もまた頷き、「安心なさい。おまえがこうして帰ってきた以上、誰であろうと二度とおまえを追い出すことは許さない」と言った。
その言葉とともに、高遠御前様の視線は、思わず幸子の上に落ちた。
幸子は頭の皮が粟立つ思いで、うつむいて何も言えずにいた。
彼女はこれで察しないはずがない。
今日、亡き夫の葬式に合わせて瑛が戻ったのは、高遠御前様と時弥が黙認し、むしろ取り計らったことだのだ。
当時、彼女は夫を巧みに言いくるめ、甘えたりわざと怒ったりして、瑛を戻そうとしなかったのだ。高遠御前様はもともと彼女に対し怨みと怒りを抱いていたが、当時は夫が盾となって彼女を庇っていたため、高遠御前様がどんなに不満を募らせても、彼女に手出しはできなかったのだ。
だが今は……
彼らが狙っているのは、間違いなく彼女を高遠家から追い出すことなのだ。
話 3
幸子は俯き、自分の黒いレザーブーツを見つめ、決意を固めた。
執務机の前に座る高遠御前様の鋭い視線も、次第に幸子へと注がれる。
その女はしなやかな姿態に、秋の湖のような瞳と桜色の唇を持ち、か弱くも妖艶な魅力を漂わせていた。
高遠御前様は不本意ながらも、幸子のような女が、確かにあらゆる男の心を惹きつけるであろうことを認めざるを得なかった。
「中川さん」
高遠御前様は冷ややかに口を開き、他人行儀によそよそしく幸子を呼んだ。
以前、夫が在命であった頃は、高遠御前様もどれほど不本意であろうと、彼女を「嫁」と呼んでいた。今このように呼ぶその心中は、火を見るより明らかであった。
東都の社交界隈では、中川幸子が間もなく高遠家から追い出されるだろうという噂で持ちきりだった。
高遠家の長男が亡くなり、この美しき未亡人は高遠家に跡継ぎの一人すら残さなかったのだ。
高遠御前様が最も嫌悪するのは、このような色香で人を惑わす狐のような女であった。
高遠御前様に呼ばれ、幸子は思わず身をこわばらせた。
手には涙を拭ったばかりのハンカチを握りしめ、僅かに顔を上げる。涙に濡れたその瞳は霧がかったように潤み、か弱く力なげに主座の老夫人を見つめた。
高遠時弥は姿勢正しく、身体に合った黒のスーツが、元より冷徹で淡泊なその顔立ちを一層孤高で気高いものに見せていた。
彼もまた、女の姿に淡々と目を向けたが、その表情に変化はなかった。
高遠御前様は威厳に満ちた厳粛な面持ちで言った。「息子も亡くなった今、あなたはまだ若い。今後、何か考えはあるのかね?」
その言葉には、明らかに彼女を追い出そうとする意図が滲んでいた。
幸子は紅い唇を軽く噛む。水晶のような涙が、途切れた真珠の首飾りのように睫毛を伝ってこぼれ落ち、その顔をこの世のものとは思えぬほど美しく見せた。
「お義母様、私は致也さんを深く愛しておりました。ご逝去後も、ご側を離れるつもりはございません……」
その言葉は、天を衝くほどに真摯で感動的であった。
しかし、幸子は、隣に立つ高遠瑛が、聞き取れるか否かのほど微かに、軽蔑に満ちた鼻息を漏らしたのを聞いた。
幸子は唇を噛みしめ、聞こえなかったふりをして、雨に濡れる梨の花のように、誰もが憐れみを覚えるほどに泣きじゃくった。
高遠御前様の目に嫌悪の色がよぎる。眉をひそめ、冷たい口調で言った。「中川さん、高遠家はあなたを手厚くもてなした。だが、いつまでも高遠家に付きまとう理由にはならない!」
その言葉を聞き、幸子は信じられないというように目を見開き、大粒の涙をこぼしながら慌てて首を横に振った。「いえ、お義母様、違います。私は本当に、本当に致也さんが好きで……私は――」
「もうよい!」
幸子が言い終わる前に、高遠御前様は机を叩いて立ち上がり、冷徹な視線で彼女を射抜いた。
「お前が何を考えているか、自分でも分かっているだろうし、私にも分かっている」高遠御前様はもはや表面的な体面さえ保とうとせず、冷たく言い放った。「今日中に高遠の屋敷から出ていきなさい。高遠家の財産は、一銭たりとも他人に渡すものか!」
幸子の長い睫毛は涙の玉で濡れ、顔色は真っ青だった。
彼女は手にしたハンカチを固く握りしめていたが、突然、呼吸が荒くなり、目じりが赤く染まった。
高遠御前様は眉をひそめ、軽蔑するように言った。「また何を企んでいる?」
しかし、隣にいた時弥は異変に気づいていた。眉を寄せ唇を引き結ぶと、長い脚で幸子の方へ歩み寄った!
幸子は呼吸が苦しくなり、涙と汗が同時に流れ落ちた。
時弥の顔に、珍しく感情の色が浮かぶ。彼が幸子の元にたどり着く前に、彼女のか弱い身体はぐらりと揺れ、後方へと傾いた。
意識が遠のく前、幸子は誰かの腕に抱きとめられるのを感じた。その胸は固く、その身体は大きかった。
.......
幸子が目を覚ました時、目に映ったのは豪華絢爛たる主寝室のシャンデリアだった。彼女はか弱く力なく額に手を当て、身体を起こそうとした。
「嫁さん、やっと目が覚めたのかい!」
やや切迫した声が聞こえ、幸子が声のする方へ目をやると、寝室に多くの人が立っていることに気づいた。
かかりつけの医師と三、五人のメイドの他に、高遠御前様、高遠時弥、そして高遠瑛もその場にいた。
時弥と瑛の彼女を見る目はどこか複雑で、幸子がわずかに呆然としていると、高遠御前様が優しく彼女の手を取った。
「嫁さん、気分はどうだい?少しは良くなったかい?」
幸子は一瞬戸惑い、急に態度を変えた老婦人に馴染めない様子だった。 「お義母様、これは一体……」
高遠御前様は幸子を見る目が慈愛に満ちており、彼女の頭を撫でながら言った。「どうして妊娠していることを母に言ってくれなかったんだい。心配でたまらなかったんだよ」
幸子は目を大きく見開き、自分の耳を疑った。「お義母様、今、何と……」
高遠御前様は笑みを深め、優しい口調で言った。「幸子、お前は妊娠しているんだよ。致也に息子ができたんだ!」